第16話 反撃開始

 リンケージたちの位置はバラバラだ。

 AAA拠点付近ではレオンの〝ロードナイト〟と赤いハルクキャスター〝ハルバード〟。

 そこから100メートルほどの位置には2輌の敵戦車が南進中。そこから〝ロードナイト〟のいる位置の対角線上、戦車と点対称の位置にエイブラハムの〝ナイト〟。

 AAA拠点から南に3キロほど離れた直径1キロの円形道路の南端では、主力戦車T744輌を後衛に、3メートルほどの強化外骨格〝グレンデル〟を装備した機械化歩兵8人と第二世代ハルクレイダー〝カシオペア〟5機がリンケージたちを通すまいと仕切り直しのために陣取っている。

 その500メートル南の道路上に、ジョーの〝姫鶴一文字〟とケイゴたち〝青龍王〟、銀河の〝クロスエンド〟、フランクの〝ナイト〟とアンディの隻腕となった〝ナイト〟が合流している。

 その上空2500メートルでは、龍斗とフィオナの〝アルフェラッツ〟が2機の戦闘攻撃機を迎撃するために飛翔している。

 戦域は主に3つ。拠点付近とそこから3キロの敵主力展開中エリア、そして上空。

 その中で最も苛烈なのは――

『落ちなぁ、小僧ぉ!』

 赤い〝ハルバード〟とレオンの〝ロードナイト〟の激突だった。

 10メートルと6メートルの機体が、それぞれ槍斧と剣で鍔競り合う。

『ボールトンは不意打ちでどうにかなったんだろうが、アタシは簡単には死んでやれないよぉぉぉ――――!!』

 槍斧が大きく跳ね上げられ、構造相転移ソードごと機体がバランスを崩す。そこに回し蹴りが加えられ、跳ね飛ばされた。

(ちっ、パワーがさっきのヤツとは桁違いだ…!)

 レオンはミネバの〝ハルバード〟のパワーに圧されながらも、すぐに機体を立て直す。

 ミネバは常に主兵装の槍斧表面に魔力子を纏わせ、構造相転移ソードによる損壊を防いでいる。元々は切断力増加とモーメント制御のための措置であり、それだけで幾分かのリソースを持っていかれるため、敢えて使用しない魔導師も多い。

 だが、ミネバはその術式を常時展開しながら猛攻を仕掛けている。それだけ魔導師として優秀ということを示している。

「あぶ~!」

 エイブラハムがレオンの劣勢を見て取り、加勢しようとするが、

「アブ、合流前に戦車を叩け!」

 それを、レオンは制した。

 このまま近くにいる戦車が南進し、銀河たちに向かっていけば、敵主力との戦闘が不利になる。ガーディアンの力をもってすれば負けはしないだろうが、レオンはミネバと一対一で戦っている状態で手いっぱいだ。むしろ劣勢と言ってもいい。それはエイブラハムが加勢しても劇的な改善は望めない。

 だから、ハルクキャスターには戦力を集中して臨むべきだと考えた。悠長にしていては、コンスタンチンが出てきてしまう。

 今最も考えうる最悪のシナリオは、ここでコンスタンチンが出てくることだ。レオンとて、ミネバ相手に加えてもう1機増援が来れば、たとえエイブラハムと連携しても生き残ることはできないだろう。

 その意図を汲み取ったエイブラハムは、300メートルほど離れた戦車に向けてターボローラーで猛追した。

『おやおや、お仲間に助けてもらわなくていいのかい?』

 自分たちの横をすり抜けていった小型機を見て、ミネバは哂う。

「お前こそ、俺に足止めを食らっていていいのか?南の主力はすぐに撃破されるぞ。応援に来た戦闘機も、俺たち側のハルクキャスターアルフェラッツが迎撃している。時間の経過はお前の勝率を削るばかりだ」

 レオンは揺さぶりをかけるつもりで話すが、

『フン、下らないね』

 ミネバはそれを一蹴した。

『あんたらの機体は確かに地球のものとは違う。だが、アタシは小隊規模のハルクキャスター相手に何度も勝ってきてるんだよ!』

 槍斧が突き出され、それを右に傾けて躱す。その躱した先に向けて、予備動作なしで槍斧が横に振るわれた。しゃがむことでギリギリ回避するが、〝ハルバード〟の背腰部から投擲された魔力刃発生装置、その光の刃が〝ロードナイト〟の頭部センサーの一部と肩部装甲を薙いだ。

 装備しているノートゥングが瞬時に反応し、センサーと装甲をじわじわと修復していく。

「ぐふぅぅっ!」

 レオンが咳き込み、添えた掌に吐血が塗れる。

『やっぱり、その腰のヤツはコンスタンチン卿が言ってたノートゥングのようだね。何かに使えるかもしれない、なんて言ってそのままにしてたが……』

 それはオーストラリアに隠していたときのことなのか、レオンたちを捕らえたときのことなのか。

『誰が使おうと、結局は欠陥品ということさね。使った人間を蝕み、操者を殺す八天神具。お前もその犠牲者のひとりに追加ってわけだ!』

 コンスタンチンの独断で、嘗てオーストラリアに持ち込まれた八天神具・第三位。過去に3人の優秀な魔導師が操者として搭乗し、全員が死んでいる。特にひとりは起動から15分で死んでいる。それ故にもう誰も乗ろうとはしない。あれに乗るのは死刑宣告と同じで、10メートルの棺桶でしかない。

 フォーマットした乗っ取った際に機体構造をトレースし、低活性核融合により破損個所を即時再構築する。壊れた先から修復されるという、使いこなせば強力な力だが、代償は『命』そのものだ。なぜそんなことが起きるのかわからない。魔法使用に伴う演算負荷の脳へのフィードバックはよくある話だが、死亡例は稀だ。

 〝ノートゥングツヴァイト〟は、いつしか〝吸血鬼〟や〝死神〟と呼ばれるようになった。

「俺はただで死ぬつもりはない…!」

 レオンは傭兵だ。人生の半分以上を戦場で過ごしてきた。命の危機は一度や二度ではない。たくさん殺し、いつ死んでもおかしくないことを生業にしている。

「俺の死に場所は、ここではない…!」

 自分の死に方など選べないことはわかっている。それでも意地はある。諦めや自棄で死を招くようなことはしない。考えられる最善手を選び、行動し、信念を通す。その結果が抗えない『死』ならば、それが報いだと思うしかない。

 しかし―――

「俺はまだ、死を受け入れるつもりはない!!」

 〝ロードナイト〟の右腕が腰裏に伸びる。それに合わせ、刃部分だけになっていたノートゥングの柄が出現し、マニピュレータで把持する。

 刃が展開され、片方が斧、片方が直刀という歪な形状の、全長8メートルの槍斧が出来上がった。

 〝ロードナイト〟は全高約6メートルだ。それを超える長物を右腕だけで振り回す。その様は、実にアンバランスで、奇怪な光景だった。

『粋がるなよ、地球人。アタシは狩る側で、アンタは狩られる側なんだからな』

「お前こそ注意するんだな」

 レオンはミネバの嘲弄に対して、敢えて笑う。

「目の前にいる窮鼠きゅうその牙は、鋭いぞ」


 拠点から南に3キロ地点では、狂乱の宴が繰り広げられていた。

 狂乱の渦中に放り込まれたのは、AAA構成員たちだ。

『なんだあれは!?』『ただのサイズ違いのハルクレイダーじゃねぇのかよ!?』

 口々に、目の前の光景を信じられないと、先ほどまで嬲り殺しにしてやると息巻いていた男たちは青ざめていた。彼らの周囲に散らばる友軍の残骸が、その原因である。

 強化外骨格〝グレンデル〟を装着している男はトリガーを引き続ける。

「来るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ―――――!!」

 〝グレンデル〟は両腕に4砲身12.7ミリガトリングガンを2門ずつ装備しており、左右肩部には単装ロケット発射器が懸架されている。ここに残っている〝グレンデル〟4機が一斉にロケットや銃弾を吐き出す。

 そこに迫るのは、2機のライトニング級だ。

 計16門のガトリングガンの斉射は、幅10メートルの道路を埋め尽くしている――ように見えるが、アンディとフランクは巧みな軌道を描きながら射線を誘引し、着実に距離を詰めていく。

 アンカーランチャーから射出されたワイヤーが〝グレンデル〟の脚部に絡みつく。強化外骨格がバランスを崩して横転し、引き摺られる。それに巻き込まれ、両脇にいた〝グレンデル〟2機が遅れて倒れた。そこに向けて2機の〝ナイト〟が飛び込み、強化外骨格の腕部とメインバッテリーを構造相転移ソードで貫く。無事な1機がそこに向けてガトリングガンを向けて発射するが、アンディとフランクはすぐに飛び退き、動けない外骨格装備者が12.7×99ミリの至近弾を受けてミンチになった。構わず隻腕のアンディ機を狙うが、フランク機が投擲した相転移ソードによって意識を刈り取られた。

 少し離れた場所では、縦横無尽に跳ね回る〝姫鶴一文字〟がまた1機、〝カシオペア〟を切り伏せた。

「ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!」

 残った2機の〝カシオペア〟が40ミリアサルトライフルを向けるが、掠りもしない。砲弾が撃ち抜くのは残像ばかりで、一向に本体を捉えるに至らない。そうしている内に1機の頭部を切り飛ばし、森に向かって胴を蹴り飛ばす。〝カシオペア〟の胴体から煙が上がり、動かなくなった。その隙にもう1機の〝カシオペア〟が背後から近づいてナイフを振り上げるが、

「残念でござったな」

 振り向きざまに、二刀で薙ぐ。

 頭部と腰を切り飛ばされ、重力に従い、胴体が地面に落ちた。

 一方では―――

 戦車砲が、ガーディアンを狙って射撃を開始する。

 三連続で砲弾が〝青龍王〟に命中するが、それら全てが防御方陣によって防ぎきられる。無論無傷ではない。連続で撃ち込まれ続ければ力尽きてしまう。だが、その心配はいらない。

 〝クロスエンド〟が〝青龍王〟の後方から飛び出す。同時に拡散粒子砲を発射。相対距離は1キロほどあり、照準は甘い。4輌の戦車のうち、運悪く1輌が履帯を破損して自走不能になるが、残る3輌の戦車砲は砲弾を吐き出し続ける。

 20メートルを超える巨体でありながら、〝クロスエンド〟は軽快に前進する。時にサイドステップ、時に前方跳躍で、砲弾を躱していく。

 銀河は戦車兵の敵意を感じていた。

 銀河は星を見る者スターゲイザーだ。本質的に人を理解できると言われる新人類と評されている。

 銀河は機甲暦で数々の戦闘に介入してきた。戦場では戦域内の全てを敵に回している。時に数十から百以上の機動兵器を相手に乱戦し、生き残ってきた要因は銀河の高い操縦技能 ―――ではない。〝クロスエンド〟の高い機体性能と、銀河の勘の良さによるものが大きい。

 なんとなくだが、銀河には敵意がわかる。それに反応し、回避機動を取る。それは、結果的にトリガータイミングを計った的確な回避になる。現代戦車の優秀な射撃統制装置F C Sは的確に射撃目標の機動予測を行うが、発射と同時に行った回避機動までは追いきれない。何度目かの回避の後、〝クロスエンド〟は戦車の真上に跳躍し、着地。CALブレードで砲身を切り落とし、履帯を破壊した。戦車の上部ハッチと下部ハッチから、搭乗者が我先にと這い出し、森の中へと逃げ出していく。

「残るは―――」

 銀河はコックピットの中で、残る敵がいるはずの場所―――AAA拠点のある方向を見据えた。


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