第8話 目覚めと起動


 目覚めると病院にいた。


「夢斗さん。夢斗さん……。起きたんですか!」


 夢斗の眠るベッドには、真菜が寄りかかっていた。

 目元には隈があった。禄に寝ていないのだろうか。可愛い顔が台無しだ。


「真菜……。飛鳥さん。どうしてここに?」


「剛田の境界鍵(キーストーン)を使って、あの鍾乳洞のホールから脱出したんです。白銀の騎士が帰ってから【妨害】も消えたみたいで……。うぅ」


 真菜は辛い記憶を思い出したようで、口元を抑えた。

 夢斗は自分の胸の傷を見やる。斬撃の跡が、〈糸〉で縫われていた。


「この糸は……?」


「あの傷じゃ救急車は間に合わないから。私がヒールと〈糸〉で治したんです。でも搬送されても夢斗さん、ずっと起きないから」


「君がやってくれたのか?」


「はい。病院の人には褒められました。荒野で手術をするようなものだって」


 真菜のヒーラーとしての能力の高さが窺えた。


「ありがとう。俺なんかのために……」

「生きているのが奇跡的な傷だったんですから。大事にしてくださいね」


「感謝しかないよ」

「感謝してるなら。もう無茶はしないでください。本当ひやひやしたんだから……」


 真菜はまた、泣きそうになっていた。


「……俺がもっと強かったら、こんなことにならなかったのにな」

「それは違います! あの騎士は怪物です。本当なら皆死んでいたはずなんですよ。でも、私たちだけが生き残って……。生き残れたのは夢斗さんが交渉してくれたおかげです」


「異界の騎士と対話してみるなんて。やってみるもんだよなぁ。ははは」


「笑い事じゃないです!」


「笑い事にでもしないと。しみっぽいだろ?」


「その精神力……。羨ましいです」


「精神力、なのかな。実際俺は超ビビってる。今だって手が震えている。だからって使う言葉まで怖がったら、本当に自分のすべてが恐怖に支配されてしまう気がするだろ」


 真菜は驚いたような顔をした。


「言葉だけでも、ですか。不思議な考え方なんですね」


「ものは言いよう、ってだけなんだけどな」


 夢斗はつい、真菜の伏し目がちな眼をみつめる。まつげの形が綺麗で少し見惚れた。


「夢斗さん、なんだか強くなりました? 前より自信がある気がします」

「そうかな。死んで覚醒したのかもな。試しに網膜投影をみてみようか」


 網膜投影からパラメータを開く。



京橋夢斗 レベル1

探索者ランク X

クラス【適職なし】

HP15 攻撃7 守備7

魔力7 魔防7 素早さ7

技量 なし



「うん。変わってなかったな」


「本当に【ランクX】なんですか? そうは見えません」


「ああ。Fにさえあがれない。馬鹿にされていたとおり俺は『赤ちゃん』なんだ。だから迷宮探索はこれで終わろうと思うよ」


「勿体ないです。私は夢斗さんと冒険したかったのに……」


「あれだけ怖い思いをしたのに、君も懲りないな?」


「夢斗さんのせいですよ。あんなのと対峙して……。恐怖に飲まれない人なんて、そうそういないです。だからこれ、お返しします」


 金粉鉱石を握らされる。真菜の手は小さく、暖かかった。 


「俺生きてるもんなぁ。おばあちゃんには俺が渡さないとな」


「そうです。私よりも、おばあちゃんですよ」


 夢斗は『本当にいい子なんだろうな』としみじみした。


「私、夢斗さんが復帰するのも待ってますから」


 真菜は期待してくれているようだった。

 けれど夢斗は『また復帰するよ』とはいえなかった。


「がんばれよ。真菜さんも」


 とだけ応えた。


「……はい。では」

「ああ」


 真菜は立ち上がり、病室からでていく。


「しっかり治してくださいね!」


 病室の扉の前で、名残惜しそうに手を振ってくれる。

 誰かにこんなに大切に思われたことはなかったから、夢斗はこみ上げるものを感じる。


「君も。元気で……」


 手を振り返す。声が届くか届かないかのところで、彼女は去って行く。


 死と生存、出会いと別れ。


 揺さぶられる心の中で、夢斗の網膜投影に突如メッセージが現れた。



――【〈憑依炉心〉によって、精神の憑依が行われました】――



「ん?」



――【〈憑依炉心〉に記憶されている精神がインストールされます。憑依炉心に基づいて、所持者のパラメータが拡張。パラメータ項目の〈限界突破〉を行います】――



 パラメータが拡張? 限界突破?

 聞いたことがない概念だった。

 新たなパラメータが網膜に映し出される。



京橋夢斗

レベル1

探索者ランク X

クラス【適職なし】

HP15 攻撃7 守備7

魔力7 魔防7 素早さ7

技量 なし

スキル なし

アビリティ:精神強者、憑依炉の器 ←new



 数字は変わらない。けれど何かが……。

 何かが明らかに、変化を始めている。


――【パラメータ項目の限界突破は適宜追加されます。また項目の〈ツリー化〉、〈クエスト化〉も行われます】――


〈ツリー化》とはどういうことだろう。ふと夢斗のパラメーターの【攻撃】の項目が光っているのが目に付いた。


「【攻撃】の項目の先に、別の項目がある?」


【攻撃】の項目に目の焦点を当てると、パラメータがツリーとなって開いた。

 攻撃の項目がツリー状に展開。【筋力】の欄がでてくる。


【攻撃】

 :【筋力】

 :上腕、前腕5

 :腹筋5

 :背筋5

 :大臀筋5

 :大胸筋5


「さらに【筋力】も開けるのか? 筋力がツリーになった。詳細に項目が分岐した?」


(こんなこと今までなかった。これが〈ツリー化》ということか?)


 さらにアラートがなる。


【クエストが発生しました。限界突破、および〈細分化》された筋力を鍛えて上昇させてください】

【限界突破数。『腹筋100回』】

【やり方はこちら☆を参照】


 夢斗は〈クエスト化》の意味も理解する。【こちらを☆を参照】を開くと、腹筋のやり方が表示される。


【腹筋のやり方】:仰向けで膝をあげて、頭で腕を組む。上体を起こし、肘を膝に付ける程度まで持ち上げる。深くやり過ぎると腰の負担になるのでほどほどに……。


(親切なのはわかるが。腹筋100回だと?)


 とりあえず病室のベッドの上でやってみた。病み上がりもあってか50回しかできなかった。


「はぁ。は。あとは、いいか。半分やったし……」


 諦めようとすると、脳内で声が聞こえる。


『こら!』


 夢斗のお母さんの声だ。ただの『こら』だが、忘れるわけがない。


「うっそだろ?」


 がばりとベッドから起き上がるも周囲には誰もいない。

 ふと枕元の物置台に、壊れた〈憑依炉心》が置かれているのが目に付く。メダル型の〈憑依炉〉は真っ二つに割れていた。


「憑依炉が割れてる。胸ポケットに入れていたはずだが……」


 メダル状の〈炉心》はぱっくりと割れ、修復不可能なようだ。


「白銀の騎士に斬られたときだな」


 ジャケットの内ポケットに入れておいたのだが、白銀の騎士(パルパネオス)の斬撃で真っ二つになっていたようだ。


「母さんの声は、もしかしてこいつが記憶していたとか?」


 根拠はなかったが、直観的に夢斗はそう思った。

 今日みた夢の内容も、家族のものだった。


 ばあちゃんが『決して手放すな』と言っていたことも、気になる。

 憑依炉にそっと振れてみると……。


「うぉ?」


 メダル状の炉の残骸は、砂のように崩れてしまった。


「砂になった」


 悲しくなるのも束の間。夢斗の声に応えるようにメッセージが流れる。


――【憑依炉心は、あなたに憑依を完了させたことで役割を終えました】――


(どういう、ことだ?)


――【憑依炉は『適合する人間』に行き渡る運命になっています】――


 運命などと言われては、これ以上考えようがない。


『ちゃんとしなさいよ。あと50回!』


 脳内ではお母さんが怒っていた。


「これは、幻聴だ」


『あんたはいつも。途中でやめる。ほどほどで勝てるもんなんて、この世にはないんだよ!』


「幻聴でもいいか」


『精魂尽き果てるまでやってみなさいよ』


「わかったよ」


『ちゃんとご飯は食べて。全力を出して。勝ってきなさい』


「わかったよ。やるよ、母さん……」


 涙が出てきた。あんなに怒られるのが嫌だったのに。

 また、声を聞くことができたのだから……。


「やるよ。やればいいんだろ? 腹筋あと50回……」


 嗚咽を上げながら夢斗は病院のベッドで腹筋を始める。


 看護師が止めに来てくれたが、肉体は真菜の〈ヒールの糸〉で完治していたので、夢斗は構わず腹筋を続けた。


「何やってるんですか! 安静にしてっていったのにぃ!」


「止めないでください看護師さん! あと10回なんです。俺は……。腹筋をやらなきゃいけないんです!」


 斬撃を受けて血を流しすぎたためか、腹筋の後はひどく衰弱してしまう。腹筋100回を終えると夢斗は疲れて眠ってしまった。


(なんだよ俺……。やばい人じゃないか)


 眠る夢斗の脳裏に、憑依炉心のメッセージが流れる。


【現在の腹筋の〈筋力限界〉を突破しました】


【筋力】

:上腕、前腕5

:腹筋5 →30

:背筋5

:大臀筋5

:大胸筋5


 いままで成長したこともなかったから。

 始めの一歩目の成長が、妙に嬉しかった。


――――――――――――――――――――――――――

用語解説

【パラメータ項目の限界突破】

:通常、迷宮探索者にインストールされるパラメータは、【HP、攻撃、防御、魔力、魔防、素早さ】の六項目だが、ステータス項目の上限値解放によって、さらにツリーとなって細分化された。これにより、通常と異なるアプローチでの成長が可能となった。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

圧倒的成長してきました!


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