第58話 機巧世界と冥世界との接触


 機巧種族侯爵、白銀の騎士〈パルパネオス〉と赤銅千眼の侯爵〈マルファビス〉はゲートを伝い、未開の迷宮にでていた。


〈奈落デスゲーム〉の研究結果から算出した〈波長〉を解析し、冥種族の存在する〈迷宮座標〉を特定。誰も踏み入れたことのない迷宮座標へと赴いたのだ。


 転送された迷宮は、一面が闇の洞窟だった。

 未知の迷宮を便宜上【冥種族迷宮】と名付ける。

 パルパネオスとマルファビスは、かすかな視界だけを頼りに〈冥種族迷宮〉を歩いて行く。


「マルファビス。いつでも帰還できるようにゲートは把握しておいてくれ」

「警戒は怠りませんよ。十三番目の世界は〈外側の理〉の力を用いる可能性が高いですからね」


 マルファビスはキーストーンとゲートの接続状況を常に把握する。

 キーストーンの表示にはアンテナが三本立っていた。緊急時でも即座にゲートを開き機巧世界への帰還が可能だ。


 赤銅千眼の侯爵は、機巧世界では有名な〈迷宮エンジニア〉の力を持っていた。迷宮内部でジャミング(妨害)を受けたとしても、ゲートの発動を妨げられたことは一度たりとなかった。


「万が一があれば、我は貴殿だけでも帰還させるつもりだ」

「あなたほどもあろう人が慎重ですね」


 パルパネオスは、人の体ほどの刃渡りの大剣を肩に担ぎながら『最悪の想定』について話す。


「敗北するつもりはない。だがすべての想定を受け入れることができるのが、真の強者だろう」


 パルパネオスの言葉には重みがあった。

 迷宮探索者として番人としての戦闘経験が、彼の言動に説得力を持たせていた。


「〈外側の理〉ならば、迷宮のルールさえも打ち破ってくるかもしれませんからね」

「ああ。どこまでも用心はする」


 懸念されるのは〈番人〉の存在だった。

 迷宮には守護のための〈番人〉が設置されている。


 番人を倒し迷宮を踏破すれば、その迷宮は踏破した者の所属する世界のものとなるが、今回の相手〈冥世界〉は〈外側の理〉から来訪した新たな種族だ。


 既存の十二の異世界のルールが通じるのかがまず疑問だった。


「迷宮のルールは通用しないとみていいでしょうね」

「向こうがルールを理解しておらずとも、武力には抗えない」

 

 パルパネオスの大剣が闇の中で煌めく。パルパネオス自身が番人としての仕事もしているため、迷宮と異世界間の争いの実情を肌で理解していた。


 迷宮では武力がすべてだ。

 そしていまも、武力を行使するべく、闇の中を歩いている。


 ルールが通じない場合は武力をぶつければいい。

 パルパネオスの心中ではすでに覚悟が決まっていた。

 

「しかしこの迷宮は……。みたことのないタイプですね」



 マルファビスの言い分はもっともだ。

 辺りは一面が漆黒で、灯りを放っても闇に溶けてしまう。


 ライトさえも吸い込んでいく、深い闇だ。

 地面は存在するが、それだけである。


「空間が形成されつつある途中のようですね。前方は〈無〉のようですが。おや、地面が浮き上がってきているようです」

「少しだけ待ってみよう」


 待っていると、漆黒の空間がみえるようになってきた。


 石畳の地面。

 遠くには柱がぼうと浮かぶ。

 神殿のような作りの迷宮だった。


「灯りが通じましたね。だんだんと見えてきました」

「いままで灯りが闇に吸い込まれていたのは、どういう原理だろうな」


「仮説ですが。我々の時空間の理にチューニングを仕掛けてきていたのではないでしょうか」

「『我々の時空間に合わせてきた』だと?」


「この世界の物理法則は基本的に普遍です。異なる物理法則は、同一の空間には存在しえません。もし〈十三番目〉が異なる物理法則の世界なのだとしたら、こちら側の世界に侵入するために、物理法則を合わせる必要があります」


「世界が合一するためには、物理法則を同一にしなければならない、か」

「世界が合一することで、物理法則が同一となる、ともいえます。今我々は、物理法則が異なる世界同士の狭間にいたのでしょう」


「今灯りがついたのは、ふたつの世界……。【機巧世界と冥世界が接続を果たし、物理法則の合一とチューニングが完了した】ということか」

「ネオス卿は、相変わらず察しが良い」


 マルファビスは千の眼で「さすが」という意を伝えた。


「おぞましいとしかいいようのない仮説ですがね。物理法則の書き換えができるなど、一存在固体がどうこうできる相手ではない。正直怖いですよ」

「それでも、進むしかない。我は索敵を行う。退路のゲートは確保しておいてくれ」


「当然。怠りませんよ。まったく神に挑むみたいなものですからね」


 闇に囲まれた神殿が続く。

 神殿の周囲に火が灯った。


 祭壇が見える。

 祭壇の中央には、影が浮かんだ。


 人の姿の形を模しているが、全身が影だ。


『●※▲モット』


 影が呟く。

 体調は2メートル。


 ゆらゆらと蠢き、影が顕現。

 悪魔めいた輪郭を形成した。


『●※▲アソボ♬♯♭』


「我々の言語に、瞬時に適応したのですか?」


 マルファビスが驚いた刹那。

 パルパネオスは抜刀していた。


『アソボ? アソブ。アソビハ、文明ノ、ハッタツ。キャハハハァ』


「貴殿に問う」


 刃を突きつけるパルパネオスに〈影〉は首をかしげた。

 やはり、ある程度の知性があるのだ。


「迷宮に〈とある概念〉が迷い込んだ。〈腕輪〉を嵌めたものに殺し合いを強制させるプログラムだ。我々は〈奈落デスゲーム〉と名付けている」


 影は首を傾げ、沈黙したまま。


「貴殿らが送り込んだ〈腕輪の力〉で、我々には甚大な被害が生まれた。〈迷宮〉で繋がる十二の異世界すべての問題でもある。貴殿らが〈十三番目の世界〉であり〈来訪者〉であるというならば、作法として礼を送るのが筋というものだろう」


「無理ですよ、ネオス卿。彼らが〈理の外側〉から来たならば、外交という概念さえ存在しない。いわば未界の存在なのですよ!」


 マルファビスにも構わず、パルパネオスは影に問い続ける。


「〈腕輪〉はお前らが仕組んだことなのか?」


 影は首を傾げながら、たどたどしく応じた。



――『アソビ、ノ、タメ、ダヨ?』――



 影の応えは、パルパネオスには受け入れられるものではなかった。


「遊び? 遊びだと? いったいいくつの世界が、どれほどの人間が、不条理な殺し合いに巻き込まれたと思っている?」


 影は、いっそう大きく首をかしげる。

 パルパネオスは大剣を構え、詰めていく。


「我は〈番人〉だ。迷宮を通じ領土へ踏み込んだものは、躊躇なく殺す。だが遊びと殺しは一線を画さなければならない」


『アソビ。タワムレ。コウリュウ。交流……。交流ヲ通ジテ。文明ヲ育ム!』

「ふざけるんじゃない! 貴様らは災厄を振りまいている!」


 パルパネオスは大剣を腰で構えた。

 悪魔めいた形状の〈影〉に照準を合わせる


「マルファビス。これは冥種族との初接触だ。〈奈落デスゲーム〉についても関係している可能性が高い」

「わかっていますよ! 死ぬ気でデータを……。いや。死んでもデータだけは本国に送信しますよ」


「その意気だ……。だからこそ我は、貴殿を死ぬ気で守る!」


 パルパネオスの大剣が闇の中に疾った。


――――――――――――――――――――――――

用語解説


冥世界

:既存の十二の異世界の〈外側の世界〉

:十三番目の世界

:奈落の腕輪を送り込み、迷宮内に奈落デスゲームを発生させたとされる。

:〈外側の理〉の力を持つとされる。


――――――――――――――――――――――――

スペース

〈外側の理〉。どこかで聞いた言葉です。


 個人的にですが、〇〇星人の血筋を引く主人公が地球人代表になって闘う展開が結構好きです。ちなみに夢斗君はメンタル強めなだけの凡人なので、血筋展開はないです。

 

『凡人ががんばる展開好きだぜ』と思って頂けたら☆1でいいので、評価、コメント宜しくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews







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