第2話 カンボジアの地で
ミーミル王国ビレイグ市、フヴェルゲルミル連邦との山間部国境線にて。
16機のグレーの《ハイドラ》が、12機の白い《ハイドラ》に対して攻撃行動を取っている。白いほうはグレーの魔法攻撃を回避し続ける。
「こちらミーミル王国王都守備軍団第一騎兵連隊、フィオナ・フェルグランド少佐だ。フヴェルゲルミル軍、本軍事行動の目的を述べろ!貴様らはミーミル王国の領土侵犯に留まらず戦闘行為まで行っている!速やかに武装解除し、作戦目的を明示しろ!」
しかし、相手は何も答えない。攻撃の手も緩めない。
《ハイドラ》とは違う――オフロードバイクのヘルメットのような頭部には、左右にアンテナユニットが伸び、背中に身の丈ほどある分厚い長刀、他数本の刀剣を背負っている――機体に乗っている女性士官、フィオナ・フェルグランドは歯を食いしばる。
その様子を、前部シートから振り返らずに、20歳くらいの男が窺う。
「フィオナ、このままじゃ…!」
「止むを得ないか…。ブリュンヒルデ2よりラーズグリーズ全機、
『『『
「ラーズグリーズ4よりブリュンヒルデ2!9時方向から高速で接近する機体あり!機体照合!ウルズ帝国軍です!フランベルク6、ハルバード6。それと……トリスタンです!」
『トリスタン……あのAI搭載機?』
『こっちの救援か…?』
「リョウト、ウルズの動きには注意しろ。ラーズグリーズ1、部下に伝えろ。ウルズには手を出すな。一応同盟国だ。だが、背中を預けようとするなと厳命しておけ」
『ラーズグリーズ1、了解』
***
離陸から11時間後、カンボジア領空、高度1万2千メートル――
銀河とレオンは輸送機のコックピットでボートフェルトからの説明を受けていた。
「つまり、この機体はハルクレイダーの降下作戦を想定して開発された。高高度からの地上観測能力に優れているのはそのためだ」
長旅に幾分かの疲れを感じていた銀河は、感心の相槌を打ちながら計器を見つめた。
「
「屋外であれば、上空3万6千フィートから地上の会話が確認できます」
「すごいな…」
リィルが付け加えたスペックに、銀河は半ば呆れていた。原理としては離れた地点の波形観測技術に輸送機から発せられる音源の固有周波数をフィルターにかけているのだが、言うほど簡単な作業ではない。だからどこの国の機体にもこんな収音機能がついているわけではなく、事情を知っているアメリカなどの一部国家は当該装置搭載型の航空機領空通過に過敏になっている。
ちなみに、そんな機能が付いているとは一般に公表されておらず、カンボジア政府も知らない。なのでフライトプランに従って問題なく領空に進入した輸送機群に高性能盗聴器を含めた高感度センサーがついているなどとは夢にも思っていないはずだ。
「ちょっと聞いてみるかね?」
ボートフェルトは計器を操作し、センサーを活性化させた。
「いや、さすがにまずいんじゃ…」
どこか後ろめたさを感じる銀河であったが、
「元々領空に入れば地上走査のために起動する予定だったんだ。それに、安心したまえ」
ボートフェルトはニヤリと笑う。
「まだ昼間だ。いやらしい声は拾わないはずだよ。開放的な気分になった青姦カップルでもいれば話は別だが――」
「大尉、人事局に機内でセクハラがあったと報告したいのですが」
無表情に呟くリィルの声に、「いやはや失礼」と悪気も見せずに笑うボートフェルドであった。
だったのだが――
『はぁ、はぁ……』
『も、ぅ…ダメ……』
喘ぐような若い男女の声がスピーカーから流れ、キャビンが一瞬凍りついた。
「おやおや、まだ夕飯前だろうに。先にお前から食べちゃうぞって――」
「セクハラです大尉」
ボートフェルトが笑いながら言うと、リィルはジト目(表情の変化がわかりにくいが)で睨んだ。しかし、
『タタタタン――パシュン――パン――』
続いて拾った音に、再びキャビンが静まり返った。
「今の音って…」
「銃声だな」
銀河が唾を飲み込みながら戦慄していると、後ろからレオンがやってきた。
「アサルライフルか……?穏やかじゃないな」
レオンは経験による予測を告げ、リィルは集音データを解析する。
「木材の破断、
「どこからだ?」
「方位300、距離10キロ」
目と鼻の先で若い男女が銃撃を受けながら車両で追われている。
事実を認識した瞬間、銀河はバッと踵を返してキャビンを飛び出そうとする。
「待て」
それを、レオンは止めた。
「どこへ行く?」
「人が襲われてるんだろ。見過ごせるかよ」
「助ける義理はない」
レオンは至って事務的に伝える。
「俺たちはハルクキャスターの偵察のために来ている。現地のいざこざに首を突っ込むほど暇ではないし、ガーディアンの力を無闇に振るうのも感心しない」
「ふざけるな!」
対して、銀河は憤りを隠さずに言い放つ。
「目の前で誰かが危険に晒されてるんだぞ!それを助けるのがリンケージである俺の――」
『僕たちも銀河さんに賛成です』
輸送機の無線越しに、ケイゴの声が届いた。
『目の前の若者が危機に晒されているのならば、助けるのが道理でござる』
別の輸送機に乗っているジョーも同意見を口にした。
コウイチやマナミも同じようなことを言っている。
更にボートフェルトまでもがレオンへと振り返る。
「この辺はAAAの勢力圏で、ニューカッスルではハルクキャスターとAAAが共闘していた。ならば、AAAかもしれない連中に接触してみるのも手じゃないかね?」
「わざわざ武装した連中に接触すると?」
「武装してない連中よりもものを知ってそうじゃないか?」
レオンの反論に、微笑を返すボートフェルト。
「それに――」
さらに、計器類をノックしながら呟く。
「あー、計測機器にノイズが走るなー、これはもしかして奴らの
滅茶苦茶な棒読みで、実にわざとらしいセリフだったが。
「MUF憲章第四条」
ここで、ずっと黙っていたリィルが口を開いた。
「MUFの攻撃対象は、イグドラシル連合及び部隊作戦行動に明らかに支障を来す敵性武装勢力に限る。ただし、国連平和維持活動に準じる、もしくは国際連合機関からの正式な命令がある場合は、これを例外とする」
彼女が述べたのは、ほとんど覚えていないような文面、MUFの活動に対する法律だった。
「それに、該当しますか?」
感情の読めない顔で、リィルはレオンへ問いかけた。
茶番だ。
レオンは心からそう思ったが、ボートフェルトの言うこともわかる。闇雲に偵察で動き回るよりは、『蛇の道は蛇』に賭けてみるのも建設的かもしれない。
「リンケージは機体に搭乗して待機。大尉、目標地点に降下したい」
レオンはこの事態に対して介入を決意した。
銀河は意気込んで貨物エリアへ移動し、スピーカー越しに「そうこなくちゃ」と弾んだ声も聞こえてくる。
「了解だ。任せておけ」
ボートフェルトの声も、幾分か弾んでいるようだった。
5分後、貨物エリアで機体を立ち上げるリンケージたちの下へ、ボートフェルトからの通信が入った。
『では、第666独立機甲中隊〝ストレンジャーズ〟の諸君、隊長より作戦の説明だ』
それに応えるように、隊長であるレオンは説明する。
部隊通称は(変な名前をつけられる前に)『この世界にとっての余所者』であることから昨日のうちに決めていた。
「ストレンジ1よりオールストレンジャー。これより輸送機からの降下による武装勢力制圧作戦を開始する。コマンドポストにはルィリ少尉が入る」
コマンドポストオフィサーを務めるリィルは各機に戦域図を転送し、状況説明を開始する。
『戦闘予定地点は10メートル以上の木々からなる熱帯雨林、そのポケット部になる草原及び湿地帯です。敵戦力は旧世代の
「作戦参加機はストレンジ01、03、04、05、07、08、09だ」
レオンは自分とアンディ、フランク、アブ、銀河、ジョー、ケイゴたちの7機での参加を説明した。コウイチの〝クロガネ〟はまだ修理・改修が終わっておらず(だからといってオーストラリアに置いていくわけにいかなかった)、マナミの〝ムラクモ〟はその重量のせいで空中からの投下は輸送機自体を構造上危険に晒す恐れがあるため今回の出撃は見送っている。それでも2人をコックピットに乗せているのは万一を想定してのことだった。
『現在高度2万フィートまで降下中。3千フィート到達後カーゴハッチを開放。各機は降下を開始し、作戦行動に移ってください』
リィルは淡々と言っているが、それでも上空1キロから降下しろといわれて穏やかな気持ちではいられない。本当はもっと高度を下げて欲しいところだが、1キロだって敵対空兵装を警戒すれば危険な高度だ。妥協点としてはしょうがない。万一の想定としてライトニング級4機だけにはハルクレイダー用降下ユニット(パラシュート)を装備させているが、他の機体は自機のスラスター推力とALフィールド、操縦技量頼みになる。
『降下ポイントのデータ、更新します』
高度を下げると、より詳細な現地状況が送られてくる。
『高度3千フィート到達。カーゴハッチオープン。降下開始』
「03、降下開始」「04、降下」「あぶ」
まずはアンディたちがハッチから飛び出し、ケイゴたちも続く。レオンが飛び出し、最後に銀河が緑の大地を見下ろしながら続く。
「〝クロスエンド〟、行くぞ」
こうして、地上へとガーディアンが解き放たれた。
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