第13話 時間の貯金


 精神と肉の部屋で目覚めた。体感で9時間は寝たようだ。

 肉でできた床は、思いの他ふかふかで、寝心地がよかった。


「は……。そういえば今日はバイトの朝番だった。ロココ。部屋から出してくれるか?」

『畏まりました』


 ぶぅんとゲートが開き、現世へと戻ることができる。

 ゲートを通じて自分の部屋に戻ると、夢斗はあることに気づいた。


「朝、じゃない。夜の11時? どういうことだ?」


 たしかクエストを始めたのは夕方のはずだ。晩ご飯に〈輝く肉〉を食べて、また筋トレして料理して〈輝く肉〉を食べて。

 それからロココに名前をつけて、ぐっすり眠った。


 早寝早起きだと考えても、少なくとも朝にはなっていなければおかしい。


「いや。俺がゲートに入ったのは夜で。ぐっすり眠ったなら朝になってるはずで。……時間がおかしい?」


 現世のアパートの時計は深夜11時を指している。

 ありえない時間だ。

 もしかして、寝すぎたことで一日まるごと休んでしまったのだろうか?。

 すかさず店長に電話をかけた。


「店長、すみません。バイトすっぽかしてしまって。本当にすみません」


 しかし店長はどこかぽかんとした声だった。


「おいおい。夢斗君。何言ってんの。今日はおばあちゃんの葬式だからって、休んだだろ」

「……え? 今日?」

「疲れてるんだ。もう一日休んどけよ」

「今日は、6月23日じゃあ」

「まだ22日だよ」

「え……」


 夢斗は衝撃に絶句した。


「身内が亡くなってショックだから焦っているのかもしれないけど。お葬式なんだからさ。明日も休んでていいんだよ」

「いえ。ちゃんと行きます。すみません。ありがとう、ございます」


 店長の優しさが身にしみた。

 だがそれ以上に、奇妙な事態だ。


「日付が変わっていない」


 自分は確かに精神と肉の部屋で、筋トレをして料理をして、盛大に眠ったはずだ。

 12時間以上は経過していないとおかしい。

 

「ロココ。質問がある」

『なんでしょう?』

「精神と肉の部屋で、うろ覚えで。〈時間の貯金〉とか聞いた気がするけど。あの部屋は時間の流れがゆっくりとかなのか?」


 夢斗は漫画でみるSFやファンタジーの知識から、推測した。

 だがロココの応えは意外なものだった。 


『時間の流れがゆっくりなのはそのとおりですが、ある条件を満たす必要があります』


「条件?」

『筋トレです』


 確かに筋トレはした。条件は満たしている。

 だが筋トレをすることと、時間がゆっくりなことがどうしても結びつかない。


「時間は、ゆっくりになったんだよな?」

『はい。夢斗さんは精神と肉の部屋で〈時間の貯金〉を18000秒分獲得しました』

「18000秒ってことは……」


 1分は60秒。

 1時間は60分なので、かける60で3600秒

 18000÷3600=5なので、5時間分の〈時間の獲得〉という計算になる。


「5時間……。ってことは本来は朝に起きるはずが、5時間消費せずに残ったから、まだ夜の11時なのか?」

『はい。その計算で合っています』


「5時間浮いたことはわかった。じゃあ、この5時間ってのはどういう根拠なんだ?」


『筋トレの回数一回につき10秒、時間の獲得ができます』

「回数一回につき10秒だと……」


 頭が、追いついてこない。


『夢斗さんは精神と肉の部屋にて、腹筋300回、腕立て300回、スクワット300回、背筋300回、後ろ腕立て300回、グーパー握力300回をクリアしました。筋トレ一回につき10秒の時間を確保できるので、かける1800回で18000秒。つまり300分ですから、5時間の時間の獲得になります。』


 精神と肉の部屋とは、筋トレをすればするほど時間を獲得できるという、すさまじい空間だった。


「生活リズムが崩れて、逆につらいかも……」

『いっそ筋トレの量を4~5倍に増やせば一日分の時間を獲得できますよ』


 4~5倍となると、腹筋1500回の世界だ。


「無茶を言うなよ!」

『筋トレの疲労があるため、このままバイトの時間まで横になっていることをおすすめします』


 ロココに言っても仕方がない。


「はぁ。しばらく寝てるか。勿体ない気もするが。しこたま筋トレしたんだからな」 


 休む時間を獲得したと思えば、ちょうどいい。夢斗はまたぐっすりと横になった。

 時間を獲得したからといって無理に何かしなきゃいけないってわけでもないからな。


「ばあちゃん。俺、がんばるよ。今日のがんばりを覚えて……。続けていくよ」


 そのとき部屋の電気の紐がぱちんと音をたて、ひとりでに動いた。


(ばあちゃんの幽霊、なのかもな)


 虫か何かが紐に当たっただけなのかも知れない。それでも、ばあちゃんが見ていると思うことにする。


(やれるだけ、やってみるからさ)


 このとき夢斗はまだ気づいていない。

 超高速超再生を経て彼の肉体が、急成長を遂げ『変貌』を始めていたことを……。



 ぐっすり眠ってからバイトに顔を出すと、店長が面食らった顔をした。


「あの。どちらさまで?」

「俺です。夢斗です」

「きょ、京橋君?」


「昨日は勘違いしてすみませんでした」


 夢斗はコンビニの制服に着替える。袖がなかなか通らない。


「あれ? おっかしーな。ギリギリ入るか」


 無理矢理に袖を通すとパツパツになってしまった。


「すみません店長。パツパツですけど、どうにか仕事には支障は……」


 夢斗が力むと、制服がびりり!と破けてしまう。大胸筋が膨らんだことで、制服が限界を迎えたのだ。


「あ、あれぇ? おかしいな。俺の制服だよな。Mサイズだし。間違ってないよな。弁償しないとなので。俺の給料から……」


 弁償しようとするが、店長は無言で新しい服を出してくれた。


「夢斗君。今日は、こっちを着なさい。弁償なんて考えなくていい。服くらい私がだすから」

「でもこれ。サイズ2Lですよ? 俺こんなに身長、高くないですよ」


「身長の問題じゃない。自分の姿をみてないのかね?」

「俺の姿って」


 鏡をみるとヒョロガリだった男は消えていた。

 ボクサーを連想させる鋭い筋骨を宿した男が、鏡の向こうにいた。


「誰?」


 夢斗は一瞬、自分がわからない。

 店長は訝しげな眼で夢斗をみていた。


「何があったかは知らないが成長期だからね。なんというか。急成長することもあるだろうさ」

「すみません、店長」


「驚いたが安心もしたよ。君はよく働いてくれるが少し痩せすぎだったからね。家のことや、仕事と勉強の両立で無理をしているようにみえた。肉付きがよくなってくれてよかったよ。若者は元気なのが一番だからね」


 肉付きがよくなったとかのレベルではない。

 腹筋が8つ、時折ふくらむと10個にまで割れてしまう。


 精神と肉の部屋で筋トレをしたためだろう。


(たった一日でこれなら。もっと鍛えればどうなるんだろう)


 その日もまたバイトあがりに精神と肉の部屋に向かった。

 ロココのいう筋トレ各種目1000回には到達しなかったが、今回は500回ずつまで増やし、約9時間の時間を獲得した。


(今日も限界を超えることができたぜ)


 夢斗の潜在能力は、上限値解放炉心と出会ったことで開花を始めていた。


(運動神経もよくないし。頭だって普通だけど。地味な努力は嫌いじゃないからな)


 彼の強靭な精神力と、限界を超えるためのシステム〈上限値解放炉心〉が相乗効果で噛み合っていた。


 絶大な成長効果を生み出していたのだ。


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スペース

今回も成長してます。いつまで成長するんだ……。










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