第42話 かつてぼっちだったネクロマンサー
糸は確かに夢斗の首に掛かっている。
さらに彼女の左右両脇にはA級探索者らの死体がネクロマンシー(使役される人形)となり、剣やら槍やらの武器を構えている。
突如ネクロマンサーとしての一面を顕にした真菜だったが、夢斗は動じずされるがままになっていた。
「なんで。構えないの?」
「君は、俺を殺せない。そんな人じゃないだろ」
「相変わらずお人好しなんだね。亜竜人にも甘いって言われてた。その甘さに免じて、楽に殺してあげるね」
「じゃあ、さっさとやれよ」
真菜の指からは糸が伸びていて、夢斗の首にかかっている。
彼女の指先は動かない。
「……パルパネオスのときもそうだったけどさ。自分の命が惜しくないの?」
「命は惜しいさ。だから最適解を選ぶんだ。熊ってさ。いるだろ? 会ったこと無いけどさ」
「時間稼ぎのつもりかな?」
「黙らせたいならその糸を引けばいい。……続けるぞ。俺はよく熊にあう想像をする。『学校にテロリスト』とか。『道端で通り魔に合う』とか、まあなんでもいい。とにかく『想像』をするんだ」
「『想像』なんかじゃ現実は乗り越えられないよ」
「そうだ。だがこうも考えられる。想像の中で俺は動じない練習をしている。動じるってことはビビってるってことだからだ。だから君にも動じない」
「夢斗君ってさ。ときどきどもったり滑舌悪いのに。土壇場でだけ勇気あるよね」
「鍛えてるからな。イメトレでな」
「ずるいよ……」
真菜の指先が震えている。
糸が弛緩し、夢斗の首から外れた。
「抵抗してくれたら……。私を嫌ってくれたら、気兼ねなくやれたのに」
「嘘だな。俺が抵抗しても、君は俺を殺せない。初めからその指先は震えていた。覚悟が決まっていないんだ」
「見透かしたようなことを言わないで!」
「それに……。君に殺されるとしても、どっちでもよかった」
「どっちでも? なにそれ。自分の命なのに投げやりな……」
「好きな女に殺されるなら。それもいいかなって思ったんだ」
「……ッ。馬鹿なの?」
真菜は指先の糸を解除した。
彼女の左右でネクロマンシーされていた死体も、膝をつき倒れる。
丸腰になった真菜だが、夢斗は態度を変えない。あくまで飄々としていた。
「俺を殺してネクロマンシーをしたいってことは、俺を信じてくれているってことだろう?」
「どこをどう考えればそんなにポジティブになれるの? 使役するってことは……。君を殺すってことと変わりないのに」
「俺は虚無君だった。いまもそうかもしれないがな。だから嬉しかったんだ。Aランクのヒーラーの君に……。いや。Aランクネクロマンサーならなおさらだ」
「私は強くなんかない。みてのとおりだよ。人を使役しないと戦えもしない、ネクロマンサーなんだよ」
「君が奈落デスゲームの参加者で。勝ち抜くためにネクロマンサーとして強い死体が必要なのはわかった。だが死んだ俺よりも、生きてる俺のほうが絶対強いはずだ」
「どういう、こと?」
「〈奈落デスゲーム〉が怖いなら。俺を頼れって言ってるんだ」
真菜が顔をあげる。
「ほんと、ばか」
呆れたように、へにゃりと微笑む。
「君には聞こえないと思うけど。俺には〈相棒〉がいるんだ。相棒と合わせて三人で考えれば……。奈落デスゲームなんてわけのわからない殺し合いでもきっと切り抜けられるはずだ」
「ありがとうね。でも私はずっと一人だったから。人を頼るなんて、できないよ」
真菜はどこか遠くをみる眼差しになる。
夢斗はまたも違和感。彼女はまだ離していないことがたくさんある。
「君はまだ抱え込んでいるみたいだ」
「どのみち、もう遅いよ」
そして真菜は諦めたように天を仰いだ。
「あーあ。夢斗君を倒して死体を防腐処理してネクロマンシーをして〈接続同調〉をしてなんて。絶対間に合わないって思ったけど。まさかこんな感じで説得されるとはなぁ」
「間に合わないだと?」
真菜は左腕のリングを撫でてみせる。
「私の奈落デスゲームが、始まってるの。今日、これから」
「……は?」
夢斗は目を見開いた。
真菜は泣き笑いで、頭のあたりを指差す。
「今、私の頭の中でピーピーって鳴ってる。異世界迷宮の猛者との〈遭遇戦〉が始まるんだ」
真菜の背後に〈ゲート〉が浮かびあがっていた。亜竜人を飲み込んだときの禍々しい紫色のゲートだ。
これから彼女は奈落デスゲームの会場へと転送されるのだろう。
「きっとそこで私は迷宮の強敵と闘って死ぬんだ」
「まだ、わかんないだろ。闘い抜いて勝てば、生き残れるだろ!」
真菜は首を振る。
「どうすればよかったのかなぁ。これでもたくさん考えたんだよ? 夢斗くんを死体にして使役するのか。お別れを言って楽しい思い出だけ残せばよかったのか……。いっそ嫌われたほうがよかったのかも」
「簡単に諦めるなよっ! 亜竜人の奴もそうだったけど。奈落デスゲームがなんだってんだよ。なんで簡単に諦めるんだよ!」
「実はね。異世界迷宮のわけのわからない化け物に殺されるくらいなら、いっそ夢斗君に殺されてやろうっても思ったの」
「真菜……」
「なのに君はお人好しだから。私の殺意なんて目もくれなかった。器が大きすぎだよ……」
真菜はへらりと笑った。
不敵な笑みが本来の彼女なのだろう。
真菜の背後で、漆黒のゲートが渦となる。
渦は彼女を転送するべく、全身を包み込んでいく。
「まだだ。まだだろ! やってもみないで諦めるな!」
「わかるよ。だって……。あのとき私だけは知ってたの」
「あのとき……」
真菜の言葉は、励ますはずの夢斗さえ絶望させた。
「パルパネオスの左腕に腕輪があったんだ」
「何……だと?」
「パルパネオスも〈奈落デスゲーム〉の参加者だったの。〈奈落デスゲーム〉ではあのクラスの敵がでてくるんだよ。だから私は……」
「やめろ。まだ言うな」
「夢斗君に会いに行ったのは思い出つくりたかったから」
「やめろ!」
「私、やな女なんだよ。君に殺して貰いたいなんて。ヤンデレだし」
「構わねえよ。だから、死ぬなんていうな!」
「ふふ。ばーか。……ありがと」
真菜の背後のゲートから『声』が聞こえてくる。
――【奈落デスゲーム。科学世界・ナンバー355番と、天使世界ナンバー499番の試合を始めます】――
真菜が夢斗に背を向ける。
暗雲のゲートの向こうへ、自ら足を踏み入れる。
「行ってくるね。ばいばい」
夢斗は言葉がでてこない。
腕輪の力で強制参加となっているからこそ、彼女の心を諦めが支配している。
「最後だからいうけど。夢斗君は強いよ。側で見ていて面白かった。だから〈奈落デスゲーム〉には絶対に手を付けないでね。君は真っ当に成長するんだよ。ああ、しみったれるのは、嫌だなぁ……」
ゲートの渦に真菜の半身が包まれていく。
「やっぱね、私。性格悪いんだ。生き汚いし。ネクロマンサーだし。何より、持ってなかった」
――『持っていなかった』――
夢斗の胸が、ぞくりと疼く。
――『持たざるもの』――
誰よりも『持っていなかった』のは、夢斗の方だ。
迷宮での適性がだれよりも低く、レベルをあげることさえできなかった。
『持っていない』というのがどういうことか、骨の髄まで染み付いている。
「だからね。せいぜい私に生かされたことを、忘れずに生きていくんだよ」
バイバイ。
言い残し、真菜はゲートに向こうに消えていく。
「させねぇ」
夢斗は〈漆黒纏衣〉を纏い、真菜の腕を掴んだ。
――【警告。あなたに奈落デスゲームの参加資格はありません】――
奈落デスゲーム側のアラートなのだろう。
夢斗の腕にどこからか電流が走る。
「ぐああっぁぁあああ!」
「駄目だよ、夢斗君。離して! 参加資格は絶対なんだ。君はまだランクXで……」
「ふざけんな。ふざけんじゃねえ! 持ってないとか、いうんじゃねえ!」
「夢斗くん……」
「諦めるとか、最後とか死ぬとか……。ばいばいとか……。俺の前でいうんじゃねえ!」
「私には選択肢がなかったの。夢斗君を死体にして一緒に闘うか、君に殺されるか……。ああもう、ぐっちゃぐちゃなの! 何をしても正解がないから。わかんなくなっちゃってるの。お別れくらいしたっていいでしょ!」
「まだあるだろ。できることは、まだあるだろ」
「わかんないよ!」
「俺がここにいるだろ! 頼るって、言えよ!」
夢斗は転送ゲートの電流を受けながらも叫ぶ。
「なん、で……。うう……うう……、ああもう! このばかぁっ……」
やがて、絞るように彼女は言葉をつなげる。
「……助けて」
「当然だ!」
夢斗は脳内でロココに支持を送る。
ロココを通じて〈奈落デスゲーム〉にアクセスする。
「奈落デスゲームの審判よ。聞いてるか? 俺は彼女の。真菜の武装だ」
「ええ?!」
このとき夢斗の腕には、真菜が治療で使った〈縫合糸〉が入っていた。解釈次第では夢斗の肉体は真菜の所有物ともいえなくもない。
「俺を【彼女の武器扱い】にしろ。とっととこのゲートを、通しやがれぇ!」
夢斗は真菜の腕を放さない。夢斗の体から電流が消え、ゲートの渦がふたりを飲み込んだ。
――――――――――――――――――――――――――
スペース
次回はパルパネオスさんの解説をはさんでから佳境に入ります。
「展開転がってきたな!」と思って頂けたら☆くれ。1個でいいから。駄目ならおはぎ。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
今川焼きでも可。
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