一章 予見、殺し

日出 卯の刻

幕開

その朝、

夜霧家本宅の食卓の光景はいつもと違っていた。


茶の間には九人分の膳が並んでいたが、

部屋には八人の人間しかいなかった。

男が六人に女が二人。


「予見(よみ)の姿が見えないが?」

部屋の奥、

上座に座っている年配の男が厳かに口を開いた。

白髪に白い髭を生やしたその男こそ

夜霧家の現当主、

夜霧八爪(はっそう)

である。


「部屋で寝てるんじゃねえのか?

 闇耳(あんじ)。

 てめえが行って起こしてこいよ」

禿頭の痩せた小男が

末席に座っている生成の面をつけた少年に命じた。

闇耳と呼ばれたその少年は

静かに立ち上がると無言で部屋を出ていった。


「予見が寝坊するなんて珍しいですね」

長い黒髪の女が誰にともなく呟いた。

「明日は雨でも降るんじゃない?」

その隣の短い赤髪の女が軽口を叩いた。

「ひっひっひ、死んでたりしてな」

先ほどの禿頭の小男が下卑た笑い声をあげた。

髪も眉も睫毛すらないその顔は

さながら浮世絵に描かれた蛸のようだった。


「相変わらず孤独(こどく)兄さんは

 意地が悪いね。

 予見は可愛い妹だよ。

 兄としてもう少し心配すべきじゃないかい?」

肩まで伸びた黒髪の男が

隣に座っている禿頭の小男を

横目でチラリと見ながら言った。

男の中性的な顔立ちは

女性と見紛うほどに美しく

目を見張るものがあった。


「これまでに

 予見が朝食に遅れることがあったか?

 嫌な予感がする」

そう言ったのは左目に鍔の眼帯を付けた

銀髪の男だった。

「一槍斎(いっそうさい)の兄貴が言うと

 冗談に聞こえねえぜ」

「孤独が変なことを言うからですよ」

長い黒髪の女が孤独を静かにたしなめた。

「ちょっとした戯れじゃねえか。

 まったく一二三(ひふみ)の姉貴には

 洒落が通じねえんだからよ」

そう言って孤独は「ひっひっひ」と笑った。


雀が「チュンチュン」と啼いていた。


「お、オラ、もう待てねえど!

 た、食べてもいいか?」

その時、

この中で一番体の大きな

ボサボサ頭の男が声を上げた。

同時に、

廊下を駆けてくる足音がして障子戸が開かれた。

生成の面をつけた闇耳が

障子戸に手を掛けたまま首を左右に振った。


「予見は部屋にいなかったのか?」

八爪が闇耳に問いかけると、

闇耳は無言で頷いた。


「皆で探した方がよさそうですね」

一二三が八爪の方を見てそう提案した。

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