【異世界迷宮で俺だけリミットオーバー(上限値解放)】な件。~【リミットオーバー・ダイヤモンドハート】~

森淵(晶)

第一部 虚無君

第一章【虚無君】

第1話 虚無君



 仏壇に手を合わせて一日が始まる。


「今日も行ってきます。父さん、母さん」


 京橋夢斗(きょうばし むと)は線香の匂いを纏いながら、両親のことを思い出す。


 父が亡くなったのは三年前。病だった。

 母もまた悲しみを忘れるように仕事に没頭し、去年、過労で亡くなった。


 夢斗(むと)はひとりっこだ。

 今年で19歳になる。


 肉親はおばあちゃんが一人。おばあちゃんの名は京橋しみこ。今年80歳になるが、生来明るく明晰な人だった。


『あたしのことはいいんだよ。好きに生きなさい』


 おばあちゃんもまた病を抱えていたが、夢斗のことを思って高額な治療を選ばず、最低限の治療で済ませていた。


 おばあちゃんは夢斗のことを思って、大学の入学費分のお金を残していたが、夢斗はどうしても受け取ることができなかった。


 おばあちゃんの治療費のために残しておきたかったのだ。


「よーし。今日も仕事、がんばるか」


 大学の学費を自分で稼げることを証明すれば、おばあちゃんも手術を選んでくれるだろう、と夢斗は考えていた。


「今日はバイトの後、夕方に迷宮だ。体力残しておかないとな」


 時計は朝の5時を示している。

 夢斗は朝番のコンビニバイトで生計を立てていたが、もう一つだけ別の仕事に挑戦していた。


――【迷宮探索者(ラビリンス・アクター)】――。


 ふたつ以上の世界が概念的にぶつかり合って生まれた混沌としたフィールド。境界領域(ディヴィジョン)。


 この境界領域(ディヴィジョン)に生まれた構造物が、迷宮(ラビリンス)と呼ばれる空間だ。


 世界と世界の狭間に生まれた未開の地。【境界領域(ディヴィジョン)】と、その構造体【迷宮(ラビリンス)】。


 世は現実世界と数多の異世界が交錯する【大迷宮時代】だった。


 迷宮に潜れば別の世界から流れ着いた【遺物(レリック)】を得ることができる。


【遺物(レリック)】は獲得すれば、小さなものでもお金になるので、【遺物目当て】で参入するものも後を絶たない。


 また迷宮探索を繰り返し、迷宮の番人を撃破することで【称号(インシグニア)】を得ることもできる。


 称号(インシグニア)は、企業の就職や役職の上昇などにも役立つ。

 年収目当てに称号だけをとり、その後は引退する、という人もいるくらいだ。


【迷宮探索者(ラビリンスアクター)】は実社会で強い影響力を及ぼせる存在なのだ。


「ばあちゃんには、長生きしてほしいからな。できれば、ひ孫も見せてやりたいもんな」


 バイトだけでは先が見えないから、多少無理してでも挑戦が必要だった。

 とはいえ夢斗は高望みをしているわけでも荒唐無稽な夢をみているわけでもない。


 人生を好転させるために少しの【遺物】とお金を望んでいた。


 少しのお金があれば『学費か手術費か』の状況から脱出できるからだ。



(少しでいいんだ。俺にだって。『ほんの少し』ならきっとできる)



 夢斗は【迷宮ツール】の入ったリュックサックを背負う。


「急がなきゃ。バイト遅刻しちゃう」


 軽い足取りでアパートの部屋を出た。




 朝の5時。自転車を漕いでコンビニのバイトに向かう。

 午前6時始業。レジ打ちに品だし、軽食の提供などをしつつ、午後2時に終業。


 今日はおばあちゃんのお見舞いの日なので、病院に向かう。

 消毒液の匂いにむせながら、祖母の病室に顔を出した。


「……おばあちゃん」

「夢斗(むと)か。別にこなくていいっていっただろ」


「週に二回しか来てないだろ」

「週に二回も、だ。若いもんは若いもん同志でちゃんとやりな。人生は短いんだから」


「ばあちゃんは長生きしなきゃ、だよ」

「もう十分さ」


「駄目だろ。確かに大迷宮時代で人の寿命は縮まったけど。昔の人の平均寿命は87歳だったんだ。ばあちゃんは、それくらい欲張ったっていい」


「……ふん。あんたは優しい子になりすぎだよ。そんで。ちゃんとがんばってんだろうね?」


「ああ。がんばってるよ」


「負けたら駄目だよ」

「うん……」


 おばあちゃんは相変わらず口癖ばかり言う。


『悪いことをしたら駄目だよ』

『がんばりなさいよ』

『負けたら駄目だよ』


 この三つが、おばあちゃんの口癖だ。


 けれど、おばあちゃんの三つ目の言葉。


『負けたら駄目』というのだけは、どうしても実現できなさそうだった。



 夢斗は優れた能力を持たない。

 勉強もスポーツも平均以下。


 身長も168センチ。

 痩せていて、顔の造りも凄みがないから、いじめの標的になることもしばしばだった。


 学生時代のニックネームは『虚無君』。

『京橋夢斗』を縮めて『虚無君』だ。


 何もないから『虚無君』でもある。仕方がないと思う。事実だからだ。


(父さんも母さんもいない。でもおばあちゃんがいるから。何もないなんてことはないさ)


「あんた、仕事はコンビニかい」

「うん。しばらくは続けるよ。本当はやっちゃ駄目なんだけど、廃棄の弁当を格安で貰えてるから。ご飯も困ってないよ」


「栄養のないものばっかり食べてるんじゃないだろうね? ったく。あたしが動けたら、おいしいもん作ってやるのに……」


 高校まではおばあちゃんとふたり暮らしだった。おばあちゃんの入院で一人暮らしになったが、心配かけさせないようにと仕事を始めたのだ。


「ばあちゃんの飯は美味かったよ」

「当たり前だよ」


「そんだけ元気なら、病気も治るよ」

「……さあね」


「弱気になるなよ」

「誰が弱気だって?! あたしゃぁ。負けないよ」


「はは。その意気だよ。ばあちゃん」

「あんた。負けてないだろうね?」

「……うん。俺は負けてないよ」


 口癖のようにおばあちゃんは「負けるな」という。

 厳しく感じるときもあるけど、おばあちゃんは勝敗の結果を言っているのではないと思う。


 あくまで精神的なことを言っているのだ。


 部活の試合が駄目でも、成績が駄目でも、おばあちゃんは怒らなかった。


『がんばったならそれでいい』


 そう、ぽつりと呟くだけだった。


 だからおばあちゃんが『同じ話を繰り返し』しても、全然苦じゃない。


 自分は『虚無』なんかじゃないと、思えるから。

 家族がいるのだから。


 ふと、おばあちゃんの眼が『澄んだ眼』になる。この眼になるとおばあちゃんは明晰な人になる。


 家族の喧嘩をうまいこと言って鎮めたり、悪徳生命保険業者を撃退したり。

 ばあちゃんの『澄んだ眼』は、大事なことをいう前触れだった。


「あんた。あたしが渡した〈憑依炉〉は持ってるのかい?」

「ちゃんと持ってるよ。ほら」


 夢斗は首にかけたネックレスを引っぱり、メダルめいた物体を取り出した。


「〈憑依炉〉は肌身離さず持っとくんだよ」

「うん。ちゃんとお守り代わりに持ってるよ」


 おばあちゃんは口を酸っぱくして『憑依炉は肌身離さず持っていろ』と言う。


 なんでも50年前におばあちゃんとおじいちゃんが迷宮探索をしていたときに見つけたものらしい。


〈憑依炉〉がどんな性質のものかは教えてくれない。


 過去に何回か「これ何なの?」聞いたことはあったが、いつも「あたしゃ知らんよ。じいさんに聞いてくれ」とはぐらかされた。


 おじいちゃんはすでに他界しているので聞くことはできない。


 ちょっと理不尽だ。けれどおばあちゃんの頼みだから、今日もネックレスにして首にかけている。


「〈憑依炉〉はちゃんと持っておくよ」

「ああ。絶対だよ」


 話し疲れたのか、おばあちゃんは目を瞑り、寝息を立て始めた。

 時刻は夕方5時になろうとしている。迷宮探索の時間が来た。


「そろそろいかなきゃ」


 夕方5時から、夢斗の【小さな挑戦】が始まる。リュックサックに詰めた〈初心者迷宮セット〉の出番なのだ。



「またね、ばあちゃん」

「ああ」


 半分眠りながらもおばあちゃんは応えてくれた。

 長生きしてもらえるように、がんばらないとな。



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