三章【手に届きそうな幸せ】
第65話 手に届きそうな幸せ
夢斗のお財布は順調に潤っていった。
朝はコンビニバイトをこなし午後から予備校へ。
休みの日は迷宮探索で予備校の費用と大学の学費を稼いだ。
週に一回、もみ教授の研究所で測定の実験体となることでさらに収入を得た。
夢斗とロココは毎回〈擬態上限値開放〉を駆使して普通の探索者を装い、もみ教授の眼を欺いた。
(良心の呵責はあるが。このままいけば飽きられるだろう)
事実、もみ教授は夢斗に関して、興味を失ってきたようだった。
ペルソナスフィアで測定をされても、現れるのはB+の普通の探索者のパラメータだけだ。
だんだんともみ教授の機嫌が悪くなってくる。
「普通。平凡。平均。凡庸。凡骨」
「ありがとうございます。底辺だった俺にとっては褒め言葉です」
「君のこと、買いかぶってたわ。この分だと実験のバイトもあと数回だね」
「お力になれずにすみません」
表面的にやりすごしつつ、お金を振り込んでくれるので悪い気はしない。
Bランクとなったことで、迷宮探索の収入も増えたし、もみ教授の実験を手伝うことでもお金を貰っていた。
すでに大学の入学費分のお金には届いている。
食費はキラキラ肉でどうにかなるし、役所から降りる迷宮探索者向けの補助金制度も、真菜がなんとかしてくれていた。
さらに収入アップが見込めるだろう。
「お疲れ様でした」
その日帝都大学での実験を終えると、もみ教授はやる気なさそうに夢斗にいった。
「あー。君、来週からこなくていいから」
「お力になれず、すみません」
「思いの外、凡庸すぎた。すばらしい逸材かと思ったけれどね。はぁ……。ああ、お金はちゃんと振り込んでおくからね。私はホワイトなんだ」
「恐れ入ります」
ちょっとショックだったが、仕方ない。
毎度ペルソナスフィアに内側を精査され、ロココに〈擬態〉をさせるのも簡単な話じゃないのだ。
ここらで、打ち切って貰えるのは夢斗としてもありがたかった。
「ありがとうございました」
「あいよ」
もみ教授はひらひらと背中を向けて手を降っていた。
短い間だったけれど、S級の氷川さんに会ったり、夢斗にとっては濃い経験となった。
「少年を手放してよかったのですか? 教授」
夢斗が研究室を後にしてから、氷川がもみ教授に訪ねた。
「さっそく気づいたようだな氷川」
「SPの領分を超えて、さしでがましいとは思いますが。私にはどうしても夢斗君がBランクとは思えません。突き放すのは早急かと」
「私もそう思うよ。だからわざと突き放したんだ」
「わざと?」
「ペルソナスフィアで測定するよりも、野放しにするほうがいいデータが取れると思ったのさ。彼との会話の中で活動範囲は絞れたし。これからは彼の探索者としての活躍を外側から眺めるとするよ」
「しかし彼は大学受験を控えていると言っています。普通の人生を歩みたいとも……」
もみ教授と氷川は数回の実験の間で、夢斗の人となりを把握していた。
根は善良。努力家のようである。
知能、運動能力、ともに平凡。
ちょっと悪ぶることもあっても、基本礼儀正しい。
かつての迷宮探索者適正は最弱。
〈無成長〉ゆえに〈虚無君〉と呼ばれていた。
「普通の人生、ねえ」
もみ教授は天井を仰ぎ、ため息をつく。
「本当に彼が善良なだけなら。探索者はやめるだろうさ。だが私は彼の中の〈魂の輝き〉をまだみていないんだよ。ペルソナスフィアでは図りきれない、闘いの中で生まれる輝きだ。それは測定じゃなくて闘いの中でしか拝めない」
「彼に、教授の求めるものが秘められていると?」
「だって彼。私が平凡だの凡庸だのけなしても、微動だにしなかっただろう? だから確信したのさ。『ああ、やっぱりこいつは持っている』ってね。でもね。正面から行くだけじゃ、彼は真実を見せてくれないってのもわかったんだ」
「迷宮探索をやりますかね。彼は受験生ですよ?」
「今年の探索者業はもうやらなくても来年があるさ。来年は私の主催する〈遠征〉がある。探索者を集めて集団で迷宮へ向かう〈遠征〉だ。大学生になった彼を〈遠征〉に誘うのさ。生の闘いをみてから、彼のことは判断しようと思うよ。氷川も、そのときがきたらよろしくぅ」
「……仰せのままに。しかし私の見立てでは」
「何だ?」
「彼は輝きというよりも。狂気を秘めている気がします」
「君がそういうなら。野放しにして正解だったな。狂気はじっくりと観察しなくちゃだもんね」
もみ教授と氷川は、夢斗を突き放しつつも、強者として認めていた。
ふたりはまだ知らない。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらをみている、ということを……。
「ただいまぁ」
精神と肉の部屋に帰宅し、夢斗と真菜、ロココの三人でご飯を食べながら、おそるおそる貯金の話をした。
真菜がおそるおそる家計簿を差し出す。
「夢斗君。お金の話は敏感なんだけどね」
「わかっている。だが各自貯金は内緒にしつつ。将来必要な額はオープンにしたほうが賢明だ。企業だって資本金とか色々オープンにするものだからな」
「うん。だからね。私は学費と生活費を、君になら打ち明けたいと思うの」
「彼氏になんでも打ち明けるのは、DVと支配の始まりだぜ?」
「夢斗君はそんなことしないでしょ? それにお互い家族はいないし」
「お金にだらしないのは破滅を招く、か。だからこそ互いに牽制をし合う」
「ええ。夢斗君が駄目人間になっても。私は貢ぐつもりだけど」
「待って。愛が深い」
真菜の目はギラついていた。
「だからこそお金は大事よ! さあ家計簿をオープンしましょう!」
「俺もまけるわけにはいかない。俺の家計簿をオープンする!」
夢斗と真菜は家計簿ノートをみせあった。
学費と生活費、現在の探索者としての収入と支出……。
人生を進めるためのお金を、確認しあう。
「足りてる」
「ああ。いけるぜ」
「欲を言えば後一回くらい迷宮探索でがつんとお金を稼ぎたいけど。これならしばらくは探索者をやらなくても」
「勉強に専念できるぜ」
「頑張ったかいがあったね。じゃあ、海に行こう」
「ああ。これからも、切磋琢磨して……。って海?」
「海。息抜き。じゃーん!」
真菜はカバンから水着を取り出していた。
「はぇ?」
「お金の話ばっかりじゃ、持たないでしょ。だから海、みんなで行くの。ねえ、ロコちゃん!」
真菜はゲームをするロココに水着を着せようとしていた。
「なあ、真菜。君って。やっぱり陽なんだね」
「落ち込んでたけど。誰かが陽に戻してくれたの」
ロココもロココで「真菜さん。ゲーム中に服は脱げません」といいつつも、まんざらでもなさそうだった。
夢斗は思う。
探索者としてお金を溜めることはできた。
本格的に受験生になっていい大学を目指して。
もし駄目でも専門学校で手に職をつけたりして。
人生を軌道に乗せるんだ。
(そのために息抜きで海に行くくらい、別にいいよな)
リビングでは女の子ふたりが、水着を合わせるとかで揉めていた。
幸せな日常が、続けば良いなあ。
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スペース
一回水着回やりたかったので、水着回やります。
『生足魅惑のマーメイドこい!』と思って頂けたら☆1でいいので、評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
あと寂しいのでそろそろレビューもください(ちいかわ)
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