第1章 成宮生人

第1話 「お前はどっち派よ?」

「ん~! おわったぁ!」


 学生の本分終了を知らせるチャイムが鳴り終わった直後。腕を突き上げ背を伸ばす。

 そこにさらりと茶髪をなびかせ上条かみじょうがやってきた。


「やっべぇな。マジで美脚過ぎんだろ……」

「え?」


 教室の出入り口を眺めながら感嘆のため息を漏らしている。

 そこにもう一人勢いよくて飛び込んできたのは短髪で上背があり体格が良い彼。大澤おおさわだ。


「ああ。あのすべすべした肌よ! 一度でいいから触らせてくんねぇかな!」


 上条の背後から首に腕を巻き付け、こちらも興奮気味だ。

 

「落ち着け、大澤。捕まるぞ」

「おっと。あぶねぇ。ありがとう、友よ」


 二人は視線を交わす。次いでげらげらと下品に笑った。

 見た目からしてチャラい上条は言うまでもないが、一見硬派そうに見える大澤もこの手の話題は大好きだ。

 そしてこの手の話題が僕は苦手だ。


 話を振られたらヤダなぁ、めんどうだなぁ、と思いながら顔を逸らす。が、やはり彼らから逃げることは出来ない。


「で、生人いくと。お前はどっち派よ?」

「……へ?」


 どっち派……?

 選択肢が提示されていないその言葉に、疑問符を頭の上に浮かべた。

 首をかしげていると、さも当たり前だと言わんばかりの顔で大澤が言う。


「……ったく、察しが悪いなお前。2組の鹿島か、ウチのクラスの本田ほんだかって事だろ? そうだろ上条?」


 上条は大きく頷いた。

 彼らが話していた「マジ美脚」とは、きっと今しがたクラスから出ていった本田ほんだ莉々菜りりなさんのことだ。

 それでこの話に繋がったのか。すごい。よくわかったな大澤。

 僕があっけにとられていると、大澤が神妙な面持ちで言う。


「実を言うとだな……。俺はなんだかかんだ、鹿島派だったりするんだ」

「嘘だろ、大澤!? 断然、莉々奈りりなちゃんだろうが!?」


 上条は食って掛かるように身を乗り出した。

 しかし直ぐにハッとしたような顔をして落ち着きを取り戻した。


「……いや、これは朗報か?」

「ああ、そういうことになりそうだな?」

「だな。……被らなくてよかったぜ! 大澤!」

「恋でケンカすることはなさそうだぜ! 上条!」


 二人はぎゅっとお互いの手を握り合う。

 何その友情深め合いましたみたいな空気感……。

 握り合いつつ大澤は視線を向けてきた。


「で、生人はどっち派よ。どっちを選んでも俺か上条と敵になるわけだが?」

「……選べっていってんのか、選ぶなって言ってんのか、わかんないんだけど……」


 若干あきれながら答えると、上条がやたらと偉そうな口調で言った。


「つまり俺派なのか。大澤派なのかってことだ! 生人。どっちか選べ。選べるもんならな!」


 冗談とはわかっていても、圧が凄い。

 ここまできたらどうせ逃げられないのだ。一応は考えてみる。


 2組の鹿島さん。小柄で少し派手な見た目。愛くるしさがある人だ。

 1年の頃から学年きっての可愛い女子として絶大な人気を誇っている女子生徒だ。

 同じクラスにはなったことはないが、僕も彼女の名前と顔くらいは知っていた。

 対して本田さんは――。

  

「んー、そうだなぁ……」


 一瞬。躊躇うフリをして、


「僕なんかが言える事じゃないけど……どっちかっていえば本田さんかな?」


 女子のルックスを比較するという大変に失礼なことに遠慮気味に答えた。

 すると質問してきた本人。上条が飛びかかってくるような口調で言う。


「あたり前だ! 莉々奈ちゃんがお前なんか相手にするわけねぇだろ!」

「ふざけんな! 鹿島さんだってお前なんかに選んでほしくねぇんだよ!」


 もちろん大澤も乗っかってくる。

 ほんと二人のコンビネーションの良さよ。

 でも選んだら選んだで罵倒されるなんて不条理すぎないかな……。


 もちろん彼らも本気で言ってるわけではないのは知っている。この二人とは1年の頃からいつもこんな感じだ。

 しかし上条がついでとばかりに攻撃を始めたのは予想外だった。


「でもよぉ、そんな成宮なるみや君。早乙女さおとめちゃんと付き合ってた事があるんだもんなぁ。……信じらんねぇよな」

「だなぁ……。早乙女も結構いい線いってるもんな。ほんとコレのどのへんが良かったんだか……」

「だな……」


 二人して非難の視線を向けてくる。

 すると上条は突如として右手を振り上げた。左手で僕の肩を強く抱くと、


「『彼女いない連盟』に栄光あれッ!!」

 

 と、叫んだ。

 反対側から大澤が僕の肩を抱いてくる。


「栄光あれッ!!」


 二人共下手に力が強い。口をゆがませ引き顔を作って抵抗をみせるも全く身動きできない。

 仕方なく言葉で抵抗した。


「……いや僕、その連盟に入りたくないんだけど……」

「「なんだと?」」


 二人はぎょろりと僕を睨みつけた。肩に回していた手をパッと離す。

 すると上条が拗ねた顔を向けてきた。


「……ははっ。勝ち組宣言ってやつですか? 彼女いたことある奴は随分とお高く止まってやがりますなぁ」

「なんなのお前。もしかして俺らよりも経験積んでるマウントしたいんか? あ? そうなんか? やんならやるぞコラッ!」


 大澤も当然乗ってくる。袖をまくって、太い腕を見せつけてくる。

 こうなってくると少々面倒だ。

 案外本気になってきそうなので、僕は逃げるように席を立った。

 鞄を肩に引っ掛け走り出す。


「ご、ごめん! これから部活だから、いくね!」

「おいっ! ちょっと待て! 話おわってねぇぞ!」


 掴みかかる大澤を振り切って、逃げるようにして教室の出口に向かう。


「逃げんじゃねぇ! 卑怯者っ!」


 上条の罵倒を背に浴びながらも脱出には成功。急ぎ足でテニス部の部室に向かった。

 今日はこれから他校との練習試合がある。

 こんなバカなやり取りにかまってなどいられないのだ。


「……気分を切り替えなきゃ。がんばろ……」


 上条と大澤の顔が頭には残っていたけれど、無理やりにでも切り替える。

 今日の試合に勝てる見込みは薄いけれど、気持ちだけは負けないように。

 拳を握って気合をいれた。


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