第26話 ランクXの幸運
〈奈落の腕輪〉には3つの効果があるようだった。
まず装着者に〈奈落の住人〉カテゴリーを付与し、外すことのできない〈呪い〉を与える。
次に使用者のシステムをエクストリーム(極端)化する効果が付与される。
しまいには〈奈落デスゲーム〉とやらの参入権を得るらしい。
「いまならまだ外せるかも!」
奈落の腕輪の効果をみて夢斗は、恐怖した。
エクストリーム化には興味はあるが、リスクが大きすぎる。
必死に左腕の腕輪に指をかける。
「くっそ。とれねーな……」
夢斗は商店街のはじっこで腕輪と格闘する。
腕輪ははずそうとすればするほど、ズブズブと腕にしずみこむ。夢斗の左手と同化を始めていたのだ。
「うっそだろ?!」
やがて奈落の腕輪は『ずぶずぶ』と音を立て、夢斗の左腕に沈み込んでしまう。
「沈むなよ!」
怒ってみても腕輪はもう左腕と同化してしまった。
「違和感はないけどよぉ……。体の一部になったってのは怖いだろ。とれてくれよぉ。腕輪ぁ。どうして!?」
悲しむ夢斗に、ロココが無常に告げる。
『呪いの効果によって外すことはできません。奈落の腕輪を外すためには〈解呪〉の遺物か、〈解呪〉を覚えた魔導師クラスに会う必要があります』
「くっそ。スカージの奴ぅ。闘ったときは良い感じだったのに……」
『スカージに腕輪に関する意図があったかは不明です。むしろ彼の発していた〈奈落の軍勢〉が手を引いていると考えるべきでしょう』
「確かに。スカージは良い奴っぽかったけどさ。奈落の軍勢なんてどう考えても近づいちゃいけない奴らだろ。それが怖えよ」
商店街の端っこでうずくまる。
「うぅ。こんなはずじゃなかったのに……」
人目が気になったので、人気無い公園に移動し、ベンチに座った。
「ぅぅぅ……」
公園には誰もいなかったので、ベンチで一人頭を抱えて慟哭する。
「うぁぁぁぁ……! ふぅ……。よし!」
ベンチで慟哭したらすっきりした。
嘆いても仕方が無い。やがて夢斗は思考を再開。
左腕に沈んだ奈落の腕輪について、色々と試してみることにした。
「ん。出し入れは、自由なのか」
念じると腕輪は『ずぶずぶ』と表にでてきた。
「沈めるのも、自由なのか」
再び念じると腕輪は左腕に沈む。呪いで外すことはできなくても、意外と融通は効くようだ。
「……違和感はないし。出し入れ自由なら、まあいっか」
左腕を動かしてみたが、違和感はない。
奈落の腕輪はあくまで『〈アビスコード〉を発行し『奈落デスゲーム参入権』を付与するだけで、物理的な損害はないようだ。
「よし。立ち直った。俺は立ち直ったぜ」
まだもやもやは残っていたが。
次々に降りかかる難題には、冷静かつ元気でなければ対処できない。
悲しくなったり嘆きたくもなるから、ひとしきり慟哭してすっきりしたら、さっぱりと悔やむことはやめる。
悔やむ労力を思考に回すことにしたのだった。
「ロココ。奈落デスゲームの詳細について調べれるか?」
『奈落デスゲームの参入条件はすでに調べました。こちらです』
ロココは奈落デスゲームの情報を提示した。
『Aランク以上の〈奈落の住人〉カテゴリーの存在が、迷宮を行き来し、最後のひとりになるまで殺し合いをするというものです』
「ってことは俺は当てはまらないんじゃね?」
『ランクXの夢斗さんは当てはまりません。参入者リストに登録はされましたが、参入条件からは弾かれています』
「俺自身は、デスゲームには参加しなくていい?」
『そうなります』
夢斗はほぅ、と息を吐いた。
「よかったぁ」
『何よりです』
「そもそも俺は、ずっと迷宮探索をやっていくわけにもいかないからなぁ。平凡に生きる道を生きたいもん」
お金を稼いだら大学受験をして、それなりの大学に入り、それなりの会社に就職するつもりだった。
今のところの方針に変更はない。
普通で十分なのだ。
「ばあちゃんに使うつもりだった、100万円があるならさ。大学に行くことが恩返しな気もするし。迷宮探索はお小遣い稼ぎで十分だって思ってたからなぁ。面倒に巻き込まれないなら何よりだよ」
人生は前向きになっている。
デスゲームに関わるよりは、人生の建て直しを考えるべきだろう。
「デスゲームなんかに参加しなくていいなら、このままランクXで行こう。ばあちゃんも『前に進め』って言ってたし……。迷宮探索はほどほどにして、予備校に通おうかな」
色々考えた結果、夢斗は堅実な人生を選ぶことにした。
奈落デスゲームは回避したが、今回のことで肝が冷えたのもある。
堅実に生きるのだ。
『迷宮探索は、やめるのですか?』
ロココはどこか寂しそうだった。
「しばし休憩ってとこだ」
『迷宮探索をしないなら。私もアンインストールするのですか?』
ロココはやけに殊勝だった。
高度な精神炉心なのだから感情を獲得しつつあるのかもしれない。
「アンインストールなんかしないよ。ロココとは、長い付き合いになると思ってる。君は精神炉心だけど……。辛い時期に話相手になってくれたからさ」
思えば、色々あった。
迷宮探索で皆殺しにあったり。
斬られて死んだと思ったら生命力の上限値が解放し一命をとりとめたり。
真菜さんの応急処置にも救われた。
入院中に〈上限値開放炉心〉が発動。〈精神と肉の部屋〉を解放。度重なる筋トレとキラキラ肉の力で、自分の可能性を〈上限値開放〉していったのだ。
「ロココとは、一生ものの付き合いになると思うよ」
『〈ズッ友〉ですか? 人間の中では最も信用のならない言葉ですが』
「君。変な言葉を知ってるんだね。そうだなぁ。ズッ友がダメなら〈腐れ縁〉かな」
『〈腐れ縁〉なら信用できます』
やけに人間的な精神炉心に、夢斗はロココのことが気になってくる。
「君のその人間的な感じ。どこで覚えてくるんだ?」
『精神炉心ですから。れっきとした精神として成長しています』
ロココもまたすくすくと精神を成長させているようだ。最近ではまるで人間と会話している気分である。
「ならいいけど。あんまり脳内で会話するのもあれだから。たまには一人にしてくれよな」
『承諾しました。今日はひっこみます』
「わるいね」
『いえ。私もひとりのときに学習をしますから』
やがてロココも静かになる。
(ばあちゃんはよく〈憑依炉心〉は手放すなって言ってたけど。このことだったのかな)
家族がいなくなって、ひとりになってしまったけど。
寂しいようでいて、寂しくない。
(ロココは話し相手にしつつ、堅実に生きよう)
Cランク迷宮をクリアし、スカージという番人も倒した。多少は就職でも有利になるだろう。堅実に生きる材料は揃ってきている。
「しみったれてたら、ばあちゃんに怒られちまう。予備校にでも行くか」
夢斗は当初の目的に戻る。迷宮探索者はあくまでお金を稼ぐためのつなぎだ。これからは人生を立て直すのだ。
なのでまずは受験予備校に通うことにした。
そこで夢斗は思いがけない人と再会することになる。
ロココと対を成す、もう一人の命の恩人だった。
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スペース
やっとこさヒロイン登場します。ロココもヒロインなんですけどね(意味深)。
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