二章【冥世界との接触】

第56話 葬送


 楽しい日々が続いていたけれど、受け入れなければならない辛いことも、当然やってくる。


 その日真菜は、両親の葬儀を行った。


 彼女のかつての目的はネクロマンサーとして、家族を蘇らせることだった。

 彼女の部屋から通じる〈迷宮拠点〉には、円柱状の水槽が置かれて、家族の死体やネクロマンサーとして使役する〈戦闘用死体傀儡〉が置かれていた。


 家族の死体を保存していたのは、いつか蘇らせるためだ。


 だが真菜は、家族の死を受け入れるという。

 迷宮という異界の理に身をおくのではなく、この現実の摂理に従うことにしたのだ。


「夢斗君とロココちゃんと会ってからね。前を向ける気がしたんだ」


 葬儀の際に「俺にできることなら」と、夢斗も手伝うことを伝えたが、全ての手続きをひとりでやると真菜は言った。


 葬儀は彼女の生家で行われた。


 夢斗もまた彼女の生家を訪れ、包んだ香典を渡す。

 喪服を着た真菜とは、他人のように会釈をした。

 踏み込めない領域だから、夢斗は遠くから彼女を見守った。


(君は迷宮探索者でネクロマンサーだった。家族を蘇らせるための壮絶な闘いがあった。俺だけは、わかっていたいよ)


 真菜の事情を知っているのは、本人以外では夢斗だけだった。


 真菜は迷宮探索者として活動していたが、ネクロマンサーとして他人の死体を使役したりなど、倫理を踏み外した行いがあったのも事実だ。


 迷宮探索での罪は現世での罪状にならないのが大迷宮時代の不文律だが、人の噂は止められない。


 真菜は陽気に「親族に何がバレても気にしないけどねぇ」と嘯いていたが、それでも夢斗は秘密を抱えておくことにした。


(この場の俺は、見守るだけでいい。そっと去るぜ)


 秘密が漏れることのないよう、夢斗は誰とも会話することなくそっと葬儀会場を立ち去った。




 以前夢斗は、真菜の探索者としての人生を聞いたことがある。


 彼女のネクロマンサーとしての経歴は、四年前。

 真菜の両親が迷宮の事故で無くなったときから始まる。


 真菜の両親は〈迷宮天文学者〉だった。〈迷宮天文学者〉とは迷宮の空やゲートを通じて、異世界の向こう側を観測する職業だ。


 迷宮天文学者には、とある禁忌があった。


【みてはいけないものを観測してはいけない】


 というものである。


 解剖を頼んだ大学の研究室によると、両親の心臓だけが消滅していたらしい。

 両親の死は『迷宮での事故』としか聞かされていなかったが、迷宮で倒れ心臓だけが消滅するなど、あまりに奇妙な死に方だ。


 両親が異世界観測の際に【みてはいけないものをみてしまった】ことは真菜には容易に想像できた。


 両親は迷宮の向こうに何かをみたのか?

 それともただの事故なのか……。


 真菜には心当たりがあった。

 父から〈黄緑色の骨〉のようなものを手渡されたのだ。


「この骨は決して手放してはいけないよ」


 真菜は黄緑色の骨を手放さず身につけた。

 この〈黄緑色の骨〉が彼女をネクロマンサーとして覚醒させることになる。



 当時一五歳の真菜は、両親の死が納得ができず、ひとり迷宮探索に向かうようになった。


〈浅い迷宮〉をぶらぶらするのは〈大迷宮時代〉の中学生ではよくあることだが、この頃から真菜は、年齢を偽って〈深い迷宮〉へ望むようになる。


 両親の死の手がかりを知りたかったから、わざと年齢制限を無視して深い迷宮に潜りたがったのだ。


 15歳の少女が、深い迷宮に太刀打ちできるわけもない。

 パーティが全滅し、彼女もまた死に瀕したとき、〈ネクロマンサー〉のクラスが覚醒した。

 両親の残した遺物〈黄緑色の骨〉が、ネクロマンサーの覚醒と関係していたようだった。


〈黄緑色の骨〉は真菜の肉体に吸収されたようだ。

 ネクロマンサーの力で、全滅したパーティーの死体を使って生き延びた。


(私は、他人の命をつかって、なんてことを……)


 罪の意識からか、真菜はヒーラの力を身につけるようになる。

 そして両親の死の秘密を探るために、わざと〈深い迷宮〉を目指すパーティーへの参加を希望し……。


 やがて夢斗と出会ったのだ。


 彼女をネクロマンサーにした力はなんだったのか?


 真相は明らかになっていないが、真菜はすべてを断ち切る決意をした。

 明るい方を向くことにしたから、家族のことは事故と思うことにしたのだ。



 夢斗は葬儀の会場をでてから、少し離れた駅で待っていた。

 地方都市の駅の待合室で、ぼんやりと真菜を待った。


 やがて真菜は駅にやってくる。


「正家の親戚と話して疲れちゃった」


「もう、いいのか?」


「うん。全部、いいの。両親はいないんだ。4年も死体を保存して。逆に悪かったんだ。冒涜してたんだよ、私」


「真菜は悪くない。両親だってわかってくれる。君はがんばってたし、いい方向を向こうとしていた」


「夢斗君は優しすぎるよ」

「そんなんじゃないさ。否定ばかりしても何もでてこないからな」


「ずるいなあ。格好いいことばっかりいう」

「真菜が本当は、明るい奴だってのも知ってる」


「わざとやってるでしょ」

「ばれたか」


「君が大事だから。両親の死を受け入れたんだよ。本当、ずるい」

「責任重大だな」


 真菜のネクロマンサーとしての闘いは終わりを告げた。

 死者は元には戻らないことを彼女は受け入れた。


(俺はどうだろうな。真菜が消えちゃったら……)


 忘れることはできるだろうか。

 自問自答して、すぐに答えがでてしまう。

 蘇らせる手段があるなら、同じ事をするだろう。


「急に黙って、どうしたの?」

「人を蘇らせる手段があるなら……。同じ事をするだろうって思ったんだ」


「おすすめはしないなあ。私のは傲慢だからね」

「自分を卑下するなよ」


「ううん。私は寂しかった。どうしようもなく寂しかっただけ。だから自分を大切にできなかった。願いを叶えるためにデスゲームに参加するなんて馬鹿なことができた。でも今は……」


 夢斗をみて俯いてから、ぽつりと告げる。


「夢斗君とロコちゃんが大事だから。危ないことはしないの」


「真菜……」


「今いる人を大事にしたいから、もういない人は諦めるの。これは私のことだから。夢斗君は責任なんか感じなくて良いの。もし、これから夢斗君とうまくいかなくてもね。大丈夫なの。私の問題なんだから気にする必要なんて……」


「俺、さ。『永遠』ってさ」


「『永遠』? どうしたの、いきなり」


「ずっと一緒にいるってさ。口にするだけじゃ駄目なんだ。毎日を繰り返して。繰り返す行動のときに『このまま繰り返してそれでいいかな』って思うってことが〈永遠〉な気がするな」


「いきなり詩人だねえ」


 真菜は夢斗の言葉について考える。

 すぐに顔が赤くなる。


 夢斗の言葉を要約すれば『結婚しよう』にいも聞こえてきたからだった。

 だが夢斗の顔をみても、よくわからない。


「本気なの?」

「永遠について考えただけだ。まぁ俺なりの哲学っていうか。ポエムだよ」


「ポエムかよ」

「いい哲学だと思ったんだけどなぁ」


 真菜は疲れたように空を見上げる。


「今日はもう疲れちゃった。ロコちゃんとご飯食べに行こう。夢斗君の収入アップ作戦の続きもやりたいし」


 電車がやってくる。隣あって座ると手が触れかけたが、葬儀の後なのでいちゃつく気にはなれなかった。


「夢斗君。私たち。もう少しだけ、子供でいようね」


 真菜のつぶやいた言葉の意味は、よくわかった。


 家族の死を受け入れた間際に恋人をつくるなんて、彼女は考えられなかったのだ。

 だからこそ夢斗は、そんな真菜のことを、人間的で尊敬できた。


「わかるよ。だから待ってる。君が誰かに取られそうになったらそいつは殺しに行くがな」

「夢斗君こわーい」


「全部、わかってる」


「うん。だから好き」


「もう少しだけ。ロココと三人で、平穏な日をすごしていこう」


 夕焼けが眩しかった。


 電車が街へと帰っていく。

 真菜の胸に埋められた遺物〈黄緑色の骨〉が淡く光ったが、ふたりは気づかなかった。



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用語解説


黄緑色の骨

:真菜の両親が迷宮で見つけてきた遺物

:【見てはいけないもの】と関係している。

:真菜の両親は不審死をしたが、真菜はこの〈骨〉のおかげで助かった。

:本人は薄っすらと理解しているが、この骨については考えたくない。


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スペース

第二部サブタイにあるように、【みてはいけないもの】は、十三番目の世界〈冥世界〉と関係があります。

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