第62話 S級との対話
(勘違いしないでくれ。ロリコンといっても『もみ教授は私のすべて』ということを伝えたかったのだ)
ペルソナスフィアの精神の共有でいきなり『ロリコン』を告白した氷川だったが、問題の本質はロリコンかどうかではなく、〈もみ教授〉にあるようだった。
確かにもみ教授は、教授ながら中学生のような風貌で、ウェーブのかかったブロンド髪なんかは西洋人形のようでさえある。
だぼだぼの白衣なんかは、庇護欲しか湧いてこないほどだ。
夢斗は冷静になり、氷川の真意を察した。
(あの、氷川さん。つまりあなたは、もみ教授が好きなのですか?)
(教授に仇なす者は私がすべて殺してきた。君も変な気を起こさないことだな)
恐ろしいS級だったが問題は『彼の恋路にあるのでは?』と、夢斗は考える。
(いえ。起こしませんが。ちゃんと想いは伝えたのですか?)
氷川は、再び深く息をすい、告げた。
(夢斗君。私はもみ教授を崇拝している。野暮なことはすまい)
(告白は、してないんですね?)
(……大人同士は色々あるんだ)
ビビって告白ができない、という風に夢斗には解釈できたが、これ以上は何も言わないことにした。
(氷川さん。俺はもみ教授には何の感情も抱いていません。何よりもう大事な人がいるんです)
(そうか。なら問題はない。君を殺さずに済みそうだ)
なんだか挑発された気がしたので、夢斗もまたやり返したくなってくる。
(あなたはもしかして……。告白できない片思いの相手を取られそうだから、妬んでいたんですか?)
(……大人同士には色々とあるといっただろう?)
(図星かよ!)
ここで意識の共有が途切れてきた。
Sランク探索者の氷川はやばい人なので、関わらないようにしようと思う。
氷川との通信が終わり、もみ教授の顔がくっきりみえてきた。
「どうした? ぼうっとして」
「いえ。氷川さんと意識で会話をしていました。なんでもペルソナスフィアの効果とかで……」
「ああ。ランクが近い人だと会話ができるんだよ」
「へぇ。変な話ですね。Bランクの俺とSランクの氷川さんが会話なんて……」
「やっぱり何か隠しているな!」
もみ教授にチョークスリーパーをされた。
やわらかい感触が伝わってくる。
廊下の向こうで氷川がみていた。
「教授にチョークスリーパーされるなど。羨ましい!」
イケメンの眼光は殺気に満ちていた。
「め、迷惑すぎる!あんたらもう結婚してくれ!」
氷川から殺気が消えた。
廊下のガラス戸を開けて氷川が覗いてくる。
「結婚を祝福してくれるのか? 君は友人になれそうだな。少年」
「落差が激しすぎて怖いな!」
もみ教授はというと「探索者同士で通じ合ったのかい? 結婚って君たちがかい?」と、他人事だった。
茶番をやりつつも、もみ教授はPCにデータを打ち込んでいく。
やがて用紙が印刷された。
「はいよ。今日の測定結果だ。Bランクの申請は通ったよ。あと、これは私からの報酬だ」
携帯をみやると3万エーンも振り込まれていた。
「こんなにいいんですか?」
「被検体としての報酬だよ。正当な対価さね」
もみ教授に測定されたり、SランクSP氷川の殺気が痛かったりしたが、終わってみればBランクの申請が通り、お金まで貰って、すべてが成功していた。
もみ教授と固く握手する。
「何かあったらまたよろしく」
「はい。こちらこそ!」
「素直で良い子だ。うふふ……」
ひと悶着ありつつも、嵐のような能力測定をくぐり抜けたのだった。
夢斗が帰宅した後、もみ教授の研究室を氷川が尋ねる。
「よかったのですか教授。なんの実績もない少年に眼を掛けて……。また上からドヤされますよ?」
「そういい子ぶるなよ氷川。私は君の戦士としての感想も聞きたいのだ」
もみ教授は椅子に座り、氷川を見上げる。西洋人形のような顔立ちだが、その表情は新しい研究対象を見つけたことで、うきうきしていた。
「私の感想など……。教授のペルソナスフィアを否定することになります」
「私はね。科学者だからこそ、君のいう〈戦士の感覚〉を大事したいんだ」
「あくまで〈闘気〉という形でしか表現はできませんが」
「いいだろう。教えてくれ。君の〈闘気〉が感じた彼のランクを」
氷川は躊躇いながらも応える。
「彼は……。京橋夢斗は、紛れもなくSランクには到達しているでしょう」
氷川の見立ては、夢斗を侮ったものではなかった。
『なんの実績もない』と評価はしたものの、感じる〈闘気〉からは紛れもない同格の匂いを感じていたのだ。
「ふむ。ならば今回ばかりはペルソナスフィアの測定結果よりも、君の〈闘気〉を信じようと思う」
「教授!」
「失敗を重ねてこそやりがいがあるというものだよ。この巨大な金の球も、改良に改良を重ねてこそいい味になってくる」
もみ教授は、部屋の中央に鎮座したペルソナスフィアに触れる。
「また、少年を呼ぶつもりですか?」
「夏休みの間くらいは、バイトに来てもらおうかなぁ。それに彼、測定の時に何かしていたでしょ?」
「はい。〈闘気〉に乱れがありました」
「〈何か〉をしていたんだ。私たちにはわからない〈何か〉をね。これだけで研究対象になりえる。彼の中に別の何かがいるのかもしれないし。それも含めて、研究のしがいがある」
もみ教授は可愛らしい顔立ちで、にたぁと、悪い笑みを浮かべる。
「そもそもペルソナスフィアで意識の共有が発生した時点で、私と同じランクですからね」
「おや、なーんか話してたの? 君たち!」
「男同士の話を、していました」
「どんな話?」
「守るべきものについての話を、です」
「渋いねえ。彼にもあったのかい? 守るべきものが」
「すでに、持っていました。だからこその芯の強さかと」
「彼ねえ。私は矛盾しているようにみえたけどね。夢斗君は……。ぽわぽわしているようでいて抜け目ない。素直な子だけど壁がある。知識はないけど賢い」
「同感です」
「矛盾を抱えすぎているんだよ、彼は。そこもおもしろいんだけどね」
もみ教授は袖の長い白衣で、腕をぶんぶんふり、きゃっきゃと笑う。
「善良で素直だから、誤魔化すときさえ素直だった。『ああこいつ誤魔化しているな』ってのはバレバレだったけど、何を誤魔化しているかはわからなかった。くねくね逃げる奴よりも全力疾走で真っ直ぐ逃げる奴が速いようなものだね。そして私さえも欺いた」
もみ教授はすぅと眼を細める。
「私は『欺いたことを理解した』。だけど『何を欺かれたか』はわからない。こんな面白い状況はなかなかないね」
紅葉・ノイエジールは不敵に微笑み、窓の外をみやる。
氷川もまたもみ教授の横顔をみやり、あの少年を思う。
「いずれ戦うことになるかもしれません」
「お手柔らかに頼むよ。Sランク」
氷川はSPであると同時に、Sランク探索者でもある。
好敵手になりえる存在として夢斗を認識し始めていたのだった。
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スペース
もみ教授は夢斗に興味があるので、しばらく付き纏ってきます。氷川はSランクですが、本質的に夢斗に近い陰キャなので、恋路が実るのはもう少しかかるでしょう。陰キャに優しい作品を心がけていきたいです。
『陰キャに優しいのは○!』と思って頂けたら☆1でいいので、評価、コメント宜しくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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