第11話 脱出

 牢の中では、どこか他人事のように届く振動と、それに伴って天井から落ちてくる埃によって、ここが攻撃されていることを自覚させた。

 レオンたちはすぐにでも行動を起こしたいところだ。

 しかし、ここに来て大きな問題があった。

 先ほど、「決して逃がすなよ」と念押しされ、見張りがひとり追加されたのだ。見張りがひとりだけだったら、どうにか牢の中に誘い込むなどして対処ができたかもしれないが、二人ではそうもいかない。

 クスリでもやっているのか、見張りに増員された男は数分前から虚ろな目を牢の中に向け、ぼうっとしているようだが、異常があれば反応くらいはするだろう。これでは身動きが取れない。

「あ~、もう我慢できねぇ」

 虚ろな顔の男が、ぼそりと呟いた。

 なんだ、と元々見張っていた男が見ると、虚ろ顔の男は股間を腫らせていた。

「あんな拘束されてるいいケツ見せられて、我慢できるかってんだ」

「あ、おい――」

 見張りが止める間もなく、虚ろ顔の男は鍵束を掴んでレオンの隣の牢を解錠し、鍵を放り捨てる。そして、牢の中に飛び込んで、拘束されて動けない体に向かって駆け出した。

「あ、あぶ~!!」

 そして、牢の中のエイブラハムが、虚ろ顔の男に抱きしめられた。手足が拘束されて身動き取れない状態のエイブラハムの腰に、男の張りつめた股間が押し付けられ、荒い呼吸と共に上下に動く。

「あ~挿れてぇ~、ケツに突っ込んで、汚れたやつを口できれいにさせてぇ~」

「あぶ~!あぶ~!」

 「助けてぇ~」と声を上げるエイブラハムだが、生憎とレオンもフィオナも拘束されているし、もうひとりの見張りは「変なモン見せんなよ」と視線を逸らし、誰も助けてはくれない。

 そうこうしているうちに、虚ろ顔はベルトを外そうとしている。

「あぶ、あぶ、あぶ~!!」

 もうエイブラハムは気が気でない。

 一方で、レオンとフィオナは頷き合い、「チャンスだ」と行動を起こす。

「おい、お前」

 端の牢から視線を逸らしていた見張りはすぐにフィオナが呼んでいることに反応する。

「なんだ、大人しくしてろ」

「頼みがあるんだ…」

 フィオナは顔を赤くしながら、

「この振動で、もう我慢できなくなった…」

 太ももを擦り合わせ、懇願する。

 見張りはすぐにトイレに行かせてくれという意図だと察した。

「ダメだ。親分から絶対にお前らを出すなと言われてる。そのまましろ」

「そんな……、このままなんて、びしょ濡れになって、気持ち悪くて……」

 フィオナは小刻みに震えながら、唇をキュっと引き結ぶ。その様子に、見張りは喉を鳴らした。

「なら、せめて脱がせてくれ」

 フィオナは見張りの様子を確認しながら、身をくねらせて言う。

「このまま拘束されたままでいい…、せめて、汚れないように下を脱がせてくれないか…、頼む…」

 上気した顔で、涙を滲ませる。

 見張りはもう一度、ごくりと喉を鳴らした。

 必死にその行動が可能かどうかを考える。

 親分――コンスタンチンに怒られないか?――否、別に犯すわけじゃない。

 逃げられないか?――否、仮に足枷まで外したとして、手枷がまだある。

 自分に危険はないか?――否、こんな華奢に見える拘束された女に何ができるというのか。

 それは、リスクを考えるというより、正当性を捻り出すといった方が正しいかもしれない。

 フィオナは美しい。

 切れ長の二重と長い睫毛。鼻筋は通り、長くてサラサラの黒髪の一部が赤く染まる頬に汗で張り付いている状態で息を荒くしている様は、とても嗜虐心をそそられる。スタイルだっていい。支給品のシャツはきれいにバストの形を浮き出しているし、くびれから臀部にかけての曲線も美しい。脚もすらりとしているし、文句のつけようがない。

 そんな女が、目の前で懇願している。「服を脱がせてほしい」と。

 見張りはすぐに動いた。

 虚ろ顔の男が投げ捨てた鍵束を拾い、牢の鍵を開けようとする。慌てているのか、四苦八苦しながらも、どうにか解錠して牢の中へ入る。

 フィオナは変わらずに震え続け、太ももを擦り合わせ、腰を引く。

「待ってろよ、今すっきりさせてやるからな…」

 鼻息荒く、男はフィオナに近づいて、屈む。小水で服を汚さないためには足から引き抜く必要があるが、ナイフで裂いてしまえばその必要はない。だが生憎とナイフはさっきまで自分が座っていた椅子の隣、テーブルの上に置いてきてしまった。

 取りに戻ろうかと考え、しかし男は思いつく。

 事後に濡れた脚を、股間を拭いてやり、下着を履き直させる。そうすれば、また同じように催したときに脱がせて……。

 男は迷わずフィオナの足枷を外した。すぐにベルトも外し、ズボンが緩んだことでウエストの白さがちらりと見える。

 続いてズボンのフックを外し、ファスナーを下す。

 ズボンとショーツの両脇に指をかけると、フィオナは腰を引く。

 男のニヤつきが大きくなる。羞恥する女の服を脱がしている興奮が、女日照りが続いていた男の股間を膨張させ、ビクビクと布地を押し上げる。

 かけた指をゆっくりと下に。股関節のラインが現れ、白い肌が露わになっていく。

更に下へ下へと動かしていくと、やがて――

「ごぶっ」

 男が、息を詰まらせた。

 隣の牢に繋がれたレオンは一部始終を確認している。男がフィオナの下半身に意識を集中している最中、フィオナは引いていた腰の勢いで、ブランコのように体を振り、足を振り上げる。そのまま両脚で男の顔を挟み込み、顔面を――鼻と口を塞ぎ、呼吸を奪う。当然男は暴れ出すが、フィオナは膝を曲げて男の両腕に絡ませ、抵抗を許さない。男が助かるには立ち上がることでフィオナの体勢を崩すことだが、フィオナは肩と腰でスナップを利かせ、更に腰と股関節の捻りを組み合わせることで、ゴキリと男の首をへし折った。

 フィオナの股間と太ももから解放された男は、牢の中でバタリと倒れる。フィオナは男の傍に落ちた鍵束を足の指でつまみ上げ、器用にスナップを利かせて手錠がされている手まで放り上げると、どうにか解錠し、久方ぶりに腕を下すことができた。

 虚ろ顔の男はエイブラハムに夢中でまだ気づいていない。

 フィオナはすぐに牢から飛び出すと、テーブルの上のナイフを掴み、シースから引き抜き、尻を丸出しにされ、男の怒張が尻の割れ目に当てがわれているエイブラハムが繋がれている牢へ飛び込む。

 そこで、やっと男が首だけで振り返った。

 だが、遅い。

 フィオナはナイフを横向きに構え、男の背中へ突き立てた。叫び声が上がりそうになったので、ナイフを放し、その柄を蹴り込んだ。

 ナイフが更に奥に刺さり、心臓に到達し、蹴られた勢いで男の顔面が壁に激突し、牢の床に倒れる。男の体はビクビクと痙攣しているが、まず助かるまい。牢の壁には刺されたショックで射精された体液がだらだらと床に流れており、フィオナはエイブラハムの拘束&尻丸出し状態も相まって、すぐに牢から出て、先にレオンを解放する。

 こうして、どうにかレオンたち3人は牢から抜け出すことに成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る