第2話:クラウド・ウィッチ エンゲージ!

日記帳 安東六三


6月22日

 今日は、え〜、かなり色々あったんだけれど、誰にも言えないかわりに日記にしておこうと思います。まぁ誰かに言ったところで信じられないだろうけど。……何だろう、運命とかって、あるのかな。

 それにしても今日の事は忘れる事は無いだろうと思います。ハジメ先輩には感謝してもしきれません。

いつでも鮮明に思い出せるように今日は1日を記しておきます。

まず朝からかな………。



 ………んん。ん………?目覚ましの前に起きた。時間は………?

もぞもぞと枕もとのどこかに置いた携帯を取る。6時42分。絶妙に寝てられない。はぁ~…、ダルい。ちょっと寒いし。外を見る限り快晴なのにこの感じ…。

 昨日テレビで言ってたし、やっぱり今日台風あるなぁ……。

…………しょうがない。起きるか。首のヤケドの痕を搔きながら支度する。

あ~~もう、ヤダなぁ……。



先に支度を整えて出ようとしたところで、

 「あらおはよう、早いのね。」

―――うわ。さっさと行こうと思ったのに。

「朝ご飯は?食べないの?時間あるわよね?」質問は1個にまとめろ。

「いいよ。行くから。」

「お茶くらい飲んでいきなさい。ちょうど淹れてるところだから。」なんになるんだよ。お茶て。

「ハイ。今日は家庭教師の日でしょ。お母さん遅くなりそうだから、エイジくんと2人だけど頑張ってね。」

ご丁寧に小綺麗なソーサーとカップでお茶を出す。…………そう言うところが気に食わない。具体的に何なのかってなると何とも言えないけど。ここで意地張るようなことでもないのでその紅茶だけ飲む。座ったりはしない。

「うん。はい。」

ちょっとぬるくしてある紅茶を一息で飲んで、今度こそ出ていく。

「今日台風みたいだからね。早く帰ってきなさいね。」「はーい。」



…………だる。なにがってお母さんが。

だいぶ早いけど学校に向かう。だってヤなんだもん。

昔っからお母さんは神経質でヒステリックだった。なんとか言うパワーストーンつけてるし。特に目標も無いのに家庭教師とかつけるのもそう。

もう中学生なのにさすがに構いすぎだと思う。エイジさんはそこら辺の気持ちを察してるみたいで突っ込んで来ないのは助かるけど。でも変人なんだよな。

部活とかもやってみたかったんだけど、それも聞いてくれないし。

あ~あ。もうちょっと自由だったらな…。

親戚とかには女手一つでって言われてるけど、それだって……お父さんにアイソ尽かされたんでしょ。小っちゃい頃の事だしあんまり覚えてないけどそんな感じだったような気がする。いや、どうだったっけ。

いつからだったか分からないけどしばらくちゃんとした会話してないな。


………1番だなんて言わないけど。不幸だなぁ。アタシ。



 やっぱり早く着いちゃったな。別にやることも無いんだけど、ユウカもまだ来てないみたいだし……。とにかく教室に行………うわ。

遠~くのグラウンドの奥のさらに奥、林に隣接してる芝のところになんかいる。またやってるよ、部活でもないみたいなのに毎日1人で何バタバタしてんだか。あの、誰だっけ。……忘れた。

アレなんだろ。ダンスの練習かな。まぁいいか。教室に行こ。

………?今なんか居た?


………白い、何だろ。ビニール袋?



 「おはようムツミ。いつも早いわね。」

しばらくするとユウカが来る。クラスにそんな深い友達いるワケじゃないから1人で居るのは退屈でたまんない。

「おはよう、お母さんがうるさくてね……。」

正直言うと今日はほとんど会話してないし、怒鳴られもしなかったんだけど。

「そう……。大丈夫?」

ユウカちゃんはマジメだからすごく深刻に心配してくれるからついつい言っちゃう。

「ああ大丈夫、気にしないで。」

首をカリカリ搔きながら続ける。

「それよりも!さっき見たんだけど、あの…、グラウンドの隅っこで踊ってるセンパイ、あれって何やってるのか分かる?毎日見るからさ、どうも気になってね。」

ユウカはカバンの中を机にしまいながらちょっと考える。知ってるみたいだ。

「ああ……、大兎おおうさ先輩の事かしら。あの人確かに何か部活に入ってる訳じゃないけど、毎朝ダンスの練習してるらしいわ。実際に見てないから人聞きだけどね。」

やっぱりダンスらしい。詳しくないけどストリート?とかそういう雰囲気があった。

「ふ~ん、大兎センパイね。毎朝毎朝よくやるわ。」

「あら、何かトゲがあるじゃない。努力する人嫌い?」

「いやね、そんなことは言わないんだけれどもね。ただ、見せるような努力は嫌いなんだよね。努力ってのは他人が言い出して初めて努力になるんだからさ、アピールするのは違うと思うの。努力してる自分を見せてるんじゃないかって思ったの。大体あんなほとんど薮みたいなとこじゃなくて、中でやればいいのに。」

自分でもトゲがある言い回しかな?とか言いながら思ったけどまぁ、おおむね本心だ。最近まっすぐ何かに打ち込んでる人間を見ると無性にイラつく。

「なるほどね、う~ん、わかるけど。やっぱり寂しいのよ。頑張ってる自分が誰にも評価されないっていうのは。私も…、まぁ分かるわ。それに仲間が見つかったら更に嬉しいしね。」

そういうユウカの顔は何か思い当たることがあるようで本当に嬉しそうだった。どうやらユウカもなんというか、ポジティブな側みたいでもっと惨めな気分になった。

アタシだってなんか自分にハマる運命的ななんかあれば違うし…。と誰に言うでもなく言い訳をする。

朝から落ち込むことばっかだ……。ああ、ヤダな。

「……ユウカ、そのカバンのストラップ、どこで買ったの?」

別に気になってないけど負けた気がして話題を変える。

「…………ええと。自分で、作った!の……?」

そのデザインを?まじまじと見る。

キーンコーンカーン。

これは引き分けかな。



 キーンコーンカーン。と下校時間になる。

昼になる前から雨が急に来て、この時間になってもまだまだこれからみたいな降り方だ。面倒くさくてたまらない。泊まれないかな。エイジさんも中学校でって言ったら

喜んでくるだろうし。あの人そういうイベント大好きだから。

でもまあ、現実として帰らなきゃならない。家庭教師が学校に来たらそれはもう教師でしかないし、何よりお母さんが面倒すぎる。異常な心配しいだから台風の中帰ってなかったら鬼ほど騒ぐだろう。

 重い腰を上げて玄関に向かう。

「今日兄さん来るんでしょ?あの人、ホントに勉強できるの?」

実の妹に毎週疑われてる。なんで?

「アタシの勉強中は結構マジメだし聞いたことは答えてくれるよ。アタシのやる気がないときは、じゃいっかで済ませたりするけどいい人だと思うよ。……あんなべろべろに柔軟な兄弟が居て羨ましいくらい。……はぁ。」

帰りたくない。だるい。アタシにも兄弟とか居たらもっと面倒なお母さんの負担が分散されるんじゃないかと思った。それこそエイジさんみたいな兄が居たら楽なのにな。

ポリポリと首を掻く。と、ユウカがおっかなびっくりみたいな様子で、

「それ、そんなに掻いて大丈夫なの?」

「ん?…ああ別に痛かったりはしないよ。こんな日は痒くなるだけで。確かに昔お母さんにやられたんだけど。もうなんともないから。」

なんて現実逃避をしていると、

「………あの、ムツミ?」

真剣な顔だ。大抵真剣だけどさらに。

「私の仲間に……、ハナって子が居て……。」

なんでもハッキリ言うユウカが珍しくしどろもどろだ。

「いや………、ごめんね。何でもない。」

そうなるか?この状況で?気にならないワケがない。

「ちょっとユウカぁ、そこまで言っといてそんなのってないよ。」

ユウカは目も合わせないで外に向かって言う。

「友達にハナって女の子が居るんだけど、朝カサも持ってなかったから届けてあげなきゃと思って、持ってたりしない?」

「いやえぇ…!?ホントにそれだけ?………ないけど。カッパだし。」

「そう…。ごめんね。私、迎えに行くから!」

バッと急ぎ足になる。

逃げた。明らかに。

何だったんだ。ハナ?知らないけど、そういえば仲間?って言ってた?気になるなぁ。明日絶対に聞きだしてやろう。

はぁ………、外ジャッバジャバだし。カッパ、確かに濡れないんだけど蒸れるんだよなぁ。耳元に雨あたる分うるさいしなぁ。

うわ、地面やば。グラウンドとかオシャレにしすぎて見にくい音ゲーみたいになってて………。アレ………?

めっちゃ見づらいけど、あそこにあるの、学校のカバンじゃない?



 「誰さあんなとこに置いてるのは……。」

さすがにかわいそうだったからせっかくだし近くに行くことにした。水たまりを避けて近くまで歩く。芝が短く刈ってなかったら諦めてたけど。

「うわ…。コレはひどいな。持ち主は…?」

もうビショビショなんてものじゃない。水没だ。どういう状況か分からないけど放っておくのは気が引けるし、職員室にでも持っていけばいいかな。

もうどう持っても手とか体のビチョビチョは変わらないのでしっかり掴んで持っていこうとする。

「…………!」

何か聞こえた気がしたけどその時は雨音で気がつかなかった。

あっ、中開ければ誰のか…、いやここで開けるのはナンセンスだ。

そして、次の大きな音は無視できないほど聞こえてきた。

バキバキバキッッ!!

後ろの林からだ。

振り返ると、もう何が何だか、非日常の塊が飛び込んできた。もう脳が情報の処理を拒否している。ワケが分からないけどとにかくヤバいので早く一つずつ理解していく。

まず奥からなぎ倒されている林。これはまぁ良い。ありうる。

さらに奥から溢れてる大量の黒い水。意味は分からないけど受け入れざるを得ない。

奥飛び出してきた紫のミニスカの人。異常に跳んでる気もするけどこれも受け入れる。

黒い水のさらに向こうにいる……2mくらいの蜘蛛。絶対ムリ。そんなのが居るとか理解したくない。けど、居る。まだ分かる。

そして、アタシのななめ前に着地した紫のミニスカの人。パンクなドレスにごついブーツが泥だらけだ。高いだろうな……。でも似合ってるな。もしかして魔法少女ってヤツか…?


「ンだテメェ!!早く逃げろや!!」

男の子だった。もう何も分からん。助けて。


「ックソが!」

お姫様だっこ。もうダメだ。深刻なエラーが発生しました。シャットダウンします。

ブラックアウト。終わったら起こして。



 「オイッ!起きろ!!もう終わったぞ!」


…………うわっ。変な夢見た。メチャでかい蜘蛛と戦うドレスの女装ヤンキーなんてそんな事実際にあるわけ、

「あッ起きた。」あった。

ベタか。もうちょっと夢だと思わせてくれてもいいのに。

「ケガねぇよな。気分は?」

「え……っと?大、大丈夫です。」

ゆっくり体を起こして辺りを見回す。空き教室、かな?

あとなんだか視点が高いと思ったら、連結した机に祀られたアタシ。と、びちゃびちゃのドレス男。これはもう何らかの儀式が始まるのかもしれなかった。いや、終わったのかも!?

「心配すんな。”カイブツ”はケリつけたし、テメェがさっき気絶したから運び込んだだけだよ。………やっぱ見えてんな。しょうがねェ、説明すっか。」

「そりゃもう説明してもらわないと………」

その妙にカワイイ恰好の変質者がおもむろに右手の小指から指輪を外す。

瞬間、紫の光に目を刺されグッと目を閉じる。

ゆっくり開くと、学ランの男の子とリボンの付いた浮かぶ白いウナギ?が居た。

…………ダメだ、聞きたくてしょうがない。

「絶対説明、しろ。」

わけが分からない。もう一回気絶できるかもしれない。

男の子はまずタオルをくれて、耳からイヤホンを取って、それから頭を搔きながら5秒くらい唸り、言う。

「まずはだな……。俺は、ウィッチっていう、まぁ仕事だ。男だからせめてウィザードって名乗りたいんだけど。」

「ダメだって言ってるでしょ。私たちはウィッチやってるって子のサポートにプライドを持ってこの仕事をやってるんだからね!」

喋るんだこの……この何?。メスってことでいいのかな?

「ダメらしい。ったく……。この融通の効かない白タウナギはセラ。いわゆる使い魔ってヤツか?ある時なんやかんやでウィッチになった時湧いてきた。生き物として何なのかとかは知らねェ。」

「よろしくね☆」

ウインク。正味気味が悪い。常識に無さすぎるけど、コレを受け入れるのが若さかもしれない。う~……。はい受け入れた。

「そんで、俺たちは”カイブツ”ってヤツが世の中で暴れまわらないように戦ってるってワケだ。ここまで分かったか?」

うなずく。今でこそ毎日ふてくされてるかもしれないけど、正直そんなヒロインに憧れる時期くらいあった。のを思い出す。

「大丈夫。なんていうか、言っても結構シンプルで。」

「まぁそうだな、助かる。そんでその”カイブツ”ってのが厄介なんだ。ストレスの溜まった人間が無作為にバケモンになる病気みたいなモンでな。さっきのがそれだ。ちなみに用務員さんだったぜ。」

そうだ、さっきの蜘蛛。あの大きい気持ち悪いのが人なのか。知らなくてもよかったかも知れない。

「そんなワケでこんな社会だ、山ほど”カイブツ”になるヤツが居て大体市に1から2人くらい居るウィッチはてんやわんやになってるってのが現状。」

それはそうだろう。ストレスの程度は知らないけど今時誰だって爆発しそうに抱えてる。アタシだって爆発したいのに。あっ、でも蜘蛛か。ヤダ。

「あとね、ホントは私たちが戦ってる時って他の人、一般人には見えないような結界が張ってあるの。ホントはウィッチの素質がある人にしか見えないのよ。」

胸が高鳴る。これはそういうことじゃないだろうか?

アタシの顔を見て男の子が続ける。

「まぁ…、要はそういう事になるな。先輩が引退なってからしばらく経つが、正味一人じゃキツくなってきた。もう分かったみたいだが…、続き、聞くか?」

その言葉を聞きたい。聞かれたい。〈特別〉に、なりたい。

「これを」

セラから光の固まりが、指輪が渡される。

「ウィッチになってくれないか?」

受け取る。受け取るしかない。これが運命的な何かじゃなかったら何なのだろう。いわゆる免罪符を手に入れたような気がする。胸を張って頑張れる。頑張ってるって言える。

「大兎ハジメだ。よろしく頼むな。」

先輩だった。…………え。先輩?改めて目の前の男の子を、見下ろす。

「安東ムツミ……ですけど。え、先輩……?大きいうさ………?」

「言うな。あと、最初に1つ注意事項だ。」


「衣装は選べない。」

知ってた。



 それからウィッチについて、アタシたちの使える〈魔術〉について、1人につき1個とか、ハジメ先輩の魔術とかについて教えてもらった。今たぶん7時くらいになっちゃったくらいかな?

アタシはまだ契約、変身はしてないけど自分の魔術の事は調べてもらった。正直に言うとそんなに期待してた感じじゃないけど……。ここまで恵まれたら贅沢なんて言えなかった。

とにかくハジメ先輩、口も態度も悪いけどいい人だった。身長に似合わず心は広いし。これからなんでも頼れだって。まっすぐそんなこと言える人今時居るんだ。

あぁ、ドキドキする!”カイブツ”って強いのかな?一人の時出たら怖いな。明日からの、いやさっきから自分のちょっと先の未来も唐突に分からなくなって、世界が広く見える。急に意識がハッキリしたみたい。

これからのアタシはたぶん正しく生きられる、自己肯定感ってこういうものかって分かるくらい大きなものになった。そして、


「どこ行ってたの!!!!」


全部、消えた。


「どれだけ心配したと!!何をしてたの!!」

待っ

「答えなさい!!」

「それは…。」言えるワケがない。火に油を注ぐだけに決まってる。

「エイジくんには帰ってもらって!!どうして!!」…文章になってない。

「どうしていつも…………。」いつもって言うほどいつもじゃないと思うんだけど。いつからカウントしてるんだ。

「…………連絡できない事が起こって」

多分こう言ってもダメだとは知ってるけどこう言うしか。

「じゃあ説明してよ!!」

「…………先輩に頼まれ事があって。」

ダメかも。連絡できなかった理由になってない。

「そんなの連絡できたでしょ!!」

こっちの気も知らないで…!もう耐えるしか………。

「私がどれだけ心配したと!!いっつも心配ばっかりかけて………。私が見てないとダメなんだから……!!」

コレはイラっと来た。なんだ心配って。そっちが勝手に。

「何が心配だよ!?そっちの都合じゃんか!!自分の勝手な心労まで押し付けないでよ!!」

言っちゃった。また面倒になるのは分かってるのに。

お母さんは顔を真っ赤にしてこっちを見てた。これは爆発しそうな………、爆発?


なんかイヤな予感が………。

「どうして………。この子ハ………。シ、シンパイ………!」

ガシャン!

うずくまったお母さんが、震えて黒い水が漏れる。コポッ…ゴポッ………!背中から溢れ出す黒い水が、形を作って、ダイニングに1体の”カイブツ”が。

………………球?


黒い、球?になった。そうとしか言いようがない真球。

何で………?てっきり虫とか動物がベースなのかと。

いや、落ち着け。ハジメ先輩の話を思い出せ。”カイブツ”は色んな姿を取る。その見た目の性質を使って攻撃してくるはず………。

してくる…………。

して。来ない。

え、どうしよう。…………とりあえず距離を取らないと。

ギシッ……。

スンッ…!

ッッ!?動いた瞬間まっすぐにトゲが。ビックリして更に下がるともう1本、もう1本とさらに長く伸ばしてくる。

わき腹を掠める。いや、ちょっと刺さったみたい。

「ッたッ!!」

すると、顔に向かってまたトゲが伸びる。とっさにのけぞってダイニングからキッチンに飛び込む。いった!アレが”カイブツ”!?えっと、まず……痛!もう全然集中できない!

けど、何をするかはもう決まってる!!


震える手でポケットから指輪を取り出す。あったかい水色の光が指輪から漏れている。手の震えが止まって、口が勝手に動く。

「メテオ・エンゲージ!!」

左手の中指に指輪をはめる。これ何だろう。雲のレリーフかな?そこから水色の光があふれてくる。そしてアタシの全身を包んだかと思うと。

足元、指先から中心に向かってドレスが装着されていく。

足には先のとがったブーツを。

手にはフィンガーレスグローブを。

水色をベースにちょっと可愛すぎて似合わないくらいのドレスになっていく。付け襟が付いてから、最後にひと際明るく輝いて、カッコいい感じのマントに光が収束する。

「天気は曇り、誰にも掴めぬ自由な戦士。クラウド・ウィッチ…。」


………………なんて?



 「これが。ウィッチ…。」

少しの間、状況を忘れていた。身体の使い方自体が変身前と変わったような不思議な気分になって呆然としてしまう。軽い。とはまたちょっと違う。周りの物が急に脆くなったような力を込めれば壊れてしまう気がする。

いや、まずはお母さんだ。どうにか助けなきゃ。

とにかく武器が欲しいので一番近くの三徳包丁を手に取る。それと引き出しの中から適当に計量スプーンを。

もしあの”カイブツ”の性質がアタシのこの状況通りの動き方だったら、最悪だ。

対面型キッチンの向こうからは音はしない。動いてないと思う。

それを確認してから計量スプーンを奥に投げ込んでみる。カチャンッと音がして、のぞきこむとそこに向かってトゲを伸ばしていた。間違いない。音だ。

マジか。初の戦いなのに最悪の相性。でもやるしかないんだ。一応心の支えとして魔術も掛けておく。

「ソーサリー:ウォーターダウン」

今まで何にも特別なものもなかったアタシにはピッタリの魔術。不可視の魔術。今のアタシは誰にも、”カイブツ”にも見えない。

音だけで攻撃してくるお母さんの”カイブツ”には意味ないだろうけど。

どっちにしろ音の出ないように近づけばどうにかなる。ゆっくり立とう。落ち着いて。

大丈夫。大丈夫。「大丈夫………。」

トゲは飛んでこない。正面歩いてるけど気が付かれてない。………大丈夫。あと5歩……。

ふと思う。なんで今、こんなに頑張ってるんだろ。怖くてたまんないけど。初めてなんだしハジメ先輩を呼んで、助けてもらったって良いんじゃ。

ガタッ!椅子にぶつかる。椅子が貫かれる。大丈夫……!あと3歩。

それでも足は前に出る。お母さんを助けたい。………なんで?あんなに嫌いだったのに。

あと1歩!

そうだ。思い出した。恩返しだ。助けてもらったから。助けたいんだった。



 「お母さん。お茶ってさ、別に誰が淹れてもいっしょじゃないの?」

小学校の何時だったかな?低学年だったんだけど。まだお父さんもいた頃、昼下がりに2人でのんびりお茶してたときだった。

「あらっ?言うじゃない。お母さん、すっごく勉強したんだからね。試してみる?」

「やる!アタシだって出来るから!絶対飲んでもらうからね!!」

楽しみね。なんて言いながらお母さんは給湯器のスイッチを入れる。

「コレが沸いたらやってもらうからね。1杯頂いたら教えてあげましょう。」

昔からお母さんの紅茶は美味しかった。今ならわかるけど、ホントにおいしい淹れ方だったんだ。

2人で待ってると電話がかかってくる。

「待ってて。」

そうだ。ここだ。お母さんが離れていつ沸くかな?なんて音で教えてくれるタイプなのに、近づいて。あろうことか手に取ろうとして。

そして持った瞬間、音が鳴る。

そこからはもう全然覚えていなかったんだ。忘れようとしてた。

気付いたら首元の感覚が無くて、床が濡れてて、お母さんに抱かれてた。

「ごめんね!ごめん!!私が見てなかったから!!私のせいで!!」

違うんだよお母さん。お母さんのせいじゃ。



 カチャ。

あっ…何か踏んだ。

割れた、ティーカップ。


ズンッッ…!


足の甲に刺さる。

イッッッッッ………!!!

「ッッ……!!」痛い!!痛い痛い痛い!!

声に……!声に出すな……!!死ぬ!痛いッ…!!

「ギッ………!」口から泡が出る。今は全部我慢しなきゃ……!!

「フーッ…!フーッ…!」

するすると足の甲からトゲが引き抜かれている、らしい。トゲが引いていくのは辛うじて滲む視界に写ってるけどッ……!足の感覚なんて全部痛みにかき消されている……!!ッああもう!痛い!!見ないッ!血が!!クソッ!ダメだもう!痛い痛い!…ダメじゃない!!終わったら思いっきり泣き叫んでやるから!!

足元がヌルヌルしてる!ッ血だ!絶対に転ぶな!

近い!いける!!

逆手に持った包丁を振りかざす。涙で、いや、もう意識がふわふわして、朦朧としてるのかもしれないけどあんまり見えない。でもここまで来れば外さない。

待っててお母さん。今、謝るから。

振り下ろす。



 みたいな事があって、すごく疲れたけど、何とか今これだけ書いています。

足には穴が開いてるけど私のマントになってくれてたガルさんが魔術を使って治してくれてます。痛みもないし。ガルさんっていうのが私の使い魔です。

結局お母さんは包丁をブッ刺したら元に戻りました。なんだかんだキライって思ってたのはホントだったからストレス解消になったかも?

まだ起きてこないけど起きたらちゃんと話してみたいと思っています。ただ、”カイブツ”になった人はその間の事忘れるみたいだからまたケンカになるかもしれません。そうなったらそうなったで、やっぱりケンカしてみようと思います。

もう大丈夫。とにかく今日の事は絶対忘れません。

クラウド・ウィッチ。今日からがんばりたいです。疲れましたもうねます。

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