第15話 ガーディアン集結
10分前――
AAA拠点の地下牢から脱出したレオン、フィオナ、エイブラハムは、脱出する算段を立てていた。
「さて、どうしたものか……」
レオンは思考を口に出す。
内部構造は単純だった。地下は牢のみで、地上はプレハブの
「せめて、さっきのフランス兵が無事ならば、いくらか状況がよくなったんだがな」
フィオナは数分前に見つけたもうひとつの地下牢を思い起こす。
自分たちがいた牢とは別のフロアに、同規模の牢があった。その中には、4人の妙齢の女性軍人が支給品の下着のみをつけて地べたに横たわっていた。全員憔悴しており、会話もままならなかったが、牢の端に脱ぎ捨てられたパイロットスーツや認識票から、フランス陸軍第13竜騎兵連隊所属のハルクレイダー操縦兵であることがわかった。たった4人で来たとは考えづらい。残りの人員は殺されたか逃げおおせたか。どちらにしろ彼女たちは戦うどころかここからの脱出すら難しいため、牢の鍵だけ解放することにしたのだった。
レオンは牢番から奪ったサブマシンガンのマガジンを確認しながら言う。
「ないものねだりをしてもしょうがない。問題はどうやって〝ロードナイト〟まで辿り着くかだ」
ここから脱出するには格納庫内を制圧しなければならない。その意味ではライトニング級は実に適した存在だ。小回りの利く小型機で、まだ火を入れていない車輛やヘリに瞬時に切りかかることができる。
問題は、どうやって機体に近づくかだ。
扉の隙間から格納庫内を覗くと、ざっと見ただけでも20人以上のAAA構成員がいる。皆肩にスリングでアサルトライフルやサブマシンガンを提げている。レオンもエイブラハムも白兵戦の心得はある。だが一度に相手ができるのはせいぜい2、3人。奇襲と好条件が重なっても7、8人がいいところだろう。このまま飛び出せば20メートル地点で蜂の巣だ。
「10秒程度、稼げるか?」
そこで、フィオナが訊いた。
「どういうことだ?」
説明を求めると、フィオナは同じく牢番から奪った無線機をいじりながら答える。
「勝機が舞い込んだ」
無線機をレオンに近づけると、数字の羅列が延々と繰り返されている。レオンが訊く限り、それは座標情報だった。
「リョウトからだ。今なら〝アルフェラッツ〟をここに呼び出せる」
リンケージにも似たようなことができる場合があるため、レオンは否定しなかった。
「だが、時間が稼げるかは――」
ドゴォォォォォォォォ――――――――――――――
「なんだこれは!?」
「ぎゃぁぁ!!いてぇ!」
「ちくしょう、何が起こった!?」
いきなり外壁が吹っ飛び、暴風が吹き荒れた。
「チャンスが来たな?」
フィオナはレオンに向けて微笑を浮かべる。
レオンは溜息ひとつ、
「アブ、近場のヤツから片付けるぞ」
「あぶ~~!」
レオンとエイブラハムが扉を勢いよく開き、格納庫へと飛び出した。フィオナは屈み、集中して右手を地面に向けて「対象の座標を指定キャプチャ完了組成再構成プログラム――」と早口に呟く。
レオンはサブマシンガンの銃口を混乱するAAA構成員に向け、次々に発砲。エイブラハムもそれに倣い、拳銃で次々標的を狙う。
8人ほど仕留めたところで、さすがに後ろから撃たれていることに気付き、AAA構成員たちはレオンたちに向けて反撃するが、
「なんだこれは…!?」
格納庫の床に、緑に光る魔法陣が出現した。
レオンたちは瞬時に距離を取る。
魔法陣から、膝立ちする10メートルの人型兵器が出現した。
(やはりつらいな…)
フィオナは息を切らしながら、人型機――〝アルフェラッツ〟に駆け寄り、装甲の突起を利用してよじ登る。
その間もAAAが銃撃するが、レオンとエイブラハムが牽制射撃で援護する。
解放状態のコックピットシートに到達し、フィオナは飛び込むように着座し、斜め前方に迫り出したコックピットシートを機体に格納し、胸部装甲をスライドさせてロックした。
「ひとりで動かすのは久しぶりだな」
コックピットに龍斗はいない。恐らく森の中だ。
転送魔法は高度な魔法で、転送する物質を魔力子フィールドでコートして物質を量子化し、目標地点に再構成する。使用できる魔導師はごく僅かで、使用後は大きな倦怠感に襲われるなど、身体的負荷が大きい。決定的なのは、生物の転送が不可能なことだ。正確には、転送後の再構築段階で死体が出来上がってしまう。同じ形・構成のもののはずなのに、命を再構成することに成功していない。現在の技術では、未だ『魂』の概念について科学的な定義ができていないということだ。
普段から、龍斗とフィオナの間で有事の際の〝アルフェラッツ〟運用についての取り決めがあった。特定チャネルでの、機体位置情報の共有と、転送のための龍斗の退避。ふたりが離れた場合、転送有効射程に入ったらフィオナに〝アルフェラッツ〟を届けるため、龍斗が座標を伝えて機体から降りる手筈になっていた。
「
フィオナは機体を立ち上げ、ステータスを手早くチェックする。
(
もうひとつ、座標を伝える際の条件があった。それは、龍斗が自力でフィオナの許に辿り着けないと思ったときだ。アルゴルシステムを起動すると、一時的に出力が140%に向上するが、300秒で
つまり、龍斗は追い込まれたのだ。選択の余地もなく。
(リョウト……)
フィオナは感傷を振り切り、〝アルフェラッツ〟の起動完了を確認した。
その間、10秒にも満たないが、
『おい、どうなってる!』
〝アルフェラッツ〟を楯にしながら敵の銃撃に耐えているレオンが痺れを切らして呼びかけると、フィオナは無言で機体を立ち上がらせ、右手を翳して射撃魔法を展開する。
手前の装甲車が、無数の緑光に蜂の巣にされ、炎上した。
射撃魔法を繰り出す腕は横へと動き、別の車両を撃ち抜き、奥に駐機していた戦車の履帯駆動部を破壊する。出力を絞っての射撃で、アサルトライフルを向ける男たちを殲滅する。一人がロケットを構え、発射。しかし射撃から瞬時に魔法陣型防御シールドを展開することで、命中による爆炎こそ上がったものの、〝アルフェラッツ〟は無傷のままだ。
男は戦慄する。「これじゃ、ハルクキャスターじゃないか…」と言い残し、フィオナの魔法射撃によって体を撃ち抜かれ、骸となった。
レオンとエイブラハムは好機と見てそれぞれの機体へ向けて駆け出す。
フィオナは機体の両手に射撃術式を展開し、二列に射線を取ってレオンたちを援護する。
レオンは機体に到着すると、後部に回り込んでコックピットを解放して飛び込む。起動の際に表示される『Northung Zweit』の文字に未だ慣れないと思いながら、黒い悪鬼と形容できる姿の〝ロードナイト〟を立ち上がらせる。そして、腰のスカートから構造相転移ソード二振りを引き抜いた。
「どうだ、アブ?」
『あぶー!』
〝ナイト〟も問題なく立ち上がり、同じく構造相転移ソードを手にする。
手早く格納庫内の車輛やヘリを破壊すると、格納庫の外へ飛び出した。
そこで目にしたのは、長く伸びる一本道を進んでいく4輌の戦車。
別の格納庫から出てきたばかりの2機のハルクキャッスター――〝ハルバード〟と〝フランベルク〟。
100メートルほど離れた場所には50メートル近くある巨大な自走砲。
レオンは状況を素早く判断し、瞬時に個別に指示を出す。
「俺はハルクキャスター、アブは10時方向の自走砲、フィオナは――」
『リョウトを回収する』
フィオナは〝アルフェラッツ〟を飛翔させ、高速で南下する。行きがけの駄賃だとばかりに進軍中の戦車に向けて魔法砲撃を加え、4輌中2輌を自走不能にさせた。
『〝ベラトリクス〟!?』
〝アルフェラッツ〟が飛び出したことに反応した2機のハルクキャスターに向けて、レオンの〝ロードナイト〟が急加速する。
ターゲットは手前にいる〝フランベルク〟。構造相転移ソード二振りを構え、肉薄する。その様子に気付いた〝フランベルク〟が振り返る動作を見せる。
彼我の距離は10メートル。〝ロードナイト〟が構える相転移ソードに反応するように腰にマウントした剣を抜いて受けの体勢を取る。
当然の反応だが、この場合の対応は間違いだった。
抜き打ちの剣と、左腕で斬り上げた相転移ソードが鍔迫り合いを起こす――ことはない。〝フランベルク〟の剣が、構造相転移ソードに接触すると、バターのように半ばから両断され、追って右腕も切断された。
『こいつ……!』
〝フランベルク〟の操者は起こった事態に戸惑いながらも背腰部に左腕を回し、白い柄――魔力刃発生装置に手をかける。
だが、それよりも早く、右腕に握られた相転移ソードが〝フランベルク〟の胸部に突きこまれる。咄嗟に魔法による防御フィールドの出力を上げて、魔力子の濃密な層で相転移ソードを挟み込む。胸部装甲に突き刺さった相転移ソードはコックピットの正面ディスプレイに切っ先を覗かせている。操者は冷や汗を垂らす。
どうにか乗り切った。これから仕切り直す。
そう考えていた操者だったが――
〝ロードナイト〟は宙で機体を寝かせると、脚を折り畳み、一気に相転移ソードの柄頭を蹴り込んだ。
食い込んだ刀身は、僅か50センチ程度しか突きこむことができなかった。
だが、それで充分だった。
〝フランベルク〟は機体表面の防御フィールドを消失させ、地面に頽れる。
コックピットの中で、頭部をせん断された男が息絶えていた。
一方、エイブラハムは大口径砲へ向かう。砲の無効化のためには砲身を切り落とすのが手っ取り早いが、砲身の直径は2メートル以上ある。構造相転移ソードを突き立てて穴を空けることで無力化はできるだろうが――
大口径砲の護衛に配置されている装甲車、そこに据えられた重機関銃が〝ナイト〟を狙っている。12.7ミリ弾を、エイブラハムは機体を横振りしながら回避する。曳光弾が示す軌跡が〝ナイト〟を追跡して唸り、蛇のように追い縋るがライトニング級を捉えるに至らない。
瞬く間に距離が詰まり、機体の両腕を右側に揃えて横薙ぎ一閃。装甲車の装輪とキャビンを引き裂く。
足を止めずに大口径へ向かい、跳ぶ――のではなく、履帯に沿って走り、相転移ソードを突き入れる。全長48メートル、全高10メートルの自走砲である。重量は言わずもがな。
滑走する勢いのままに履帯ごとフレームを切断され、車体が大きく傾く。数百トンの車体が傾き、耳障りな轟音を立てて600ミリ自走砲が横倒しになった。
『CPよりストレンジャー全機。01、04の脱出を確認』
リィルはライトニング級2機を確認し、いきなり姿を消した直後に敵拠点から高速で南下する〝アルフェラッツ〟についてどういうことかと戸惑っていると、
『00よりCP、エンジェルと合流した』
その戸惑いに答えるように、龍斗が報告を上げた。
その龍斗は星空を見上げていた。
『休憩は終了だ』
外部スピーカーで、パートナーの少女の不遜な声が耳朶を叩く。懐かしいと錯覚してしまった龍斗は、すぐに表情を切り替える。
着地した〝アルフェラッツ〟の胸部装甲が開き、複座式コックピットシートが斜め下に迫り出す。後部シートには、顔色の悪いフィオナが座っている。決して夜の闇のせいではない。
龍斗は機体を駆け上がり、シートに着座・格納させる。
「フィオナ、大丈夫?」
「空腹と睡眠不足で転送魔法使わせられればこうなる」
龍斗に対し、フィオナは力なくも不機嫌に言う。
「お前のコレクションで2日間徹夜したときよりも辛いぞ」
「いやそんなもの引き合いに出されても」
3年以上前、フィオナと龍斗が出会ったときに、彼女は龍斗が集めていた絶版映画を見倒していた。そんな懐かしい日々を思い出し、龍斗は咄嗟に出た苦笑いを懐古から来る微笑へと変えた。
龍斗はALGOLシステムで、フィオナは牢での拘束と転送魔法の使用で満身創痍であったが、その眼は死んでいない。
「急ぐぞ。コンスタンチンが出てくる前に敵戦力を漸減する」
「うん。行こう」
〝アルフェラッツ〟は再び宙に浮かび、急加速で飛行し、北上した。
『00より01、中隊指揮権を譲渡する。あなたたちの機体は特別だ。最適な運用を頼みたい』
龍斗は底が知れない『ガーディアン』の運用を、よく知っているはずのレオンへ託した。
「01了解。そちらはどうする?」
『航空戦力を潰します』
レーダーに、複数の機影が映っていた。時速1000キロ以上で接近。戦闘機だろう。
レオンは対空戦を龍斗たちに任せるべきだと判断し、すぐさまリンケージたちに呼びかける。
「01よりオールストレンジャー、損害報告を」
次々と問題ない旨の返信が来る中、ただ一人、
『02より01。左腕欠損。損傷多数だが戦闘継続は可能だ』
アンディだけが、明確な損傷を受けていた。巨大キャニスター弾を回避して森に飛び込んだ際、地雷の爆発を至近で受けたせいだった。
左上腕欠損。左半身を中心に装甲に破損多数。元々防御など考えられていないライトニング級において、この損傷は致命的だった。
『おい、無茶だぞアン――』
『意地くらい通させてくれよ』
「やれるなら来い。無理なら下がれ。それだけだ」
フランクがアンディを諫めようとするが、レオンは判断をアンディへ委ねた。お互い素人ではない。共に死線は何度も潜り抜けてきた。ここで機体の状態すら把握できない男ならば、この数年で何度死んでいたことか。レオンはアンディの〝ナイト〟の状態を正確に把握できない。最も信頼できるのはレオンではなくアンディの判断に他ならない。
だから、レオンはアンディの判断に委ねることにした。無論、言った通りアンディは継戦することとなった。
「これで全員揃いましたね!」
ケイゴはレオンたちの帰還に湧き、
「もう憂いはないでござる!」
ジョーはハルクレイダー〝カシオペア〟を一刀に臥せ、
「一気に決める!」
銀河はCALブレードを抜き放ち――
ここカンボジアの地に、本来いるはずのない異邦人たち――
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