第7話 誘拐

 格納庫から出たフィオナはキーが刺さったままの四輪駆動車を発見した。近くで煙草を吸っている男に尋ねると、使っても構わないと言われたため、そのまま拝借することにした。

 木々の間に造られた、ボロボロになったアスファルトの道路上を、フィオナは四駆で走る。

 基地を出て10分程だろうか、後方からタイヤが路面を噛む音が複数聞こえてきた。ミラーを確認すると、5、6メートルくらいの人型機が2機、徐々に近づいてきていた。

(あの小型機……)

 たしか中隊長をしているレオンという男と、それに従う3人の男の機体のはずだ。

 レオンの黒い機体〝ロードナイト〟が四駆と並び、エイブラハムの〝ナイト〟が後ろについた。

『371Mメガに合わせろ』

 外部スピーカーからレオンが告げると、フィオナは搭載無線の周波数を設定した。

「何の用だ?」

 チャネルを合わせ、フィオナは不機嫌を隠そうともせずに告げた。

『俺たちは偵察だ。他の機体は目立ちすぎるからな。お前こそ、ひとりで何をしている』

「気分転換だ。何なら偵察に出向いても構わないぞ」

『相模は知っているのか』

「お前は警邏中の警官か」

 レオンの問いに、フィオナははぐらかすように返した。

「遠くには行かないさ」

『この地域の実情は聞いたはずだ。単独行動は控えた方がいい』

「基地からまだ5キロも離れていない。こんな場所で仕掛けるなどありえない」

『まっとうな人間ならな。だが――』

 森が騒めいた。全員がその場に停止し、耳を澄ませる。

 あり得ないと、誰もが思いながらも、『敵』の存在を警戒する。

 ドガァッ――――!!と土砂が舞い、木々が弾けた。

 地面を這うような勢いで飛び出してきたのは、重厚な甲冑を思わせるくすんだ赤い機体と、それよりも軽装に見える緑色の機体だった。どちらも10メートルクラスの人型で、それぞれ槍斧と長剣を持っている。〝ハルバード〟と〝フランベルク〟に違いない。

 同時に、パララララという音と共に四駆に火花が散った。周囲の木々の間から覆面をした男たちが小銃を手にフィオナを狙っていた。

 〝ハルバード〟は槍斧を上段から〝ロードナイト〟へ振り下ろす。対してサイドスカートから逆手で相転移ソードを抜き、突進の勢いも乗っている重い一撃を後退と合わせて受け止めた。

『へぇ、面白いじゃないか。これを受け止めるなんてね』

 外部スピーカーを介して、凶悪そうな女の声が届く。

「AAAに協力するハルクキャスターか!」

『お喋りしてる余裕なんかあるのかいっ!』

 槍斧を大振りに、弾くように振り上げられ、〝ロードナイト〟のバランスが崩れる。近接戦に特化したトゥーレ製ライトニング級である〝ロードナイト〟だが、基本戦術はヒット&アウェイだ。自分よりも大きな敵と力勝負で切り結ぶのは分が悪い。

 弾かれた勢いで後退し、脚部ホイールを使ってどうにか着地。もう一振りの構造相転移ソードを引き抜き、構える。

「アブ、無事か!?」

 レオンがエイブラハムに呼びかけるが、返ってくるのは『あぶ~……』という弱弱しい声だった。

 見れば、〝ナイト〟が〝フランベルク〟に組み伏せられ、四駆はパンクした上完全に6人の小銃を持つ男たちに囲まれていた。

『言わなくてもわかってるだろ、ボウヤ』

 〝ハルバード〟の女から嘲笑うかのように告げられる。

『大人しく拘束されな。さもなくば……』

 〝フランベルク〟の長剣が〝ナイト〟の背にあるコックピットブロック直上に構えられ、小銃を持った男たちが改めて四駆を照準する。

「いいだろう」

 この場で殺さず、人質を取ることを目的にしている。

 1機だけでも敵機を撃墜させる可能性にかけるか、仲間の命か。

 その2つを天秤にかける。

結果、レオンは構造相転移ソードをサイドスカートに収めた。

コックピットルーフがスライドし、レオンが立ち上がる。〝ハルバード〟の頭部センサーを一瞥し、忌々し気にガムを路肩に吐き捨てた。



 その夜、レオンたちが予定時刻になっても帰らないことに、リンケージたちは慌てていた。

「フィオナも戻ってきていません……」

 龍斗もまた、フィオナが昼から戻らないことに焦りを見せていた。

 事故なのか。敵の襲撃を受けたのか。状況はわからない。

 基地の執務室――フオト少佐の許に集まった面々は、ピリピリとした空気の中、ある者は喚き、ある者はどうするべきかわからず黙っている。

「すぐ探しに行こう」

 銀河は踵を返し、部屋から出ようとする。

「拙者も行くでござる」

 ジョーも銀河に続く。

「待って!」

 その2人を、龍斗が呼び止めた。銀河は勢い良く振り返る。

「機体が動かない奴は大人しくしててくれ」

 そして、すぐに出ていこうとする。

 〝アルフェラッツ〟はまだ修理が完了していない。龍斗はその事実に歯噛みするが、自分の弱気を振り払って叫ぶ。

「待てって言ってるだろ!!」

 その剣幕に、銀河の足が止まった。龍斗は普段、どちらかといえば大人しい印象を与える青年だった。フィオナに翻弄される様は、情けないとさえ思える時がある。

「闇雲に動き回って、どうなるっていうんだ!」

 だが、今の様子は違う。震えながらも、強い意志のようなものを感じた。

「レオンもアブも、仲間なんだ」

銀河は一度固まったが、すぐに言い返す。

「気に喰わないこともあるけど、一緒に飛ばされてきた、ここまで一緒に来た仲間だ。それが、消息不明で、もしかしたらヤバイ状況かも、命を脅かされてる状況下もしれないんだ。ウダウダと話してる時間があるなら、探しに行くべきだろ」

 だが、銀河の主張に対し、龍斗は譲らない。

「だがらこそ、状況を正しく把握する必要がある。状況も何もわからないまま焦って探しても、それは動いていたいだけの言い訳だ。何が起こっているのか。どう対応すべきか。その考えを放棄して、何も方針がないまま動いたら、それこそ時間の無駄だ」

「わかる……。わかるけどさ、龍斗さん……。あんただって、フィオナさんが心配じゃないのかよ。よくそんなに落ち着いて――」

「心配でしょうがないよ!すぐに探しに行きたいさ!〝アルフェラッツ〟が動かないことが、冷静にさせているのかもしれないけど、一番怖いのはパニックになって、この広い森林地帯を無駄に彷徨うだけになることだ。だから、状況を知らなければならない」

 龍斗の言葉に、その場が鎮まる。龍斗はその場で全員を見回した。

「まず、今日の昼過ぎ、フィオナは外に出ました。皆さん、他に彼女を見た人は?」

「部下から報告を受けている」

 フオト少佐が記憶を探りながら言う。

「たしか、13時半を回ったころだ。四駆を借りて外に出ていったと」

 それに続き、アンディが喋り始める。

「俺たちは4機で偵察に出ることにしてた。レオンさんはアブと。俺はフランクと。ライトニング級の大きさなら目立たないだろうってことでな。んで、レオンさんが基地から出ていく車輛を見て、フィオナのお嬢ちゃんだってことに気付いて、一応確認してくるって言ってだぜ」

「つまり、3人は一緒にいる可能性があるということですか?」

 ケイゴが全員に確認する。

「可能性は五分五分だけど……。フオト少佐、この基地の対空レーダーに感は?」

 龍斗の問いに、フオト少佐が首を振る。

「事前申告のある民間機くらいだ」

「それは妙だな」

 フランクが疑問を口にする。

「3人の誰とも連絡がないということは、通信できない状況にあるか、その時間さえないまま襲撃されたってことだ。仮に敵襲だったとして、〝ロードナイト〟や〝ナイト〟が逃げられないのはおかしい。レオンさんなら、通信できない状況下なら、絶対に状況を知らせることを選ぶはずだ。地表面三次元機動で陸戦兵器相手に後れを取って逃げられないはずがない。伝令役にレオンさんかアブが帰ってくるか、返り討ちにしているはずだ」

「だが、航空戦力があるなら、逃げられないのも頷けるものの――」

 アンディが補足し、フランクの話を引き継ぐ。

「その航空戦力は確認されていない。だが、ここには深い森と、標高は低いが山もある。低空飛行、それこそ匍匐飛行くらいの芸当ができれば……」

「しかし、そんな高度の航空機ならば、レオン殿が切り伏せそうでござるな」

「つまり、匍匐飛行NOE可能で正面切ってあのレオンと互角以上の戦いができる相手…」

 ジョーと銀河が頭を悩ませながら、答えに近づいていく。

「つまり……」

 龍斗が可能性の中から最も高いものを選び出し、口に出す。

「ハルクキャスター。AAAだ」

 全員の顔が、その可能性に納得し、同時に暗くなった。

「だけど、それがわかったからなんだっていうんだ。襲ってくるなら当然AAAだろうし、余計にやられちまった可能性だって高くなったじゃないか」

 銀河が不安をぶちまける。先ほどよりは事態を把握しつつあるが、状況がよけいに厳しいことを認識しただけのような気もする。

「いえ、むしろハルクキャスターが関わっているなら、フィオナは生きている可能性が高い」

「どういうことでござるか」

 龍斗の確信に近い発言に、ジョーが尋ねる。

「〝ラブリュスツヴァイト〟が確認されていて、ハルクキャスターが動いているということは、間違いなくコンスタンチンが指示していることになる。コンスタンチンならば、『すぐに』フィオナを殺すことはない。でも、悠長にも構えていられない……」

「よくわからんが、レオンさんたちもその場で殺されてさえいなければ、何か現場にメッセージを残してるかもしれないな」

 アンディはいくつもの死線を生き延びてきたレオンがタダで死ぬとは思っていない。

「だとしたら、襲撃場所を探すべきだな」

 フランクも同意する。

「だが、どこを探すっていうんだね」

 フオト少佐がこの広い森林地帯を探し回るのは無茶だと言外に含めるが、

「車輛で動いたということは、襲撃地点は路上のはずでは?」

 ケイゴが思いついたことを口にすると、なるほど、と何人かの相槌が入る。

 龍斗がフオト少佐へ視線を向けた。

「フオト少佐、AAAの拠点の位置はわかりますか?」

「正確な位置は不明だが、いくつか候補はある」

 その答を受けて、龍斗は全員を見回し、個別に指示を出す。

「少佐、物流ルートを追えませんか?相手の所帯は10や20じゃないはずです。武器に限らず、日用品や食料もそれなりの量をまとめて用意する必要があるはずです」

「うむ。調べてみよう」

「アンディさん、フランクさん。襲撃地点を探してください。四駆とはいえ周辺の道には限りがあります。敵襲に警戒しつつ、手掛かりを探してください」

「おう」「任せとけ」

「ケイゴ君たち3人は、ボートフェルト大尉の手伝いを。グローブマスターなら高感度観測が可能なはずだから、大尉に高高度偵察をお願いしておく。画像解析とか、最終的に人手が必要になるはずだし、万一偵察中に輸送機が襲われた時には護衛にもなると思うから」

「はい」「わかりました」「やるぜ!」

「上杉さんと橘さん。基地周辺の調査をお願いします。フィオナたちが襲われたのは、バラバラに動いたのを見計らった可能性がある。近辺に敵が潜んでいて、ここを見張っているかもしれないので、それを探してください。ただし、見つけても深追いはせず、すぐに報告をください」

「承知したでござる」

「銀河君」

「ああ」

「山田さんと〝アルフェラッツ〟の調整を手伝って。機体が組み上がり次第、調整に入る」

「待ってくれ、俺も外に……!」

「君は生身での荒事には向いてないよ。機体はすごく目立つし、ここで手伝いをしてほしい」

 自分の華奢な体を見抜かれ、銀河は渋々了解と告げた。

「今日は充分に休息を取り、明朝0600より各自行動を開始すること」

 龍斗が解散を告げると、全員がドアから出ていく。

 少佐の前で仕切りすぎたかも、と龍斗は今になって気まずくなったが、フオト少佐は気にした様子もなく「MUFの隊長に協力しよう」と言ってくれたため、改めて礼を言って、最後に退室した。

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