第17話 ミネバ

 ノートゥングと槍斧が衝突する。

「いい加減に落ちろっつってんだろうがっ!!」

 ミネバの裂帛れっぱくに乗った重い一撃により、〝ロードナイト〟が押されて足裏が地面を削る。それは戦闘開始から8度目の打ち合いだったが、レオンを仕留めるには至らない。

 先ほどは否定したが、ミネバには徐々に焦りが募ってきていた。一対一ではまだミネバに分がある。しかし―――

「あぶーー!!」

 近くの戦車を片付けたエイブラハムが急加速で〝ハルバード〟に迫り、構造相転移ソードを振りかぶる。対して〝ハルバード〟は腰の魔力刃発生装置を抜き、斬撃を受け止める。

 左右からの斬撃に挟まれながら、ミネバは2機のライトニング級を弾き、一度上空へ逃れる。切り刻むことに拘っていたが、もう気にしているのも馬鹿らしい。一定以上の高度を取れば飛行能力を持たない眼下の2機は手出しできない。

「ふざけんじゃないよ!アタシは一方的な殲滅しか興味ないんだよ!」

 赤い〝ハルバード〟は魔力刃を仕舞い、左腕を下方に向ける。

「まとめて吹っ飛びなぁっ!!」

 腕の先に真っ赤な魔法陣が出現し、中心に光球が形成される。

 ピ――ピ――ピ――

「――っ、直上2時っ!?」

 ミネバが接近警報に反応し、魔法の構成を中断。上に向けて左腕を掲げる。

 魔力シールドが展開されるのと同時に、緑の光球が衝突。一泊遅れて機体に更なる衝撃 ――人型機がシールドに体当たりした。

 〝ハルバード〟のモニターに、シールド越しに左右一対のセンサーマストを持つ頭部――〝アルフェラッツ〟が大写しになる。

『ミネバッ!!』

『姫サマかいっ!!』

 スピーカー越しに、ふたりの女の声が交錯する。

『投降しろ!もう貴様に勝ち目はない!』

『ふざけんな!てめぇだってどうせフラフラなんだろ!丸一日監禁された上で転送魔法、その直後に戦闘機とドッグファイトだもんなぁ!!』

 ミネバは機体を力任せに繰り、〝アルフェラッツ〟を弾き飛ばす。

 だがそこで、入れ替わりに割り込んできたのは鎧武者のような機体―――〝姫鶴一文字〟だった。すでに太刀が振りかぶられた状態だ。

(なっ――コイツ――!?)

 とても飛びそうにない機体が300メートルの高さまで辿り着いたことに驚く。

 その驚愕を感じ取ったのだろうか。ジョーは呟く。

「上杉流歩法・我蹴上段。沈むより早く次の足を踏み出し続ければ、空を飛ぶことも不可能ではないでござる」

 まったく意味が不明であった。そのくせ斬撃だけは鋭い。

 〝ハルバード〟は〝アルフェラッツ〟を弾き飛ばす際に機体の四肢を伸ばし切っていた。斬撃に対して機体正面にバリアを展開する。振るわれた太刀はバリアに衝突し、斬撃は〝ハルバード〟に届かない―――かに思われたが、斬撃だけがバリアを素通りしたかのように〝ハルバード〟の右肩を切断した。右腕と槍斧が森の中に落ちていく。

「―――上杉流・斬徹でござる」

(無茶苦茶だこいつ―――!)

 ガーディアンが集まってきている。一対一なら勝てる。それが二や三ならまだ許容できる。だが片腕と主武装を失った状態での継戦は不利に過ぎる。

(なんでコンスタンチン卿は、あのオヤジは出てこない。まさか怖気づいたとかいうんじゃないだろうな……)

 そんなことを考えていたミネバだったが、それが致命的な判断の遅れに繋がった。

 真下から、黒い奔流が襲い掛かってきた。まるで蛇のようにうねりながら、進路上の全てを飲み込む濁流の如く迫る攻撃は、地上の〝ロードナイト〟から、正確にはノートゥングから発せられた砲撃だった。

 瞬時に回避行動を取るが、〝ハルバード〟の脚部が飲み込まれ、消し飛んだ。それだけではない。消し飛んだ両膝部分から黒い泥のようなものが纏わりつき、機体を徐々に侵食・分解を始めていく。

(なんだこいつは―――!?まさか、あの男、天技まで使うのか!?)

 八天神具の神髄にして絶対的力の象徴である特殊攻撃パターン―――通称『天技』。

 広域殲滅、一撃必殺など内容に差はあるが、ウルズ騎士が対外的に恐れられる所以のひとつであり、当然その辺の輩がホイホイ扱えるものではない。

 侵食が進む脚部を、残った左腕で魔力刃発生装置を引き抜いて切り落とす。

「これ以上は……!」

 これは決定的だった。もう撤退以外ない。

 ミネバの判断ミス―――油断が招いた結果だった。

 レオンひとりを相手にしている段階で、いたぶろうとせずに押し切るべきだった。そうすれば、少なくともレオンとエイブラハムはやられていたはずだ。

「チィッ――!」

 機体を翻し、ミネバは逃走を図ろうと―――


『どこ行くつもりだテメェ』


 気怠そうな、それでいて蔑むような、そして怒気も孕む低い声が、周囲に広がった。

 発生源は、AAA拠点の格納庫、その中だ。

 〝ハルバード〟のコックピットに頭頂部が禿げ上がり、側頭部の髪を逆立てている強面の中年男性が映し出された。外部スピーカーでも入れているのか、その声はミネバだけではなくリンケージたちにも届いている。

「コンスタンチン卿!アンタ今までどこに―――!」

『うるせぇぞゴリラ女。こんな奴ら相手に追い詰められやがって』

「なんだと…!」

『おかげでこの俺様が出張る羽目になっちまったじゃねぇか。てめぇは女としては使えねぇんだから戦闘くらい片付けとけってんだ』

「好き勝手言わせておけば…!」

 ミネバは〝ハルバード〟を急降下させ、残された左腕で魔力刃発生装置を構え直す。目標は複数ある格納庫のひとつ、一番奥にある比較的小さな棟―――コンスタンチンの専用格納庫ハンガーだ。

(もう我慢ならねぇ!!)

 ミネバは既に正気を失っていたといってもいい。

(アタシは全てを戦いに捧げてきた!)

 ミネバは女であることを捨てて生きてきた。嘗ては騎士候補とまで言われていた。外見を気にする時間も金も、全ては戦う肉体作りに費やした。顔に傷がついても、戦士として箔がついたと思うことにした。

 そんな、全てを賭けた結果は、若くて見目も麗しい女が騎士になり、自分は大尉として中隊指揮官にとどまることになった。他人が見れば、充分に勝ち組だが、ミネバからすれば全てを賭けた結果に満足がいくものではなかった。

 他人を見下し、弱者を蹂躙することが、己の価値を確認できる唯一の手段だった。地球に取り残された時は絶望もしたが、AAAに協力者として参加した時にはウルズにいたころとは格段に違う幸福感があった。コンスタンチンに従うのは仕方がない。だが、この組織、この国において、自分はナンバー2でいられる。充分ではないか。

 そう。ミネバは今の生活に満足していた。賊軍であろうが関係ない。自分には周囲を恐怖させ、従わせるだけの力がある。ここでの暮らしは素晴らしい。

ミネバに少しでも冷静さが残っていれば、コンスタンチンに向かっていくなどという暴挙には出なかったはずだ。ミネバがコンスタンチンに従っているのは、嘗ての上下関係に因るものだけではない。AAAやカンボジア軍を屈服させる力として頼っていた部分もあるが、何よりも明確な力の差があるから、従わざるを得ないのが最も大きな理由だった。

今、ミネバの〝ハルバード〟は右腕と両脚を失っている。主兵装の槍斧もない。ただでさえ薄い勝ち目が、春先の薄氷よりも薄く、儚いものとなっている。

それでもミネバが向かっていったのは、積み重なっていた鬱憤と、捨てていたはずのプライドが首をもたげてしまったからだった。

それが、命取りになった。

格納庫の天井を破り、灰色の人型機が飛び出す。

「チィッ―――」

 それから瞬きすら許さぬ刹那の間に、ミネバは機体を傾ける。それと同時に灰色の機体に激突した。相対速度で音速の倍以上の正面衝突であり、赤い〝ハルバード〟は残された左腕を消失し、錐揉みしながら地面への激突コースを進んでいく。灰色の機体は無傷のまま空中で切り返すと、すぐに高速降下して落下中の〝ハルバード〟を両手で掴んだ。

『しぶといじゃねぇか』

 不機嫌な野太い男の声が、灰色の機体から発せられた。

 顔面中央から伸びる角と、大ぶりな両刃斧を持つ、灰色の重厚甲冑を纏ったような機体だった。ハルクキャスターは細身の機体が多い印象だ。〝ハイドラ〟然り、〝フランベルク〟然り。機体出力と装甲防御力に優れた〝ハルバード〟は太めの印象だが、この灰色の機体はそれ以上だ。全高11メートルの機体でありながら、〝ハルバード〟の160%という重量が、先の激突の結果に表れていた。

『ラブリュス……、コンスタンチン……!』

 ノイズを走らせるコックピットモニター越しに、ミネバはグレーのウルズ騎士専用機を血に濡れた顔で忌々し気に見上げる。〝ハルバード〟の常時展開パッシブ防御フィールドと併せて、音速の2倍を超えた衝突を経ても、ミネバはなんとか生きていた。

 乗機は四肢を失い、機体出力と魔法増幅率が通常の60%に落ち、モニターも半分以上死んでいる。まな板の上のコイとなった状態を、生きていると呼んでいいものかどうか。

 まるで小さな子供をあやす様に、グレーの剛腕が〝ハルバード〟の両脇をマニピュレータで掴んでいる。

『うぜぇんだよ、テメェ』

 〝ハルバード〟の胴体がメキメキと軋みを上げる。マニピュレータが赤い装甲に食い込み、〝ハルバード〟の胸部が徐々に細くなっていく。

「おいやめろぉ!ふざけんなぁ!!」

 ミネバは声を発するたびに痛みを訴えてくる体を無視して叫んだ。

 フットペダルの付け根が歪み、両側面のディスプレイが歪に耐え切れずに割れる。コックピットが下半身部分を中心に圧し潰されていき、メキメキバキバキと軋みを上げながらミネバに迫ってくる。機体の膂力だけでハルクキャスターが圧し潰されているという異常事態に、その場の全員が息を呑み、

「やめろ!いやだ!……助け……――――――――ぎぃぃっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 ミネバはコックピットの圧壊にへそから下を巻き込まれ、悲鳴を上げる。上半身も、首を動かす隙間さえないほどに圧し潰された計器類に固定され、ここまでされてまだ死ぬことができていない自分の体の強靭さを恨んだ。

『消え失せろ』

 コンスタンチン機は腕力のみで圧壊させた〝ハルバード〟を地面に投げ捨てた。

そして、足元に紫色の魔法陣を展開させる。右手に持つ両刃斧―――ラブリュスの刀身が上下に割れてスライドし、それを補うように紫色の光が集まって結晶体を構成。大ぶりな刀身全体が結晶体に覆われ、より大きく変容した。

 両刃斧が振りかぶられ、バチバチと放電現象が起きる。

斬首刑エグゼキューション―――!!』

 それを真下に向かって振り下ろすと、地面に―――ミネバの赤い〝ハルバード〟に向かって紫電を纏う巨大な斬撃が襲い掛かった。

 まるで巨大な斧が振り下ろされた跡のような、幅10メートル・縦200メートル・最深部で50メートルの溝が出来上がった。

森の木々が衝撃によって斬撃の外に向かって薙ぎ倒されている。

 赤い〝ハルバード〟がいた位置に、機影はない。残骸すら残されていない。そこに人がいたことなど想像できないほどに。

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