第57話 炉心精神とネクロマンサー
真菜はロココをインストールして、Cランク迷宮・クリスタル鍾乳洞を歩いていた。
青色や緑色に輝くクリスタルに満ちた洞窟で、迷宮魔獣もクリスタルでできている。なんでもこの迷宮を超えたはるか向こうには〈水晶世界〉と呼ばれる異世界が広がっているらしい。
『真菜さん。ひとりでも大丈夫ですか?』
「平気だよ。ネクロマンサーの力は戻っている」
彼女の脳内ではロココが〈上限値解放炉心〉として語りかけてくれる。
ロココの肉体は〈精神と肉の部屋〉のベッドですやぁと眠っているが、その精神は〈炉心精神〉として真菜の内部にインストールされていた。〈炉心精神〉だからこそできる器用な芸当だった。
「なんだかドキドキするなぁ。私も〈上限値解放〉の力を使えるなんて」
『問題ありません。私の使用権限は夢斗さんにありますが、夢斗さんが承認したことで、真菜さんも限定的に適応できます』
真菜は自身の能力を確認する。
飛鳥真菜 レベル50
ランク:A
クラス:ネクロマンサー
HP143 攻撃85 防御85
魔力177 魔防135 素早さ145
スキル:〈琴糸操術〉、〈ヒールの糸〉、〈縫合術〉、〈ネクロマンシー〉
「よーし。じゃあ早速……。っていいたいけど。いきなり〈上限値解放〉って言われてもピンとこないなぁ」
真菜がクリスタル迷宮を歩いていると、クリスタル化した迷宮魔獣が現れる。
水晶のケルベロス(三ッ首犬)、水晶の熊、水晶のゾウ蝙蝠などがわらわらと立ちはだかった。
『警告。エンカウント多数です』
「大丈夫。――〈琴糸操術〉――」
真菜は多数の迷宮魔獣を前に、飄々とした足取りで前にすすむ。
真菜の右手の五指から、ネクロマンサーの能力〈琴糸操術〉が現れる。
ピアノ線並みの切れ味を持ち、総重量1トンまでつり上げられるネクロマンサーの基本武装だ。
〈糸〉は幾何学的な軌道で、洞窟内部の空間に張り巡らされる。
まずはテコの原理で〈水晶の熊〉の両腕をつり上げた。
『グォオォオオゥ!?』
「熊さんは掌握。ロコちゃん。〈琴糸本数上限値解放〉、できる?」
『糸の本数は真菜さんの指の数に依存しています。物理的限界を超えることはできません』
「なるほど……。糸の〈耐荷重上限値開放〉は?」
『こちらも不可能です。すでに確定された物理法則を上書きして上限値を開放することはできません』
「うーむ。もしかして上限値開放の能力って、使いこなさないと力を発揮できないの? ……おっと!」
ゾウ蝙蝠が真菜に迫る。
琴糸操術の斬撃で真っ二つにするも、糸が足りなくなり、水晶熊の拘束が外れてしまう。
『ギャオオオォゥウ!』
解き放たれるクリスタルの熊。
その鋭利な爪はクリスタルなだけあり、実物の熊以上に繊細で鋭利だ。
「やっぱり夢斗君って〈上限値解放〉の力を使いこなしていたんだ」
真菜は〈上限値開放〉を使いこなせないことに悔しく思いつつも、夢斗の凄さを実感し、嬉しくなる。
水晶熊が爪を振り上げ迫る。
接近戦は致命的だ。どうにか再び〈琴糸操術〉を浴びせるしかない。
『提案があります。真菜さんは左腕が動かないのでしょう?』
「どうして、それを……?」
『時間がありません。〈機能回復力上限値開放〉を指示してください」
ロココに促され、真菜は叫ぶ。
「機能回復力上限値開放!」
真菜の網膜投影に表示が浮かんだ。
――【機能回復力を上限値開放しました】――
途端、精彩を欠いていた真菜の左腕が、奔放に動き出す。
「琴糸操術、展開……!」
右手の五指のみだった琴糸操術に、左手分が加わり糸が倍の十本となる。
十本となった琴糸操術の糸は、洞窟内部を縦横無尽に駆け回り、水晶熊、水晶のケルベロスなどを捕らえていった。
「拘束・圧力展開」
糸が輪となり、魔獣を締め上げる。
「分解」
絡み合う糸は圧力がかかりやがて必殺の斬撃となる。
両手の指を交差させると同時、水晶の魔獣はバラバラに分解。砕け散った。
『全体撃破。見事です』
「左腕のこと。どうしてわかったの? 私は『痣が残って治らなかった』ってしか、言わなかったのに」
ロココは得意げに応える。
『私の眼はごまかせません。炉心精神をインストールした人の健康パラメータは把握しています。これも人間体を受肉したことによる〈共感パラメータ〉ですがね』
「ロコちゃんに私の凄さを見せつけるつもりだったけど。ロコちゃんの凄さを見せつけられちゃったね」
『いえ。私も勉強になりました。夢斗さん以外の人にインストールしたのは初めてでしたし。Aランク探索者のレベルを再確認できました。やっぱり真菜さんは探索者として高位の力を持っています』
「本当は、もっと楽勝だったんだけどね」
真菜の左腕は殺戮の天使戦以降、上手く動かせずにいる。日常生活に支障はきたさないが、感覚が無かったりうまく握力が入らなかったりしていた。
Aランクネクロマンサーの真菜がCランク迷宮で手こずっていたのは、左腕に残っていた障碍のためだった。
だが【機能回復力の上限値開放】によって、本来の力を取り戻した彼女はまさしく、Aランクネクロマンサーと呼べる強さだった。
「本来の力は、もう出せないと思ってたんだけど。まさかこんな形で力を取り戻すなんてね」
『機能回復力上限値開放は限定的なものです。左腕の機能も無理をさせました。休息とリハビリをおすすめします』
「わかってる。でも左腕のことだけじゃないんだ。やっぱりロコちゃんは……」
『真菜、さん?』
「ロコちゃんは、私にとっても大事な人なんだって。やっぱり思った」
『どういうことでしょう? わかりかねます』
「左腕の機能回復をくれたとか、夢斗君のことでライバルとか……。それだけじゃなくてね。ロコちゃんは友達になれるって思ったんだ」
『友達……。真菜さんの言うことは、ときどき夢斗さん以上にわかりかねます』
「まだわからなくてもいいよ。ただ。左腕のことを見抜いてくれたのが、なんだかね。嬉しかったんだ」
『見抜かれたのが嬉しかったとは、どういう感情でしょう? 普通は悔しいのでは? ぐぬぬ、なのでは?』
「察せられて嬉しいってこともあるんだよ」
ロココは沈黙した。
まだ複雑な感情の機微がわからなかったのだ。
ひとまず真菜の左腕のことだけ尋ねる。
『あの。左腕のことは、夢斗さんに話した方がいいでしょうか?』
「それはやめて欲しいかな。心配掛けさせたくないもの」
『何%くらいですか?』
「ふふ。ロコちゃんっておもしろいね。100%だよ」
『畏まりました。約束します』
洞窟を歩くと、前方では、水晶魔獣が沸いてきていた。
「まだもうちょっと、だね!」
真菜は両腕の琴糸操術を起動し、糸を舞わせる。
巨大芋虫の魔獣は糸の斬撃でバラバラになる。巨大カマキリ型の魔獣は糸に使役され同士討ちとなった。
ネクロマンサーの歩いた道は、魔獣の屍が折り重なる。
『真菜さん。質問があります。もし約束を破ったら。どうなりますか?』
「どうもならないよ。でも私はそっと二人から立ち去ると思う。腕の使えない女なんて……。足引っ張りでしかないもん」
『それは嫌です』
めずらしくロココは強い口調だった。
「ロコちゃん……」
『させないです。約束を破るつもりはありませんが……。もし夢斗さんに知られたとしても、真菜さんは私が支えます。機能回復の上限値開放を続ければ、いつか元通りになるはずです』
「どうしたの、ロコちゃん? 珍しくムキになってる」
『真菜さんは悲しいことを言っているのに笑顔なのがわかりかねます。けれど、とにかく、離れるのは駄目です。腕くらい私がいつだって上限値開放します。だから離れるなんて言わないでください」
「……ありがと」
『真菜さんがいないと、おいしいご飯が食べられなくなります。ご飯がないと私はどうすれば……』
「ご飯目的かーい!」
ロココの真意はわからなかったが、迷宮探索でふたりの距離はより近づいたようだ。
『ご飯は食べないとつらいです。最近の私はよく働いてますから』
「そうだねぇ、偉いねえ……。そういえばロコちゃん、午後は夢斗君と仕事なんだもんね」
『私はできる女ですから。やってみせますよ。夢斗さんの収入アップ作戦』
「ご武運を祈るよ。私たちの生命線だもんね」
午後は夢斗とロココで〈収入アップ作戦〉の実行をするつもりだった。
役所に赴き夢斗の迷宮ランクをアップさせ、パーティの申請をして補助金を貰うのだ。
迷宮ランクをアップさせる際には、ランクA以上になってはいけない。夢斗の〈奈落の腕輪〉が発動し、デスゲームに参入してしまう。だがロココにはいい塩梅で作戦があるようだ。
「おいしいご飯つくって待ってるよ」
真菜はクリスタルを採取し、ほくほく顔になる。
今晩はおいしいものをつくって待っていよう。
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用語解説
水晶世界
:迷宮の向こう側にある十二の異世界のひとつ。
:鉱山、蒸気器官、魔鉱石とゴーレムの世界
:鉱石と生命が融合している。
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スペース
まごころペアは仲良しなようです。ヒロインの泥沼は一回くらいあるかもですが基本仲良しでいきます。「ヒロインが仲良しはええな」と思ってくださる方は☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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