第13話 進軍

 先頭を走るアンディとフランクの〝ナイト〟は、彼我距離3キロを切った敵ハルクレイダー部隊を補足していた。

 しかし、意識をそこだけに割くことはできない。

『CPより全機。砲台のピッチ&ロールが固定された。予測座標……Eエコー6』

 リィルからの観測結果を受け、アンディとフランクは急ブレーキをかけ、森の中に罠など気にせずに飛び込んだ。その一瞬後、200メートル先の地面に600ミリ弾が着弾し、クレーターが出来上がった―――だけでなく、砕けたアスファルトや砂礫が散弾となって周囲の木々を爆風と共に薙ぎ払う。

「やべぇ、直撃したら死ぬ…」

 フランクは改めて大口径砲の威力に戦慄する。

 あれは間違いなく受けてはいけないものだ。被害半径に入った場合、機体がパイロットごとズタズタに裂かれ、金属製のボロ雑巾の出来上がりだ。

『だが、これで乗り切ったんじゃないか?』

 アンディは同型機に乗るフランクに向けて言った。

 大口径砲は確かに脅威だ。命中は即死を意味する。だが、大口径砲から現在の〝ナイト〟の位置まで、約5キロ。全長50メートルの巨大砲が10秒や20秒で次弾を発射できるとは思えない。次弾発射可能時には敵機動兵器との距離は1キロ前後になる。直射射撃を行わなければならない距離である以上、砲の使用は友軍を巻き込む可能性が高くなる。

「多分な」

 狙うとすれば後方だろうか。すぐ300メートル後方には〝鶴姫一文字〟が疾駆し、更に200メートル後方では〝青龍王〟が低空飛行で追い縋り、そのすぐ100メートルからは〝クロスエンド〟がバーニアスラスターを噴かしながら〝青龍王〟との距離を縮めている。

(銃弾は平等に飛んでくる。恨むなよ)

 フランクは後方のリンケージたちに内心で告げる。

(だが、この読みも相模少尉がフオトの野郎を抑え込む前提か)

 いつの間にか龍斗を信用していることに笑ってしまいながらも、フランクは高速進攻を再開する。

 敵ハルクレイダー部隊まで、残り2500メートル。

『CPより全機。敵HRハルクレイダー対地ミサイルSSMと戦車砲の射程に入る。警戒せよ』

 大口径砲ばかりに警戒するわけにもいかない。リィルからのデータ転送を確認すると、前衛をハルクレイダー、その200メートル後方に強化外骨格、その1キロ後方に戦車が追随している。ハルクレイダーのうち半数の3機にはHR用多連装ミサイルケースや円筒形のロケットないしミサイル発射筒を装備している。

 敵ハルクレイダー部隊まで、残り2000メートル。

 道が直線になった。大口径砲の位置は1時方向で、ここからの直射は友軍を巻き込むことになる。ひとまず警戒は敵機動部隊に絞っても問題ないはずだ。

 敵ハルクレイダー部隊まで、残り1500メートル。

 未だ仕掛けてこない状況に、アンディとフランクは不審に思い――

『CPより全機。大口径砲照準補正動作中。警戒を厳にせよ』

 後衛狙いか。

 アンディとフランクはそう思った。

『ピッチ&ロール固定を確認。着弾予想……Dデルタ4』

「なんだと!?」

「馬鹿な!?」

 〝ナイト〟に乗る2人は驚愕の声を上げる。

 狙われているのは自分たちだ。敵との距離はすでに1200メートルを切っている。少しのミスが友軍前衛の全滅を招くことになる。

 そんなことなど気にされず、大口径砲は発射された。

 敵部隊の頭上、いつの間にか伏せていたハルクレイダーと強化外骨格部隊のほんの50メートル上を、砲弾が抜けていく。

 その直後、砲弾が砕けた。

 正確には、外装シェルが弾け、中からピンポン玉くらいの大きさの重金属子弾が放射状に、しかもやや下向きに広がっていった。

(ADキャニスターだと!?)

 無人機のモニター越しに、ボートフェルトが驚愕する。

 通常のキャニスターは戦車が歩兵を無力化するために散弾のように弾を撒き散らすものだが、アドバンストキャニスターは途中までは通常の砲弾のように進み、設定された座標や信号の受信などを受けて保護外装が弾け、中から大量の重金属弾を発射する砲弾である。更に放射状に子弾を発射する際の危害半径まで指定できるので、歩兵に対して、よりピンポイントに効果的な攻撃を行えるようになっている。

 ただし、本来は120から140ミリの砲弾に使用されるものだ。

 使用砲弾は口径にして5倍近くあり、容積も100倍はある。ばら撒かれる子弾は直径4センチの重金属弾で弾数は4500発。

 それが、アンディたちの目の前、100メートルで展開された。

 砲弾の進行方向に対してマイナス12度、展開角30度の円錐状に撒き散らされた4500発の重金属弾が、圧倒的な脅威として襲い掛かった。

「ちくしょうっ!」

「やべぇ!」

 アンディとフランクは罠があることも気にせず、森の中に突っ込む。

 そして、アンディが飛び込んだ先にあったのは――

「マジか!」

 円形をした、50センチほどの金属製品があった。中央には緑色の『LOCK』の文字。それが、〝ナイト〟の通過と同時に赤文字で『UNLOCK』に変わった。

(地雷――――!!)

 森の中で、爆発が起きた。


 ADキャニスターの脅威はこの2人だけに限った話ではない。

 〝鶴姫一文字〟にも、横殴りの豪雨に似た重金属弾の雨が襲い掛かる。

「むん!」

 一瞬、〝鶴姫一文字〟の姿が揺らぎ、そして消えた。

 先ほどまで機体があった場所を、金属弾が通過していく。

 破壊の雨の後に、再び疾走する〝鶴姫一文字〟が現れた。

「上杉流・朧隠れでござる」

 ジョーの内心で、冷や汗がだらだらと垂れていた。

(ま、まさか全部きれいに避けられるとは…、奇跡でござる!)

 まさかの悪足掻きがうまくいった瞬間であった。


「銀河さん、後ろへ!」

「ケイゴ!」

 念のための防御の準備をしながら進んでいた〝青龍王〟の後ろに、銀河は〝クロスエンド〟を移動させた。

 前方の森の木々を薙ぎ倒しながら進んでくる重金属弾の破壊の雨が、〝青龍王〟にも襲い掛かった。

 左腕を掲げた先に展開された20メートルの方陣が、正面から重金属弾を受け止める。

「ぐぅぅぅぅっ!!」「重い!」「こなくそ!」

 600ミリADキャニスターの危害範囲は奥行き800メートルで、後方の〝青龍王〟に到達するころには幅300メートルにまで広がっている。〝青龍王〟の3人はどうにか耐え凌ごうと防御に全神経を集中する。

 元々キャニスター弾は対歩兵用だが、これは対装甲ハードスキン用だ。〝クロスエンド〟が正面から受ければ粒子フィールドを抜けて装甲を持っていかれかねない。

 周囲ではアスファルトが弾け、新たな散弾として機体を叩き、木々が薙ぎ倒されている。銀河は自身もシールドを構えたい気持ちに駆られるが、どうにかその気持ちを抑えた。

(龍斗さんが行けと言ったのは、あそこで時間を潰したらまとめて巨大砲の餌食になる可能性が高かったからだ)

 銀河は移動中に考えていた。

(だったら、俺が、あれを潰す!)

 バックパックが展開され、中から新たに武装が姿を見せる。

(耐えてくれよ、ケイゴ!)

 破壊の雨は去った。

 〝青龍王〟は機体外縁部分に軽度の損傷が見られたが、戦闘に支障はないようだった。

 〝クロスエンド〟がバーニアを噴かして飛び上がる。

 手には、カバリエ級が扱うビームライフルよりもかなり大型のビームライフル――オーバーロードマグナムが握られている。

 銀河は5キロ先にある大口径砲を狙う。正確には、銀河の敵意が向いた先を〝クロスエンド〟が判断し、照準する。

「いけぇぇぇぇぇ――――!!」

 有効射程としてはギリギリだが、掠っただけでカバリエミーレスが爆散するほどの高出力だ。重厚な金属の塊である大口径砲相手に、充分過ぎる火力がある。地上100メートルからの攻撃で、森の木々によって威力が大きく減衰することも考慮している。

 トリガーに手をかける。

 それと同時、〝クロスエンド〟に超音速ミサイルが直撃する。2キロ先にいるハルクレイダー〝カシオペア〟が肩に担いだ筒状の発射機から撃ち出されたものだ。上空に逃れようとするところを待ち構えていたのだろう。

「ぐぁっ―――くぅ!!」

 ミサイル直撃に揺れる中、銀河はトリガーを操作し、オーバーロードマグナムから高出力の粒子ビームが発射された。

 ビームは大口径砲に、直撃――することなく、その100メートル左に着弾し、近くの建物の外壁を衝撃で破壊した。

「外した!?」

 銀河はミサイル直撃から姿勢制御し、着地する。

 損傷を確認する。フィールドを抜け、左肩部に損傷。左腕稼動に軽度の支障あり。オーバーロードマグナム機能不全。恐らくミサイルの破片による損傷だろう。命中角度が良かったからこの程度で済んだ。正面からコックピットに当たっていたら無事ではなかったかもしれない。

『銀河さん!』

「大丈夫だ。まだ戦える!」

 ケイゴの声に、銀河は自分を叱咤しながら答える。

『CPよりオールストレンジャー』

 そんな時、回線にリィルの声が入った。

『敵拠点より増援の出現を確認』

 状況が更に悪化した。

 機甲歴よりも地球製の方が攻撃力に優れているように思える戦車砲の掃射を受ければただでは済まないし、手数は敵側が圧倒している。マナミがいないことが悔やまれる。

 銀河は勝手に、増援は戦車か何かだと思っていたが、状況はそれ以上に悪化していた。

『増援はハルクキャスター、数2』


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