第5話 虚無君の意地



「ワイルドトーカー、起動。ホンヤクノ、キョウドヲアゲヨウカ」

「ワイルドトーカー……。翻訳だと?」


 静寂と血の匂いに満ちたホールにて。

 白銀の騎士が【翻訳】を強めたことで、片言だった言葉が流暢なモノとなる。


「フム。勇気ある小さき者よ。貴様が死ぬ間際まで、会話ヲ許そう。これから質問ヲする。簡潔ニ応えろ」

「……翻訳でこちらの言葉に合わせてくれたのか。まずは感謝をする」


 夢斗は自分が『外交官』の役目を担ったことを悟った。

 いつ斬り殺されるかはわからないが……。

 コミュニケーションができるだけでも、幸運といえるだろう。


「仲間を斬り殺されたのに、感謝か」

「ああ。感謝だ。圧倒的力量差があるのに。女は狙わないでいてくれた。それにあんた達の領域を先に侵したのは俺たちだ。筋としては、こちらに非がある」


「ふむ。やはり貴様は会話が成立する。道理をわきまえている。嘘もない。弱いが勇気がある」

「ありがとう。そちらも」

「ふむ」


 白銀の騎士は、何かを考えるように夢斗をみた。


「ではまずは、我ノ責務を伝えよう。我ハこの境界領域にて、機巧世界の門を守る者」

「機巧世界……。迷宮の先にある異世界か」

「我々ニとってハ貴様らも異世界だ」


「俺たちを殺したのは、情報を与えてはいけないからか?」

「ソウダ。この門の場所を知られないことも、我ノ責務ノ一つだ」


 全身甲冑で兜仮面なため、白銀騎士の表情はみえない。

 とはいえ話が通じない相手ではなさそうだ。 夢斗は不思議と、白銀の騎士に共感していた。


(責務、か。パーティメンバーよりも異世界の鎧騎士のが、まともだと感じるなんてね)


 実に皮肉なことだったが……。

 だが白銀騎士の雰囲気から察するに、夢斗もまた、これから殺されるのは確定のようである。 


「場所を知られたくないってことは。俺たちも生かしては返さないんだろうな」

「察しが良いナ。貴様らの情報や文化を知りたいのはあるガ、こちらの情報が漏れることだけハ、避けなければならない。従って、貴様を斬ることは確定している」


「あんた達は【知られたくない】ことが最優先なんだな。だが、女の子だけは逃がしてくれないか?」

「何故ダ?」

「彼女は恐怖によって戦意を喪失している」


 振り返り、真菜をみやると、涙を流しながら呆然と座っていた。


「ぁ、……あぁ……」


 真菜の目元は涙で、腫れている。

 眼も虚ろで、心をどうにか保つだけで精一杯のようだ。

 無理もない。9人もの仲間が一瞬で虐殺されたのだ。


 彼女自身も、命の危機を前にしている。

 精神力が限界を迎えつつあったのだ。発狂していないだけ、まだ真菜は強いほうだろう。

 夢斗はどうにか、白銀の騎士へ向けて説得を続ける。


「彼女に報復の意思はない。だからこの場所を漏らす恐れはない」

「駄目ダ。戦意を喪失しているとはいえ、この空間ヲ知ってしまった。その時点で死の制裁をしなければならない」


 白銀の騎士は容赦がなかった。

 門を守る騎士だけあって、融通がきかない。


(自立機械のようなものなのか? それにしては〈意思〉を感じられる)


 このままでは、自分だけでなく真菜まで殺されてしまう。

 全滅だ。それだけは避けなければならない。膝が震えてくる。

 それでも夢斗は白銀の騎士をみつめ、強気に語りかけてみる。


「騎士のようだが。『プライド』は無いのか?」

「『プライド』だと?」


「抵抗できない女を殺すなんて。騎士にふさわしくない。そうは思わないのか?」

「……ふむ。異世界人の女を殺したところで何も感じないが。『プライド』と言われれば、胸にくるものがあるな」


「ああ。だから女だけは逃がしてくれ。代わりに俺は斬られてやる」

「当然だ。貴様は斬る。他の異物と同様に」


 白銀の騎士が揺らいだようにみえた。

 夢斗は精神的にたたみかける。


「ならば約束してくれ。俺の心意気に免じて、女だけは逃がすと」

「約束など言える立場カ?」


 少し怒ったようだ。

 やはりこの白銀の騎士には感情があるのだ。


「ただの口約束だよ。冥土の土産にしたいだけだ。口約束だけでいい。『真菜を生かしてくれる』と、約束してくれ」


 夢斗の持ちかけた『約束』は、ある種の賭けだった。

 白銀の騎士が〈生物的な意思を持つ存在〉であることに賭けたのだ。


(もっというなら、こいつの〈人間性〉に賭けた。異世界の番人に人間性を感じるなんて皮肉な話だ。剛田どもよりも、まともな奴だと思い始めているなんて……)


 夢斗は、白銀の騎士の柄の手をみやる。大剣の柄を握っていた手が、緩んでいる。

 心が揺らいでいるということか?

 やはりこの白銀の騎士には心があるようだ。

 夢斗は、両手を広げる。


「俺は正面から斬られてやる。抵抗もしない。反撃もしない」


 一歩、前にでた。

 斬撃のぴったり射程内だ。


「斬れよ」


 白銀の騎士は動かない。

 絶対的な死を前に、夢斗は引かない。

 すべては真菜を生かし、ばあちゃんに金粉鉱石を届けて貰うためだった。


――――――――――――――――――――――――

スペース

次で一章終了です。上限値開放の物語が始動します。


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