第五章 ふたつの道
第84話 ポンコツ共の〈完成形〉
「ロココちゃんから聞いていたぜ。お前、俺の孫なんだってな」
精神と肉の部屋中枢でホログラムのおじいちゃんは語る。
「つっても、俺もまた若くして死んだから若い姿だがな。死んだのにピンピンしてるのは、いわば残留思念って奴だがな。がはは!」
驚きのあまり、再会を喜んでいいのかわからない。
よくよく考えれば、すべては繋がることだった。
精神と肉の部屋のゲートが開いたのは、ばあちゃんから託された〈上限値解放炉心〉が発動してからだ。
おじいちゃんのいる場所にたどり着くのは、一応の筋が通っている。
「あんたがおじいちゃんってなら、教えてくれ。ばあちゃんはどうして……」
聞きたいことが山程あるせいか、夢斗は質問を絞れない。
「『どうして』ってのは、なんだよ? 俺の孫ならはっきりしてくれよ」
「ここまで来るのに色々ありすぎて、質問がわかんねーんだよ」
ずっと、無成長の〈虚無君〉だった。
どれほど迷宮探索に乗り出しても迷宮への適応〈レベルアップ〉ができなかった。
成長が始まったのは、ばあちゃんから託された〈上限値解放炉心〉が発動してからだ。
レベルアップが開放され、様々な限界を突破できるようになった。
ここまでこれたのは夢斗の努力もあったが、〈上限値解放炉心〉の力が大きすぎた。すべての始まりは、ばあちゃんが炉心をくれたからなのだ。
ここで根本的な疑問にぶち当たる。
――〈上限値解放炉心〉とはそもそも一体、なんだったのだろう?――
「なあ、おじいちゃん。ずばり聞きたい。この精神炉心ってのはなんなんだ?」
「ああ。〈炉心〉とは、ある人間に別の精神をインストールする〈遺物〉だ。だが〈上限値解放炉心〉に限って言えば……、人類の〈局地環境への適応〉に特化している」
「局地環境への適応……?」
「見つけたのは〈冥世界〉でのことだった。冥種族の人間が、俺たちの世界に適応をしたかったのかもな」
「おじいちゃんは、〈冥世界〉に行ったことがあるのか?」
「この船がそうだよ。元は冥世界への探査船だったんだよ。もう50年以上も前の話になるがな。十三番目の世界。〈冥世界〉への進出と外交がプロジェクトとして発足されたんだよ」
背後ではPPが声をあげた。
「僕の世界だ!」
夢斗はさらにじいちゃんに向き直る。
「……で。冥種族への進出はどうなったんだ?」
「そりゃもう。失敗だよ失敗。冥世界は物理法則や〈既存の理〉の通用しない、化け物の住処だった。俺はそこそこいい感じの探索者だったが、志半ばで倒れたってわけよ」
おじいちゃんは、「いやぁ~。がんばったんだけどなぁ」とあっけらかんとしていた。
夢斗はいつか見た夢のことを思い出す。夢の中ではおじいちゃんとおばあちゃんはピラミッドのような場所にいた。
あの夢が炉心の記憶だと今ならわかるが、あれが冥世界の記憶だというのか?
「……夢で、みたことがあるんだ。じいちゃんとばあちゃんが、ピラミッドみたいな迷宮で遺物を見つけていた」
「ああ。上限値解放炉心だな。ばあちゃんが使ったんだ」
「ばあちゃんも、上限値解放を……?」
「ああ。冥世界の環境に適応するためにな。冥世界の環境は『時が加速したり』『平行世界になったり』『時が巻き戻ったり……』。そりゃもうバカみたいな場所だった。ばあちゃんは〈適応の上限値解放〉を行ってしのいだんだよ」
「どう、なったんだ?」
「ばあちゃんは適応した。お前さんも使う〈アルテナ〉を身に着け、冥世界の『加速する時間』に対応した。まあそのときの探索では俺もばあさんと一緒に、生きて帰ったんだがな。後になって少々困ったことが起きた」
おじいちゃんは一度、息を吐く。
「ばあさんのお腹にいた子供……。お前の母さんが〈冥種族の迷宮〉に〈過剰適応〉をしていたんだ。ばあちゃんは上限値解放による〈一時的なな適応〉だったが、お前の母さんは肉体そのものが『冥世界に適応』してしまった」
「もしかして。母さんが死んだ本当の理由は……」
「ああ。母さんは生まれたときからアルテナを宿していた。お前さんも使える黒い霧〈アルテナ〉だ。それは『現世への不適応』という形で現れた。お前の母さんは、アルテナの副作用に悩まされていたんだ」
「そん、な……」
「お前の母さんの……。希実香のアルテナは暴走した。黒い霧を全身から吹きあげて心臓が加速したり、遅くなったりしていた。俺は直す手がかりを探しに、探査船に何度も乗り込んだものさ。まあ死んじまったがお前が孫っていうなら、結果オーライでもあるな」
じいちゃんは悲しそうだが、ポジティブでもあった。
どんだけポジティブなんだこの人は?
「母さんが短命なのはわかったよ。でも父さんまで短命だったのは……?」
「アルテナは〈浸食〉をする。その影響だろう」
「〈浸食……〉」
夢斗は今までの〈暗黒武術家〉としての出来事を思い出す。
〈領域による加速〉。
〈相手の技のコピー〉。
たったこれだけのことでも〈浸食〉の意味がわかってしまう。
「なあ夢斗よ。俺は残留思念にすぎないけどよぉ。ひとつだけ聞きたい。あいつらはどんな風に生きたんだ?」
「俺には『平凡に生きて欲しい』っていってた。今あんたから聞いたことは全部、秘密のままだった。全部秘密にして、抱え込んでいた。俺にはいつも、まっとうな仕事で生きて欲しいっていってたよ」
「迷宮には関わってほしくなかったのかもなあ。そりゃそうだわな」
「母さんは、時々、俺を遠ざけている気もした」
「アルテナの浸食を恐れたんだろうなぁ」
「薄々察してはいたけどさ。俺は迷宮ではずっと〈無成長〉だったんだ。適応ができずにレベルアップができなかった。これも……」
「お前さんが『冥世界へ適応した肉体を持っていた』からこそ、『現世への適応ができなかった』だろうな。お前の体内でだけ、『科学世界の迷宮での物理法則が無効化』されていたんだろう。結果レベルアップが不可能になった」
夢斗は絶望的な気分になる。
自分の得た力が、両親の死の原因だったなんて。
しかも、自分自身をも蝕むという。
「こんなのってねえよ。せっかく道がひらけたと思ったのに。俺もいつか、アルテナの浸食で心臓を……」
夢斗が言いかけた弱音を遮ったのは、PPだった。
「んー。夢斗っちは、完全に適応してるよ」
「え……?」
「僕はプラントだからわかるんだ。夢斗っちだけじゃなくて、真菜も、ロココもだよ。全員がアルテナに適応している。ダークアクセルフィールドで心臓を痛めることはないと思うなあ」
おじいちゃんは、若い姿のホログラムのまま、からからと笑った。
「そのプラントの嬢ちゃんがいうなら、心配は無用なんだろ。ったく。お前のことは全然知らねえが、心配性は母さん譲りだな」
「……うるせえよ」
「大方、遺伝を通じて、適応が完了したってところか。俺の……。俺たちの『見立て』どおりだった」
「なんかしっくりこねえな。なんだよ『見立て』ってのは」
「俺たち50年前の探査団は、冥世界への適応ができずに敗北した。冥世界探査団のプロジェクトは頓挫してしまったんだが……。奇しくも、お前がここに来てくれたことで〈継承〉の手はずが整った」
「ちょっと待て! いきなり話を進めるんじゃねえ!」
「何も、なんでもあげるっていってるわけじゃないんだぜ!」
おじいちゃんはホログラムの姿のまま、夢斗に向けて拳を振るう。
「うっ!」
ぶぅんとホログラムのおじいちゃんが受肉を始めていた。
精神と肉の部屋後からか……?
この施設全体を構成する龍〈クォ・ヴァディス〉の力だろうか……。
「お前、自分のことを〈虚無君〉っていってたな。その程度のことで落ち込みやがってよぉ。お前が虚無なら俺たち探査団は志半ばで全滅したポンコツ集団だ。そのポンコツの意思を継承する〈ポンコツ共の完成形〉。それががおま…………ぶぅ!」
夢斗もまた、拳を振るった。
おじいちゃんの肩にヒットする。
「色んな情報が一気に来て、混乱してるが……。拳で語るって言うなら上等だ。俺だってあんたに言いたいことが色々あるんだ」
ホログラムから受肉した、若かりし姿のおじいちゃんが、不敵に微笑む。
そして拳を構えた。
「では改めて名乗ろうか。俺の名は〈京橋文治郎〉。……かつて冥世界まで渡ったS級探索者だ」
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解説
:夢斗の父は婿養子なので京橋性になりました。理由はお父さんが「京橋の方が格好いい」と思ったからです。
※2023/5/25追記
おじいちゃん周りの時系列が難航していたので修正しました。
・祖父は夢斗が生まれる前に死亡。
・探査団壊滅は50年前。当時、夢斗の母は5歳。
・夢斗と祖父の面識はありません。→描写を修正しました。
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スペース
「おじいちゃん、はっちゃけ始めたな!」と思って頂けたら☆1でいいので、☆評価&レビューよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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