第8話 コンスタンチン

 蝋燭のオレンジと小さな電球に照らされる薄暗い部屋の中で、レオン・ホワイトは目を覚ました。鉄格子に囲まれた部屋は、幅3メートル・奥行き4メートルほどの、いわゆる牢屋であり、見上げれば自分の両手首を固定され、天井から鎖でつながれているのがわかる。

 隣を見ると、鉄格子越しに長い黒髪の女が天井から伸びる鎖で同じように拘束されているのがわかる。

 隣の女――フィオナ・フェルグランドと目が合った。

「目が覚めたか」

「ああ――っぅ!」

 声を出すと、腹が鈍い痛みを訴えてきた。

 上着を脱がされ、上はシャツ一枚で、足が冷たいと思ったら、ブーツが脱がされて裸足になっていて、鎖に繋がった足枷までされている。口にも違和感がある。恐らく腫れている。口の中が切れているのも錆のような味でわかる。

「あぶ……」

 フィオナとは反対側の牢には、エイブラハムが酷く傷だらけの顔面でレオン同様の恰好をしている。

 この状況で、レオンは自分がここにいる理由を思い出した。

(あいつら、殴りすぎだ)

 ここに連れてこられ、ただひたすらに殴られた。しかもそれは尋問ではない。何をいわれるでもなく、ただただ殴られ続けた。『道具』を使われなかったのがせめてもの救いか。

「どれだけ経っている?」

「お前が気を失ってから2時間くらいだ」

 フィオナの答に、レオンはうまく回らなくなっている頭で考える。

(拉致から6時間、といったところか……)

 機体ごとハルクキャスターに拉致され、連れてこられた場所は森林に擬装した拠点だった。覚えている限りでは、顔面に角があるグレーのハルクキャスターの他、第二世代ハルクレイダーと思しき寸胴の機体が7~8機。3メートルくらいの大きさの、重砲を装備している強化外骨格と思しきものや数輌の戦車か自走砲も見えた。間違いなく、自分たちが追っているAAA部隊だった。

「アブ、無事か」

 傷だらけなのはわかっていたが、骨折などの運動に支障がないかの意をもって尋ねると、弱弱しいながらも「あぶ~」と問題ない旨の返事をされた。

「フィオナ・フェルグランド、お前は」

「腹に一発入れられただけだ。お前たちに比べれば丁重に扱われている。それよりも……」

 フィオナは一度口ごもりながら、レオンから視線を逸らす。

「わたしのミスだ。おまけに足手まといになった。少なくとも、わたしがいなければお前たち、少なくとも一方は逃げられたかもしれん」

「殊勝だな。だが、今は状況の打開に頭を使え。たらればの話など、するだけ無駄だ」

「あぶ~」

「そうだな。今は――」

「意外と元気そうじゃないか、お前ら」

 牢の外から数人が入ってきた。

 一人は180センチはありそうな大柄な女だ。クセのある赤髪で、鼻から頬にかけて大きな傷があり、嗜虐的な笑みを浮かべている。体に張り付くタンクトップは胸元を隠すだけの薄着だが、露出した手足は男と見間違うほどに屈強で、その胸も乳房ではなく胸筋ではないかと疑ってしまう。髪のせいもあり、女でありながら雄ライオンのような印象だ。

「ミネバ・ヘルマン……。なるほど、あの赤い〝ハルバード〟はお前か」

 フィオナが女の顔を見て呟くと、女は更に口角を上げた。

「久しぶりだねぇ、ミーミルのお姫サマ。まだ軍隊ごっこをしてるとは懲りないねぇ」

「まぁそう言うな」

 ミネバの後ろから、更に巨大な男が現れた。

「お陰で、あのくそ生意気なフィオナさまに会えたんだからよぉ」

 太い体は一見中年のそれに見えるが、190センチ近い体格は全身が筋肉の塊であることをフィオナは知っている。中央が禿げ上がり、側頭部の髪を逆立てている脂ぎった顔面の中年男性で、その眼はフィオナを見てギラついている。

「コンスタンチン……もしやとは思っていたが、やはり生きていたか……」

「死にかけてたさ。痛かったぜぇ、お前らに腹ァ貫かれた時はよぉ」

 コンスタンチンと呼ばれた男はシャツをめくって腹を見せると、20センチはある横向きの裂傷痕が現れた。まるで旧時代の手術痕のようだ。

「だが、それもケガの功名ってもんだ。おかげで俺は王になれた」

 満足げに話すコンスタンチンに、フィオナは精いっぱいの皮肉顔を作って言う。

「下らんな。こんなテロリストの、お山の大将で満足する器とは。アーサーが聞いたら呆れを通り越して笑うぞ、元騎士・コンスタンチン」

「あのガキのことは口にするんじゃねぇ。俺はどこぞの騎士のように陛下陛下と媚び売るなんて真っ平だ。だが、ここにいりゃぁ好き放題だ。ウルズではどうせ死んだことになってんだろう?誰に咎められることなく、好きな時に食い、好きな時に眠り、好きな時に女を選んで犯す。気に喰わなければラブリュスで叩き潰す。誰も俺に逆らえねぇ。ここは俺の国だ。デカイ国で政治なんか興味はねぇ。俺は地方豪族として勝手気ままに欲望を吐き出すだけだ」

「クズが…!」

 フィオナの蔑みも気にせず、コンスタンチンは嗤う。

「姫さんよぉ、俺はず~っとお前を犯したかったんだ。そのきっつい目で俺を拒絶しながらも、最後は屈服させられて為すがままにヤられちまうんだよ。あん時のクソガキとはもうヤったのか?それともまだ処女か?俺はどっちでもいいぜ。あのガキを思い浮かべながら悔しそうにする姿も、股から血ィ流して許しを乞う姿、どっちも見てみたいからなぁ」

 舌なめずりしながら、コンスタンチンの視線はフィオナの足元から腰回り、そして胸から顔へと無遠慮に、撫で回すように視姦する。

「だが安心しな、俺はこれから4人目のフランス女を愉しむ予定だ。明日じっくり精子貯めてから、夜にてめぇに注いでやるよ。楽しみに待ってるんだな」

 大笑いしながら、コンスタンチンは出ていった。

 ミネバを含めた取り巻きも、後を追うように去っていく。

 最後には痩せた男がひとり残った。恐らく見張りだろう。

 長い夜が、始まった。



 翌日の夕方、リンケージたちと龍斗は再び執務室に集まって本日の成果を報告し合った。

「すまないが、敵陣を絞り込むまでには至っていない」

 最初はフオト少佐からの芳しくない情報からだった。

「候補地は4か所あるが、どこも離れている。物流を追うには1日では厳しいな」

「そうですね……」

 妥当な結果だと、龍斗は思った。

「拙者も成果ゼロでござる」

 続いてはコウイチと共に基地周囲を探っていたジョーが報告する。

「周囲2キロくらいまで探ったでござるが、人がいた形跡などは発見できなかったでござる。一日中走り回ったので脚が棒でござるよ」

「そうですか……」

 先ほどのフオト少佐の時とは違い、龍斗は何か考えながら相槌を打つ。

「俺らは成果があったぜ」

 鼻息荒く話すのは、アンディとフランクだ。

「ここから5キロ先の路上に途切れたタイヤ痕があった。6つな」

 2機のライトニング級と四駆のことだと全員が連想した。それと同時に、そんな目と鼻の先で行われた襲撃に驚く。

「恐らくそこが襲撃地点だ。森の中に横転した四駆があったし、戦闘の痕跡もあったんで、周囲を慎重に調べてみたところ……」

 フランクが透明な袋を取り出す。そこに入っていたのは吐き出されたガムだった。

「ガム……?」

「――の中に、あったのがこいつだ」

 更に取り出したのは、ボタン電池のような形状の何かだ。

「〝ロードナイト〟のALTIMAを追うための、発信機みたいなものだ。途中で信号が途切れちまってるが、ある程度の方向と20キロ以上先ということがわかった」

 この情報単独だと決定打に欠けるが、候補地がある程度絞られているならば、重大な情報になる。

 周囲の地図を作戦卓に表示させ、フオト少佐が示した敵拠点候補と照らし合わせると、

「ここか、もしくはここか……」

 候補地が2か所に絞られた。

「いや、ここだ」

 そこへ、日に焼けた腕が1か所を指さした。

 上空偵察を行ってきたボートフェルトだ。

「これを見てくれ」

 地図の上に、航空写真が映し出された。木々に紛れていてわかりにくいが、長い砲身の固定砲台に見える。

「たまたま強風か何かで擬装が甘くなったんだろう。この直後、複数の〝カシオペア〟が再擬装に出てきている」

 もう一枚表示された写真には、ずんぐりむっくりの人型機がシートや樹木の枝を砲の上に被せる様子が映っている。

「場所は絞られたってわけだな」

「ですが、喜んでばかりもいられません」

 掌に拳を打ち付けてやる気を出す銀河に、ケイゴは警告を出す。

「どういうことだよ」

「この砲の大きさを見てください」

 改めて写真に視線を注ぐ。

 ハルクレイダー4機がかりで擬装に取り掛かっている写真から、その大きさを推察すると、

「50メートルくらいあるんじゃないか!?」

「推定で600ミリ、もしくはそれ以上だ」

 ボートフェルトが告げると、その場の、特に軍事関係者が驚愕した。

「それってどれくらいなんだ?」

 銀河をはじめケイゴやジョーたちが尋ねると、龍斗は自分の記憶を探りながら説明する。

「現代の標準的な戦車砲が140ミリ。20世紀最大の戦艦の主砲が46センチ。僕が知る限り最大の地上砲は第二次大戦中のドイツ軍が製造した80センチ列車砲だ。最大射程は約50キロで、初速は秒速7、800メートルのはず」

「もし当たったらどうなるんだよ?」

「着弾点ごと消し飛ぶに決まってる。防御なんて無意味だ。この前のクラスターがかわいく思えるくらいさ」

 ケイゴは〝青龍王〟なら耐えられるか考えたが、それを考えることを止めた。いかに受けるかを考えるのではなく、いかに当たらないかを考えるべきだと判断した。

 全員が言葉を詰まらせる中、龍斗告げる。

「今夜、出発します」

「おいおい、あの巨砲はどうすんだよ」

 フランクが(推定)600ミリ砲について詰め寄るが、龍斗は意に介さない。

「ここから輸送機で飛べば空挺降下エアボーンで一気に肉薄できる。そうすれば問題はありません」

「すまないが、それはできない」

 それに対し、ボートフェルトは申し訳なさそうに言う。

「燃料が足りない。元々この基地の備蓄は僅かだった。補給の目途が立っていないそうだから、燃料をかき集めても1機が往復できるかどうかも怪しいところだ」

 龍斗がフオト少佐に確認しようとすると、少佐は無言のまま首を振った。

 それでも、龍斗は食い下がらない。

「時間との勝負なんです。状況は時間が経つほど悪くなる。〝アルフェラッツ〟の準備はあと1時間程度で終わる。空路がダメなら、それが終わり次第、陸路で進攻する」

「だから、あの砲は…」

「時間がないんです…!」

 龍斗は作戦卓を叩きながらフランクの言葉を遮り、項垂れる。

「コンスタンチンに捕まったなら、フィオナは間違いなく徹底的に犯された挙句に殺される。昨日の段階でも賭けだった。今夜は更に危険だ。明日になったらもう絶望的だ。女のフィオナでさえこの状態だ。レオンさんたちはもっと危険なんだ」

 声が、震えていた。昨日は理性的に銀河の強行を諫めていた龍斗だったが、いざフィオナの居場所の目星がついた途端、必死に抑え込んでいた理性が吹っ飛んでしまっていた。

「そりゃわかるが、マナミの機体じゃあの砲は避けられねぇ」

「山田さんはここで待機してもらいます」

「コウイチだって機体は――」

「橘さんもここに残ってもらいます」

「おいいい加減に――!」

 フランクは痺れを切らし、

「いいじゃないですか」

 銀河がフランクの言葉を遮った。

「昨日は闇雲に動くしかなかった。でも、今は目的地がある。だったら今動くべきだ」

「だから――」

「勝算が低ければ助けないのかよ」

 銀河はフランクに詰め寄った。

「100%勝てる状態じゃないと動かないのかよ。違うだろ。助けたい奴がいるから、これから乗り込むんだろ。今の俺たちの目的はAAAの拠点を潰すことだけじゃない。レオンさんたちを助けることが今の最優先だろ。なんでレオンさんと一番長くいるはずのフランクさんが救出の延期を主張するんだ!」

「銀河さん……」

「銀河君……」

 ケイゴも、龍斗も、銀河の主張、その余韻に浸っていた。

 昨日から我慢して、やっと動ける。そんな思いも多分にあるはずだ。感情論も大いにある。

 それでも、銀河の言葉にはなぜか心打つものがあった。

「お前の負けだ、フランク」

 アンディが肩を叩く。やがて、フランクは溜息交じりに銀河と龍斗に尋ねる。

「無策とは言わせないぞ」

 龍斗は微かに微笑んだ。

「ひとつ、作戦があります」

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