第9話 フィオナ
「起きているか」
牢の中で、レオンはフィオナに声をかけた。
「なんだ、無駄話なら付き合わんぞ。体力の無駄だ」
フィオナは疲れを滲ませながらも答えた。
「時間はありそうだ。世間話くらいは付き合ってもいいだろう」
「状況の打開に頭を使うんじゃないのか」
「気分転換だ。考えに詰まった時は思考を切り替えた方がいい」
「……好きにしろ」
牢の前には見張りの男がサブマシンガンをスリングで下げ、椅子に座っている。しかし、あまりにもやることがなくて暇なのか、船を漕いでいる。小声で話している分には大丈夫だろう。
「姫、と呼ばれていたが、あれはただの蔑称か。それとも、本当にどこかの姫様なのか」
昨日のミネバやコンスタンチンの会話を思い出しながら、レオンはがねる。
フィオナは暫く黙っていたが、躊躇いながらも答えた。
「イグドラシル主要三国のひとつ、ミーミル王国第二王女、フィオナ・フェルグランド・クラウンだ」
「イグドラシルの人間で、しかも王族か…。なぜパイロットをやっている?」
「イグドラシルが……、ウルズがなぜ地球に侵攻したか知っているか?」
質問に質問で返されたが、レオンは文句を言わず、説明に必要な工程として受け入れた。
「開戦理由はイグドラシルで地球人が殺されたことと聞いた。だが、その口ぶりではそうではないということか」
「開戦理由はどうでもいい。問題は、ウルズが地球に『あるもの』があると気づいたことだ」
レオンは無言で説明を促す。
「八天神具第一位、エクスカリバー――正確には、その鞘だ」
「随分胡散臭い話になったな。騎士道物語か?」
「冗談ではない。八天神具はウルズの国宝、騎士のみが使用を許される、一騎当千の力を与える武具だ」
「八天神具……。ランスロットという男が乗っていた、あの青いハルクキャスターか」
「アロンダイトか。だが、正確には八天神具は武装だ。背中に剣が装備されていただろう。騎士のハルクキャスターは八天神具を運用するために造られた機体であり、武装のために造られた機体だ」
「で、その第一位とやらの一部が地球にあるとわかってわざと戦争を起こしたというのか」
「そういうことだ。過去の事故で次元転移したとされる第一位の鞘、あれをウルズが手に入れるということは、絶対的な戦略兵器を持つことに等しい」
いち武装が戦局を左右するなど、大言壮語としか言いようがない。しかし、フィオナの語り口は冗談ではなく、危機を前にした焦燥を感じさせる。
「わたしはその話を聞きつけ、イグドラシル連合に参加した。駐留軍司令官に一騎当千の生きた軍神――ウルズ騎士がいる以上、士気高揚のために参加している姫様、と油断させるという狙いも含め、魔法適正が国内でもトップクラスのわたしが出向いた。かなり反対されたがな」
それはそうだろうとレオンは思った。彼女の言う通り、一国の王族が軍に参加など、プロパガンダや慰問くらいにしか思わない。
「だが、現地の司令官コンスタンチンに気付かれた。実地試験に持ち込んだ我がミーミル王国の第四世代試作機〝ベラトリクス〟で脱出したが、追撃部隊に撃墜された。奇跡的に機体と共に流れ着いたのが――横須賀だ」
フィオナは思い出に浸るように、懐かしさを感じながら語った。
海岸で龍斗に発見され、しばらく奇妙な同居生活が続いた。やがて横須賀が戦場になり、〝ベラトリクス〟を横須賀で修理・回収した『第三世代ハルクレイダー・アルフェラッツ』に乗って、フィオナと龍斗は戦闘を行い、勝利を収めた。フィオナは技術協力という形でMUFに協力する。MUFでは憎むべき敵兵として、イグドラシルからは裏切り者として、葛藤と共に戦い、やがてオーストラリア奪還作戦――オペレーション・シャングリラに参加することになる。その戦闘で、指揮官である騎士コンスタンチンを撃墜し、戦争を終結させるために
結果的に、この戦争を終わらせることには成功した。
しかし、この話を聞いていたレオンは数日前のランスロットの言葉を思い出す。
――「我々ウルズはこれ以上の地球侵攻による戦略的価値を見出してはいない」
ウルズが欲していた『エクスカリバーの鞘』が地球侵攻の目的ならば、つまりウルズは目的を既に果たしているということになる。
恐らくフィオナもそれに気づいている。元々の人間関係も関わってはいるのだろうが、ランスロットに対する刺々しい、信用ならないと言わんばかりの態度は、ウルズが既に『鞘』を手にしているからではないのか。
レオンはそう考えた。
「あのコンスタンチンという男、そこまで強いのか」
哄笑を上げる筋肉質なハゲ。そんなコンスタンチンを、フィオナはかなりの強者のように語っていたが、レオンの印象はそこまでではない。むしろ、隣にいたミネバという女の方が余程危険に見えた。
「わたしもコンスタンチン個人の強さは知らん。だが、やつの八天神具搭載機〝ラブリュスツヴァイト〟を舐めてかかるな。八天神具第五位〝ラブリュス〟。特性は〝憤怒〟。使用者のテンションがそのまま機体出力に直結する。あいつの興奮はそのまま機体の強化になるということだ」
「なんだそれは?」
「八天神具はそれぞれ特定の位階と特性を持つ。魔法の延長線上のものもあれば、なぜその現象が起きているのかわからないものまで様々にな」
さっき話に出たエクスカリバーほどではないが、規格外だということか。
「〝ラブリュスツヴァイト〟は装甲防御力がかなり高い上に、機体出力がアクチュエータにかなり割り振られている。一番まずいのは近接戦で組み付かれることだな。記録では、5千キロワットまでの出力が確認されたそうだ。お前の機体、引き千切られるぞ」
「あのミネバという女は?」
「ミネバ・ヘルマン。駐留軍の中では有名人だ。『殺戮人』なんて呼ばれている」
「戦闘行動を『殺戮』に見立てているのか?」
「それだけではない。あの女は前線で怖気づいた友軍機をその場で両断し、見せしめにする。機体の手足をもいでから、コックピットをじわじわと攻め立てる。投降した敵兵を、生身の人間を轢き潰す。それが、ミネバという女が立った戦場の跡だ」
戦争中毒・戦闘狂・快楽殺人――言い方は様々だが、歪んだ人間であることだけはわかる。
ここから出ることが第一だが、機体を取り戻して脱出すればいいという単純な話になりそうにない。ハルクキャスターとの戦闘は不可避であり、もう一度、ニューカスルで戦ったハルクキャスター――〝ロードナイト〟のディスプレイ表示名とこれまで聞いた命名則からすると〝ノートゥングツヴァイト〟という名の機体――と戦うのと同じ、いや、それ以上の覚悟が必要になる。
(理想はアンディたちがここを見つけて攻撃するタイミングで脱出し、合流するべきか)
ガーディアンによる襲撃が先か、自分たちに命の危機が訪れるのが先か。
そう思った矢先――
最初は気のせいかと思った。フィオナが顔を上げ、エイブラハムが「あぶ?」と何かを感じ取る。
体が小刻みに震える。
いや、違う。体だけでなく、外壁がビリビリと震え、やがてドォォン、ゴォォンと爆発音と振動が伝わってくる。
(来たか…!)
牢の中の三人は、仲間の到着を確信した。
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