第63話 冥種族浸潤


 パルパネオスとマルファビスは冥種族の迷宮で、〈悪魔型〉となった影と対峙する。影は人型をベースに、角と尾が生え悪魔めいたシルエットだ。


 悪魔めいた影は『アソボ?』といいつつも、攻撃をしかけてくる。

 影が槍となり、放たれる。

〈影の槍〉はパルパネオスの背後の壁に突き刺さり、穿っていた。


『ドウシタラ、コワレルカヲ、オシエテ?』

「まるで会話にならないな」


 パルパネオスは身の丈ほどの大剣を構え、戦闘コードを起動。

 白銀の鎧が、全身に赤いライン状の発光を示す。


「斬閃形状〈乱舞〉。軌道〈波形曲線〉。速度定義――」


 機巧種族は意思をプログラムに乗せることができる種族だ。

 肉体に纏った機巧鎧装に、全身の神経をシンクロさせることで、意思と同一の速度でプログラムを行うことができる。


「速度定義――神経発火限界――」


 この間、0.1秒。

 斬撃のプログラムは『人類の反射神経の限界』として定義した。

 通常人類の反射神経は0.2秒(12フレーム)。

 人類の反射神経の限界点は0.1秒とされる。


 反射神経が反応できない速度を、斬撃に定義したのだ。


「刹那調律斬閃〈モーメント・シンクロニシティ〉」


 それは、刹那そのものとなった斬閃だった。

 刹那(モーメント)そのものとなった斬撃とは、機巧世界のプログラムと運動最適化によって刹那を切り刻むことを可能にした運動曲線だ。


 生物の反射神経の限界をついて切り裂く『刹那の再現』となる剣戟。

 パルパネオス自身の機巧鎧装への負荷もすさまじいが、相対するものにとっては回避不能の斬撃となる。


(容赦はしない)


 冥種族の〈悪魔の影〉へ向けて、白銀の騎士の刃が振り下ろされる。

 影は4つに細切れとなり、砕け散った。

 口元は笑みを形作っていた。

 やがて笑みさえも消えて、8分割、16分割となり、黒い欠片の残骸となった。


「あっけなかったですね」

「いや。あれは冥種族の本体ではないだろう。自立機械的な尖兵か……」


 パルパネオスは黒い欠片を踏み砕くと、マルファビスが迷宮の暗闇の向こうを見据えた。


「新たな反応を索敵しました。その数20」

「我一人でも問題ないだろう」


「私も戦いますよ。この〈ヘキサゴン・ジャマー〉でね」


 赤銅千眼の侯爵マルファビスの周囲に、六つの球体が浮遊する。

 球体と球体を繋ぐようにしてレーザーが浮かぶ。


「ヘキサゴン〈熱線モード〉」


 縦横無尽の陣形となって、六つの球体が突貫。レーザーを振りまき、迷宮の向こうに救う〈悪魔の影〉を切り裂いていった。


〈ヘキサゴン・ジャマー〉が取りこぼした〈影〉は、パルパネオスが切り裂いていく。悪魔型の影は残骸となって倒れ伏した。


「進もうか」

「はい」


 パルパネオスらは冥種族の尖兵を撃破しながら、闇に包まれた冥種族迷宮を進んでいく。




 迷宮の影にて。

 機巧種族のふたりを見据える〈眼〉がいる。

 影の中に〈眼〉だけを浮かべた存在だった。


「セカイにキタバカリ、ダケド。ヨソウ以上に……。強イネ」


〈眼〉は影に溶け込み、決して見えない位置からつぶやいている。


「イマはナカマが、いないカラ。見逃して、アゲルヨ」


〈眼〉は虎視眈々と観察をするのみだった。



 

 パルパネオスとマルファビスはあれから長らく〈冥種族迷宮〉を歩いた。


「迷宮探索を開始して、7日と12時間ですか」

「もう根をあげたか? 機巧鎧装をオートモードにすれば眠りながた戦えるだろうに」

「それができるのはネオス卿だからです」


 闇につつまれた神殿エリアを抜けた先は、洞窟、鍾乳洞、また神殿と続いていた。

 もう七日間も、情報の少ない迷宮をさまよっていた。


「情報が記録され送信できる分は機巧世界に送ったから私としては満足なんですがね。気がかりなのは……。これらの迷宮がまるで既存の迷宮を再現し精巧にコピーしているという点です。この区画は有名な〈クリスタル鍾乳洞〉に似ているし。先日の神殿は、天使種族の神殿と酷似していました」


「では冥種族とはコピー能力の種族なのか?」


「断定はできませんが……。既存の十二の世界に仲間入りを果たすべく〈世界の模倣〉を行っているのかもしれません。細胞が細胞をコピーするようにね」


「だが、でてくるのは〈影の尖兵〉ばかりで、未だ話が通じる奴が出てこない」

「その影さえも我々の迷宮の魔獣をコピーしたもののようです」

「いっそう不気味だな……。む?」


 パルパネオスが闇の神殿の向こうを見据えた。白い渦が浮かんでいる。

 別の区画に繋がるゲートだ。

 どうやら七日間かけて歩き通したかいがあったようだ。


「ゲートが見えたぞ。座標を入力して、進めればいいのだが」

「本国に戻ることもできますが?」


「このまま進む。〈奈落デスゲーム〉や〈冥種族〉の根幹に迫る千載一遇の好機なのだ」

「はぁ~。まあ、いいでしょう。こうなったらとことんまで付き合いますよ」


 パルパネオスとマルファビス。機巧鎧装を纏ったふたりの侯爵がゲートに到達。

 キーストーンを起動し座標を入力、ゲートを開く。


「待っているがいい。冥種族共」


 そしてゲートを抜けた先は……。

 無数の自転車の並べられた高架橋下だった。


「は?」


 パルパネオスは素っ頓狂な声をあげる。


 車の音。立ち並ぶビル群。高架下。駅前の人並み……。

 それは、科学世界の街並みだった。


 マルファビスが状況を把握する。


「どうやら冥種族の迷宮を通じて、科学世界に繋がってしまったようですね。冥世界の先に進めなかったため、我々の手持ちの座標に転送されたのでしょう」

「嵌められたのか」


「まだわかりません。彼らは『遊びたい』といっていました。これも遊びの一種なのかも……」

「これでは戦闘はできないか。舐められたものだな!」


 パルパネオスはいつになく憤慨していた。

 科学世界の人間がスマホを取り出し、ふたりを撮影する。


「む。我は見世物じゃないぞ!」

「ネオス卿。控えてください」


「ああ、斬りたい。惨殺してしまいたい!」

「駄目ですよ。迷宮以外での戦闘は異世界間の条約を破ることになります」

「わかっている!」


 パルパネオスはゲートに大剣をしまった。

 甲冑はそのままだが。銃刀法違反は守っていた。

 パルパネオスは怒り憤慨だが、マルファビスは冷静に千の眼で瞬きしつつ、今できることを分析する。


「来た道を引き返すにしても、冥種族の迷宮をまた通るのは得策じゃないですね。科学世界に潜伏しつつ、別の迷宮のルートから本国へ帰還しましょうか」

「電子通貨はあるのか?」


「変換は可能です。キーストーンをタッチにかざせば使えますが15万エーンが限度額です。今いる地域は……。どうやら科学世界・境台市のようですね。あの少年の住んでいる座標でもあります。ネオス卿の登録していた座標に出たようですが。もしやネオス卿……」


 パルパネオスは横を向いた。


「ネオス卿。どうして少年の街の座標を登録していたんです?」

「それは……」


 今度は空を仰ぐ。

 パルパネオスは青い空をみてぽつりと呟いた。


「パフェとか食べたかったから」

「は?」


「パフェを食べたかった。科学世界のパフェは美味いと聞いた。パフェ食べて、帰ろう」

「いや。あの少年に執着していたんじゃないのですか」

「パフェのためだ。上手いパフェの店があるんだよ!」


 パルパネオスは疲れから気が立っているようだった。

 稀にそうなるように駄々をこね始めている。


「あー。電池、切れちゃいましたね」

「ぜっったいパフェ食べる!」


 パルパネオスのキーストーンにこの街の座標が登録されていたのは、あの少年への執着なのだろうが、追求して怒られるのもよくないだろう。

 マルファビスは諦めて、電池の切れたパルパネオスを宥めにかかる。


「人目につかないところで鎧装を解きましょう。我々も鎧装さえ取れば科学世界の人間と一緒です。網膜にナノマシン影があるのと、お風呂に入っていないのが気になりますが」

「銭湯というものもあるようだな。極楽だそうだ。ホテルではなく街の銭湯を体験してみたい」


「そう言うと思って『翻訳アプリ』も起動しておきました。始めはカタコトですが、数分もすれば流暢になるでしょう」

「〈冥種族〉に出し抜かれたのは悔しいが……。我々は十分戦った。責務は果たしたから切り替えて、科学世界の観光をするのも悪くないだろう」


「ふふ。あなたのそういうところ、結構好きですよ」

「侯爵たるもの、楽しみを交え仲間や部下をねぎらうのは当然のことだ」


 ふたりは人気の無い路地で鎧装を解いた。

 機巧鎧装のパーツをひとつひとつ分解し、ゲートに収納していく。

 やがて機巧鎧装からは、人型のシルエットが浮かんでくる。

 

 白銀の鎧装からは、白髪にお団子頭のツインテールの少女が。

 赤銅千眼の鎧装からは、平均的な身長の赤毛の女性が現れる。


 機巧種族といえどベースは人間体だったのだ。


「では、科学世界観光へ」

「ええ。進行しましょう」


 鎧装を取り払ったふたりの機巧種族は、科学世界を満喫するべく歩き出した。


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用語解説

刹那調律斬閃〈モーメント・シンクロニシティ〉

:パルパネオスの斬撃技。反射神経の限界を超える速度の斬撃を繰り出す。機巧鎧装のプログラムで駆動するので、起動率100%。生物は基本的に回避不能である。


ヘキサゴン・ジャマー

:マルファビスの武装。直系30センチほどの6つの球体を操る。

:レーザー、爆破、ジャミング、磁力、ガス、転送能力を持つ。


冥種族の尖兵

:冥種族から放たれた〈影の姿の尖兵〉。こちらの世界の迷宮魔獣をコピーした形状となっている。


冥種族迷宮

:十二の異世界をつなぐ迷宮を、コピーして作り出しているようである。何故冥種族がコピーと増殖を続けるのかは不明だが、冥種族が〈コピーと増殖が可能な種族〉ということだけは判明した。


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スペース

とても大事なことを言います。

筆者は鎧から女の子が出てくるのが大好きな人間です。

ごつい鎧からは9割型女の子がでてきます。


くらげバンチさんで連載している『女騎士とケモミミの子』はマジでおすすめです。




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