第四章【壁を超える】

第25話 奈落の腕輪


「ふぅ」


 目覚めた夢斗は、ゲートを通じて、精神と肉の部屋から現実に戻った。

 かなりの時間が経過した気がしたが、精神と肉の部屋で筋トレをしていたためか〈時間の貯金〉があった。


「筋トレと迷宮探索でまる二日ほどいた気がしたけど。現世では一日しか経っていないんだな。時間効率二倍って考えるとすげーな」


 精神と肉の部屋の〈筋トレごとに時間が圧縮〉の力は、やはりすさまじい。


「筋トレをこなせば〈時間〉を手に入れることができるなら。無限に筋トレすればいいからな」


 時間は現代において最も重いものだ。ナポレオンもまた『戦争においてもっとも重要なのは時間だ』と言っていたのを、何かのサイトで読んだことがある。


「力も付いてきたし筋トレにはこまらなくなった。でもお金はないんだよなぁ」


 夢斗は手元にある〈奈落の腕輪〉をみた。

 先日、機巧改造人間・スカージを撃破したときにドロップしたものだった。

 この腕輪もれっきとした迷宮の遺物(レリック)だ。お金になるかもしれない。


「いっちょ売ってみるか」


 夢斗は早速、商店街にある質屋に向かった。

 質屋に入ると吊り眼鏡をかけた初老の男が、鑑定してくれた。


「これは遺物としては、大したものでもないね」

「そう、ですか……」 

「ここでの買い取りは50000円になるよ」


 5万円。そこそこの大金だ。

 だが命をかけて闘ったにしては安すぎる代物である。


「5万円なら、いいです。また来ます」

「値段の交渉をしてもいいよ。少しあげるくらいならできるから」


 吊り眼鏡の初老の男が、優しげに話しかけてくれた。だが命を賭けて手に入れた遺物が5万円相当だった時点で、夢斗の心は反転していた。


(この〈奈落の腕輪〉は、思い出の品ってことにしておこう)


「やっぱり、売りません」

「そうか。時期によっては値が変わるから、また来なさい」


 夢斗は質屋を後にする。

 店をでてから、訝しくなって耳を澄ませてみた。身体能力の〈上限値開放〉を覚えたので、鋭敏な聴覚を試してみることにしたのだ。

 質屋のおじさんの呟きが、店のドア越しに聞こえる。


『ち。安く提示しすぎたか。見たことのない品だから、とっておきたかったが』


(やはり質屋にはふっかけられていたな)


 夢斗は冷静になり、奈落の腕輪をみる。

 腕輪は金色の刺繍があり、どす黒く光っていた。


(だが質屋が知らないとなると、本当にレアな品かもな。5万円は俺にとっては大金だけど。レアな品なら、使わないのも変な話だ)


 商店街を歩きながら、脳内でロココに尋ねる。


「ロココ。〈解析〉は済んだのか?」

「奈落の腕輪の〈解析〉はできませんでした」


「ロココでも無理か。やはりこの腕輪きな臭いな」

「ですが解析のための条件だけはわかりました」


「条件は?」

「〈奈落の住人〉カテゴリーに属している者のみ、詳細を知ることができます」


 〈奈落の住人〉……。そういえばスカージの散り際、一瞬人格が戻ったときに〈奈落の軍勢〉と口にしていた。この〈奈落の腕輪〉も関係があるのだろうか?


「ちなみに〈カテゴリー〉……って?」

「種族に後天的に付与される〈存在の分類〉です」


「俺は〈種族・人間〉だよな。別でカテゴリーもあるってことか」

「はい。現在の夢斗さんは〈種族・人間〉、〈カテゴリー・迷宮探索者〉となります。カテゴリーは複数の登録が可能ですが、自称ではなく周囲に認知される必要があります」


「ふーむ。カテゴリーが〈奈落の住人〉にならないと、この腕輪のことはわからないか。ますます怪しいな」


 奈落の住人が何かは不明だ。

 どこかの異世界の種族なのか。それとも人間の勢力なのか……。


 歩きながら夢斗は腕輪を透かしみる。黒い金属ベースの腕輪だが、同時に鉱物のようでもあり、生物にさえみえる。奇妙な材質の腕輪だった。


「貴重なものなら、身につけておこうかな。質屋のひとりごとから察するに、今の俺が持っている唯一のレアものだからな」


 夢斗は軽い気持ちで〈奈落の腕輪〉を左腕に嵌めた。

 すると脳内にアラートが流れる。


『〈アビス・コード〉発行。5秒後に所有者として認識されます』

「は?」


『〈アビス・コード〉により〈奈落の住人カテゴリー〉が付与されます。所有者登録をしない場合は、5秒以内に腕輪を外してください』


 夢斗はぼんやりと、左手首に嵌まった腕輪を眺めた。

 夢斗はぼんやりしているようにみえるが、危機に陥ったときに〈判断を加速〉できる性格のはずだった。


 パルパネオスと遭遇したときにも、誰よりも早く〈判断〉した。咄嗟の危険を前にしたとき、素早い判断が下せる一面を持っている。


 だが、この腕輪には、奇妙な魔力があった。


(どうしよう。妙に気になる。奈落カテゴリーになれば色々わかるんじゃね?)


 夢斗は無性に、腕輪に惹きつけられていた。

 理性のタガが外れていたのだ。


(だってよぉ。コンビニバイトの人生ならさ。こういうのにあえて巻き込まれてみるのもアリだよなぁ)


 3、2……。

 カウントがなるも、夢斗はあえて腕輪が装着されるに任せた。

 外せる時間はあったのに。あえてカウントダウンを待ってしまう。

 腕輪の魔力に魅せられたのだ。


 1。0。

 腕輪が起動してしまう。


――『〈奈落の腕輪〉の所有者登録が完了しました。これより〈奈落デスゲーム〉への参入者リストに登録されます』――


「えっ!?」


 軽い気持ちで踏み出してしまったが、とんでもない言葉が飛び出してきた。同時に夢斗の〈カテゴリー〉にも変化が現れる。



京橋夢斗

【種族・人間】

【カテゴリー・〈迷宮探索者〉、〈奈落の住人〉】


 ロココもまた焦っているようだった。


「夢斗さん自身のカテゴリーに〈奈落の住人〉が追加されました。奈落の腕輪の解析が可能です。解析を始めます」

「ちょ、待って。〈奈落デスゲーム〉って……。なにそれ?! どう考えても物騒だよ!」


「落ち着いてください。今は腕輪の解析です」

「いやいや。腕輪より〈奈落デスゲーム〉の方が気になるだろ!?」


「はぁ。解析完了しました」

「俺の話、聞いてる? 〈奈落デスゲーム〉だよ? 絶対やばいでしょ!」

「……解析結果を発表します。表示します」


 ロココの解析により、夢斗は奈落の腕輪の底しれなさを知る。



【奈落の腕輪】

:カテゴリー〈奈落の住人〉の法具。

:〈呪い〉により外せない。

:装着者に〈アビス・コード〉を発行。〈奈落の住人〉カテゴリーを付与する。


:使用者の所有システムの効果を〈エクストリーム(極端)化〉する。

:〈奈落デスゲーム〉の参入権を得る(強制)。


 奈落の腕輪の解析が完了すると、夢斗は予想以上のおぞましさを感じた。


「うっそだろ……」


 腕輪は始めてひとりで迷宮を突破した記念に持っていようと考えた遺物(レリック)だったが、記念なんて代物ではない。


「やべぇ。やべぇよ……」


 奈落デスゲームという意味不明なイベントへの強制参加効果なんて……。

 とんでもないものを装着してしまった。どう解釈しても危機でしかないイベントが、夢斗に迫っていたのだった。


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用語解説


奈落の腕輪

:所有者に〈奈落の住人〉カテゴリーを付与する。

:呪いがあって外せない。

:奈落ですゲームの参入権を得る


奈落デスゲーム

:機巧世界にてパルパネオス、マルファビスが言及していた多元異世界デスゲーム。

:その実態は異世界迷宮を通じたサバイバルイベントである。

:主催者は不明。機巧種族が敵対する〈別の勢力〉と関係があるようだ。


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スペース

第四章開幕しました。圧倒的覚醒の後、物語が動き出していきます。


「期待大!」と思って頂けたら、☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews


またいつもコメントくださる方、ありがとうございます。

本当励みになってるので、重ねて感謝です!

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