第9話 憑依炉の真実


 退院はすぐだった。入院してから三日で驚異的な快復力を示したそうだった。なんでも真菜の治療が功を奏したらしい。特に彼女の〈ヒールの糸〉は精巧で、医者も舌を巻くほどの治癒力だった。


(真菜さん。やっぱりすごい人だったんだな)


 退院してすぐ、おばあちゃんの病院に向かった。おばあちゃんの病院は夢斗の搬送された病院とは別の、隣町の病院だ。


「おばあちゃん……」


 病室に入ると、おばあちゃんは珍しくベットで起き上がっていた。

 居住まいを正しているようでもあった。


「来たか。夢斗。看護師の噂で話は聞かせてもらったよ。重症者なのに筋トレばかりしているおかしなヤツがいるんだってね」

「バレちゃったか」


 怒こられるかと思ったが、おばあちゃんは神妙だった。


「〈憑依炉心〉を発動させたんだね」


 おばあちゃんの言葉は、奇妙だった。

 てっきり『迷宮で死にかけた』ことを咎められると思ったが、おばあちゃんは『憑依炉心』のことを言い当てた。


「どういうことだよ、ばあちゃん?」

「あんた。【記憶】は見たのかい?」


 記憶。記憶とは、あの夢のことか。

 迷宮探索をする、じいちゃんとばあちゃん。 そして父さんと母さんの結婚式……。

 やはりばあちゃんは〈憑依炉心〉のことを知っている。


「見たよ。ピラミッドみたいなところで、じいちゃんが〈憑依炉心〉を拾ってた」

「〈憑依炉心〉はどうした」

「割れた。砂になって消えて。俺の一部になったらしい」


「【発動】しちまったんだね。じいさんのいったとおりだったよ」

「おじいちゃんが?」


 始めて聞く話題ばかりだった。それだけおばあちゃんは、秘密を持っていたのだろう。


「【記憶】に触れたならわかるだろう。憑依炉心はじいさんが発見した。そしてじいさんは研究者で【人間の限界を超える実験】をしていた。〈迷宮研究者〉だったんだ」


「おじいちゃんが、迷宮研究者……」

「じいさんは憑依炉心の研究もしていた。わかったことは、この憑依炉が『人間の魂をシステムにして封じ込める』というものだ」


 ――魂をシステムにして封じ込める――


 ということは、夢斗の網膜投影に現れたメッセージは、やはり憑依炉心からのメッセージということになる。


(じゃあ、あの、母さんの声はなんだったんだ?)


 おばあちゃんはさらに続ける。


「じいさんが拾った時点で、その〈憑依炉心〉には過去の偉人の魂が封じ込められていることがわかった。だが解析した結果【魂の一部を封じ込める】まではいいが【使った瞬間に壊れる】ということもわかっていた」


「待てよ、ばあちゃん。俺は母さんの声を聞いた。これも魂を封じ込めるってことなのか?」


「……ああ。そうだ。じいちゃんもお父さんもお母さんも、魂の一部クローンを憑依炉心に『記憶』されている。もちろんあたしもさ。すでに、過去の偉人の魂とともに、あたしらの魂の一部もクローンとなって憑依炉に蓄えられている」


「ばあちゃんの魂も……」


「安心しな。家族の魂なんていっても、システムに取り込まれているだけだ。一部の声などのデータが残っているだけ。さながら【ババアの知恵袋システム】ってところかね。そこに人間性なんかこれっぽちもないのさ」


 おばあちゃんはからからと笑った。


「システム、だったのか」


 夢斗は残念に思った。お母さんが憑依炉心に住み着いていると期待したがシステムに過ぎないとわかったからだ。


「で。憑依炉が壊れたって事は、あんた。死にかけたんだね。あぶないことしたんだね。この馬鹿孫が……」

「なんで死にかけたってわかるんだよ」


「じいさんから聞かされていたが、憑依炉の発動には【条件】がある。【使用者が一度死にかけて空っぽになること】だ。死地に合い一瞬だけ魂が空っぽになったところに、憑依炉心に蓄えられた魂のシステムが流入する」


「すごく恐ろしいことを言われている気がする……」


「〈憑依炉心〉は、過去の偉人が使っていたものだからね。それだけ非人道的な実験や、邪教の儀式めいた何かがあったんだろう……。う、げほ……げほっ!」 


「ばあちゃん、疲れたなら話さなくていいから……」


 夢斗が止めてもばあちゃんは力を振り絞って話を続ける。


「本当は持たせたくなかった。死にかけじゃないと発動しないなんて、こんな危険過ぎるもの孫に持たせられるわけない」

「ばあちゃん……」


「だからって、あんたは探索者をやめなかった。ランクだってXかFだろうに。あたしのようなババアのために、がんばりやがって……」

「なんで、知ってるんだよ」


 ばあちゃんには、ランクのことは話していない。強がって『Dランクにあがりそうかな』と誤魔化してさえいた。


「じいさんの研究さ。あんたが産まれたときに調べさせて貰ったが、あんただけは『遺伝子レベル』で異様なほどに探索者適性がないことが判明したんだ。これもピラミッドの呪いかもしれんがね。だからあんたの両親は……。ふぅ。あくせく働いて。あんたが普通に生きていけるだけの金をね。ぐっ……」


「ばあちゃん。もうしゃべらなくていい。楽にしてて」

「ふぅ……」


 なだめてベッドに寝かせると、ようやく落ち着いてくれる。

 しばし夢斗は、脳内で状況を整理する。


(〈憑依炉心〉は、俺が生まれる前に亡くなったおじいちゃんが発見した遺物(レリック)だった)


 おじいちゃんは研究者で、夢斗の探索者適性が遺伝子レベルで低いことを知っていた。これは憑依炉心のあったピラミッドの呪いかも知れないが真偽は不明。


(父さんも母さんも俺が探索者になれないことを知っていたから、必死に働いてくれていた)


 だが、今の時代は〈大迷宮探索時代〉だ。

 普通の仕事だけでお金を稼げるほど甘くはない。

 迷宮探索者の称号が無ければ、社会で認められることは難しいのが、社会の暗黙の了解だ。


(でも。俺は決めたんだ。迷宮探索はやめて、普通の暮らしをするって。金粉鉱石は手に入れたんだ。ばあちゃんの手術費に使って。俺は大学進学をする。地道に働くんだ)


 金粉鉱石の写真はすでにスマホで撮って、査定をして貰っていた。

 写真のみの査定だが、38万円の値打ちがついている。

 これなら一年バイトをがんばれば、ばあちゃんの手術費用と大学進学を両立できる。


「ばあちゃん。あのさ。話があるんだ」


 夢斗は手術費用のことを打ち明ける。


「金が入りそうなんだ。迷宮で手に入れた金粉鉱石って遺物なんだけどさ。査定されたら38万だって。これなら俺の学費はなんとかなるから。ばあちゃんは、ばあちゃんの貯金の100万を使って。手術、してくれよ」


 ばあちゃんは仰向けに眠っていて応えない。


「俺さ。バイトの給料は安いけど。コンビニのビニ弁で過ごせば、金もかかんないからさ。俺はもう、迷宮探索者はいいんだ。分不相応だってわかっちまった。だから探索者は足を洗ってさ。真面目に勉強して大学行って、普通にがんばるつもりだよ」


 ばあちゃんは無言だ。


「だからさ。手術、受けてくれよ」


 ばあちゃんはうんともすんとも言わなかった。


「ばあちゃん?」

「……なんだい」


 よかった。生きているようだ。


「手術。受けてよ」

「嫌だね」

「金ならあるって!」

「あんたが金を稼ごうが、あたしゃ足はひっぱらない。入院した上に高額な手術なんてごめんだね。もう少し休めば退院できるさ。年金もあるんだ。負担はかけない。もう長くないってわかってるからね」


「そんなこと……。言うなよ!」


「あんたは好きに生きな。〈憑依炉心〉を発動させたあんたが、どこまで行けるか、見たかったがね」

「分からず屋」

「どうとでもいいな」


「……また、来るよ」

「ああ」


 その日は、それだけ話して別れた。

 ばあちゃんに、もう一度会うことはなかった。『もう長くない』というのは本当だったらしい。


 夢斗の『手術をさせたい』という想いは、間に合わなかった。

 お見舞いをした3日後、ばあちゃんは静かに息を引き取った。


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次章から圧倒的成長回に入ります。


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