予見

午の宅の土間には

むせ返るような血の匂いが充満していた。


その理由は明らかだった。


地面に全裸の亡骸が転がっていた。


その亡骸は

両腕は肩の辺りから

そして両足は腿の付け根から

斬り落とされていた。

そしてその切断面から流れ出た鮮血が

土間に血の海を作っていた。


さらに

亡骸の目は抉られ、

開いた口には舌がなかった。

そして両耳にはそれぞれ

牡丹と蝶の簪が突き刺さっていた。


それでもその亡骸が夜霧家の四女、

予見のものだということは

ここにいる誰の目にも明らかだった。


それは真っ白な髪と

雪よりも白い肌が証明していた。

彼女は生まれた時より色素がなかった。


予見は七日前に

十五歳の誕生日を迎えたばかりだった。


八人の男女がその光景を前に

呆然と立ち竦んでいた。



「何だよ・・こりゃ・・」

最初に口を開いたのは

この中でもっとも背の低い禿頭の孤独だった。


「う、う・・」

続いて闇耳のくぐもった声が

生成の面の下から聞こえてきた。


「死んでるんだど」

ボサボサ頭の大男が指を咥えたまま呟いた。


「可愛い妹を誰がこんな酷い目に遭わせたの!

 許せないわ!」

赤髪の女が両手を口に当てて

悲痛な叫び声を上げた。

それはどことなく芝居掛っていた。

「けっ、その可愛い妹を

 日頃から虐めてたのはどこのどいつだ?」

そう言って孤独は「ひっひっひ」と笑った。

「五月蠅いわねっ!

 アンタが予見のことを

 イヤらしい目で見てたのは知ってるのよ」

赤髪の女が孤独を睨んだ。

「てめえ、兄貴にむかって

 その口の利き方はなんだ!」

孤独も負けじと睨み返した。

「孤独も狐狸(こり)も止めなさい」

一二三がすかさず二人の仲裁に入った。


「・・綺麗な切り口だよ」

その時、

亡骸を調べていた

長い黒髪の美青年が言葉を発した。

「・・刀傷なのか、陰陽(いんよう)?」

戸口に立っていた八爪が

白い髭を触りながら訊ねた。

陰陽と呼ばれた美青年は首を振って溜息を吐いた。

「はっきりとは断言できないね」


「一体誰がこんなことをしやがったんだろうな?」

孤独はそう言って

狐狸の方に疑いの目を向けた。

「相変わらず馬鹿な男。

 アタシが殺ったって言いたいの?」

狐狸は大きな溜息を吐いた。

「な、何だと、てめえ!

 兄貴に向かって馬鹿とは何だ!」

「あら、本当のことを言われて怒ったの?」

「二人共いい加減にしなさい」

一二三が今度は強く二人を諫めた。


柔らかな朝日が土間に射し込んでいた。

皆の視線が予見の亡骸に集まっていた。


どこからか雀の「チュンチュン」という啼き声が

聞こえてきた。


「陰陽、てめえの怪しげな術で

 誰が殺ったのかわからねえのかよ」

孤独が口を尖らせて陰陽の方を見た。

「さすがにボクの占術でもそれは無理だよ。

 それよりも孤独兄さんの鼻で残り香を

 辿れないのかい?」

「けっ、この血の匂いと

 お前らの匂いが混ざり合って、

 今更どうしようもねえよ」


「・・下手人を見つけてどうするんだ?」

その時、

これまで黙っていた一槍斎が静かに口を開いた。


「どうするってそりゃ・・。

 ど、どうするんだ、親父?」

孤独がそう言うと

皆の目が戸口のところにいる八爪に向けられた。


「・・話は朝食の後だ。

 二郎(じろう)、お前はここを片付けておけ」

八爪がボサボサ頭の大男へ命じた。


その言葉を皮切りに皆が午の宅を後にした。


「始まったか・・」

戸口の前で八爪が小さく呟いた。

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