第27話 再会Ⅰ
受付を済ませ大学受験のための予備校に通い始めると、高校の同級生がいた。
「あっれぇ? 虚無君じゃないのぉ?」
鼻ピアスに金髪の細身の男で、たしか名前は青黒田だ。
「……お前も予備校かよ」
夢斗はあえてラフに返事をする。
青黒田は「ちっ」と舌打ちをした。
「おいおい。虚無君の癖に何チョーシのっちゃってんの? 俺と対等に口を聞ける立場かよ」
「お前に構っている暇はない。俺は勉強するんだよ」
夢斗は無視して予備校の教室に向かうが、青黒田が絡んでくる。
「そりゃないんじゃないの。また俺たちのサンドになってくれよ。きゃは!」
夢斗がランクXの虚無君だというのは高校時代から知れ渡っていたので、性質の悪
い奴は『虚無君』をダシにしてこうして絡んでくるのだ。
やがて青黒田の仲間なのか、わらわらと人が集まってきた。
『お、虚無君じゃん。何してんの笑』
『こいつビニでバイトしてんだよ。ビニ弁ばっか食ってんの』
『だせ』
『青黒田ぁ、こいつに迷宮探索教えてやれよ』
『俺ら、四人でDランク迷宮クリアしそうになったからね。将来有望だし?』
夢斗は思わず「ふっ」と鼻で笑った。
何せ先日はCランク迷宮を一人でクリアしたばかりだ。
しかしCランクがDランクを笑うというのも、どんぐりの背比べである。夢斗はすぐに真顔になり、群れる男らを無視。教室へ向かう。
当然、青黒田らは夢斗の進路を妨害する。
「あのさぁ……」
「あのさ、だってよ。こいつ虚無君なのに。格好つけちゃってるぜ」
夢斗は冷静に諭すように、青黒田に語りかける。
「なんていうか。お前ら予備校生なら、勉強しろよ」
夢斗は青黒田の肩を押す。
ちょっと押しただけなのに、青黒田はもんどりうって、壁に背中をぶつけた。
「いってぇ……。謝れよ」
夢斗は謝らない。いくら精神と肉の部屋で時間を貯金していたとしても、カスに使う時間はないのだ。どこまでも無視をする。
「……てめえはしめなきゃいけないようだな。お前ら、連れ込もうぜ!」
青黒田ら一味に囲まれ、夢斗は屋上に連れて行かれてしまう。
5、6人のチンピラ予備校生に囲まれ、夢斗は屋上フェンスに追い詰められた。
(スカージの拳は金網を貫通してたからなぁ。怖さがなさすぎてあくびがでるな)
夢斗はどうにかあくびをこらえる。
青黒田は気づいていないようだ。
「さぁさぁ、どうしちゃおうかな。まずは腹パンで胃液をぶちまけてもらおうかな」
「ああ。全力でこいよ」
「全力て(笑)。俺さぁ。パンチングマシーンで100キロいけるんだけど?」
「100キロか。それは平均的なのでは?」
夢斗は冷静に事実を述べていた。
だが青黒田らにとっては、夢斗は『虚無君』であり嘲りの対称なのだ。反撃は許さない。彼らが夢斗に求めているのは『虐げられる役割』なのだから。
「てめぇガチでやっぞ!」
青黒田が夢斗の腹筋に、ジャブを見舞う。
しかしダメージを受けたのは青黒田の方だった。
「いってぇ?!」
夢斗は答えない。
「何……、しやがった?」
ジャブの反動ダメージだけで、青黒田は腕を押さえていた。
『おいおい黒やん』『何か仕込んでんじゃね?』
ギャラリーが沸く。夢斗はあえて煽ってみせる。
「殴ったのは、お前だ。だがまだ足りない。全力で来い」
「ふざけやがって。喰らわせてやるよ! 150キロパンチをなぁ!」
自称100キロパンチが150キロになった。適当な奴だ。ちなみに成人男性の平均は100~150キロ程度である。
青黒田のパンチは平均値の範囲内に過ぎないが、本人は自信満々らしい。
「ぉら!」
ばぎん、と拳が腹筋にめり込む。音の割には夢斗には効かなかった。何故か?
彼の腹筋がダイヤモンドマッスルだからだ。
ばぎんという音は、青黒田の拳の骨の音だった。
「グァァァァ?」
青黒田は断末魔をあげ、手首を押さえてうずくまる。
『クロやん?』
周囲のギャラリーがかけよる。
『てめぇ……。クロやんに何しやがった』
夢斗は答えるのがバカバカしくなった。代わりに上半身のシャツをぱさりとはだけてみせる。
「仲間には優しいようだが。弱そうなヤツには厳しいんだな。典型的でつまんねえよ」
青黒田とそのとりまきは眼を見開き、夢斗の腹筋をみつめた。
神々しいばかりの腹筋が夢斗の腹に宿り、輝いていたのだ。
「な……な、んだよ、それ。悪魔の顔、かよ?」
隆起した背筋を鬼の顔と呼ぶ場合もあるが、夢斗の場合は腹筋だ。バキバキと八つに割れた様が悪魔的な顔にみえたらしい。
「つまりこういうことだから。もう俺には話しかけんなよ」
「て、てめ……て、てめ……。ナンデ?」
「疑問を浮かべるってことは、お前はわかっていなかったんだな」
「ナニガ……。ナニガダヨ!」
青黒田は錯乱している。夢斗の方からは一切攻撃をしていないというのに忙しい奴だ。
「もしかしてお前さ。『俺が虐げられる役割』だと誤認していたのか?」
「ぐ、ぐぬぅ。ぐぬぅうう! 虚無君の癖にグダグダうっせえよ!お前は虚無君のはずで……」
「じゃあもう一度殴ってみろ。全力でだ。安心しろ。俺はお前に攻撃は加えない。ああ、お前ら全員でもいいぞ」
「う。うう。うううう……」
青黒田が拳を抑える。痛みが彼をわからせているのだろう。周囲のモブ仲間は「いこうぜ」と促す。
「覚エテロヨ!」
錯乱する青黒田を連れて、一同は去って行った。
「ったく。なんだったんだ」
屋上に残される夢斗。殴られたのは夢斗のほうだが、心身共にダメージを受けたのは青黒田達だった。
筋トレで圧倒的な力を得たのはいいものの、力というものは、使い方が難しい。
「今までの俺は、あんな雑魚にイキりを許していたのか」
過去の自分が馬鹿みたいに思えた。夢斗はワイシャツのボタンをしめる。
(わからせるためとはいえ、はしたないことをしたな)
とはいえ仕方が無いことだ。
過去の『虚無君』だった自分が弱すぎたのがいけない。
(ビニ弁、嫌いじゃないけど。体作りって大事だったんだなぁ。強そうってのが抑止力なんだもんな。だったら外見も整えて……。もっと上手に、圧倒できるようにならないと。『圧倒』すればめんどくさい奴らに絡まれなくて済む)
大事なことは『圧倒』だ、と夢斗は気づいた。
真の意味の『力の上位勢』は彼らのようにはイキったりはしない。
闘うこと無く、見た目とオーラだけで圧倒する。
(がっつり鍛えて盛ることで『わからせる』しかないな)
今の夢斗は筋肉を得たことで『力の上位勢』の世界に踏み込む資格を持っているのかもしれない。だが元がヒョロガリだったので骨格が育っていない。どれほどダイヤモンドマッスルでも、服を着れば一般人と見分けがつかない。
(腕立てやスクワットのマッスルがカンストしていないからな。そこも課題だ。帰ったら鍛え直そう)
もっと鍛えて、見た目だけで圧倒できるようになりたいと思う。
グダグダしていると、午後のチャイムが鳴ってしまう。
「やべ。初日から授業に遅れるとか……。教室に入りづらいなぁ。本当は真面目に勉強したいのに」
急いで屋上から出ようとすると、屋上入り口のところに影がみえた。
「誰だ?」
声を掛けると、びく、と影がはねた。
おそるおそる近づくと、懐かしいシルエットが浮かぶ。
「あ、あの。夢斗君、だよね?」
「え? 真菜、さん?」
以前迷宮探索で出会い、死にかけた夢斗を救ってくれた女の子……。
飛鳥真菜の姿があった。
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スペース
再会すんのチンピラかよ、と見せかけてヒロイン登場です。
ロココも実はヒロインなのですが、今はまだ夢斗の中で様子を伺っています。
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