第3話 金粉鉱石


 剛田率いる10人の探索者パーティは〈異界生物(クリーチャー)〉と呼ばれる怪物と戦いながら、鍾乳洞を進んだ。


 今回の異界は【機巧世界】と呼ばれる世界のようだ。

 出現クリーチャーは巨大な機械細工の昆虫、機械コーティングされた甲虫などである。


 門によって繋がる異世界には多様な性質があり、出現クリーチャーによっていかなる種の世界かの判断ができるのだ。


 戦闘と探索の中で夢斗は、最後尾でキラキラと輝くものをみつける。


 落下した鍾乳洞の瓦礫に駆け寄り、石の礫の中を掘り起こした。

 軍手の上から指先を切ってしまって痛かったが、夢斗の眼にはキラキラと黄色に輝く鉱石がみえた。


(これはCランクの金粉鉱石だ)


 なんでも金粉が混じっているため、20万から25万ほどで売れる鉱石らしい。

 上級探索者にとってはよくみる代物だが、ランクXの夢斗には十分すぎるものだった。


(いける。これがあれば探索者は降りれる! あとはバイトして。コンビバイトの廃棄弁当を食べて、地味に暮らそう。虚無でもなんでもいい。ばあちゃんが生きていけるなら……)


 自分が見つけて手に入れた。そのはずだったのに。

 戦闘が一区切りしてから、夢斗は仲間の悪意に目を付けられた。


「剛田さん。こいつ、なんか持ってますぜ」


 滑川がめざとく食いついてきたのだ。


「仲間を蔑ろにするのはよくねえなぁ。はいジャーンプ」

「やめろ。何も採ってねえよ」


 夢斗は抵抗するが、剛田、滑川の悪ノリに他のパーティメンバーも乗ってくる。


「剛田さーん。こいつ生意気っすよ。殴っていいっすかね」


 滑川はすぐ目上の人間に取り入ろうとする。そして剛田もまた、同じ穴の狢だ。


「いいよ~。雑用君は殴られるのも雑用だからね」


 滑川の舎弟と思しき、探索者ふたりが、夢斗の脇を押さえる。


「やめろ。やめろって!」


 夢斗は気が弱いわけではない。本来はただやられるままの人間ではない。

 だが【ランクX】なのが足を引っ張った。現実世界では同じ人同士でも、迷宮ではステータスの差が莫大な力の差として反映される。 夢斗には、悪意を抑止する力がなかった。弱者は虐げられるのが自然の摂理だ。


「迷宮じゃ力がすべてじゃん? せーの」


 滑川の細腕が拳を振る。顔を、腹を殴られる。「げはっ」胃液がでた。殴られた衝撃で、からりとポケットから鉱石が落ちる。

 Cランクの金粉鉱石が奪われてしまった。


「これは20万いくかな~。ちょっーとしけてんなぁ。まあいいか。剛田さぁん。これで飯食いにいきましょうよ」

「焼き肉の後で風俗だな」


 滑川の舎弟らも追従する。


『俺らもつれってってくださいよ』

『みんなでいきましょうよ』


 他の聖騎士や重騎士も剛田に付き従っていた。剛田はしぶしぶ了承する。


「じゃあ『虚無君』以外で皆でいくか。もちろん飛鳥ちゃんもいくよな? 君は癒やし枠だな。がはは!」


 剛田は真菜の肩を掴むも、真菜はむすっとし顔を背ける。


「つっても10人分の焼き肉と風俗じゃあ、20万じゃちと足りねーな。もっと奥いくか」


 剛田は、自分の懐が痛むのを渋ったのか、さらに鍾乳洞奥地に行くと言い出した。


『『賛成っす』』


 おじさん戦士と青年騎士、チンピラの滑川も含め全員が剛田の意見に付き従う。


「おら。荷物持てよ」


 夢斗は殴られてボロボロだ。もう歩ける体力はないのだが、他のメンバーは非情である。

 ボロボロの夢斗に、さきほど以上の荷物が課せられる。背中とお腹にリュックサックを乗せられ荷物まみれになってしまった。


 メンバーの大半は夢斗のことなど構わず鍾乳洞の迷宮を、さらに奥に進むことになった。

 後衛を歩きながら、真菜だけが優しくしてくれた。


「大丈夫、ですか?」

「いえ。俺に構わないでください」


 しゃべると口元が傷んだ。殴られたときに切ったのだろう。


「……夢斗さんだけでも、逃げてください。私がサポートします」

「でも真菜さんが」

「私は大丈夫です。ヒーラーですし。回復役は重宝されますから」


 男どもが真菜に強く出られないのは、彼女が回復術士(ヒーラー)だからだ。

 迷宮探索者は傷つくのが常だ。回復術士の顰蹙を買うのは得策ではない。

 真菜に後を任せれば、夢斗は逃げることはできるだろう。

 だが夢斗は許せなかった。弱いのは認めるが、精神的に屈服したままでは退けない。


「ありがとうございます。でも金粉鉱石だけは取り返します」

「どうしてそんな……。無茶ですよ」

「ばあちゃんの手術費用のためです」

「おばあさん?」


 夢斗はかいつまんで事情を話した。


「【金粉鉱石】さえあれば、迷宮探索者から足を洗えるんです。俺は強さはいらない。【虚無君】って馬鹿にされても。少しだけお金があれば、人生をやり直せるから……」

「素敵です。私も力になりたいですのですが」

「いえ。これは俺の問題ですから」


 真菜なりのリップサービスなのだろう。それでも夢斗にとっては、気休めにはなった。


『おい。深層部に来たぜ! 早くこいや、荷物もちよぉ!』


 前では剛田が振り返り叫んでいた。パーティは鍾乳洞の洞窟最深部のホールについていたのだ。


「剛田さん。もしかしてこれ、連絡路じゃないすか?」

「可能性・大だ。俺らは引き当てちまったようだな」


 何やらこの鍾乳洞のホールを超えると、隣の異世界につながっているらしい。


「ラッキーだな俺たち。〈連絡路〉をみつけるなんてよ。異世界の道を開拓しちまったぜ。座標を役所に報告すれば、数百万の補助金が降りるぞ」

「これなら皆で風俗いけますね!」


 剛田と滑川らは和気藹々としていた。

 金が入る目処が立っても、夢斗の金粉鉱石は返してくれないらしい。


(いつ取りかえそうか。隙を見せてくれればいいんだが)


 夢斗が観察していると、ふと背後で重くるしい音がした。


 鍾乳洞が音を立てて閉じていた。岩壁に見えていたのは扉だったのだ。


 このとき夢斗だけは、閉じる壁の後ろに逃げることができた。

 だが、何故だろう。

『逃げてはいけない』気がしたので、閉じる扉をぼんやり眺めていた。


 パーティーメンバーは閉じる扉に気づいていない。

 代わりに前方に意識を向けていた。


「おい。あれはなんだ?」


 叫ぶ滑川。前方の洞窟の影に、〈白銀の鎧〉が佇んでいた。


「タチサラセルワケニモ、イカナイ」


 白銀の騎士の顔は見えない。迷宮のクリーチャーか、異世界人なのか。それとも魔族か……。

 敵であることだけは、確かだった。


「ボスってわけか。腕がなるぜ」


 剛田を筆頭に、パーティの10人が武器を構える。

 夢斗は白銀の騎士をみて、ひとり想う。


(何かがやばい。いままでとは違う)


 このときパーティの中で夢斗だけが、白銀の騎士の放つ尋常ならざる殺気を感じ取っていた。


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白銀の騎士、何者なんだ……!

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