第6話 再会した技術者
翌朝、9時30分。
高遠が言った通り、横須賀から補給物資を載せた輸送機が到着した。後部ハッチが開くと、中には多数のコンテナが積まれていた。龍斗は輸送責任者の士官と補給品リストの照会をしていたが、
「りょうとく~ん!」
作業着姿の若い女性士官がリストに目を通している龍斗に抱きついた。
「菜奈ちゃん!?」
龍斗は驚きながら、視線を下げ、見上げてくる童顔の女性士官――高遠菜奈少尉と目を合わせた。
「生きてたんだね、よかったよ~」
傍から見ているとただの同僚よりも距離が近そうに見える。輸送機から降りて駆け寄る時から大きく上下に跳ねている胸の膨らみは龍斗に密着することで大胆かつ自在に形を変えている。すぐ側に立っているフィオナが「顔が緩んでいるぞ」と呟くと、龍斗は慌てて弁解を始めた。この光景を見た人たちは「三角関係か」と龍斗を嫉妬の目で見る者と、「あのおっぱいはたまんないな」「あれに埋もれてぇ」と菜奈の胸元を注視して舌なめずりする者に分かれていた。
「よう、ボウズ。久しぶりだな」
菜奈に遅れてやってきたのは。作業着の裾をまくり、太く毛深い腕を振る中年男性だ。
「郷田大尉っ!?菜奈ちゃんにも驚きましたけど、どうして…」
「〝アルフェラッツ〟が自走不能なくらいヤバイんだろ?司令官殿の計らいだ」
手慣れた人材を寄こしてくれた、ということだろう。輸送機から更に数名の技術士官や整備員が降りてきていた。皆見知った顔だ。開発から〝アルフェラッツ〟の面倒を見てきた人たちばかりだった。
「オーバーホールするつもりで機材を持ってきた。JA02とM909はオマケだそうだ」
「エクサクトレイダーまで……ありがとうございます!」
ハルクレイダーの大型バックパックが搬出される様子を見て、龍斗は横須賀にいる高遠に感謝の念を送った。まさか一晩でここまで手配してくれるとは思わなかった。日本からの所要時間を考えると、昨日の通信終了から2、3時間で、しかも真夜中に準備して出発したことになる。郷田たちもさぞ疲弊していることだろう。
「それにしても……」
隣でニコニコしている菜奈を見ながら、龍斗は疑問を口にした。
「よくあの司令が菜奈ちゃんを送り出しましたね」
同日夜、MUF横須賀基地・総司令官執務室――
そこには執務机で各種書類に電子承認作業を行う高遠と、その対面に佇む50代の男性佐官がいた。四角いフレームの眼鏡を直しながら、男性佐官――副司令官・相模
「彼らは大丈夫ですかな。たしか、カンボジアのAAA拠点強襲に赴いた第13竜騎兵連隊所属の
高遠はテキパキと手を動かしながら答える。
「問題ないだろう。彼らは二個小隊に満たない戦力で試作機とはいえ新鋭のHR5機とワンオフのハルクキャスターを撃破している。そこに〝アルフェラッツ〟が加わるならば大丈夫さ」
「しかし…」
「過保護な父親だね、全く」
「司令こそ、まさかあの無茶なスケジュールで送り出した整備部隊に高遠技術少尉を選ぶとは思いませんでしたよ」
「しょうがないだろう。菜奈が相模少尉の生存をどこで耳にしたのか知らないが『わたしを行かせないと兄弟の縁を切る』って言いだしたんだ。認めないわけにはいかない」
相変わらずの極度のシスコンぶりに、副司令たる相模は、表面上は小さく、心の中では大きくため息を吐く。
「それはいいから、僕らは僕らの仕事をしよう」
高遠はデスクを操作し、電子図面を表示させる。それは、前衛的なデザインの艦船の図面だった。
「新造艦も完成目前とはいえ、ブリュッセルで囁かれている物騒な計画にも警戒しなくちゃいけないからね」
高遠はディスプレイを切り替えた。
そこには『Operation November』の文字が浮かんでいた。
地下室は、まるで牢屋のような作りだった。鉄格子で区切られた狭い部屋が5つ並び、オレンジ色の照明に薄く照らされている。
そこでは、肉の宴が繰り広げられていた。
「おい、歯ぁ立てるんじゃねぇぞ」
「ふぁ、おぶぅ…」
じゅぶ、じゅぶ、と音を立てながら、陸軍支給品のショーツのみを身に着けた茶髪のフランス人女性が、男の肥大化した局部の前で、顔を前後させている。
その後ろから、別の男が近づき、女の腰を掴み、撫でまわす。
「ほんとに軍人か?こいつ…、マリエルっつったか。たまらねぇ体してんな」
後ろから片手では到底収まらない大きさの乳房を撫でながら、首筋を嘗め回す。その拍子に咥えていた男性器を放してしまうが、すぐに頭を掴まれ、咥え直された。
「しかし、親分はこんな上玉を2、3発やっただけで俺たちに払い下げちまうなんて。どんだけ贅沢なんだよ」
言いながら、ショーツを脱がし、自身の怒張をあてがう。
「この辺のガキどもには飽きてきたし、フランス美女食いを愉しませてもらうかね」
「早くしろよ。あとがつかえてるんだからよ」
鉄格子の中で女1人に男2人が行為に及んでいるわけだが、その外では5、6人の男たちが「早く済ませろ」「中に出し過ぎだぞ」などとヤジを飛ばしている。
この牢の両隣でも同じ光景が繰り広げられている。
右隣では「んーー!!」と行為の痛みに絶叫しているスレンダーな女性が。
左隣ではされるがまま弄ばれて涙を流し、「助けて、フィリップ…」と弱弱しく呟くラテン系の女性が。
この夜、3人のフランス人女性が20人以上の男たちの欲望の捌け口となった。
横須賀からの輸送機が到着してから2日後、13時25分――
「おーしそこでいい!左腕接続終わったらVIMFの電圧チェックしとけ!」
「了解だ、おやっさん!」
「こっちのミサイルケース邪魔だ!片しときな!」
「すんませんでした!ダストン、フォーク頼む!」
「ウィッス!」
格納庫2つの中で、整備担当者たちはある意味戦場の只中だ。
一棟では郷田大尉を頭に8人がかりで〝アルフェラッツ〟の修理――というよりはほとんど組み換え作業を行い、胴体の装甲は全て剥がされ、メンテナンスベッドの上で左脚がない状態で寝かされていた。本当にオーバーホールしているのと変わらない。郷田大尉は「本当なら新品持ってきた方がいいんだが、こいつはそうもいかねぇからな」と作業を進める。
もう一棟ではルイーズ・ブルックス中尉が女性ながら張りのある声でガーディアンの補給と細かい部分の修理を指揮していた。特殊な機体であるガーディアンは未知の部分が多々あるが、ニューカッスルでの調査では、ガーディアンは特殊な動力源と戦闘時に発生する装甲表面の防御用粒子フィールドを持つオーバーテクノロジー機だということがわかっている。機体により特性が異なるものの、各種ミサイルや砲弾、推進剤、装甲など、一部流用可能な部分があると結論が出ているため、駆動部や装甲表面のメンテナンスを主に行っている。ただし、銀河の〝クロスエンド〟などはメンテナンスフリーという理解を超えた存在になっているため、チェックだけして終わる場合もあった。
今ブルックスたちが行っているのは先日の戦闘に出た機体の最終チェックだが、既に数人はコウイチの〝クロガネ〟に取りついている。ニューカッスル事件で最も大きな損害を被った機体であり、搭載武装の破損と既存装甲の50%以上の欠損に加え、コウイチからの改修案まで上がり、現在最も手がかかる機体になっていた。
リンケージたちは自分が手伝える範囲で協力し、主に機体についてアドバイスしている。
龍斗は何度か横須賀の高遠と打ち合わせながら、合間に〝アルフェラッツ〟の整備を手伝い、フィオナは主にインターフェース周りに口を挟んでいた。のだが――
「飽きた」
フィオナが機材越しにシステムチェックをしていたところ、急に作業を止めて言い出した。全員が「は?」と呆然とする。
「フィオナ、何をいきなり…」
「現状では効率が悪い」
龍斗が話を聞こうとすると、フィオナは溜息交じりに言う。
「わたしが必要なのは
確かに、フィオナがいなくてもあと1日あれば組み上げが完了する。明後日の昼間にでもフィオナと龍斗で実稼動試験を行えば、それで機体は万全のはずだった。
「いいんじゃねぇか、ボウズ」
フィオナに賛同したのは郷田だった。
「嬢ちゃんは明後日の昼にでも最終調整に立ち会えばいいさ」
「でも…」
「お前らはハルクレイダーのオペレータだろ。操縦するのが仕事だ。そんで、整備は俺らの仕事だ。ボウズだって司令といろいろ話してんだろ?機動部隊の指揮官なんだしよ」
3年間イグドラシルにいたものの、現在の龍斗の身分は3年前のまま、横須賀基地第51特別装備機甲小隊所属の少尉という位置付けだ。この場にいる他の隊員はフィオナだけで、且つ彼女は准尉なので、結果的に指揮官は龍斗ということになる。
ニューカッスル所属のリンケージたちと共同作戦を張ることになり(ライナスはこのことを知らない)、臨時中隊として作戦行動を起こす段取りになっている。
その際に指揮官は誰になるのかという問題があった。
一見レオンが最高位に思えるが、彼は『特務中尉』という他に命令権を持たないというお飾り階級である。そのため、龍斗に第51小隊長兼臨時中隊長という役割が振られていた。
フィオナは「整備責任者のOKが出た」ということで格納庫から出ていこうとする。
「少し外に出る。あまり遠くには行かないから心配するな」
「フィオナ……」
龍斗は格納庫から出ていくフィオナを見送った。隣に菜奈が駆け寄る。
「龍斗君、フィオナちゃん、ちょっと落ち着かないカンジだね」
「しょうがないよ」
龍斗にはなんとなく察しがついていた。
イグドラシルで、ミーミル王国とフヴェルゲルミル連邦はいつ戦争状態になってもおかしくなかった。そんな情勢下で、フヴェル軍が侵攻し、それに応戦したのがつい数日前なのだ。いきなり自分たちだけ地球に転移して、仲間が、祖国がどうなっているのか定かではない。フィオナの『立場』からすれば、気が気ではないのも頷ける。
「独りで考えたいときだってあるよ。作業してれば気が紛れるかもと思って誘ったけど、失敗だったかな」
フィオナが出ていったドアを見ながら、龍斗が呟く。
そんな気遣いをしている同期生を見上げながら、菜奈はぼそりと呟く。
「やっぱり優しいよね、龍斗君」
どこか複雑そうな表情の菜奈であった。
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