第4話 車

   4.車



 ある時私が大学の女友達3人で、深夜のドライブに出掛けた日の話です。


 深夜のドライブということで、心霊スポットに向かうことになった私たちは、少し離れたG県の、廃れた神社に向かっていました。


 車内は大盛り上がりで、直前の峠道に差し掛かるまで、自分達が心霊スポットを目指しているということを忘れる程でした。


 街灯もガードレールもない、枯れ草の生い茂ったアスファルトの道をぐねぐねと幾重に曲がりながら坂を上がっていくうちに、次第に私たちの口数は減っていきました。


『目的地周辺です。音声案内を終了致します』


 突然話したナビのガイドにどきりとする間も無く、私たちの乗る真っ赤な車は路肩に停まりました。

 助手席に座っていた私は、窓越しに鬱蒼とした山林の合間に見える何処までも続く石段をみて、こんなところに来てしまった事を後悔し始めていました。


「ここだね」

「うん、ここだね」


 二人の友人が口を揃えて頷くと、エンジンを止めて車外に降り始めました。私もそれに続き、シンと静まり返った山の空気に包まれました。

 車道を挟み、向かい側にその目的の神社へと続く石段があるので、横断しようとすると。


「待って、車」


 見ると、街灯もない暗闇の中を、車のヘッドライトがぐんぐんとこちらに向かって近付いてきていました。

 ばつが悪くなった私たち、自分達の乗ってきた真っ赤な車の物陰に隠れるようにして通過を待ちました。


「こんな時間にこんな道を来るなんて、私たちと同じ肝試しの人かな?」

 友人の言葉に頷き、顔を見合わせると、私と同じように苦い顔をしていました。

 程無くしてヘッドライトが間近に見えて来て、私たちは車の影に隠れてそちらを窺いました。


 真っ赤な車、車種も私たちと同じでした。その車が通り過ぎる瞬間に、助手席に座る女の顔が、妙に克明に見えたのです。


 栗色の長髪に真っ赤なルージュ。褐色の肌の左の頬にほくろが見えた。少しうつむいた加減の女は、垂れた前髪の隙間から、白眼を剥き出しにして瞳を見開いて、私を見ました。


 その姿に、その形相にゾッとせずにはいられず、絶句して身動きも取れませんでした。


 何せその姿は、容姿はまるで自分と同じだったのですから。自分と同じ顔が、こちらを怨むような恐ろしい形相で、暗闇の中に紛れる私と目を合わせたのです。


「……ッ!」


「どうしたの明美? 行こ」

 私を心配する友人を他所に、もう一人がこう言いました。

「待って、また車だよ」


 先と同じようにヘッドライトがこちらに近付いてきていました。唖然と立ち尽くしている私は、友人たちによって再び車の影に押し込まれました。

 

 ――見たくない! 見たくない! さっきのは一体なんなの?


 ややパニック気味になって、しゃがみこんで膝の間に顔を伏せて私は車の通過を待ちました。


「行ったよ、明美」


 友人の声に、しゃがみこんで伏せた顔をもたげました。


「ッッ――!!」

 私の目前には、通りすぎたはずの真っ赤な車が停車していて、その助手席からは『私』がこちらを見ていました。

 先の形相とは異なり、今度は焦点の定まっていないような虚ろな瞳で、しかし運転席の窓を開けて、体を半分乗り出して私の方に顔を向けていました。

 次第に次第にその表情は怒りに変わっていき、白眼を向いて額に青筋を立てていく。かと思うと今度は前後に揺れ始め、徐々に徐々に、ガンガンと扉に激しく足をぶつけ始め、髪は激しく乱れ、窓から車外に落ちてきそうな程に激しく前後に揺れていました。


「…………っ! ッ!!」


 声も出せず腰を抜かしましたが、その『私』からは何故だか目が離せないでいました。


 ――――ガチャリ


 助手席が開け放たれました。




 そこから先が全く記憶にないのです。それから次の記憶は、自宅のベッドからでしたから。


 全てがリアルな夢かと思って友人に連絡したのですが、昨日確かに私たちはその心霊スポットに行ったとの事でした。


 しかし、石段の下の車道で車とすれ違ったという事はなかったと二人は話します。


 そして、私たちは3人で石段を上り、廃れた神社に向かったとの事でした。


 石段を上っていた私は一体誰だったのでしょうか?

 そして、あの『私』は一体何だったのでしょうか?

 私には何もわかりません。

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