第60話 ペルソナスフィア


 夢斗が案内されたのは、【帝都大学、理工学部心理学部共同研究室、迷宮研究プログラム学科】の一室だった。


「こっちだ」


 もみ教授の小さな背中の後を追い、夢斗は研究室に案内される。

 廊下を歩いていると、知り合いの学生達が一斉に挨拶を送ってくる。


『お疲れ様です! もみ教授!』

「はい、お疲れ様」


『ハイ! ミス・モミ』

「ハーイ! ミスター・ダニー!」


 外国人らしき他の教授も挨拶をくれる。

 もみ教授は中学生のような見た目ながら、本当に教授のようだった。


 ウェーブのかかったブロンド髪は、ともすれば西洋人形のようでさえあるが、白衣から滲み出るオーラは伊達ではないらしい。


「到着だ。入るがいい」

「失礼します」


 研究室に付くと、夢斗は部屋の中央にある直径2メートルほどの〈巨大な金色の球体〉を目の当たりにした。


「この金色の球は?」

「迷宮探索者の脳内にインストールされる迷宮システム、〈パラメーター〉や〈クラス〉などが脳裏に現れる現象が、いかなる原理で発生しているかを検証するための、測定装置だよ」


 もみ教授は、饒舌になって語り始める。


「球の名前は【精神具象化炉心・〈ペルソナスフィア〉】だ! 正式名称はペルソニフィケーション・スフィアだな」


 もみ教授のターンがしばらく続く。

 話し出すと止まらなかった。


――――「ペルソナスフィアはいわゆる〈脳波〉だけでなく〈脳神経細胞〉までも観測できる優れものだ。

 私が思うに、迷宮探索者の心にパラメータがインストールされるのは、量子的な透過現象によって、人の脳のデザインさえも外部的な書き換えが行われているためだ。しかも生物の機能を損なわずにな。

 我々の世界では実現不可能な技術が、迷宮内部では自然現象として起きているのは周知の事実だが、自然現象という曖昧な言葉では、何も理解したことにならない。科学とは具象化であり確実性の体現だからな。よって精神を映像として具象化できるのがこの……」


 もみ教授のターンはまだ続く。


――――「……ペルソナスフィアを使うことで、【人間の成長限界の開放】についての研究も深まるということだ」――


 夢斗は目が回ってきたが、もみ教授の言葉から不穏さを感じた。


(これ。ばあちゃんが言っていたことじゃね?)


 精神炉心ロココと、じいちゃんが【人間の限界を超える研究】をしていたこと……。


(もしかして、俺。まずい状況にいる?)


 逃げるにしても夢斗はもう、研究室の中に入ってしまった。

 ペルソナスフィアに触れれば、夢斗の中身を知られてしまうことになる。


(ロココ。これ誤魔化せるのか?)

(役所の簡素な測定器なら問題ありませんが。彼女の力にしてみれば夢斗さんは丸裸にされてしまうかもしれません)


(まずい。まずいまずい!ランクを測定してもらうどころじゃない。ロココの存在まで露呈してしまう?)


 そうすれば夢斗は実験ネズミになる可能性があるかもしれない。

 もみ教授もとい、紅葉・ノイエジールをみやる。


 ブロンド髪をカチューシャで纏めた幼い少女……。

 その眼光は冷たく、悪魔めいた渦を宿していた。


「ん、どした?」


 もみ教授が振り返る。

 夢斗をみている眼は、昆虫を眺めるような、観察者の眼だ。


(逃げた方がいいかもしれない。けど、どこへ?)


 SPの気配はまだ周囲にあり、がっちり警備している。

 探索者としてみればBランクからAランクの実力はあるだろう。

 その数はおよそ5,6人。


(言い訳をしてみるか)


 夢斗はどうにか切り抜けるべく、考える。

 大きな声で、圧倒的言語力を有する教授に、斬り返した。


「あの!」

「うわぁ! びっくりした! なんだね。大きな声で」


 やはり大きな声は重要だ。場を一瞬でも、ひっくり返せる。


「俺がもし偽物だったらどうするつもりだったんですか?」

「それはないだろ。みればわかる。鍛えられているからな」

「う……」


 もみ教授が夢斗のにの腕に触れた。


「それに周囲のSPもすでに君の力を認めているよ。いつになく緊張しているらしい」

「気のせいですよ。俺はヒョロガリですよ」


 もみ教授が、夢斗の胸板に触れる。

 細い指先が艷やかだった。


「嘘をつくなよ。触診した時点で、もうわかっていたんだよ」

「な、何を……?」

「このダイヤモンドのように鍛え上げられた肉をな」


 やけにドキドキしてくる。もみ教授は子供にしかみえないはずなのに……。

 上目遣い。少し隈のある目元。

 細い指……。

 彼女のすべてが、妙な色気を纏っていた。


「君の素質もまた原石なんだよ」


 もみ教授は夢斗の肩に手を掛ける。

 反撃しようにも、見た目が幼女なので手出しできない。

 やがて夢斗の耳元に、もみ教授の息が吹きかかる。


「さ。ペルソナスフィアに触れて、ランクを測定するんだ」


 ぞわりと、ささやかれた。


「やめて……。ください。あ、ASMRのつもりですか?」

「ああ。リアルASMRだよ。私くらいになれば、朝飯前さ。さあ、スフィアに……。この球に触れるんだ」


「ごめんなさい。俺は対した奴じゃないんです。せいぜいCランク程度で」

「御託はいい。君はランクを測定に来たんだろう? だったら早く球に触れるんだ!」


 幼女(にみえる)教授にせまられ『球に触れろ!』と急かされている。


(やばい。すさまじく、やばい状況だ)


 目の前には2メートルほどの金色の球体、精神具象化炉心・〈ペルソナスフィア〉。


 名前のとおり、触れれば最後、夢斗の中身を精査されてしまう。

 ロココの存在もまた露呈してしまうだろう。


 SPを振り切って逃げることも考えたが、ロココもまた慌てていた。


(まずいです。いままでは〈上限値開放〉で危機をくぐり抜けてきましたが。この状況はパワーアップでは駄目です。夢斗さん、案をください)


 いままでは『何を上限値解放するか』を夢斗が指示してきたし、最近ではロココ自身もアドリブで上限値解放を使うことができる。


 だがこうした『パワーアップ以外の場面』では、まだロココだけでは『気の利いた上限値解放』は難しい。


(擬態? 幻覚? そもそも上限値解放で乗り切れるのか? ええい! 擬態上限値解放だ!)

(やってみます)


(ロココ。君を信じる)

(もう少しだけ、時間を稼いでください)

(わかった)


 もみ教授が手を合わせてくる。


「はい。君は、球に、触れたくなーる!」

「待ってください教授。心の準備が……」

「歩いて。右、左、右……。どうして歩いてくれないんだ?」


「少し、時間をください」

「大きな金色の球に触れるだけだよ。早くしてくれないか?」


 夢斗はロココを信じて時間稼ぎをする。

 渋る夢斗を動かそうと、もみ教授はくるくると全身を回転させて、奇妙な踊りを始める。


「はい! たーま! たーま!」

「うぅ……。たま……たま……」


「そう。その意気だよ。はい、たーま!」

「たま……。たま……たまに、触れる?」


 夢斗はだんだん、もみ教授に乗せられてしまう。



「そう。触れるだけで、いいんだよ」

「触れるだけで」

「はい。一歩ずつ近づいてね。右、左。そうそう。よくできましたね~」


 幼い少女の見た目のブロンド髪の教授に、ママ言葉で促されると、どうしても身体が動いてしまう。


(この人、魔女か? く……。抗うことができない)


 夢斗は、ふらふらした足取りで、研究室中央・ペルソナスフィアに導かれていく。


(ロココ。いけるか?)


 もみ教授は激しさを増している。


「たーま! たーまっ! さあ球まで、あと一歩。えい!」


 教授に背中を押され、夢斗はペルソナスフィアに触れてしまう! 


(南無三!)

(なむさんです)


 そしてペルソナスフィアが応じた。


【迷宮探索者を感知しました。測定を開始します】


 夢斗が触れるや巨大な金色の球体が、虹色の光を放つ。

 もみ教授が腕を組みにっこりと微笑んだ。


「うちのペルソナスフィアは市役所に支給されているものとは違う。役所のものはAランクまでしか測定できないが、このスフィアはSSSランクまで測定可能だ。みせてみるがいい。漆黒の颶風の少年よ!」

「うわぁ!、うわぁぁぁぁ!!」


 ペルソナスフィアの球体の光が夢斗を包み込むと、ホログラムと文字列が浮かんでくる。

 夢斗のパラメーターランクが、詳細に分析され、暴き出されてしまう。

 

――――――――――――――――――――――――――――

スペース

戦う話だと幼女を出すのが不自然なので、幼女枠は合法的に教授にしました。


『ロリ教授もいいね!』と思って頂けたら☆1でいいので、評価、コメント宜しくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る