第6話 死と憑依炉



 夢斗の身長は168センチ。白銀の騎士とは50センチ以上の差がある。

 装備は荷物のみ。


 対して白銀の騎士は全身甲冑と、ヒトの身長ほどもある大剣だ。

 どうあがいても、死は免れない。


「貴様は不思議な人間ダ。死を前にしているというのに、恐怖というものが見受けられない。思い人だけを残して死ぬというのに……」


 ためらいがあるのか?

 白銀の騎士はやはり人間性をもっているようだ。


「いや。この子は彼女じゃない。今日始めてあった他人だ」


「なに? 今日会った他人のためニ、死ねるというのか?」


「他人とかどうとか関係はない。俺が救いたいのは、国にいるばあちゃんだ。この子に生きて貰えれば、俺はばあちゃんに金を届けられる。それだけさ」


「ふむ……。嘘はついていないようだナ」


 白銀の騎士は、ふと思いを馳せる。

 今まで、様々な命乞いを見てきた。


『恋人のために死ねる』

『家族のために死ねる』


 白銀の騎士は【嘘がわかる】という能力を持っている。


 他人が口でいう『仲間のために死ねる』という言葉は、ほとんどが【敵の情に訴えかけ自分だけが生き延びる打算】にすぎなかった。


 だが目の前の小さな男は、そうではないらしい。


 


 こいつは本気で、死を覚悟して言っている。武器ももたず、最弱なはずなのに。


 やけに、澄み切っている。

 その上で交渉をしてきている。



(義が強く、計略もできるか。今は弱くとも、育てば傑物になれたかもしれぬ。惜しい男だ)



 夢斗はさらに強気に、提案をする。


「念押しで言っておくが……。死んだ奴の中に、この子の大事な人はいない。あんたの世界に報復を仕掛ける理由は、俺らには何もない」


「なかなかの胆力だ。どこで培った?」


「……虐げられることに、慣れているだけさ」

「……惜しいな。勇気とは、

 

 白銀の騎士は奇妙なことを語った。


「は? 何を……」



 一瞬では飲み込めない。


「貴様は肉体が圧倒的に弱い。にもかかわらず他人を守ろうとしている。戦士らは皆恐慌して死んだが、貴様は弱い癖に、会話が成立する。精神力が異様に高い、ということだ」


「……そんなことは、ないさ。俺はあんたに恐怖を感じている。いじめられっ子だったから、話が通じる相手と通じない相手がわかるだけだ。あんたは悪い人じゃないけど。容赦もしないだろう」


「その通りだ。我は貴様を斬る。だが、確信した。【勇気と精神力の素質を持つ者だけが、その〈上限値〉を解放できる】。それならば……」


「〈上限値〉だと?」

「久しぶりに楽しい会話をした気がする。それだけだ」

「……そうか。俺で楽しんでくれたなら何よりだ」


 白銀の騎士は、人間の身長ほど(160センチメートル)の大剣を構えた。


「言い残すことはないか?」


「真菜に、伝言だけさせてくれ」

「いいだろう」


 夢斗は振り返り、涙まみれとなった真菜に笑顔で語りかける。


「話したとおりだ。真菜……さん。俺は死ぬらしい」

「夢斗、くん……。そんな」


「あなただけでも生きてほしい。それからこの迷宮の座標は忘れること。あと俺の財布にキャッシュカードがある。暗証番号は※☆♪△。俺の誕生日を逆から読んだ数だ。俺の誕生日は保険証に書いてるから、忘れたときは保険証を逆読みしてくれ」


「違うの。夢斗君。そんなことより……」


「通帳には100万円入ってる。俺のばあちゃんは、〈京橋しみこ〉。境台市の病院にいるから。手術費だって言って渡してくれ。ああ、君の手間賃もあるか。ただってワケにはいかないな。この金粉鉱石で勘弁してくれよ」


 夢斗は拾った金粉鉱石を、真菜に渡した。


「夢斗君……私は、石なんていらない」


 かろうじて、真菜は声を絞る。


「石もお金もいらないから。だから……」


「頼んだよ」


 夢斗は真菜に金粉鉱石を握らせた。

 真菜に背を向け、白銀の騎士に向き直る。


「終わったカ?」


「ああ。楽に頼むよ」


「いや。お前は楽にハ終わらせない」


「そうか。それでもいい」


 白銀の鎧が、刃を振りかぶる。

 夢斗は憧れにも似た感情で、刃を見つめている。


(いいなぁ。強いのって、やっぱいいよなぁ。俺も強くなれたら……)


 夢斗の思考はそこで終わった。

 刃が振り下ろされたのだ。


 鉄塊のごとき剣は、夢斗の小柄な身体を袈裟一文字に切り裂く。

 肩から胸にかけて傷が開き、おびただしい流血が噴出した。


 視界が赤く染まる。


(頼むよ。真菜……。約束は守れよ、白銀の騎士……。虚無君らしい死に様だったが)


 でも、何かは残せた。

 無惨に散っていった即席パーティのクソイキり共とは違う。


(最後だけは、俺だけが虚無じゃなかった。ビビって死ぬだけじゃない。ビビらないで向き合ってやったぜ)


 ざまーみろ。

 どさり、と。夢斗は洞窟の床に、倒せ伏す。


「夢斗君……。むと……。うぁぁぁ、ぁぁぁあぁぁあ」


 真菜の胸を切るような慟哭が洞窟に響いた。

 白銀の騎士は、夢斗を見おろしながら、何かを言い残す。


「久しぶりに、楽しめた。生キルカ死ヌカハ、オ前シダイダ」


 翻訳が切れてきたのか、白銀の騎士がカタコトになっていく。


「貴様は『持っていた』。〈憑依炉〉ダケデハナイ。〈憑依炉〉ヲ開放スル資格ヲ」


 白銀の騎士は、夢斗を切り捨てた後で、意味深なことを呟く。


「オ前ノ生命ノ限界ヲ試シテヤル。コノ斬撃は、生キルカ死ヌカ、ギリギリノ太刀筋。オ前ノ生死ハ、神ノミゾ知ル」


 白銀の騎士が背を向け、【門】の向こうへと帰っていく。



「見セテミロ。ソノ『上限値』ノ、向コウ側ヲ」



 白銀の騎士がゲートの光に包まれる。

 機巧世界へと帰還を始めていたのだ。

 光の中で騎士は語る。


「私ノ名ハ【パルパネオス】。……イキテイタナラマタアオウ。ウソノニガテナ、イセカイノ【同志】ヨ」


 圧倒的な蹂躙の後。

 夢斗は消えゆく意識の中で、何かがパリンと壊れる音を聞いた。

 やがて瞼の内側に、文字が浮かぶ。

 



【〈憑依炉心〉が破壊されました】

【『死の淵の体験』により憑依炉心の起動条件を満たしました】

【〈勇気の証明〉が称号に付与されました】

【〈限界突破の精神力〉が称号に付与されました】


【〈憑依炉心〉が破壊されたことで〈祖父の研究〉がインストールされます】


【〈上限値解放のしおり〉を獲得しました】

【〈上限値解放炉〉の使用資格を獲得しました】

【〈上限値解放初心者〉がアンロックされました】

【精神炉心のインストールを始めます】


(【憑依炉】……、【上限値解放】?)



 わからない。

 死の間際の、神のいたずらなのだろうか。

 虚無君にふさわしい人生だったけれど。


 褒められたことはなかったから、嬉しかった。

 白銀の騎士、パルパネオスの声が脳裏に響く。



――見セテミロ。ソノ『上限値』ノ、向コウ側ヲ――



 期待されることも、なかったから。

 これから死ぬのだとしても、うれしかった。


(怖かったけどさ。闘って死ぬのは誉れだ。誉れとうれしさで、人生の幕を閉じれるなら、全然ありかもな)


 やがて夢斗の意識は、暗闇に飲み込まれる。 暗闇の中で夢斗は、アラートを聞いた。


――【使用者が死の淵にいるため、〈生命力上限値解放〉を強制起動します】――

――【生命力の上限値が開放されました】――


 どくん、と心臓が脈打った。


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スペース

次回!バキバキになって復活!!


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