第64話 卵
パルパネオス、マルファビスの去った冥種族迷宮。
その最奥の神殿部に一個の巨大な〈卵〉が鎮座していた。
卵の直径は1メートルほど。
浮かぶ文様は幾何学的で、回路か魔法陣を思わせる。
〈卵〉はいつからあったのか。
冥種族の世界から来たものなのか?
存在の理由は、〈卵〉自身も知らない。
自分は〈冥種族〉で『ここに流れ着いた』ということだけ、わかっている。
(僕は……。ああ、そうだ。『見て』いたんだ。白銀の騎士と赤銅千眼の騎士を。強かったなあ。僕はひとりだから戦おうとは思わないけれどね)
何より今の自分には体がない。
〈眼〉を飛ばして迷宮内部の影に溶け込ませることはできたが、それだけだ。
卵のままで生きていた。
意識を持ち、迷宮に〈眼〉だけを這わせて、何年もこうしている。
(ずっと、模倣をしていたんだ。創造〈クリエイト〉をしていた)
影の尖兵を生み出したのは、この〈卵〉の力だった。
〈卵〉はまだ生まれていなかったが、様々な力を持っている。
まず得たのはは【異なる世界の空間に耐える力】だ。
冥種族と迷宮の向こうにある十二の世界は、空気などの環境が違いすぎる。
下手な肉体を受肉しただけでは、呼吸さえできずに死んでしまう。だが卵に包まれているから、動けなくても徐々に『適応』して、生きていける。
適応が必要だったから〈卵〉のままで、何十年も、この迷宮の神殿の最奥に鎮座している。
(〈影〉はいっぱい作ったけどなあ。そろそろ僕自身が受肉をしても、いい気がするんだよね)
また卵は【存在を創造する力】を持っている。
冥種族迷宮にはびこる〈影の尖兵〉も、すべて卵が生み出したものだ。
卵からは黒い触手が伸びる。
触手は迷宮の神殿に触れると、神殿の柱のデザインを変化させる。
卵には〈冥世界〉の記憶が宿っているため、冥世界にあった神殿の記憶をもとに、この迷宮を自由にデザインできたのだ。
〈物質の創造〉の力を駆使し、迷宮を創り上げることで、〈卵〉は自らを守っていたのである。
(でも。もういい加減に、生まれたいな)
卵は、周囲に影の触手を蠢かせる。
影の中では〈眼〉が悲しげにキョロキョロとしている。
(でも、受肉に失敗したら。生きていけないよな)
実験は何度もした。
卵の〈眼〉は、影を伝って、様々な迷宮に向かうことができた。
たくさんの迷宮に〈眼〉を忍ばせて『見て』きた。
迷宮魔獣や探索者の姿をコピーし、同等の戦闘力を持つ〈影の尖兵〉を生み出し、実験をした。
(あの白銀の騎士にいっぱい殺されちゃったけどなあ。まあいいんだけど)
影の尖兵は結局は模造品だ。
心がない傀儡の兵士。
心を造ってみたと思っても結局『アソボ』とか、歪なことしか言わない。
(本当は僕だって、ちゃんと生きたかった……)
卵は生まれようとする。
パルパネオスに攻め込まれたことが、きっかけとなったのだ。
(よし。受肉をしてみよう。もうこちら側の異世界には『適応』した。肉体を得ても生きていけるはずさ)
下ごしらえは十分。
卵のままでできることは、すべてやった。
卵の行ったことは4つ。
①【卵のまま生きて、環境への適応をした】
②【迷宮に〈奈落デスゲーム〉のプログラムをばら撒いた】
③【冥種族の〈遺物〉を送り、自分の仲間となる存在をマーキングした】
(遺物を、誰かが拾ってくれたらいいんだけどなあ)
そして何より。
④【居場所がバレるまで、待った】
今回はゲートをうまく使うことで、パルパネオスらは退けたが、次はもっと大勢で来るだろう。
これ以上は待てない。待っていたら誰かに討伐されてしまう。
(僕が何者かは、僕もわからないけど。受肉をして、動くんだ)
卵は、うぞうぞと蠢き出す。
(生まれるんだ)
パキパキと、幾何学模様を浮かべた卵が、割れ始める。
(僕は、冥種族とか。奈落の軍勢と呼ばれているみたいだけど。ならばそれを受け入れよう)
卵のひび割れからは〈黒い水〉がドボドボと溢れる。
中から現れたのは……。
真っ黒なヒトガタのシルエットだった。
(顔が、ないなあ。うまくつくれないや)
もっと生き物らしく。
肉体を組み替えると、全身がぼこぼこの腐肉になった。
(さすがにこれは駄目だよ。腐肉は駄目)
どうしよう。
でも、ヒトガタにはなったんだ。
しばらくは黒いシルエットのままでいいか。
(見た目はプラントの力で自在に作れるからね。でも、僕の名前は……?)
〈影〉には、自立して学習する機能があった。
〈卵〉の状態で、組み込まれた自立学習機能で、精神を育てていた。
しかし孤独なまま生き続けることには、限界がある。
卵は孤独なあまり、歪な成長を遂げていた。
だからなのか。
自分自身を、孤高の存在として定義してしまう。
(僕の名前は〈プリンセス〉にしよう。僕の存在から、冥種族の王国が始まるんだ……)
そのとき〈ヒトガタの影〉の〈眼〉に情報が映し出される。
――【プラント#97号、受肉完了しました。冥種族本国へ報告します】――
(プラント?)
プリンセスになるはずの〈ヒトガタの影〉は理解する。
卵だったときのプラントの機能。
卵となり環境へ適応する機能。
〈遺物(レリック)〉を撒き散らす機能。
〈奈落デスゲーム〉のプログラムを迷宮に撒き散らす、空間改変機能。
影に〈眼〉を忍ばせて観察する機能。
異世界の他社をコピーし、尖兵として生み出す機能。
機能。機能。機能。機能。
(僕はプラント? プリンセスじゃなくてプラント?)
プラントとは製造施設だ。
工場。農場。生み出すための場所だ。
網膜にさらに文字が浮かぶ。
【プラント97号は役割を果たしました。プラント97号を中心に、冥種族の進行が行われます】
(僕に、仲間が? 冥種族が進行を始める? 来てくれる?)
卵から生まれたヒトガタは迷った。
仲間を待つべきか、ひとりで向かうべきか。
結論は、決まっていた。
(僕は、僕だ。プラントってだけじゃない。僕がはじめに異世界に来たんだから。ずっと暗くて寂しかったんだから。プリンセスは僕だ。名前。そうだ、名前……)
浮かんだ名前は、PP(プラント・プリンセス)。
そのままの意味だったけれど、これ以上に自分を示す名前はないだろう。
(PP〈ピーツー〉って呼んでもらおう)
「ダレカ。ナマエ。呼んで、クレるかなァ」
たくさん遊ぼう。
闘いはアソビだから。闘いによって文明は進歩すると〈卵(もといプラント)〉の自立学習で習った。
いっぱい戦おう。暴れてこよう。
十三番目の、冥種族の姫なんだから。
「まずは白銀の騎士を殺そう」
恨みはないけど。
きっとこれも、文明のぶつかり合いで、成長なんだからね。
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用語解説
卵(プラント97号)
:冥種族が送り込んだプラント。入植技術の結晶。
【環境適応の能力】【空間改変の能力】
【プラント自身の精神の生成】【自立学習】
【兵士の創造】【異世界の生物のコピー能力】などを持つ。
PP〈ピーツー〉
:冥種族迷宮の卵〈プラント97号〉から生まれた精神。自分を冥種族のプリンセスと定義した。自立学習で孤独に育ったため、歪な精神を持っている。
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スペース
二部突入時に「女の子をいっぱいだしたいです」と希望したとおり、また女の子がでてきました(卵から)。今のところまともな奴が一人もいません。あと展開がクトゥルフめいていてすみません。これ以上はクトゥルフにはならないと思います。
『敵かと思ったらプリンセスだった。プリンセスならヨシ!』と思って頂けたら☆1でいいので、評価、レビューなど宜しくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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