第二章【上限値開放炉心(リミットオーバー・コアハート)】

第7話 夢、家族の記憶


 ここが夢なのかあの世かはわからない。

 迷宮の番人・パルパネオスに惨殺された後、夢斗は幽体の視点でとある風景をみている。


 迷宮探索の風景だ。探索者の装備をした男女が、砂漠のピラミッドめいた遺跡で探索(レイド)を行っていた。


 ひとりは朴訥とした顔立ちの30代ほどの男性。

 もうひとりは気の強そうな、それでいて聡明な眼をした女性だ。

 互いに積層甲冑を纏って、ピラミッド内部を歩いていた。

 やがて朴訥とした男が、迷宮で何かを発見する。


「この炉心は……。魂を保存する力を持つ〈憑依炉〉だ」

「あんた、いいのかい? ピラミッドの遺物には【呪い】が込められている」

「研究者の血が疼くのさ。もしも呪いがあったとしても、俺だけが引き受ければいい」

「ふん……。あたしはあんたの勇気に惚れているからね。持って行くなら一緒に、だ」


 夢斗はこのふたりに見覚えがあった。

 聡明な眼の女性は、きっとおばあちゃんだ。

 朴訥とした男は、写真での記憶しかないが、おそらくはおじいちゃんだろう。


(おばあちゃんは昔、迷宮探索者をやってたっていってた。でもどうしてこの記憶が?)


 走馬灯のように、シーンが映っていく。

 やがて赤ちゃんを抱く夫婦と、結婚式の映像になった。


(これは、結婚したじいちゃんとばあちゃん)


 幸せの絶頂のようだった。その数秒後、映像は葬儀のものに変わる。

 おじいちゃんが死去したのだった。

 若き日のおばあちゃんは棺の前で慟哭する。


「あたしは、【呪い】なんて信じないからね。あんたがそうしたように、恐れて生きることなんかしない!」


 泣きながらばあちゃんは、棺桶で眠るおじいちゃんに語りかける。


(【呪い?】に【死】だと? ふたりに、こんな人生が……)


 やがて映像は、おばあちゃんと母さんの映像となる。

 子供時代の母さんの、小学校の入学式。

 中学、高校。やがて母さんは父さんと出会い……。


 赤ちゃんが生まれた。

 この赤ちゃんは19年前の夢斗だ。


 それから親子三人で、そこそこ幸せな日々を過ごした。

 キャッチボールをしたり、ご飯を食べに行ったり。ささいなことで、喧嘩をして……。


 休みの日はどこかに遊びにいったりもしたけど。夢斗が中学になる頃は、両親の仕事も激務になってしまって、会話すらなくなっていた。


 そして三年前。夢斗が16歳の時に父が亡くなった。

 母も後を追うように、去年、旅だった。

 そして映像は母の葬儀のシーンとなる。


 おばあちゃんが夢斗に〈憑依炉〉を託したのは、母の葬儀のときだった。


『あんた。これは肌身離さず持っていなさいよ』

『何これ。どういうこと? ばあちゃん』

『あたしはやっとわかったんだよ。あんたもいつかわかる。こいつを持ってさえいれば……』


 母の葬儀のときのおばあちゃんの言葉は、最後まで再生されなかった。


(持ってさえいればって。俺は死んだはずじゃ)


 夢斗は夢の中で理解する。


(俺はまだ、死んでいないのか)


 夢斗は生きている。生きているから意識が現実に引き戻されていく。

 夢の中のおばあちゃんの声も遠のいていく。『持ってさえ居れば■■■■■■から』


(聞こえないよ。おばあちゃん)


 おばあちゃんは、なんて言おうとしたんだろう。夢斗は目覚めてしまい、知るすべはない。


――――――――――――――――――――――――――

用語解説


炉心(コアハート)

:生命に新たなプログラムや精神をインストールする遺物の一種


憑依炉

:使用者に精神プログラムを『憑依させる〈炉心〉』。

:もう一つの精神が生まれるとされる。


――――――――――――――――――――――――――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る