第4話 来訪者たち

「いつつ……。フィオナ、大丈夫?」

「……ああ、問題ない」

 〝アルフェラッツ〟のコックピットで20歳くらいの男女、相模龍斗さがみりょうととフィオナ・フェルグランドは互いの無事を確認し、機体ステータスをチェックしていく。

 戦場での三つ巴から突然の閃光、そして衝撃。

 気づくと、機体は仰向けに擱座し、数百メートル圏内にいた40機近いハルクキャスターは敵味方とも全て消えている。

「これは…!」

 フィオナが長い睫毛を動揺で揺らす。

 ハルクキャスターがいないわけではなかった。

「アロンダイト……。ランスロットだと?」

『お久しぶりです、姫』

 落ち着いた(正確には動揺を表に出さない)声が、外部スピーカーから漏れた。

『それと…、サガミリョウト、だな』

 続き、ランスロットはやや剣呑に聞こえる声で前部シートに座る龍斗の名を口にした。

『ランスロット…』

 〝アルフェラッツ〟側もスピーカーを入れ、フィオナが口を開く。

『貴様ら、何をした。ここはどこだ』

『わたしは何もしていません。こちらも目の前に〝ベラトリクス〟が現れて混乱しているところです』

 ランスロットの態度はとても改まっている。まるで自分の上官か貴賓にでも接するかのような態度だった。

 リンケージたちもこの会話を聞いていたが、状況が読めずにいた。双方の会話も事情がわからない人間では把握できない。

『ここはどこだ』

『地球です。カンボジア国内ですが、先ほどまでAAAと名乗る武装勢力との戦闘がありました』

 リンケージなど気にすることなく、フィオナとランスロットは会話を続ける。

『姫の状況はわかりかねますが、同盟国の要人を条約に則り、こちらで保護することは可能です。地球への転移が意図しないものであれば、イグドラシルへの帰還も可能です』

『ふん、同盟国とはよく言ったものだな。ビレイグでフヴェルとの突発戦闘があり、そこにウルズが介入してきて戦場が混乱したぞ』

『事実を確認し、後日ご説明に伺いましょう』

 落ち着いた声音に苛立ちを混ぜたフィオナと、飄々と答えるランスロット。穏やかだが剣呑な二人の問答を、龍斗は黙って聞いていた。

「……フィオナ」

「黙っていろ、リョウト」

「フィオナ。機影2、距離1万。800ノットで接近中」

 フィオナは口を閉じ、自分の正面にある全周囲レーダーディスプレイを見た。異変はランスロットも感じているようで、リンケージたちも緊張を見せた。


 龍斗の警告から数秒して、それらは望遠で確認できた。

 がっしりとした見た目の、青い装甲と白い関節を持つボディビルダーを彷彿とさせる機体が一機。もう一機は対照的に細身の黒い機体で、黒いマントを羽織っているが、長く伸びる肩装甲に左右二羽ずつ機械の鴉がとまっている。

「ウルズの騎士に、ミーミルの第4世代機、そして…」

 黒い機体は魔女帽のような頭部、そのメインセンサーでその場の機体を順に捉えていく。

「纏まりのない機体群…、地球の新型か…?」

 ガーディアンを見て、黒い機体の操縦者が眉をひそめた。

 対して、フィオナと龍斗は状況の悪化を思い、息を呑み、口を一文字に結んだ。

「〝イスタノローゼ〟…、〝コルブス〟…」

 フィオナは青と黒の2機を恨めしそうに睨みながら呟く。

「大統領特別委員会統括官、アズマ・ミュレス・クロフォード・トライストに、参謀長のヤングブルク・アッシュ・クロフォード・トライスト。フヴェルゲルミルの大物二人が、なんで地球に…」

 龍斗は2機のハルクキャスターの名を口にして、グリップを握る手に力を籠める。

 がっしりとした青い機体――〝イスタノローゼ〟がその剛腕を動かし、ファイティングポーズを取った。

『兄者』

 魔女帽の機体――〝コルブス〟の操縦者が諫めるように言う。

『無駄に時間はかけられんぞ』

「いいではないか。ウルズ騎士や物珍しい機体、どちらもそうそう拝めるものではない。ワシは楽しませてもらうぞ」

『……先に行くぞ。ほどほどに、な』

 〝コルブス〟は身を翻し、上空へと一気に跳躍。そのまま飛び去って行った。

 〝イスタノローゼ〟はその頭部を、地面に臥している〝アルフェラッツ〟――フィオナたちに向けた。

『死に体の第4世代機か』

 フィオナが息を呑む。すかさずコンソールにランスロットの顔が映し出された。

『姫、よろしければ、同盟国として貴殿に手を差し伸べることもできますが――』

「さっさと失せろ」

 フィオナはランスロットの申し出をきっぱりと断った。

 ランスロットはそれ以上は何も言わず、数秒考えたのち、〝コルブス〟とは逆方向へと機体を向け、飛び去った。

『つまらん。メインディッシュがいなくなってしまったではないか』

 本当につまらなそうに、アズマは嘆息する。

『残りの者共は、ワシを楽しませてくれような?』

 そして、ガーディアンを睥睨する。

 レオンの額から汗が一筋滴った。本能が、逃げろと訴えている。例えるならば、空腹の肉食獣を前にしているような緊張感に似ている。

 ジョーも同じような緊迫した表情を浮かべ、〝青龍王〟のリンケージたちや銀河は緊張から操縦用グリップを握る手に力が入る。

 そんな、緊張の糸がピンと張りつめている空気を破ったのは、

『CPより全機、対地ミサイル警報S S M!』

 上空から発せられた、リィルからの警告だった。

 輸送機から送られてきた情報がガーディアン各機にも表示される。

『3時方向、距離20キロ、数12基!』

 対地ミサイル12基が20キロから迫っている様が確認できた。

『各機は対空迎撃を実行せよ。対HCハルクキャスタークラスターなので、ポップアップ後の一次展開前に撃墜しないと1基当たり1000発の重金属貫通弾の雨に晒されます』

 反射的に、ガーディアンが動いた。

 高度が低いせいで、ミサイルはまだ見えない。だが、輸送機からのリンク情報から、既にミサイル群が2キロという目と鼻の先にまで近づいているのだけはわかっている。

 ミサイル群が急上昇し、全員が空を見上げた。

 〝クロスエンド〟は拡散ビーム砲を照準する。

 残念ながら、現状では銀河に託す以外に手はない。

 〝ロード〟と〝ロードナイト〟は相転移ソードしか武装がない。ノートゥングを使った黒い奔流の攻撃も対空迎撃を行うには射程も精度も足りない。〝青龍王〟と〝鶴姫一文字〟も対空迎撃できる武装など装備していない。

 〝アルフェラッツ〟は飛び道具として銃剣がついているハンドガンを脚部に装備しているが、せいぜい20ミリ程度で、射程も1キロに届かない。

(くそっ、俺にかかってるってのかよ!)

 銀河は先ほどとは別の汗を流しながら、ヘッドレスト横から迫り出した照準器を覗いた。ミサイル迎撃や牽制用に広域攻撃するための粒子砲だが、初撃を外すとすぐに再発射はできない。銀河は特段射撃が得意なわけではない。照準補正は火器管制装置F C S頼りだ。

 〝青龍王〟は保護された現地の少女を守るために機体を割り込ませ、防御方陣を展開する。高い防御力を有しているとはいえ、重金属貫通弾に対して自機も損傷を受けるはずだ。

 ケイゴは自分を犠牲にしてでも少女を守ると決意した――わけではない。

 土屋ケイゴは正しいことを行う。助けられる命を助けたいと思うし、向けられる悪意に立ち向かうことができる。しかし、自分にできないことは望まない。自分にできることには限りがあることを自覚しながらも、手が届く範囲のものはできる限り守り切る。自分を犠牲にせず、相手も守る方法を考えるべきだ。

 ケイゴには銀河が迎撃に失敗して貫通弾の雨に晒されても、〝青龍王〟のコックピットや心臓部である五行器が破壊されるに至らないという自信があった。これまでの戦闘を経た自機の性能と既存兵器の攻撃力を考えた結果だ。

「ホノカ、マコト、準備は――」

「だいじょうぶ」

「任せとけ」

 仲間の頼もしい返事に、ケイゴは思わず頬が緩んだ。


「落ちろぉぉぉぉぉっ!!」

 銀河の咆哮と共に、ビーム砲が発射される。

 タイミングはドンピシャ。照準も完璧だった。

 900メートル上空、ポップアップの頂点から下降に入った直後を見事に捉え、高圧縮された攻勢AL粒子がミサイルを撃墜・爆散させた。

『やった――』

『残り1基!』

 銀河の歓喜の声を、リィルが掻き消した。

 よく見ると、微妙に軌道を逸らしたミサイルが1基、フラフラと飛行中だった。他のミサイルに追随せずにポップアップ後に急降下しなかったため、〝クロスエンド〟の拡散ビーム砲による撃墜を免れたようだった。

「なんだ…?故障か?」

 とりあえず自分たちの上に落ちてこないとわかり、幾分かの冷静さを取り戻すものの、レオンはリィルを呼び出し、確認する。

「ストレンジ1よりCP、ミサイルの着弾予測は?どこに落ちる?」

 他の誰も、自分たちから逸れたミサイルのことなど気にしていなかったが、同一チャネルで聞こえてきたその問いに、他のリンケージたちは再び緊張した。

『…………予測、でました。このまま降下すれば、着弾は12キロ先、被害予測半径内に、小規模の集落を確認。70パーセントの確率で30から40の子弾が降り注ぎます』

「ふざけんなっ!」

 銀河がすぐに反応した。

 フラフラ飛んでいるとはいえ、ミサイルの子弾展開まで30秒もない。

 拡散ビーム砲は冷却中で発射不可能。

 ならば――

 バックパックから大型のビームライフルが迫り出し、機体の右手に保持させる。

「やらせるかぁ――!!」

 抜き撃ちされた、通常のビームライフルよりも高出力のビームは、ミサイルを射抜くべく高速で迫り、そして、ミサイルの50メートル横を奔り抜けた。

「あ――」

 外した。

 外してしまった。

 銀河は震えた。もしかしたら、保護した少女の家があるかもしれない。金属の雨に撃たれ、逃げ惑う、少女の家族を想像してしまう。

 そんな銀河の視界に、

『ブラオドラッヘ!』

 上空へ伸びる、青い光条が映った。

 それは、先ほどまでリンケージたちに敵意を向けていた男が乗るハルクキャスター〝イスタノローゼ〟が両手を突き出し構えた先から発せられている。

「あいつ、なんで……」

『ダメだ!』

 だが、その光条もミサイルの推進部を掠るだけで、撃墜には至らなかった。黒煙の尾を引きながらも、ミサイルはまだ生きている。

『フィオナ!』

『展開完了!』

 しかし、状況はまだ詰んでいなかった。

 動いたのは戦力としてカウントをしていなかった、地面に尻もちをついている機体〝アルフェラッツ〟だった。

 構えているのは銃剣がついたハルクレイダー用のハンドカノンだ。

 だが、リンケージたちは苦い顔をする。あれでは駄目だ。射程が圧倒的に足りない。目標は現在8キロ先だ。射程数百メートルの武装では何もできない。

 そう、誰もが思った。――いや、正確には、龍斗とフィオナ、そしてアズマ以外が。

『弾道予測……、ターゲット、ロック!』

 〝アルフェラッツ〟の右腕を囲うように緑光の円環が現れる。構えるハンドカノンの発射口の先にも、まるでバレルのように3つの緑光の円環が直線上に現れ、互い違いに回転運動をしている。

 発砲――

 緑色の軌跡が、空に向かって描かれた。あれは20ミリそこそこのハンドカノン用砲弾の軌道ではない。遷音速どころか、超音速の直線運動――いわばレールガンのそれだ。

 超音速の砲弾は、不規則な軌道を描くミサイルを見事撃ち抜き、空中で爆散させた。破片も多数落ちているが、リイルは『被害予測ゼロ』を観測し、一同は安堵の息をいた。

 そして、まだ自分たちの危機は去っていないのだと思い出す。

 白と青のボディビルダーのようなハルクキャスター〝イスタノローゼ〟に、全員が向き直る。

 再び場に緊張が走る。

 目の前のハルクキャスターは間違いなく手練れで、ニューカッスルで戦った〝ノートゥングツヴァイト〟と同じ『危険さ』を感じる。

 おまけに、ミサイル攻撃の第二陣が来ないとも限らない。状況からして、あれは先の武装勢力がリンケージたちの殲滅を狙ったものだと思われるが、発射地点を特定して潰さなければ、同じ状況が繰り返されてしまうかもしれない。

『ふん』

 外部スピーカーで、男のややしわがれたような、不機嫌そうな吐息が漏れた。

『興が削がれたわ』

 不機嫌そうでありながら、興味をなくしたように背を向け、〝イスタノゾーゼ〟は地面を砕き飛翔。ものの数秒で、肉眼で捉えられないほどの距離へと消えていった。


 ランスロットは煙を上げる複数の車両を見下ろしていた。

 ミサイルケースを積載したトレーラーは横転し、それらを牽引していた六輪装備の車両は中央で引き裂かれ、両断されている。複数輌ある歩兵輸送車とピックアップトラックは上下が反転し、炎に焼かれ、ボンッ、と小さな爆発が不規則に起きていた。人も倒れているが、頭部を失ったもの、上半身と下半身が分断されたもの、逆に胴体が消し飛んだものと、重機関銃に晒されたような死体ばかりだ。

 ランスロットとて、無残に殺したかったわけではないが、最低火力である12.7ミリガトリングガンでの制圧では致し方なかった。

(これは余計なことでしたか、姫?)

 ランスロットはリンケージたちの前から去った後、偶然にもミサイル陣地を発見し、無力化した。すでに保有弾数の半数を使った直後だったようだが、フィオナならば大丈夫であろうと特に不安はなかった。

(信用させてもらうぞ、サガミリョウト。不本意だがな)

 〝アロンダイトツヴァイト〟はその場を飛び去った。

 その一部始終が、上空の輸送機で観測され、ミサイル発射陣地壊滅の報が、リィルによってリンケージたちに伝えられた。

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