第2話 ランクX


「今日の場所は……。この辺りか」


 バイトを終え迷宮探索に向かう。


 スマホに表示された場所を目指すと、駅近の高架橋下に10人ほどの集団がたむろしていた。


「遅いぞ。時間ギリギリだ」

「すみません」


 おじさんが5人。若い男が4人。女性が1人いる。ネットの募集で集まった中堅パーティだ。


 ここのいるメンバーが今回の【パーティ】となり、異界生物(クリーチャー)のひしめく迷宮探索(ラビリンスレイド)を行うのだ。


「俺はリーダーの剛田だ。よろしくな」

「よろしくお願いします」


 夢斗が挨拶を済ませると、プリン頭にジャケットを着たチンピラ然とした男が、黒髪の小柄な女性に絡んでいるのが見えた。


「ねーちゃん。前衛に来いよ。俺はこのチームの幹部だからな。俺らの回復を優先したら待遇もよくしてやる」


「すみません。私はフリーのヒーラーなので。誰かを特別扱いはできないんです」


「いーじゃねえか。俺が守ってやっからよ」


「困ります……」

「困りますってのは同意ってことっしょ!」


 女性は小柄だが、可愛さと綺麗さを併せ持った人だった。


 両手を前に出しチンピラ風の男から距離を置いていたが、チンピラはぐいぐい詰め寄っている。


 異性や恋愛に疎い夢斗でもわかる。

 明らかに迷惑行為だ。


「あの。嫌がってますよ」

「ぁん?」


 声をかけるとチンピラ男は、夢斗をじろじろとみてくる。


「あれ? お前。虚無君じゃない?」


 夢斗もまたチンピラの顔には既視感があった。


 プリン頭にしていたから初めわからなかったが、このチンピラは高校時代の同級生・滑川だった。


「虚無君。元気だったぁ?」


 高校を卒業して半年だが、わざわざあだ名で呼んでくるあたり性格が悪い。


 リーダー格の剛田が、滑川に尋ねる。


「おい。虚無くんって何?」


「コイツやばいんですよ、剛田さん。『京橋夢斗』だから、『きょ』と『む』で『虚無君』なんすけど。勉強もスポーツも駄目で、迷宮探索の才能もないから〈虚無君〉なんすよ」


「はっはぁ。それは残念だなぁ! ウケるわ!」


 滑川と剛田は、夢斗を馬鹿にして盛り上がっていた。


 大丈夫だ、慣れている。

 人間とはそういうものだ。

 弱い者を特別下に見て、日々の溜飲を下げるのだ。


 悔しさはあったが、夢斗の目的は成り上がることではなく、少量の遺物とお金だけだ。


 割り切っていたのでスルーする。


「なあ虚無君さぁ。ランクXからは抜け出したの?」


 スルーしても、滑川はさらに絡んできた。


「……いや。俺はランクじゃなくて。金が目的だから」


 夢斗はかろうじて、それだけ応える。


【ランクX】とは、夢斗の現在のランクのことだ。


【ランク】とは迷宮探索者に定められた有用性の指標である。


 ランクの基準は【SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、X】に別れている。


 A〈+〉や、B〈-〉などの細かい裁定が下される場合もあるが、とにかくSSSが最強で、Xが最下層だ。


 初心者はランクXから始まり、通常最初の2週間でFに昇格する。

 夢斗は高校二年から迷宮探索に踏み込んでいたが、二年経ってもXのままだった。

 滑川の話を聞いて剛田がゲラゲラ笑う。


「ひゃはは。マジで? ランクXなんてFになる前の本当の最初だろ? 赤ちゃん以下じゃねえかよ」


 滑川も嘲笑を重ねる。


「そうなんすよ。こいつ雑魚を倒せないからレベルをあげることさえできないんすよ。だからずーっとレベル1のランクXの虚無君なんすよ。おい。パラメータみせてみろよ!」


 滑川によって無理矢理、網膜投影のステータスを開示させられる。

 夢斗の探索者ランクが空間に照射された。



京橋夢斗 レベル1

探索者ランク:X

クラス:【適職なし】

HP15 攻撃7 防御7 

魔力7 魔防7 素早さ7

スキル なし




 剛田が吹き出した。


「終わっててウケるわ! がはは! ま、肉の壁くらいにはなるだろ」


 肉の壁という発想に、夢斗は嫌悪感を覚えた。リーダーらしからぬ男だったが、サイコパスが高い地位につくのはよくあることだ。


「ちなみに俺は剛戦士だな。参考に俺の力をみせてやるよ」


 剛田もステータスを開示する。




剛田タカシ レベル50

探索者ランク:B

クラス【剛戦士】

HP145 攻撃95 防御105

魔力60 魔防70 素早さ70

スキル:ファランクス、斧防御、破壊槌、剛乱舞




「ぱねぇっす! 剛田さん!」


「伊達に20年も探索者やってねえからな。レベルも50だぜ。がはは!」


 夢斗は無言で言われるままにしている。

 夢斗の目的は強さ比べではない。

 迷宮探索で少しでも人生を良くしたいだけなのだ。



(俺が笑われるのはいい。ばあちゃんの手術費用のためなんだから)


 祖母の手術費のためなら、嘲笑くらい構わない。

 夢斗には、馬鹿にされても耐えられる理由があった。


(ばあちゃんは、今あるお金を使えば手術はできるのに……。俺の大学の学費のためって言ってお金を出そうとしない。


 迷宮探索で小さな〈遺物〉さえ手に入れれば、2、30万にはなるから。そのお金でばあちゃんを説得して、手術を受けさせる)


 夢斗は自分が高位の迷宮探索者になれるとは思っていない。

 自分の才能のなさを骨の髄まで理解(わか)っていた。


 欲しいのは少しのお金だけでいい。

 人が見向きもしないような遺物(レリック)だけで良かった。



 ランクが低い探索者でも、迷宮の遺物は採掘できる。

 20万程度の遺物ならば、20回に1回の確率で手に入れることができるらしい。   


 もっとも迷宮探索そのものが命がけだが、20回に一回の探索で20万なら悪くない賭けだ。


(いまあるばあちゃんの貯金は100万円。これは俺の学費には当てずに、ばあちゃんの手術費用に使って貰う。


 ここに遺物採掘で20万が入れば、あとはバイトでまかなえる。

 時給は低いけど、コンビニの廃棄弁当を食べていれば、半年後には50万くらいつくれるはずだ。


ちょっとの遺物があれば、大学の学費とばあちゃんの手術費用が両立できるんだ)


『ランクX』だのと馬鹿にされても構わない。


 闘う土俵が違うのだから。



「うーし。荷物持ちの虚無君もいることだし。そろそろ行くか」



 剛田がポケットから鉱石の形をした【境界鍵(キーストーン)】を取り出す。


 この【境界鍵(キーストーン)】を、指定の【境界門(ディビジョンポータル)】にかざすことで、境界領域へと踏み込み、他世界の迷宮へと転送されるのだ。



 迷宮探索者はこの〈キーストーン〉によって境界領域を開き、迷宮に踏み込むのだが、その際肉体は〈レイドアバター〉としてチューニングを受ける。


精神にプログラムがインストールされ〈網膜投影〉の機能を獲得し、ステータスやパラメータの概念がみえるようになる。


 一度迷宮に入れば現世に戻っても、ステータスは継続してみえるようになる。



「うーし。開門ぉん」



 剛田が橋の下で境界開門を行うと、異次元のゲートが開き迷宮への門が開いた。



「夢斗君は適宜実験台になってね。毒見とか」

「はい」


「おいおい、虚無君、ノリ悪いぞ!」

「……はい。いきます」


 塩対応でやりすごす。


 荷物持ちや斥候、毒味などの役目は慣れている。


 10人の即席パーティが迷宮探索に突入。大迷宮時代ではよく見られる光景だ。


 今回の迷宮は鍾乳洞に囲まれた洞窟だった。


「ランク順に隊列組むぞ」


 剛田のかけ声で10人のパーティが隊列を組む。


 現在日本において稼働している探索者は100万人ほど。


 引退やら新規参入やらで入れ替わりながらも、全人口の1%が探索者として活動している。

 引退や登録抹消もあるが、100万人という数はおおむね変わらない。


【ランク】もまた100万人のうちの順位によって決定される。


 100人に一人が異世界への門を開き、世界と世界の狭間である迷宮に潜る。


【大迷宮時代】とは、まさに時代にふさわしい名称といえた。


『俺はBランク勇者だから前衛を行かせて貰う』


 眼鏡をかけた20代の勇者が前に出た。


『私はBランク聖騎士です。同じく前衛で』

『Bランク重騎士だ。前衛だな』



 ネットの募集で集まった即席チームが隊列を組んでいく。


 ただのおじさんに見えた方々が勇者や、聖騎士、重騎士として名乗りをあげる。

 迷宮には異界生物(クリーチャー)や迷宮独特の地形など様々な危険がある。

 危険と隣り合わせだが、反面勇者や騎士などの肩書きを得て現実社会に反映させることができる。



 こうした称号(インシグニア)が得られるのも迷宮探索者の魅力なのだろう。


「俺は一番前だぜ」


 剛田は剛戦士なので当然前衛。滑川はDランク弓兵なので中衛だ。

 おじさん5人が前衛。若い男4人が中衛になった。


 絡まれていた小柄な女性は、回復使いとして後衛となる。

 夢斗もまた後衛の雑用係だ。雑用といっても基本は荷物持ちである。


 滑川が振り返り、嫌みな笑みを夢斗に向けた。


「せいぜい雑用してろよ」


 とはいえ夢斗には好都合だ。



(荷物持ちをしながら、小さな遺物を探そう。20万……。いや、10万でもいいんだ。あとは節約すれば、学費をつくれるから)



 夢斗には才能がない。

 小さな遺物を手に入れた後は、探索者からは足を洗おう。


 おばあちゃんに手術を受けてもらって、それから地道に大学に通って……。

 人生を、立て直すのだ。


「あの、さっきは、ありがとうございました」


 迷宮を歩いていると、小柄な黒髪の女性が頭をさげた。


「……いえ。気にしないでください」


 夢斗はそっけなく対応するが、女性は律儀に話しかけてくれる。


「あの。私、飛鳥真菜(あすか まな)っていいます」

「京橋夢斗(きょうばし むと)です」


「勇気、あるんですね」

「そんなことないです」


 滑川が前で舌打ちしていたので、会話はこれだけだったが、名前を教えてくれただけでも夢斗は嬉しかった。


(綺麗な人だ。でも今の俺じゃ、付き合ったりはできないだろうな)


 夢斗は真菜に惹きつけられたが、好意を持つことはすぐに諦めた。

 自分には何もない。人並み以下の〈虚無君〉だから、誰かに愛されることも、きっとない。


 人生が詰んでいるから、人を好きになる資格なんかないのだ。


(俺はプロの迷宮探索者にはなれない。だからこの仕事は、金を手に入れたら足を洗う。ばあちゃんの手術をして、大学を目指して。俺の人生はそれからだよな)


 今は余裕がなさすぎて、人生を立て直すことしか考えられなかった。


 真菜のことも『世の中にはいい人もいるもんだな』とだけ思って、手の届かない存在として距離を置くことにする。


――――――――――――――――――――――――

用語解説


境界領域(ディヴィジョンフィールド)

:略称は〈ディビジョン〉。


ランク

:迷宮探索者のランク。X、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSの順番。

:A以上から国家資格。SS以上は人間国宝となる。


――――――――――――――――――――――――

スペース

たぶんとんでもないことになります

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