第41話 ラボとネクロマンサー


 真菜の家は街の住宅街の一軒家にあった。大きくはないが小さくもない。両親がローンで残してくれた家だという。家の入り口には、植木鉢の花が並んでいた。お母さんが毎日世話をしていたという。


「家族は今はいないんだ。だからかな。夢斗君のこと始めて会ったときから、放っておけなかった」


 彼女の部屋にあがる。白い壁に淡い色のカーテン。丁寧に整えられたベッド。どこか良い匂いがする部屋だった。

 ベッドに隣同士で座った。


「ずっと不思議だったんだ」 


 真菜は夢斗の手の上に、触れる。


「真菜はさ。どうして迷宮探索者になったんだ?」

「医学部に行きたくてさ」


 ベッドにふたりで座っていて良い雰囲気なのに、彼女はどこか神妙だった。


「医学部に行きたいなら、勉強しないと駄目だよ。闘って疲れてちゃ勉強はできない」

「ただの願望だよ。今のは、幸せに生きれたら良かったっていう夢かな」



 真菜はどこかおかしかった。

 夢斗は彼女の奇妙さに口を出せずにいる。

 薄々気づいていた。彼女はただのヒーラーではない。


 亜竜人を捕まえたときの〈糸〉は明かな戦闘用だった。夢斗を蘇らせたのも〈糸〉の能力だ。

 そして今、夢斗の右腕には怪我の治療として〈糸〉が縫われている。


「夢斗君って。ぼんやりしてるのに。勘がするどいのね」

「隠し切れてねーもん。その左腕の腕輪」


 真菜の左腕には〈奈落の腕輪〉が嵌められていた。


「やっぱ、見えちゃってたか。腕に沈めて、隠してるつもりだったんだけどな」

「寝ているときは、所有者の意思を離れて浮き出るらしいぜ。ホテルで気絶したとき見えちゃったんだ」


「〈奈落の腕輪〉を知ってるってことは〈捨てられた街〉に入ってスカージを倒したんだね」

「ああ。強かったよ」

「迷宮の座標を夢斗くん送ったのは私なんだ」


 薄々気づいてはいた。

〈捨てられた迷宮〉の座標はロココは関係ないと言っていた。誰かから送られてくるにしても、あの当時夢斗と交流があったのは真菜だけだ。


「〈捨てられた迷宮〉にはね。もともとスカージが三人いたんだ。加速するタイプは私と相性が悪かったから逃げてきちゃった。ミサイルを打つタイプと指がドリルになってたスカージは私が倒した」


 様々なことが繋がってきた。簡単な話だったのだ。

 スカージの迷宮座標は夢斗と接触した真菜が匿名で送ってきただけだった。


「加速する奴は俺が倒した。良いやつだったよ」

「本当。ここまで成長するとは思えなかったけどね」


「どうして俺を……」

「君が育つって思ったから。でも惜しかった。夢斗君はまだ〈奈落デスゲーム〉には参入してないから」


「君も……。知っているのか?」

「知っているもなにも。〈参加者〉なんだ。ううん。初めから参加者だった」


「教えてくれ。この腕輪は……。どういうことなんだ?」

「生き残った者には【願いを叶える権利】が与えられる。私の場合は、勝ち続ければ家族が生き返るの。お母さんもお父さんも……」


 真菜は白い壁にキーストーンをかざす。


「私の部屋。実は迷宮の入り口になってる。迷宮側から現世に座標を送ると、拠点を繋げることができるんだ。私の両親は、迷宮天文学者だったから。家に設備があったんだよ」


 真菜がキーストーンをかざすとゲートが開いた。夢斗がお世話になっている〈精神と肉の部屋〉のような拠点を彼女も持っていたのだ。


「アジトに案内するよ。ああ、断っても駄目だよ。逃げられないから」


 夢斗の腕の糸と真菜の指が糸が繋がっていた。〈糸〉が発動すると、腕の動きが制限される。

 治療の糸と称して彼女は夢斗を支配しようとしていたのだ。


「運命の糸だな」

「減らず口もいつまでたたけるかな?」


 真菜が先にゲートに吸い込まれる。夢斗もまた彼女の背中を追っていく。




 ゲートの向こうは、薄暗い研究所のような一室だった。

 研究所を歩くと、円柱状の水槽があった。

 水槽の中では人間が眠っていた。


「この〈糸の能力〉は部屋のぬいぐるみや服で。ずっと練習していたんだ。ネクロマンサーとしての基本能力だからね。困っちゃうよね。クラスがネクロマンサーなんてね」


「この人は……?」

「時田さんに、番台さん。A級探索者だよ」


 さきほどの行方不明者のニュースを思い出す。

 彼女が連れてきたのだろうか?

 真菜が罪を犯しているなど信じたくなかった。


「あとは両親もいる」


 真菜の両親なのか。壮年の男女もまた水槽に浮かんでいた。

 先程言っていた『生き返らせる』とはこういうことなのか?


「今は私のラボだから。ゆっくりしていってよ」


『ラボ』の中身が見えてくると、洒落になっていないことがわかる。

 培養液のグラス。巨大な円柱型の水槽とネオンの灯り。ホルマリン漬けされた人々……。

生体実験の意味での『ラボ』だった。


「一応言い訳するけどね。殺したんじゃないんだよ。パーティーで一緒に行動して。死んじゃった人を連れてきただけ。私の代わりに闘ってくれないと困っちゃうからさ。ネクロマンサーだからね」


「これも、奈落デスゲームに勝ち残るためなのか?」

「誰だって死にたくないでしょ」


 真菜の眼が冷徹なものに変わった。

 これが彼女の本質なのだと、夢斗は拳を握る。


「俺が成長したのも。君の掌の上だったってことか?」

「いったでしょ? 君は成長すると思った。育ったのは紛れもない君の力だよ。亜竜人を倒したときは、本当にびっくりした。でも夢斗君はお人好しすぎるから……」


「君が亜竜人の討伐に向かったのも。正義感じゃなかったのかよ?」

「いい死体が取れそうだったからさ。今は夢斗君に興味があるけどね」


「嘘……、だったのか?」

「うん。嘘だよ」


「予備校生なのも?」

「大学に行ってちゃんと生きたいのは本当だよ。でもお金はすごくかかるじゃない。お金のためには戦わないと駄目で。戦っていると自分は変わってしまって……」


「真菜……?」

「迷宮探索者になったのは15歳のとき。お父さんとお母さんが迷宮で〈遺物〉を持って来てね。遺物の発動で私はネクロマンサーの力を得たけど、家族は死んじゃった。迷宮探索なんかしてた親の自業自得なんだけどね」


「そんな、ことが……」


 夢斗は絶句して何もいえない。


「もう自分がどうなりたいのかもあんまりわからないんだ。自分がまともなのか、ただのネクロマンサーなのか。過去に戻れないことだけは確かだし。ふぅ。これでよし、と」


 真菜は傍らにいるA級探索者〈時田〉と〈番台〉の死体へと〈糸〉の接続をする。


「私のことはもういいでしょ。夢斗君は、これから死ぬんだから」


 真菜の眼は殺意を帯びていた。

 A級探索者の死体を駆る〈ネクロマンサー〉となり、夢斗に立ちはだかる。


「私はこれから奈落デスゲームを勝ち抜かないといけない。デスゲームを勝って願いを叶えてもらうんだ。そのためにはネクロマンサーとして強い死体がいる。夢斗くんは私のものになってもらう」


『夢斗さん。戦闘態勢を』


 ロココがでてきて脳内で囁くも、力が入らない。


『夢斗さん!』


 ロココが叫ぶが、夢斗は上の空だ。


「真菜が、俺を……」

「大丈夫。一般的には〈死〉だけど。私にとっては〈永遠〉だから」


『夢斗さん! 危険です。漆黒纏衣を……』


 ロココの声は夢斗には届かない。

 夢斗の全身に硬質の〈糸〉が絡みつく。


『夢斗さん!』


ネクロマンサーの〈支配の糸〉が夢斗を襲った。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

果たして彼女は本当に敵なのか?!


『ダークなヒロインいいよね』と思って頂けたら、☆1でいいので☆評価、コメントよろしくお願いします。


第一部完まであと数話なので、お付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews






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