第83話 パルパネオスとひよこ白銀城


 夢斗が〈精神と肉の部屋の中枢〉に向かい、祖父のホログラムと再会していた頃。


 パルパネオスはメイド喫茶で奮闘をしていた。

 

「来たか。腑抜けた面をしているな」

「パルパちゃん! 何度いったらわかるの! バックに来なさい!」

「うわ、店長! これからだというのに……。何をするやめ!」


『お帰りなさいませご主人さま』というはずが、機巧世界侯爵プライドから、メイドになりきれずにいたのだった。


「くそぅ。店長め、我のどこが悪いというのだ?」


 パルパネオスはバックヤードを掃除しながら一人毒づく。


 マルファビスの入れ知恵によって〈機巧世界からの漂流者〉→〈留学中の外国人女子大生〉となったふたりは、生活費を稼ぐべくメイド喫茶〈ひよこ白銀城〉に務めることとなった。


 面接までは順調にごまかせたが、いざ仕事が始まると問題が山積みとなった。


 パルパネオスのポンコツぶりが露呈してしまったのである。


 パリン!と皿が床に落ち、割れた。

 パルパネオスは、割れたお皿を見おろし、「この軟弱者め!」と吐き捨てた。


「パルパちゃん。またお皿割ったの?」


 筋骨隆々としたオカマバー出身の店長・岡野が登場し、詰めるように注意する。

 岡野は温厚な性格で、多くのメイドさんから慕われる店長だった。


 だが勤務初日にパルパネオスが割ったお皿は、これで6枚目だった。


 仏の顔も三度までだ。

 温厚な店長が許せる限界は、とうに超えていた。


「皿が軟弱なのがいけないのだ。我は侯爵ゆえ。自国領地のものはすべて、十全に鍛えている」

「お皿は鍛えられないでしょ?! それに割った事実は変わらないのよ! 入店初日で何枚割ったと思っているの?!」


「なればこそ、軟弱でない皿を我が購入してしんぜよう。強い兵を揃えるのが戦の基本だ!」


 パルパネオスに反省した様子はなかった。

 小柄で白髪のお団子髪でツインテールでも、彼の本来の姿は〈機巧世界侯爵〉だ。


 機巧世界へ至る迷宮の〈番人〉として、多くの侵入者を葬ってきた経歴を持つ武人なのだ。


 闘いしかしてこなかったために、闘い以外のことがまるでダメだった。

 

 店長・岡野は頭を抱える。


「ああもう……。メイド喫茶は戦場じゃないのよ?! お客様に素敵なひとときを提供して寛いで貰う場所なの。あなたは若くて小さくて可愛くて外国人で、今日は初日だからまだ許せるけど。ご主人さまからのクレームはすさまじいのよ?!」


「クレームだと? そんなものは斬り伏せればよかろう。おっと、敵が来たな」

「敵じゃない。ご主人さまよ!」

「主人は我だ! オムライスを運ぶぞ!」


 振る舞いや口調は侯爵のままだったので、軋轢ばかりを生む結果となってしまう。


 パルパネオスは小さな手で、オムライスの皿を掴み席へ運んでいく。

 

「オムライスをやるぞ」


 お客様(ご主人さま)への対応もまた雑だ。

 メイドの研修をした上で、このざまなのだった。


 客席の〈ご主人さま〉が訝しがる。


「あの……。オムライスの魔法は?」

「魔法だと? 我はそのような非科学的な妄言は好まぬ。次の給仕があるので失礼する」

 

 オムライスの魔法もせずに去ってしまう。

 さらに給仕もまた、おぼつかない。


「ふぎゃあああ!」


 運んでいたポットティーを零してしまい、また店長に叱られ「侯爵だ」と謎の逆ギレをする。

 お店はかつてないほどに、てんてこまいだった。

 

「ええい! 機巧鎧装にチューンするあまり、生身がおぼつかない。時間が必要だな」


 パルパネオスの動作がポンコツなのは、機巧鎧装とのチューンが関係していた。

 機巧種族の人間は、機巧鎧装との〈チューン(適合率)〉の高さによって戦闘能力を高めることができる。


 逆をいえば『戦闘能力を高めれば高めるほど、肉体での日常生活が困難となる』ことを意味する。


 パルパネオスの場合は〈白銀の機巧鎧装〉とのチューンが高すぎるあまりに、生身での生活能力に支障がでていたのだ。


「パルパちゃん。私が拾います」

「マルファ。かたじけない」


 赤毛で眼鏡のメイドとなったマルファビスが、パルパネオスの世話をする。

 店長・岡野の目線からみれば、奇妙なふたりだった。


(マルファちゃんはいいとして、パルパちゃんは無いわ。でも初日で首にしたら、何をされるかわからない危うさも感じる)


 店長・岡野は、パルパネオスが小柄な女の子だからといって、油断はしなかった。

 言動から、危険な匂いを感じていた。

 

(大物か。果ては危険物なのか……)


 割れたポットとティーを片付けた後、マルファビスが店長に囁いた。


「店長さん。パルパちゃんを扱いあぐねているようですね」

「ええ。あんたの友達は、いったいどこの星で育ったのよ」


「扱う方法はあります。彼女は正直ですから、ちゃんと数字で突きつけて具体的な行動とセリフを教えてあげてください」

「研修で教えたのに、あの子はちっとも改善しないのよ? 侯爵だのプライドだのとおかしなことばかりで……」


 マルファビスの眼鏡がキラリと輝く。


「ええ。ですから点数で教えてあげるのです。2点であると」

「いいの? あなたの友達でしょ?」


「だからこそです。きっちりしなければならない時がある。ネオス卿……じゃなかった。パルパちゃんは、点数でいえばわかる子です」

「マルファちゃんがまともな子で良かったわ……。私はインド人も中国人も色々見てきたけど……。あの子は規格外だもの」


「後のことは私がフォローします。私達だって生活がかかっていますからね」


 マルファビスの提案を受けて店長・岡野は覚悟を決めた。




 就業後。

 メイド達がスタッフルームに集まり、今日の反省を行う。

 各自メイドが話し合う中、パルパネオスだけは最後に居残りとなった。


 店長・岡野は、傷つけないように誰にも聞こえない声で、パルパネオスに囁く。

 マルファビスに言われた通り、点数を告げて、具体的な改善点を伝える。


「パルパちゃん。あなたにだけは今日の点数を教えるわ」


 パルパネオスの眼が煌めいた。


「うむ。評価と信賞必罰は統治者の努めた。して、我の査定はいかほどのものだ?」

「2点よ」


 岡野にしてみれば、迷ったほうだった。

 だが初日に割ったお皿は23枚。ご主人さまからのクレームの数は13件。

 同僚のメイドからも不満が溢れる始末だ。


 態度もずっと不遜で、改める気がない。

 唯一、マルファビス(マルファちゃん)の助言だけが更生する頼みの綱だった。


「2点? そ、それは……」


 パルパネオスは眼を泳がせる。

 白髪のお団子ツインテールもしおしおと萎れた。


「その……。5段階の☆評価の2点か?」

「いえ。100点満点の、2点よ」


 パルパネオスは膝から崩れ落ちた。

 目から光が消える。予想以上のダメージだったらしい。


「あ、あ……。わ、我は侯爵で……。人を導く存在のはずで……。それが2点?」


 目は虚ろで、白目がむき出しだ。

 綺麗な顔面が崩壊してしまっていた。


 誰にだって間違いはある。

 先輩メイドさんの中にも、会計を間違えたり、噛んでしまったり、うまくできない人はたくさんいる。


 だがパルパネオスのポンコツは、次元の違うポンコツだったのだ。


「まずは侯爵という驕りを捨てなさい。あなたはここで生まれ変わるのよ!」

「あ、ああ、に、にて、2点……。我が、2点?! あ、が、ぎ、かぁ」


 パルパネオスはしばし、控え室で放心した。

 脳の一部が破壊されてもいた。


(乗り越えて、あがってきなさいよ。パルパちゃん)


 店長・岡野はもう少しだけ彼女を見守ることにした。

 大きな挫折を味わえば、後はあがるだけだからだ。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

夢斗は力の成長したので、パルパネオスは精神面での成長をするそうです。

メイドパルパちゃんに踏まれたくなったら、☆1でいいので☆評価、レビューなど宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews





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