第40話 彼女の提案
次の朝。真菜は安らかな顔で眠っていた。
「すぅ、すぅ……」
今ならいえる。真菜なら俺の横で寝てるよ。
「むにゃ……夢斗きゅん……」
幸せそうな彼女の寝顔は、えもいわれぬ喜びを夢斗に与えた。
夢斗は自分の身体をみやる。疲労は消えていたし右腕の裂傷も治っていた。キラキラ肉の力も大きいだろうが、縫って治療してくれた真菜の力も大きいだろう。
「ありがとう」
夢斗は真菜の寝顔に向けて感謝する。
同時に自分のことがわからなくなる。
「なあ、ロココ」
『なんでしょう』
「俺がこの子に好かれたのは。上限値開放があったからなのかな」
夢斗の中の『陰キャの部分』が首をもたげてきた。
『可能性は、否定できません』
ロココもロココで、まだ気を遣うことをしらない。
「こんな風に俺の腹筋がバキバキになったのは、精神と肉の部屋があったからだよな」
『肉体を鍛えたのは夢斗さんの努力です』
「どうかな。俺ががんばれたのは良質な栄養が、キラキラ肉があったからだ」
『何が、いいたいのですか? わかりかねます』
「本当の俺じゃないみたいで。怖いんだ」
夢斗にもたげた悩みとは、『強くなった自分とかつて弱かった自分』との『乖離』だった。
「昨日は忘れられない夜だった。やることやってないけど。女の子と一晩いたんだ。一生忘れないと思う。でも本当の俺が愛されているのかどうか、自信がないんだ」
本当の夢斗。上限値開放炉心をインストールしなかった場合の【虚無君】だった夢斗。
ランクXの赤ちゃん以下だった。
もし虚無君だったら、彼女は夢斗を愛してくれただろうか……。
「嘘の自分でなければ愛されないような。そんなさもしい気持ちがあるんだ。俺が弱いままだったら、きっとこの子は振り向いてくれなかったって……。疑っちゃうんだ」
『夢斗さん。検索にヒットしましたが、その悩みは、すべての男が持ち得る、恒久的な悩みのようです』
「わかってる。わかってても駄目なんだ。俺は19歳で、浪人生で親も兄弟もいなくて……」
言葉にすると、自分の本心が零れてくる。
「なんもなくて……」
ネガが、入ってしまう。
『夢斗さん……』
「真菜と続いていく自信がないんだ。疑うのもイヤなのに、離れるのも怖くて。優しくしたいのに、不満をいいたくなっちゃって。俺は駄目な奴だよな。ロココ……」
声は霧のように宙に舞う。
何もない自分が幸せになってもいいのかという想い。
何もない自分に人と関係を結ぶことができるのか、という不安。
きっと神様の気まぐれで、すぐに取り上げられるに違いない。
幸せの予感が怖かった。
そんな夢斗にロココは……。
『夢斗さん。私は体がありません』
「おいおい。冗談言えるようになったんだな」
『それでも私は夢斗さんが好きです』
「ありがとう。炉心精神でも、うれしいよ」
『私は脈々と狙っているのですよ』
「何をだよ。俺を乗っ取るつもりか?」
『夢斗さんの隣に経つチャンスをです。まずは、これをみてください』
ロココが示したのは、今日の朝刊付けの、ネットニュースだった。
【亜竜人撃退! 謎の漆黒の探索者とは?】
【最大功労者! 漆黒の影とは誰なのか?】
【漆黒の影は、なんと未登録探索者? 人類の敵か、味方か?】
【市役所より。報酬を用意しています。撃退者は、至急・境台市市役所で登録を!】
「昨日の戦いが、もうニュースに?」
『夢斗さんはすでにもうダークヒーローです。なので私のおすすめは、役所に申請してランクをつけてもらうことです』
褒められて悪い気はしない。
「結局、迷宮探索者(ラビリンスアクター)の話かよ」
『夢斗さんの隣に立ちたい。だから私はサポートをします。私は人の心はわかりません。けれど……。できることをするしかないんです』
ロココと話しているとネガが消えていく。
ネガティブな感情は、仕事で消せということか。
(身体がない人に励まされたら、元気を出すしか無いよな)
夢斗は気を持ち直した。
「わかったよ。だがランクをあげすぎれば、〈奈落デスゲーム〉に招待される可能性大だ。奈落デスゲームはAランクになった瞬間、強制参加させられる」
『奈落デスゲームはランクA探索者からの強制参加です。ならばBランク探索者で止めてしまえば良い。こちらがBランクで得られる報酬一覧です』
ロココには戦略があるようだった。夢斗の網膜投影にデータを示す。
Bランク探索者の平均月収は20万エーンだった。
昼のバイトと合わせれば、諸々引かれても30万ほど。会社でいえば店長クラスのお金を貰えることになる。
『真菜さんと、離れたくないのでしょう?』
「離れたくない。決まってる」
『なら私は、夢斗さんのために、偉くなるプランを提案するだけです』
Bランク迷宮探索者を続けていけばそこそこの地位の会社員並みに給料が入る。
バイトを辞めて受験に専念することもできるだろう。
「改めてランクを測定しに行くのもいいかもな」
ベットを見やると、真菜がのそのそと起きてきた。裸の上にバスタオルを巻いている。【菩薩上限値解放】【賢者上限値解放】【悟り上限値解放】【修験者者上限値解放】の4つの上限値解放を駆使したが、それでも真菜は魅力的だった。
「んぅ。おはよ」
「起きたか真菜。昨日の俺、ニュースになってたみたいだ」
スマホを取り出し、亜竜人撃退のニュースをみせる。
「わぁ。夢斗君、有名人じゃん!」
「Aランクのヒーラーには言われたくないな」
「謙遜しないでよ。君は私のことなんかすぐに追い抜いちゃうよ」
真菜も、にんまりと微笑む。
「俺は、そんな大したこと……」
夢斗のニュース欄の隣では、別のニュースが目に付いた。
【死体が盗まれている】
【A級探索者】が撃破され、死体が消えると報道がされていた。
――【A級探索者が迷宮で謎の失踪しています。時田さん。番台さん。】――
「なんだか物騒だな」
「このニュース知ってる。怖いよねぇ」
「心配だな。真菜もAランクだから」
「私は戦闘はそこまで強くないからねぇ」
「犯人と闘うことになったら、俺がやるしかないな」
「相手はA級探索者を葬る人だよ? さすがの夢斗君でも難しいと思うけど」
「格上にビビることに俺は意味を感じない。そいつを倒せば俺が格上になるからだ」
夢斗は真菜の前なので思わず強がった。
今までは弱かったから、言えなかった言葉がたくさんあった。
強くなった今なら、強がりがすらすら出てくるのだった。
「ふっふ。夢斗君って。変わってるよね。普通もっと『守ってやる~』とか。歯の浮くセリフをいうものだけど」
「本気で闘うつもりなら、気を引くようなことを言いたくない。俺はガチを想定してるからな」
「変な人。でも信じてもいいかな。パルパネオスのこともあったし。有言実行してるもんね」
「でも真菜が襲われたときは、あくまで共闘だからな。Aランク相手に俺一人で勝つことまでは保証できない」
「格好つかないなぁ」
「うるせ」
「あーあ。いい人捕まえちゃったなぁ。ってかホテルの時間そろそろだよ!」
「いそがなきゃな」
バタバタと荷物を纏めホテルをでる。コンビニでおにぎりを買って座って食べた。朝ご飯を一緒に食べると、生きてるって感じがする。
「ねぇ。まだ過ごし足りないって思わない?」
同感だった。彼女となら何日一緒に居てもいいと思い始めている。
「私の家に行こっか」
素敵な提案を前に、夢斗は頷いた。悪ぶっている真菜もまた素敵だった。
――――――――――――――――――――――――――――
スペース
ラブコメにみえて実は着々と進んでます。真菜も可愛く書きたいんだ……。
次回、驚愕の事実が!
『!』と思って頂けたら、☆1でいいので☆評価、コメントよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます