第10話 強襲開始

 21時55分、AAA拠点より南西10キロ地点――

『CPよりストレンジ0、無線封鎖解除を確認されたし』

「ストレンジ0よりCP、受信状況良好グリーン無人機ドローンからの全通信状況、規定範囲内」

 森林を、6機の人型兵器が疾走している。

「こちら03、良好だ」

「04、問題ない。敵陣は目の前だ。速度を上げるぜ」

 先頭は近接装備のみを持つライトニングミーレス〝ナイト〟。

「こちらストレンジ8でござる。まだ敵は見えないでござるな」

 それに続くのは鎧武者を彷彿とさせるクラッシャー級ガーディアン〝姫鶴一文字〟。

「ストレンジ9、感度良好です。巨大砲が撃てれていないということは、作戦は順調のようですね」

 中央には移動手段を走行から翼を広げての低空飛行へ切り替えた青龍を象るスーパー級ガーディアン〝青龍王〟。

「ストレンジ7だ、聞こえてる。みんな、AL粒子干渉場が切れてるんだ。砲撃はいつ来てもおかしくないぞ」

 最後尾には、ジャミング効果のあるAL粒子の散布を停止させた白亜のオーバーロード級〝クロスエンド〟。

「ストレンジ0よりオールストレンジャー。対空警戒を厳に。接敵するまでは大口径砲に注意!」

 〝クロスエンド〟の隣には、10.5メートルの地球製第三世代人型兵器〝アルフェラッツ〟が重装備で疾走している。

 〝アルフェラッツ〟の両肩には2つの直方体――6連装短距離対空ミサイルポッドが懸架され、右腕に40ミリアサルトライフル、背部には上下に2本ずつ折り畳まれた砲身を持つ砲撃ユニットを装備している。これは〝エクサクトレイダー〟と呼ばれる換装武装のひとつで、〝アルフェラッツ〟に高い砲撃能力を持たせることができる。その代償に機動力と運動性能が落ちているが、龍斗はそれを理解した上でこの〝アルフェラッツ・エクサクト〟で出撃していた。


 5時間30分前――

 作戦卓に映し出されたAAA拠点周辺地図を前に、龍斗は語り始める。

「敵拠点は標高こそ100メートルもありませんが、周囲10キロにわたって、なだらかな丘のような地形になっています」

 リンケージやフオト少佐、ボートフェルトが卓を見下ろし、地形を確認する。

「拠点に向かう道は、この一本道のみです」

 龍斗はリンケージたちの反応を確認しながら説明を続ける。

 拠点から南に伸びている幅10メートル程度の未舗装道路は2キロほど続き、直径1キロほどの円形道路を経て、再びやや西に流れながら道路が南下している。道路以外は密集した樹木の森林になっており、20メートル前後の樹木による壁のようだ。

「陸路ではこの道を通るしかないが、いい的になるな」

 アンディが地形を睨みながら唸る。

「道にこだわらなくたっていいだろ」

 対して、銀河は当然のことのように言う。

「森を突っ切ればいいだろ。邪魔なら薙ぎ倒して進めばいい」

 ジョーも同じことを考えているようだったが、フランクは「俺が敵なら」と話し始める。

「森の中にブービートラップを仕掛けるぞ。センサーをつけて侵入検知や、地雷やら無人銃座なんかをいくつか仕掛けて道路側へ追いやるよう仕向ける」

「森の中なんて、網羅できるだけのトラップを用意はできないだろ?」

「全部仕掛ける必要はない。『罠があるかもしれない』と思わせるだけでいい」

「それこそ、ガーディアンに致命傷を与えるトラップなんて…」

「それだけではありません」

 ケイゴが加わった。

「生の樹に対して薙ぎ払うように進むのは、たとえ20メートルクラスのガーディアンでも困難です。しなりが強いので、逆にこちらの動きが大きく制限されて狙い撃ちになります。大口径砲だけでなく、その他の迎撃手段もあるかもしれませんし」

 初日のクラスターミサイルの例もある。他にミサイル発射陣地がないとも限らない。上空へ逃れることは、更なる攻撃の呼び水となる可能性が高い。

 各人の解説に感謝しつつ、龍斗は説明を再開する。

「そういった事情もあり、偵察映像からも、拠点外の警戒部隊は道路上に出てきています。歩兵はともかく、敵機動兵器の進路は限られる。こちらの侵攻経路だけでなく、敵からしても迎撃地点が限られるわけです。つまり、いかに接近できるか。そこがキーです」

 あまりに近づかれすぎると、大口径砲台は役に立たない。兵器としての限界と、友軍まで巻き込むかもしれないリスクがあるからだ。

「なら、俺の〝クロスエンド〟のAL粒子干渉場で戦場全体をジャミングすれば――」

「いや、銀河君にはあくまで限定的な展開をお願いしたい。人質がいる場合の拠点襲撃はスピードが命だ。進行速度だけでなく、敵が『自分たちが不利』だと思う時間も含めてね」

 人質を殺すという強迫に出られると、行動が一気に制限される。今回の場合、敵は圧倒的に自分たちの戦力が上だと思っている。もし最初から彼らの『目』を潰しては、敵からの奇襲だと思われ、近づく前から警戒レベルが跳ね上がってしまう。人質を盾にするという選択肢も上がってくるだろう。

 どちらにしろなだらかな丘の上にある拠点だ。ある程度近づけば目視で発見される。ならば『目を潰す』のではなく『視覚を限定させる』、緑内障のような状態にして、攻撃されていると自覚してから追い詰められていると自覚するまでの時間を長くする必要がある。

「最小展開のジャミングはここで解除」

 龍斗が指さしたのは、拠点から10キロほど離れた道路付近だ。その周囲は大小の丘とより大きく成長している樹木によって、唯一の拠点への進入路に見えた。

「敵だって馬鹿じゃない。ここを押さえるために部隊や罠の配置だってするはずだが」

 フランクの指摘に、龍斗は頷く。

「もちろんです。しかし、ここは唯一外界と拠点を繋ぐ陸路です。大規模な、例えば地雷のように無差別破壊のトラップは可能性が低い。偵察で敵部隊が確認できていない以上、配置がないか、もしくはすぐ森に隠れられるだけの小規模部隊のはずです。ならば、隠密状態で攻められる僕たちで奇襲・殲滅が可能になる。そうなれば、後は如何に迅速に本丸に辿り着くかの問題になる」

「あの砲はどうする?」

「〝アルフェラッツ・エクサクト〟には〝メテオリート〟――4門のレールガンが装備されています。10キロ地点より先に進めば、どうにか射線が取れる。ジャミング終了と同時に展開し、偵察によって把握した座標に向けて斉射します。砲自体が自走可能で動き回られたら外してしまいますが、発射準備に入った際、例えば砲身の迎角を変更する際など、動きが出れば、捉えられるはずです。その為にも、偵察用の無人機を飛ばす必要があります」

 横須賀からの補給物資の中にあった3メートルほどの無人偵察機のことを、龍斗は言っていた。

「その通信の確保のためにも、戦闘中はジャミングを避けたい。いいね?」

 銀河に向けて確認すると、「わかった」と意図を理解した銀河は頷いた。技術上の問題で、本来味方間では通信・索敵が可能なはずのAL粒子干渉場が、友軍の偵察機やハルクレイダーにも干渉してしまうための対応だった。

 最後にフランクが確認する。

「つまり、陸路でこっそり近づいて、10キロで突撃。一撃喰らえば地形ごと消し飛ぶ砲はあんたの狙撃の腕にかかってるってわけだな」

 言外に「信用していいのか」または「俺たちの命はお前にかかっている」と言われている龍斗は努めて朗らかに言う。

「初の実戦で、僕は〝メテオリート〟の射撃で〝ハイドラ〟を墜としています。慣れたものですよ」

 龍斗は3年前の横須賀基地を巻き込んだ、自分の初陣を思い出す。

 あの時の敵機との距離は7キロ程度であったことと〝エクサクト〟の使用が二回目である事は、不安にさせるとわかっていたので黙っておいた。


『CPよりストレンジ0、敵陣に動きなし。進軍を継続せよ』

00マルマルよりCP、了解コピー

 リィルからの報告に、龍斗は順調だと思いながら進撃する。

「00よりストレンジジャー全機、時間との勝負だ。突撃……開始!」

 リンケージたちが「おう!」「了解!」と口々に応じ、全力で駆け出す。

 自然と2機の〝ナイト〟が突出する形になる。

『CPより全機、12時方向6キロから哨戒部隊が南下中。第二世代HR〝カシオペア〟6、強化外骨格〝グレンデル〟装備の機械化歩兵10。更に拠点より複数輌の戦車(MBT)が出撃中、確認できるだけでも4輌』

 哨戒部隊は当然としても、拠点の動きが早すぎる。龍斗はすぐに大口径砲撃破に動く。

「00よりCP、これより目標Gゴルフ座標に対して攻撃を開始する」

 手筈通り、龍斗はG目標――大口径砲破壊のために跳躍する。

「全砲身展開。……完了。コンデンサー電荷良好」

 龍斗はヘッドレスト脇から迫り出したターゲットスコープを覗く。

 JA02-200R〝メテオリート〟電磁加速砲システムはハルクレイダーの中で最大の火力を持つ兵器である。4本の砲身が繋がったバックパックは給弾装置と電源ユニット、それを保護する強固な隔壁で構成されている。20メガワットの発電能力を持つ、〝アルフェラッツ〟に搭載されているよりも大型の分子反応炉モレキュールリアクターからコンデンサーへ随時蓄電され、その大電力を解放することで秒速8キロの初速で砲弾を射出することができる。砲身内部に蓄積されるプラズマや冷却の関係で従来砲のように連射はできないが、それを補うために4砲身構造になっている。

 敵砲は口径600ミリ以上で、その分構造強度も高いはずだが、この電磁加速砲が直撃すれば、間違いなく無力化できるはずだ。

 射撃目標地点は座標入力済みで、ほとんど機械がやってくれる。

 すぐに照準された。微妙に散らした4砲身の一斉射撃。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン――――――――!!

 とても砲撃とは思えない甲高い音と、衝撃波が周囲を震わせる。

「CP!G目標への射撃を実施した。効果確認せよ!」

 着地を待たずに聞こえてくる着弾音。そしてすぐにCPであるリィルに確認する。

『煙で確認できない。効果観測には時間が必要です』

「00了解。このまま前進する。敵砲の動きに警戒を」

 龍斗はすぐに〝メテオリート〟の砲身を畳み、〝アルフェラッツ〟を疾走させる。

 銀河たちとはすでに1キロ以上の距離が開いていた。

(後衛ポジションとしては問題ない。あとは大口径砲の場所さえ――)

 そのとき、通信回線に突如声が届く。

『応援に来たぞ』

 それは、龍斗の更に後方からだった。

 ついさっき自分たちが通過した10キロ地点を、2輌の戦車が通過し、それを追い越す攻撃ヘリ2機。よく見ると戦車の後方には兵員輸送車が1輌あり、後部ハッチから10人ほどの歩兵が飛び出だしていた。

 呼びかけの主はフオト少佐だった。ヘルメットを被り、戦車の中で指揮を執っているようだ。通信は全周波数帯で行われている。AAA側にも、この増援の到着が伝わっていることだろう。

 だが、フオト少佐が応援に来るなど聞いていない。驚いたのはリンケージたちも同じだ。

「どうして…」

『君たちのような強者がここに来ているまさに今が、この情勢を決定づける分水嶺になるかもしれないからね。黙っていられなかったのさ』

 フオト少佐は歩兵を展開し、森の中を経由して前進させる。道路上を戦車2輌と20ミリ機関砲を持つ兵員輸送車が進み、上空はヘリが進んでいる。

『CPよりストレンジ0、G目標は健在。先刻座標より500メートル移動している模様。繰り返す、G目標は健在』

 フオト少佐の到着に驚く間にリィルから報告が上がる。想定通り、大口径砲は輸送ないし自走が可能のようだ。定期的に場所を移動させているのか。もしくは擬装が剥がれた時に警戒して移動させたのか。

 この戦場にいる全員が、木々の間から砲身がゆっくりとせり上がる様子を見た。

「00よりCP、こちらでも目視した。再度攻撃を仕掛ける」

 リィルの返答を待たずに、龍斗は〝メテオリート〟の砲身を展開し、射撃体勢に入った。

『我々も続くぞ。手筈通りやれ』

 フオト少佐は龍斗の動きに対応するように増援部隊に指示を出す。

 龍斗は機体の脚を止め、照準に集中した。今回は目標が目視できる。4門の照準は2メートルおきに設定する。

 龍斗がトリガースイッチに指をかける。

『撃てぇ!』

 同時にフオト少佐の号令が入る。

 そして――

 ドォォォンという轟音に一瞬遅れ、砲弾が着弾する。

『命中、確認』

 フオト少佐の部下だろうか。別の男が命中の声を上げた。

 〝アルフェラッツ〟が、前のめりに倒れた。

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