第12話 裏切り

 銀河はディスプレイの拡大映像を出して驚愕した。

「龍斗さん…!」

 〝アルフェラッツ〟が背中から黒煙を上げて、前のめりになって倒れた。

 何が起こったのかも見ている。大口径砲破壊のため、レールガン発射態勢に入った〝アルフェラッツ〟に目をやった。すると、フオト少佐が率いている戦車の1輌が、120ミリ砲を発射。砲弾が〝アルフェラッツ〟の背に直撃し、吹っ飛ばされた。

「龍斗さん!無事ですか!―――どういうことなんだ、フオト少佐!」

『…00より全ユニット…、フオト少佐は敵だ…!』

 やや苦し気な声で、龍斗の声が各機に届く。

『おや、生きているとは思わなかったな』

 変わらず全周波数帯で、フオト少佐が言葉を紡ぐ。

『戦車砲の直撃を耐えるなんて、やはりオペレーション・シャングリラの立役者は違うのかな?』

 数時間前に基地で話していたときと変わらない言い様だが、銀河は明らかな敵意と嘲笑を感じ取っていた。

「どういうことだ!」

『単純な話だ。俺はAAAの人間なのさ』

「裏切ったってことか!」

『それも間違いだ。そもそも、俺はウン・フオトではない。それどころか、あの基地にいたのは皆軍人ではなく、AAAの構成員だ』

 本物のウン・フオト少佐は既にAAAによって粛清されている。直前にMUFからの依頼があり、逗留地として使われることを知ったAAAは、MUFの部隊を招き入れ、利用することにした。物資は奪い、女は性処理に使う。そのつもりでMUFを受け入れたのだ。

『女の品定め用カメラに気付かれたときは参ったが、ここまでうまく運べたよ』

「――っ、なんてヤツ!」

 ホノカが息を呑む。あのカメラは自分の盗撮用であったということに驚き、嫌悪した。

「では、レオン殿たちを攫ったのも、お主の手引きでござるな!」

『ああ、女がひとりで出てったからな。利用させてもらった』

 最初から全てが嘘だった。最初に出迎えられたときも、レオンたちが行方不明だと騒いだときも、彼はほくそ笑み、リンケージたちが知恵を出し合い、言い争う様を滑稽に思っていたことだろう。

「全機、拠点侵攻を継続!」

 それでも、龍斗は叫ぶ。

『でも、龍斗さん…』

「ここで足を止めたら終わりだ!」

 状況は最悪だ。前方の拠点方向には未だ健在の600ミリオーバーの大口径砲と機甲部隊、後方からは戦車を含む戦闘車輛AFV3輌と攻撃ヘリ2機。拠点には3機のハルクキャスターも控えている。

 大口径砲を破壊していれば、フオトたちを瞬時に撃破して拠点へ前進するという手段も取れたが、その行動は取れない。今は数十秒だって惜しい。少しでも多くの戦力を拠点に向かわせ、乱戦にすることで大口径砲を事実上無力化している間に砲を破壊する。ガーディアンならば、現状の敵機動戦力の撃破は叶うはずだ。それだけの力があると、龍斗は確信している。

 そのためにも、龍斗はここでフオトたちを足止め・無力化し、銀河たちが挟撃されないようにしなければならない。一番機動力の低い機体が〝アルフェラッツ〟なのだから。

 リンケージたちは拠点方向、迎撃部隊に向けて全力で移動している。数分もしないうちに接敵するはずだ。

 たった1機だけ残ったハルクレイダーを見て、フオトは哂う。

『どうせ貴様らは勝てん。こちらにはハルクキャスターが3機もついているんだからな。だというのに、貴様はたった1機の人型機で戦車2輌だけでなくヘリまで相手にできるのか?正面切って向かい合うこの状況で』

 フオトの言う通り、龍斗の状況は極めて危険だ。

 ハルクレイダーは奇襲にこそ真価を発揮する。遮蔽に身を隠す、起伏を利用するなど、たとえ運動性と操縦応答性に優れた第三世代機といえど、正面切って戦車複数輌と渡り合うことは難しい。手持ちの40ミリアサルトライフルとて、正面装甲はまず抜けない。肩部懸架の短距離ミサイルも、コンパクトな対空ミサイルであるため、決定打に欠ける。

(唯一抜ける火器の〝メテオリート〟も、今はない…)

 さっき受けた攻撃も、砲弾がAPFSDS弾なら死んでいたかもしれない。成形炸薬弾HEATだったからこそ、複数層に分かれた隔壁構造のバックパックでメタルジェットが〝アルフェラッツ〟の背部装甲を焼かずに済んだというのに。

 足を止めた撃ち合いではまず勝てない。

 フオトも、それを理解しているからこそ余計に饒舌になる。

『本当に馬鹿だな貴様は!ボスは言っていたぞ、相模龍斗。お前の目の前であのフィオナという女を犯し尽くし、絶望に突き落とした後に嬲り殺してやるってなぁ』

「―――っ」

 絶望的な状況だった。

 だが、その一言で、龍斗は腹をくくった。

 機体全体の特定電圧型疑似筋肉繊維V I M F利用して〝アルフェラッツ〟を跳ね上げ、倒れた状態から復帰する。ボン、と緊急排除用爆炸ボルトを作動させて、デッドウェイトになった〝メテオリート〟を強制分離する。

 並の操縦者ならば、勝てるなどと思えない戦力差を前に、龍斗はただ目の前の敵を見据える。

「アルゴル、起動」



 同時刻、クサック・スメイ基地―――

 パラララララララララララララ―――「ぐあっ」「もっと弾寄こせ!」「ちくしょう!」

 銃声と悲鳴と怒声の三重奏が、格納庫で奏でられていた。

――『フオト少佐は敵だ』

 ストレンジ0―――龍斗の声は、格納庫に鎮座している輸送機〝エルキュール〟のキャビンとコックピットの間に設えられた管制席に座るリィル・ルイリ少尉にも届いていた。その矢先、格納庫に対して歩兵による攻撃が行われた。

 大小のコンテナやフォークリフトで即席のバリケードを作り、〝エルキュール〟を中心に防衛線を構築。銃弾の応酬を繰り広げていた。

 当初はAAAが襲撃してきたと思っていた。だが龍斗が伝えた言葉から、事態はもっと深刻ではないのか、という結論に至った。

 外からの攻撃ではない。基地内からの―――クサック・スメイ基地の人間からの攻撃だ。

「くそ、数が違い過ぎる…!」

 コンテナの陰でアサルトライフルの弾倉を交換しながら、コウイチは彼我戦力差に愚痴をこぼす。

 こちらは整備班を合わせても30人程度、敵は最低でも50人以上。敵の人数を考えるに、別の場所からも増援が来ていると見るべきだ。幸いにしてMUF側は全員が同一格納庫に集まっていたため各個撃破されずに済んでいるが、AAA拠点攻略組のオペレーションのためにボートフェルトをはじめ、リィルともうひとりが情報士官として張り付いている。

 戦力差は、単純な人数差でいっても倍はあり、しかもMUF側も全員が戦闘できるわけではない。

「橘!手ぇ止めるな!」

「わかってます!」

 郷田大尉が毛深く太い腕でアサルトライフルを構えて発砲し、コウイチも続く。

 そのすぐ後ろでは、菜奈が脇腹を撃たれた整備兵の傷口を押さえ、手を血だらけにしながら応急処置を施している。その隣では、保護している少女―――ヤサも、菜奈に言われるがままに拙いながらも負傷者の救護に尽力している。

「もういや!なんでこんなことになってんのよ!」

 対して、マナミは頭を抱えてうずくまり、喚き散らしていた。

「山田さん!撃ち返して!」

 コウイチは苛立ちを隠そうともせずに声を荒げる。今は圧倒的に手が足りない。ガーディアンを持ち出せば形勢は逆転するかもしれないが、〝クロガネ〟は脚部の一部がまだ組み上げられていないため動かせず、〝ムラクモ〟は隣の格納庫で駐機状態にあるが、リンケージのマナミがこの状態では―――

「ムリに決まってるでしょ!研究者なのよ!生身での荒事なんて――」

 こんな状態のマナミを銃弾の雨の中、隣の格納庫まで送り届け、乗り込ませることは困難に過ぎる。

 機内のボートフェルトはしばし考えると、リィルに指示を出し、前線に伝えさせた。

『CPよりストレンジリード。現在敵歩兵から襲撃を受け、応戦中。作戦に変更はなし。ストレンジ中隊は引き続き攻略対象に向け進攻を開始せよ』

 個別での返答はなかった。銀河は何か言いかけたが、言葉を飲み込んだようだ。

 わかっていたからだ。

 今から戻ったところで間に合わない。拠点を速やかに制圧し、クサック・スメイ基地襲撃者の戦意を挫く。それ以外の手など、残されていないことに。

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