第3話 青の騎士

 森の中を駆けながら、青年は荒い呼吸を繰り返す。その手には、まだ義務教育も終えていないような年齢の、浅黒い肌の少女を連れている。

 青年は年の頃20歳かそこらの、東洋系の顔立ちで、やや茶色がかった黒髪は、走り続けたことで乱れていた。スラックスとワイシャツという、この場にそぐわない格好が違和感を生んでいる。少女のほうも、ボロ切れのようなワンピース一枚という格好なので、森の中ではおかしい格好だった。

 さらにおかしいのが、青年の腰に下がっているものだろう。

 それは、西洋の剣だ。

 時代錯誤のような得物だが、少なくともこの場で誰もそれを気にする者はいない。

 ずっと監禁状態だった少女にとって、この青年は天より遣わされた救いの主に思えた。だから、こうして逃げ出しているのである。

 すぐ後ろで爆発音がした。

 それを振り向くことすら許されない。

 少しでも遠くに逃げなければならないのだから。

 せっかく、あんな酷いところから逃げ出してきたのだから。

 走り続け、一瞬だが、開けた場所に出た。

 そして、異変に気づく。

 広い川原を隔て、幅10メートルもない浅い川の向こう、木々が疎らな場所に、降り立つ影が7つ。

「あれは……」

(地球製の人型か?)

 青年はそちらに注意を引かれて自分たちの走る速度が落ちていることに気づき、走ることに気をやった。


 降下中、リンケージたちの目には追われている2人と、それを追う部隊の存在が確認できた。

 最大望遠で確認。1キロ先、川の向こう側の森に、20歳前後の男と、それよりも大分若い少女。

 その後方から、武装車両が確認できた。

『エンゲージ。高脅威目標を確認。CFV、1。APC、1。MBT、1。

 Mマイク1から3と認定』

 リィルの報告が、データリンクしている全機に届く。

 これだけでも現地ゲリラにしては驚異的な戦力だ。だとすれば、武装集団がAAAである可能性が高くなったと言える。

 ガーディアンをどうにか着地させると、7機は戦闘態勢を取る。

『未確認勢力へ。こちらはMUF第666独立機甲中隊だ。速やかに武装を解除し、こちらの指示に従え。繰り返す、こちらはMUF――』

 レオンが武装勢力へ向けて定型的口上を述べる。無論、大人しくそれに従うとは思えないが――

 応答は、予測通り『否』だ。

 ただし、それは言葉ではなく2発の対地ミサイルによるものだった。

「散開!」

 レオンの一喝と共に、全機が着地点から飛び退る。半秒遅れて着弾するミサイルが地面を大きく穿った。

 回避行動を取りながら、レオンは全体の配置を読み、瞬時に作戦を組み立てる。

レオン01より銀河07、民間人を確保しろ」

「了解!」

 銀河はすぐに〝クロスエンド〟を駆り、1キロ先を走る二人の男女を目指す。

「07以外は敵戦闘車両A F Vとヘリを迎撃。01から04までで陽動を行う。付いてこい」

『了解』

 全員の応答を確認し、人型兵器が駆け出した。


 装甲車であるBRDM-9に乗っている男は突如現れた複数の人型兵器に驚き、しかしすぐに表情を嘲笑へと変えた。

「馬鹿が。人型が戦車に勝てるわけないだろうが!120ミリで風穴を空けろ!」

 T-82の車長へ伝達し、すぐさま主砲での迎撃を命じた。

 人型が勝てるわけがない。

 この世界の一般的な常識と、機甲歴との差を表現する一言だ。

 最新鋭の第3世代ハルクレイダーですら、遮蔽の少ない平坦な地形で戦車と戦闘すれば、戦車が有利になる。人型兵器は装甲が薄い。戦車と同等の装甲を持たせると、動きが鈍り、被弾面積が大きいためただの的になる。人型兵器など、工兵や広報で使われる〝裏方重機〟に過ぎない。

 ハルクレイダーが活躍した3年前のオーストラリア奪還作戦〝オペレーション・シャングリラ〟を経てもなお、この認識は世界の常識となっている。

 数少ないメリットは装甲を持つ兵器としては比較的軽量であり、機構上空挺降下任務が可能であること。機動の応答特性が比較的早いことからも、奇襲や市街地での戦闘で一定の効果が得られることである。そのため、各国特殊部隊では2.5世代から3世代型ハルクレイダーを配備し、陸軍でも機甲部隊の編成に一部ハルクレイダーが組み込まれている。

 要約するならば、人型起動兵器の多くは『鈍重』で『火力の低い』、『脆い』兵器であると認識されているのである。

 しかし――

「な、なんだあの動きは!?」

 男たちの前に現れたのは『ハルクレイダー』ではない。『ガーディアン』だ。

 歩兵戦闘車と主力戦車の火砲を搔い潜る4機のライトニング級は、縦横無尽に駆けることで敵を翻弄し、主力と思われる後方の大型人型機の接近を援護している。

 戦車の頭上を白い巨体が飛び越える。

 〝クロスエンド〟は敵車両の迎撃を仲間たちに任せ、民間人の男女へと迫る。

 目の前には10メートル幅の川があり、その先には逃げる男女の姿がある。あと100メートルもない。

 もう目と鼻の先というところで、

 バラバラバラバラバラバラバラ――――――――

 男女は規則的に空気を叩く爆音に振り返り、顔を引きつらせる。

 WZ20――攻撃ヘリが2機、姿を現した。追い打ちをかけるように、その後方から一瞬にしてヘリを追い抜く影が、甲高いエンジン音を伴って現れた。

 Su77〝サヴァー〟。ロシア・スホーイカンパニー製の第6世代ジェット戦闘機だ。正確には多目的マルチロール機であり、一般的な第6世代機の共通概念である『能動的アクティブステルス・恒常的パッシブ対EMP機構・統合情報処理システム』を兼ね備えた機体である。

『急げ!』

 銀河はスピーカーで男女に向かって呼びかける。

 しかし、男女は川の手前まで来ると、方向転換。川沿いからやや森に進路を変え、走っていく。

(おいおい、なんでそっちに…!)

 銀河は自分から離れていく保護対象に舌打ちしながら追いかけるが、攻撃ヘリのロケットが自分に向けて発射されたことに気づき、咄嗟にBC《ビームコーティング》シールドを掲げ、防御する。

「ぐぅっ」

 機体が大きく揺れるが、ダメージは大きくない。

 畳みかけるように上空の戦闘攻撃機から放たれたのは対地――ではなく航空機搭載用に小型化された対艦ミサイルだ。

 後方から放たれたミサイルに対し、回避を考えたが、逃げる民間人への誤爆を考え、

「ちくしょうっ!」

 シールドを構え直し、敢えて対艦ミサイルを受けた。

 機体に幾許かのダメージを負った。モニター越しに、民間人の2人に迫る1両の戦闘車両と、数人の武装した男たちが映った。

 民間人へ向かって駆け出そうとするが、2機のヘリがそれを妨害するように立ち塞がっていた。

『銀河殿!』

 〝姫鶴一文字〟が一陣の風となり、1機のヘリの本体とメインローターを一刀のもとに切り離した。そのままヘリは地面に激突し、爆発炎上する。

 後方では、〝青龍王〟が青龍刀で歩兵戦闘車の車輪を薙ぎ払い、〝ナイト〟が車両に搭載された機関砲を削ぎ落した。


 民間人の男女は後ろを警戒しながら走る。

 戦場の趨勢すうせいは決しようとしているが、自分たちに降りかかる火の粉は未だ払えてはいない。むしろ相手は退けなくなっているのではないだろうか。

 30メートル後ろには、サブマシンガンで武装した6人の男と、車載機関銃を向けてくる装甲車がじわじわと距離を詰めつつある。

 MUFがこの場を制圧するのが先か、自分たちが蜂の巣になるのが先か。

 少女の手を引く青年は意を決し、少女に「行け」と言って立ち止まり、振り返った。

 少女も立ち止まったが、青年の「行け!」という言葉にびくりと震え、転びそうになりながらも走り出した。

 青年の眼前には、武装した男たちと装甲車がある。〝クロスエンド〟は100メートル先でヘリと戦闘機に砲撃されている。

 青年は腰から剣を抜いた。装飾が施された、儀礼用の剣に見える。

 男たちは笑う。それで戦うつもりかボウズ。武士サムライか、騎士キャバリエか。

 下卑た哄笑の中、青年は慌てた様子なく、掲げた剣をくるりと回す。

 それを、地面に突き立てた。

「アロン―――、ダイトォォォォォ――――――――――――ッ!!」

 青年の足元に8メートルほどの青い魔法陣が浮かび上がる。

 場が混乱した。

 魔法陣のある地面から、巨大な人型が膝立ちの状態で姿を現す。

 青い装甲を持つ、西洋騎士を彷彿とさせるデザイン。両腕と脛には白い直方体、左右腰には鋭利で長いサイドスカート。背中には、1本の大剣を背負っている。

「まさか、これは…」

「ハルク、キャスター…?」

 男たちの顔面が蒼白になる。

 青年は軽快に跳び上がって巨人の膝や掌を経由し、すぐさま胸部ハッチから機体に乗り込み、先ほど持っていた剣をシート前のコンソール部に収めた。

『The God Weapons The 2nd Aroundight is waking up.』

 流れるように文字列が走り、機体ステータスが表示される。

魔法増幅器スペルアンプ、増幅率規定値をクリア。魔力発電機マジックジェネレータ起動。TDMF電圧正常…」

 ディスプレイに浮かぶ文字は『SMK―4S Aroundight Zweit』。

「アロンダイトツヴァイト、起動」

 青いハルクキャスター――〝アロンダイトZツヴァイト〟が立ち上がる。

 全高10.5メートル、背負う剣の柄のせいでもう少し高く見える機械仕掛けの魔導師ハルクキャスターは、先ほどまで怒号を上げながら、嬉々として銃で武装した男たちを見下ろしている。

『下がっていろ』

 男たちと同じく驚愕に目を見開いていた少女に向け、青年は声をかけた。

『わたしとこの子を見逃せ。そうすれば命までは取らない』

 今度は男たちへ向けて告げるが、返ってきたのは奇声を上げながら発射される9ミリ弾であり、装甲表面を覆う防御フィールドに弾かれるだけで終わる。

 〝アロンダイトZ〟の肩口から見た目に似合わぬ3つの砲身を束ねた筒――12.7ミリガトリングガンが顔を現し、男たちに照準する。

『愚かな…』

 モーターの回転音と共に、12.7×99ミリ弾が発射され、付近の男たちを蹂躙する。対物ライフルと同種の弾丸は、蜂の巣にするどころか胴を寸断し、頭部を消し飛ばしていく。更に正面に手を翳すと、掌に青い光の球体が生まれ、それを高速で射出。歩兵戦闘車を粉砕・炎上させた。

 〝アロンダイトZ〟は更に遠方を見る。視線が捉えているのは、上空の戦闘攻撃機と、火砲を上げる主力戦車、もう1両の戦闘車両は……すでに煙を上げていた。

(あの不揃いなMUF部隊か…。ならば…!)

 砲弾のように飛び出す〝アロンダイトZ〟は急上昇により高度1500メートルまで達すると、眼下に戦闘攻撃機〝サヴァー〟を認めた。

 掌を翳す。

 パイロットと目が合った。

 掌の先に直径3メートル程の魔法陣が現れ、そこから無数の光の雨――直径10センチほどの拡散照射された100発近い魔力弾――が放たれた。

 回避機動を取ろうとした〝サヴァー〟の胴体と主翼を撃ち抜き、錐揉みしながら急降下。燃料タンクに誘爆し、高度1000メートルで爆散した。

 間髪容れず、〝アロンダイトZ〟は急降下を行う。目標地点は戦車だ。

 戦車の前部に着地。あまりの高速での衝突に衝撃波が発生する。車体が大きくひしゃげ、砲先端と前方の装甲が圧壊する。追い打ちのように、〝アロンダイトZ〟は右腕を振り上げ、腕の直方体――ブレードボックスから刃がスライドして出現。戦車の上部ハッチに振り下ろした。そして、刃を手前に引くと、装甲を難なく引き裂いていく。

 車長は頭頂部から脊髄を裂かれ、瞬時に命を刈り取られた。砲手は圧壊した車両に胸を挟まれて死んだ操縦士に続き、両断された車長を見て「ひぃっ」と悲鳴を上げるが、1秒後には同じく引き裂かれた屍となった。

 〝アロンダイトZ〟の中で、男は一息吐き、周囲を確認する。

 優先破壊対象――自分たちを追っていた武装勢力は全て撃破した。立っているのはMUFを名乗るバラバラの様相の機体だけだ。

 視界の端では助け出した少女が呆然と〝アロンダイトZ〟を眺めている。目が合った、と思ったら、さっと木陰に隠れ、顔を半分だけ出して様子を窺い始めた。

『MUF――地球の国際軍と言っていたな』

 外部スピーカーで発された青年の声に、リンケージたちは身構えた。

 銀河は見ていた。少女を連れていた青年が、青いハルクキャスターを呼び出し、戦闘機と戦車を瞬時に撃破したところを。

『誰だ、お前は……』

『わたしはウルズ帝国騎士、ランスロット。故あって地球へ来ているが、当方に貴官らへの敵対の意思はない』

『おかしな話だな』

 銀河の前方に、レオンが〝ロードナイト〟を滑り込ませた。

『第666独立機甲中隊指揮官、レオン・ホワイト特務中尉だ。現在地球とイグドラシル連合は戦争中のはずだ』

『法的見解ではその通りだ。だが、少なくとも我々ウルズはこれ以上の地球侵攻による戦略的価値を見出してはいない』

 レオンは考えた。青年――ランスロットは「地球に興味はない」と言っている。

『それよりも――いや』

 ランスロットは何かを言いかけ、止めた。〝ロードナイト〟の腰にマウントされている禍々しい凶刃に目を向けたのだが、

(見た目が多少変わっているが……確証はないし、幾許かの恩もあるか)

『頼みがある』

 異形のハルバードを意識から追いやり、ランスロットはモニター越しに少女を見た。

『あの少女を保護してほしい。武装勢力に捕まっていたところを助けた』

 その提案に驚きはしたが、リンケージたちに断る理由はなかった。民間人の青年と思っていた男がイグドラシル人だとわかった段階で少女を保護しなければと思っていたからだ。

 レオンが応答する。

『保護については了解した』

『感謝する。依頼ついでに訊きたい』

 ランスロットは一度仄かな、安心したように微笑を浮かべた後、リンケージたちへ尋ねた。

『頭部に大きな角のある、斧を持ったハルクキャスターを知らないか?』

『……知らないな』

 レオンはオーストラリアでライナスから見せられた写真を思い出したが、シラを切った。ここで「その機体を追っている」と言えば、ランスロットと敵対し、即戦闘に突入する気がしたからだ。角頭のハルクキャスターがランスロットの仲間と決まったわけではないが、レオンはランスロットと敵対するリスクを排除したほうが賢明だと判断した。

 他の何人かは「あっ」「それって」などと口にしていたが、スピーカーに拾われていないか外部スピーカーがオンになっていなかったことでランスロットに気付かれずに済んだ。

『その機体はなんだ?』

『国家機密だ』

 レオンは期待せずに訊き、予想通りの回答に「だろうな」と呟いた。

 さて、これからどうすべきか。

 リンケージたちが今後の行動、というよりもランスロットはこれからどうするのだろうか、という部分に思案していたところ、

『これは…』

 ランスロットは焦った様子で呟いた。

『光子運動増大、電磁強度増大中…、EMPか!』

 異変には銀河やレオンたちも気づいた。

「電磁パルスか…!」

「総員、ALフィールドの出力を上げろ!EMP防御!」

 数秒おきにだんだん強くなる電磁パルスを観測したリンケージたちは電磁波対策として機体のAL粒子出力を急上昇させた。近接での通信が行えないくらいの高密度出力だ。ミーレスである〝ナイト〟は使い捨ての防御手段――逆位相の波で相殺する装置を起動し、耐え忍ぶ。

 一際大出力の電磁パルスが起こり、同時に数百メートル先で目が眩むような閃光が生まれ、視界を奪う。

 幸いにして、どの機体も電磁パルスに計器を焼き切られることはなかった。上空を飛んでいる輸送機にも影響はないようだ。実はこの時代の地球では2060年以降の兵器には標準でEMP対策が施されているので特に心配する必要はないのだが。

 光が収まると、その中心には先ほどまでなかったものが鎮座していた。

 10メートルクラスの人型だった。

 オフロードバイクのヘルメットのような頭部には一対のセンサーユニットがあり、顎の部分から後方に伸びている。右手には半ばで折れた巨大な剣が握られ、白銀に緑色のラインが引かれた装甲にはところどころ損傷が見られる。

 そんな機体が、尻もちをついて、木々を押し倒しながら虚空を眺めていた。

「あれは…」

 銀河がその機体をまじまじと見ていると、コンソールに『該当機種あり』の表示が出た。ニューカッスルを出る際に、この世界の兵器についてある程度の情報をもらっていたため、外観から検索され、ヒットしたのだ。

「AHW-X1SC アルフェラッツ……?」

 それは数日前、オーストラリアでコリンズ副司令から聞いた名前だ。

 3年前、イグドラシルに占領されたオーストラリア奪還作戦『オペレーション・シャングリラ』、その中心戦力の機体だった。

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