第14話 ALGOL
フオトは龍斗の出方を考えていた。
ハルクレイダーの40ミリライフルでは戦車の正面装甲を抜くことはできない。肩のミサイルケースも近接防御用対空ミサイルであろうから、脅威ではない。ならば、龍斗はヘリから片付けようとするはずだ。ミサイルかライフルでヘリに対処し、どうにか戦車に肉薄して履帯かハッチ付近に40ミリかナイフを叩きこむ。それくらいしか龍斗に勝ち目はない。
だが、そうはならない。ヘリには距離を取ってロケット攻撃を指示するし、森の中にはRPGを装備した歩兵が展開している。歩兵で撹乱し、ヘリと戦車で間断なく射撃・撃破する。
撃ち合いに持ち込めば、人型兵器など敵ではない。
フオトは勝利を確信していた。それどころか、この戦闘の後でフィオナに精を放つ姿を想像してすらいた。
同じく、龍斗も敗北など考えていなかった。
「アルゴル、起動」
〝アルフェラッツ〟が姿勢を前傾させ、突進する。
アサルトライフルを突き出し、2輌の戦車に三点射。しかし、全て装甲に弾かれる。
横合いから歩兵が飛び出し、突撃銃を撃ってくる。命中しても問題ないが、前転して回避。更に別の歩兵がRPGを構えて放つが、今度はバク宙でやり過ごす。着地後すぐに40ミリライフルを構えるが、歩兵はすぐに森の中に引っ込み、姿を隠してしまう。
〝アルフェラッツ〟の動きが止まったとみるや、ヘリは発射ポッドに収められた左右それぞれ19基のロケットを、戦車も120ミリ砲を発射する。
〝アルフェラッツ〟は斜め上方に飛び上がり、回避する。同時に肩のミサイルポッドの発射扉を開く。
目敏く気づいた攻撃ヘリが迎撃用にチェーンガンの準備をするが、〝アルフェラッツ〟が放ったのは攻撃ヘリに、ではなく森の中に向かってだった。
不可解な行動だ。対空ミサイルで使用する赤外線誘導方式は人間の体温など検知できない。もちろん、そんなことは龍斗もわかっている。
無作為に、格納されたミサイルを森に放つ。爆発が木々を、歩兵もろとも吹き飛ばす。中には背中に火が点いてのたうち回る者や、吹き飛ばされたものの難を逃れて倒れただけの者もいる。
それらに対しても、龍斗は容赦をしない。ライフルを腰に懸架し、両肩に提げたミサイルポッドを
長辺2メートル程度の直方体・400キログラムのミサイルポッドが歩兵を轢き潰す。軽自動車の衝突と同じような衝撃に、地に臥す歩兵たちは止めを刺された。
着地した〝アルフェラッツ〟はフオトへと向かっていく。
「撃て撃て撃てぇぇぇ!」
フオトの号令に、戦車砲2門、30ミリチェーンガン2門、20ミリ機関砲1門が、たった1機のハルクレイダーに向かって火を噴く。
〝アルフェラッツ〟は関節を赤熱させながら跳躍とサイドステップを織り交ぜて回避し、時に前転しながら距離を詰めていく。
「なんなんだあいつは!?」
フオトは異常なまでの機動を見せる〝アルフェラッツ〟に――当初1キロほどあった彼我距離を500メートルまで詰めている第三世代ハルクレイダーに驚愕を通り越し、恐怖した。
第三世代ハルクレイダーの売りは軽量化による高い運動性能と
だが、この動きはおかしい。体操選手のように柔軟かつ瞬発力のある機動――を通り越し、まるで野生の猿のようだ。あり得ない機動を見せながら、回避機動を取りながら時速180キロを超える速度で迫っている。瞬間的には時速200キロを超えているだろう。
Assault-Leading Genocide Offensive Lay System――戦闘誘導殺戮攻撃詩システム。
操縦者の闘争本能を表出させ、感覚を異常なまでに高める。同時に理性をも吹き飛ばし、躊躇いや思慮を排除する。戦闘マシーンを作り上げるシステムである。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――」
今、龍斗はフィオナに害を為そうとする『害虫』の駆除のため、その思考のすべてを殲滅に割いている。最早、龍斗は〝アルフェラッツ〟を動かす無慈悲なCPUと同じだった。
互いの距離が、200メートルを切った。
フオトはますます焦燥するが、〝アルフェラッツ〟が40ミリライフルを構えた瞬間、ヘリから放たれた30ミリ弾の一発が命中し、ライフルが大きく拉げる。
迷いも見せず、龍斗はライフルを放り捨てる。
残り120メートル。そして跳躍。
走り幅跳びならば500メートルは飛ぶんじゃないかという軌道の〝アルフェラッツ〟は、見るからに丸腰だ。だから、自分に迫っていると気づいたヘリパイロットはひとまず左急旋回で回避をし、着地を狙って僚機と十字砲火ができればいいと考えていた。
だが、ヘリに向かっていく〝アルフェラッツ〟は体当たりでも徒手空拳でもなく、手前で右腕を振った。
下腕部に収納されているアンカー付き高分子ワイヤーが射出され、ヘリのテールに打ち込まれた。更に左腕も振ると、80メートル離れた位置にいたもう1機のヘリに向かっていき、スタブ翼に絡みついた。
〝アルフェラッツ〟は重力に従い、放物線軌道のまま下降する。当然のように、2機の戦闘ヘリがバランスを崩す。同時にワイヤーは高速で巻き取られ、落下の勢いで2機の攻撃ヘリは互いの距離を縮めながら急降下させられ、激突。ターボシャフトエンジンの燃料に引火し、爆発する。
それだけでは終わらない。
ひとつの火の玉と化した2機のヘリが墜落したのは兵員輸送車の真上だ。6トン以上ある塊が真上から衝突し、車体を丸ごと、プレス機にかけたように押し潰した。
戦車2輌が慌てて砲塔を回し、後方に着地した〝アルフェラッツ〟を狙う。
その距離、100メートル。
二つの砲が火を噴く。
〝アルフェラッツ〟はバク転でそれを回避。右腕を軸に機体を跳ね上げ、戦車と相対するように着地する。その頭部センサーが、今も尚燃え続ける撃墜されたヘリと兵員輸送車の炎によって、喜悦に歪む相貌のように錯覚させる。
「撃て撃て撃て!落とせぇぇぇぇーーーー!!」
フオトは自らを叱咤するように叫び、ひたすら攻撃を命じる。
連続で吐き出されるAPFSDS弾は、命中すればハルクレイダーなど一撃で粉砕できる。胴体に当たればコックピットごと粉々に吹っ飛ばすことができるし、四肢に当たっても命中部位が粉砕され、操縦不能に陥る。
だが、かすりもしない。
〝アルフェラッツ〟はランダムに上下左右の移動を繰り返し、砲身過熱を無視した射撃をものともせずに戦車に接近する。戦車も近づかせまいと全速前進(砲塔が後ろを向いているため)するが、距離は縮まるばかりだ。
慌てていたためか、2輌の戦車が衝突し、八の字になって止まった。
それと同時に跳躍。
真上は狙えない。「どけ!」「お前こそ!」「どうにかしろ!」などと互いに罵り合い始めたところに、〝アルフェラッツ〟は車輛の上、前面に着地する。右下腕ナイフシースが展開され、補助アームが格納されている高周波振動ナイフを右腕マニピュレータに握らせる。素早く逆手に持ち替えて、車長ハッチへ振り下ろす。1メートル程の刀身だが、高周波振動するナイフは容易く装甲を引き裂き、車長を食肉用の家畜のように両断した。龍斗は決して戦車について詳しいわけではないが、大体の人員の配置は想像がつく。すぐ隣にあるハッチにも同じようにナイフを振り下ろし、自分の足元にもナイフを突き立て、横に引き裂く。
残る1輌に向けて、〝アルフェラッツ〟の頭部が向けられる。
フオトは「ひぃっ」と悲鳴を上げる。それと同時に高周波振動ナイフが投擲され、戦車の前方上面に突き刺さる。車内で赤が飛び散る。操縦手の肩から上が飛んだためだ。上部ハッチが開き、我先にと返り血に染まったフオトが飛び出す。
〝アルフェラッツ〟はフオトの戦車へと飛び掛かる。
フオトに遅れて砲手が上部ハッチから飛び出すが、横薙ぎに払われた巨人の腕によって10メートル以上吹っ飛ばされ、背中から太い木の幹に激突。背骨を粉砕され、胴の半ばから90度に折れるというあり得ない死体が出来上がった。
既にフオトは戦車から離れ、森に向かって舗装道から飛び出していた。すぐに龍斗が見つける。
〝アルフェラッツ〟の両腕を、戦車の砲塔と車輛本体の間にマニピュレータを差し込み、力を入れる。低く重いグギギギギという音と共に、ターレットが破壊され、砲塔が引き千切られた。フオトが異音に振り返ってその光景を目にすると、引きつった表情で「そんなばかなことがあるかっ」と声を裏返らせ、尻もちをつく。
炎を背に、巨人が立ち上がる。その手には引き千切った砲塔、その砲身を、野球バットのように握っている。それを、右腕だけで横向きに振りかぶる。
「バ、バケモノめ……」
砲塔だけでどれだけの重量があると思っているのか。それを引き裂いて振り回す機体を、ハルクレイダーなどと呼んでいいのか。
オペレーション・シャングリラの立役者。それは、ただのプロパガンダ、ただの広報による英雄化に過ぎないと、そう思っていた。
だが違う。目の前の機体は、ハルクレイダーの範疇を超えている。今フオトが抱いている恐怖は、嘗てハルクキャスターを前に無残に散っていった将兵たちと同種のものだった。
〝アルフェラッツ〟が砲塔を持つ腕を前方に振る。砲身を歪ませながら、砲塔に勢いをつけて前方へ放り投げる。
フオトの手前で着地するが、それで止まるわけがない。そのまま地面を抉りながら砲塔は滑っていき、
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――ガボ、ゴベぇぁぉ――」
大型貨物車輛に轢かれるよりもひどい死に様で、ウン・フオトを騙った男は息絶えた。
異常なフルスイングを終えた〝アルフェラッツ〟は、関節や装甲の隙間を赤熱させながら、ガクンと動きを止めた。
『MOLECULE REACTOR : FORCED TERMINATION』
コックピット内の照明が落ち、ディスプレイに表示されたアラートレポートが、動力源の強制停止を示していた。内部の補助バッテリーだけで、最低限の電子機器を動かしている。
(ひどいな…)
龍斗は自分が行った戦場の跡を、サブディスプレイ越しに確認した。
吐き気もある。龍斗は3年前の初陣で殺したイグドラシル連合操縦者――コックピットに突き立てたナイフで体を上下に分断させた姿を思い出した。あの時からPTSDに苦しんでいて、今でも薬を飲んでいるが、ALGOLシステムを使用した後は、自分の残虐性を曝け出されたようで、余計に気分が悪い。
(でも、今は苦しいなんて言ってる場合じゃない)
龍斗はすぐにコックピットから飛び出し、ヘルメットに内蔵されたトランシーバーから特定のチャネルを開いた。
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