第5話 戦闘開始

 リンケージたちは宿に集まった。

 街外れにある国道沿いのモーテルで、情報交換を行う為だ。

 レオンたちも、黄色いバンダナを腕に巻いた男たちを目にしたようで、彼らがオーストラリアに上陸したAAAの一派であることは間違いないだろうという見解になった。

 AAAの男たちは車で20分ほどの場所に陣地を築き、そこに兵器を集めている。これはアンディたちがAAAを尾行し、陣地を遠目に偵察したことで判明したものだ。

 建造物自体はオーストラリア軍かMUFで使用していたと思われる小規模の補給基地で、広さは200メートル四方といったところ。4つの格納庫と、そこから戦車と兵員輸送車が数輌確認できたそうだが、総数は不明。滑走路がないため、固定翼機は配備されていないと思われる。

「厄介そうなのは、これだ」

 フランクが携帯端末を取り出して写真を見せた。

 それは角ばったボディに長い砲身を持つ車輌――自走砲だった。

「基地外周に4輌確認できた。大きさから、口径は150から170ミリ。有効射程は不明だが、恐らく3から30キロだろう」

「なんでそんなに幅があるでござるか?」

「直射か曲射の違いだ。もっとも、自走砲ならば後者だろうがな」

「30キロって……近付けないじゃないか」

 マコトが顔を顰めた。

「いや――」

 レオンが首を振った。

「律儀に30キロに入った時点で砲撃されるわけじゃない。周囲の地形を利用すれば、20メートルクラスの機体でも6キロ程度ならば察知されずに近付ける。俺たちの機体ならば、更に2キロ以上接近が可能だ」

 レオンが周辺の地図を広げて街と基地の位置を記入していく。

「作戦はこうだ。まずは、お前たち2機が東6キロから進行。囮になる。180秒後、基地南側4キロにスタンバイしているアンディ、フランク、アブが進出。二次陽動のために走り回ってもらう。その更に180秒後、俺が西南西3.5キロ地点から基地へ突貫。敵自走砲を優先して潰す」

「俺たちに囮になれって?新入りに厳しいぜ」

 嫌味を込めてマコトは言うが、

「ある意味一番安全な役割だ」

 レオンはそれを否定した。

「アンディたちが直後に動く以上、火砲以外は大した迎撃が来ないはずだ。例え命中しても数発程度、スーパー級なら耐えられるだろう?」

「上杉さんは?クラッシャー級ですよ」

 ケイゴは同じポジションにつけと言われた競技選手に目を向けるが、

「拙者ならなんとかするでござる。迎撃の機動兵器が来たならば、〝切姫〟と〝刺鶴〟の二振りで両断でござる」

 ジョーは自信満々に豪語する。

 その様子を見たレオンは最後に告げた。

「作戦開始は明日夜、24時だ」



 オーストラリアは平均標高340メートルの比較的平坦な土地だが、もちろん起伏は存在する。有名なのはエアーズロックだが、大小様々な岩石などがある。遮蔽物、という点では自然公園内外の樹木なども挙げられる。

 3方向に分かれたリンケージたちは、AAA拠点にギリギリまで近づき、待機している。

 ジョーはウズウズと貧乏揺すりで落ち着かない。

 ケイゴたちは会話がなく、ぴりぴりとした空気だった。

 現在は敵に察知されないために無線封鎖状態にある。離れたレオンたちと会話することもできない。時刻を合わせた時計によるタイムスケジュール通りに動き出すことになる。数十秒毎に時計に目をやり、目を瞑り、拳を握り、深呼吸、また時計を見て、を繰り返す。

 対してレオンたちは落ち着いたものだ。

 レオンはコックピットで機体のシステムチェック中だ。不安要素を少しでも減らすためのもので、〝ノートゥング〟の存在があるからこその確認作業だった。

 アンディ・フランク・アブの3人はリラックスしたもので、下方に向けて絞ったマグライトでポーカー中だった。

 アブががっくりと肩を落としながら、カードを片付け始める。

 時刻は23時45分。

 突入まで、あと900秒を切っていた。


 元オーストラリア陸軍補給基地で警戒任務に当たっているAAAの男は、大きな欠伸をしながら塔のような観測所に詰めていた。

 あまりに暇な仕事であり、大抵は読書や居眠りの時間に費やす人間が多い。

 この男もまた、例に漏れず退屈凌ぎにヘッドホンで音楽を聴いていた。ガンガン大音量で聴き、右脚がリズムを刻んで揺すられる。

 この補給基地に陣取ってから2週間、これまでに襲撃されたことは一度もない。

元々3年前のイグドラシルによるオーストラリア上陸作戦で戦力の半数以上が壊滅していた上、最近はMUFもオーストラリア軍もハルクキャスター狩りでそれどころではなかった。更に現在はほぼ壊滅状態のニューカッスル基地の惨状により、両軍共に充分な手が回っていない。元々ニューカッスル基地にいるMUFの主力はオーストラリアの陸海空三軍を主力として構成されている。MUF基地が新設されても、オーストラリアにある戦力自体は微増しかしていないのが現実だ。

 この補給基地には型落ちだが戦車8輌、自走砲4輌、対空車両4輌、攻撃ヘリ8機、第二世代ハルクレイダー8機が配備されている。今はさらに『オマケ』も見つけたのだ。

 陸軍2個中隊相当の機動戦力の保有は、MUFはもちろんのこと、パースに駐留している戦力だけで対応することを難しくしている。

 パースの部隊とAAAがぶつかれば、勝つのはパース側だろう。だが、それなりの損耗が予想される。事実、パース司令部では航空支援・機甲戦力による支援を前提にハルクレイダーによる高高度空挺降下作戦を練っているが、まだ実現段階に至っていない。

 男は見張りの交代時間を気にして腕時計を見た。

「ん?」

 そのとき、遠方でキラリと何かが光ったことに気付いた。ほんのわずかなものだったが、特にやることもなく暇だった男は望遠機能付き赤外線スコープを覗き込んだ。

 どうせ月明かりに照らされたゴミかなにかだろう。そう思っていたのだが、

「なんだあれは!?」

 2機の人型兵器、しかも見たこともない機種である。オマケにでかい。それらがこちらに向かって走ってくる。まだ7キロ以上離れているが、接近されるのは時間の問題だろう。

 男は迷わずに基地中に敵襲を知らせる警報を鳴らした。同時に観測所設置のトランシーバーをひったくるように掴み取る。

「こちらウォッチャーだ!敵襲だ!方位090、距離7600!」


「左だ!」

「わかってる!」

 マコトの声に被せて叫び、ケイゴは敵拠点に向けて地表を滑空中の〝青龍王〟に回避行動を取らせる。機械の翼が開き、直進するベクトルを逸らす。

 一瞬前まで青い機体がいた場所を、165ミリ榴弾が着弾し、地面を大きく抉った。

「見つかるの早すぎだぜ」

「文句言わずにレーダー見て!」

 舌打ちするマコトに、ホノカが叫ぶ。続けざまに3発の砲弾が放物線を描きながら向かってきていた。

 さすがに避けられない。

「ホノカ、防御方陣!」

「了解!」

 〝青龍王〟が右腕を翳すと、八角の方陣が展開され、防御体勢を取った。

 1発が着弾し、炸薬が爆炎を起こす。

 自走砲の効果観測手は「着弾!」と意気揚々に報告したが、〝青龍王〟は未だ健在だった。装甲フィールドを大きく削られたが、行動不能にはまだ遠い。

 観測手は「なんて装甲だ!165ミリだぞ!?」と驚愕を露にした。

「なかなか大歓迎でござるな」

 一方で、〝姫鶴一文字〟を駆るジョーはどこかテンション高く呟く。

 二振りの刀剣を両腕に握る機体は左右に揺れながら砲弾をかわしていく。

 正面、ちょうど回避した先を狙い澄ましたような軌道で砲弾が迫るが、

「チェストォォォ――――!」

 二振りの刀剣が下から上に、×字に振るわれ、砲弾が切断・弾き飛ばされた。

 自走砲の効果観測手は「無茶苦茶だ…」と項垂れた。

 と、ここで観測手を含めた全員に無線が入る。

『総員に告ぐ!新たな敵影接近!数、3!方位180、距離3800!』


 アンディたちライトニングミーレスを刈る3人は、ランダム回避機動を取りながら直進している。そのすぐ横を、超音速で砲弾が横切った。

 ケイゴたちに襲い掛かっているのは曲射射撃だったが、こちらは直射射撃だった。

「前方、距離3000に戦車MBT、数は5!」

装弾筒付翼安定徹甲APFSDS弾だ!直射弾はカンベンだぜ。避け辛い」

「あぶー!」

 アンディが敵を捕捉すると、フランクが冷や汗を掻きながらぼやき、アブがいつも通りなにやら口にする。

 砲撃の中に突っ込んでいくのは初めてではないが、いつやってもいい心地はしない。

 そこへ、バラバラバラと何かが連続して叩かれる音がした。

「ヘリまで出てきた!」

「あぶー!?」

 肉眼では捉え辛いが、複数のヘリが飛行して向かってきているのに気付く。

「手早く頼むぜ、レオンさん……」

 攻撃ヘリに搭載された機関砲やロケット弾の雨を想像しながら、早く時間が過ぎるのを願うアンディたちであった。


「ふん、莫迦め」

 AAA指揮官はどうにか気を落ち着けた。

 見たこともない機体がこちらに向かっているという警報を聞いたときは焦ったが、第一波は自走砲が、第二波は戦車と攻撃ヘリが殲滅行動を継続中だ。人型兵器とは思えないかなり強固な装甲を持った機体もいるようだが、165ミリを連続で喰らえば無事ではいられないだろう。

 陽動にしては早く動き過ぎだ。もう少し戦力を引きつけてから侵攻しなければならないのに、気が短いというかなんというか。これでは各個撃破されて終わりだ。

「一応空挺降下を警戒して対空自走砲M167も出しておけ。もし敵が2000を切ってきたら水平射撃で弾幕にもできる」

「了か――あ!」

「どうした」

「ほ、方位260、距離2600より接近する機影!数は……1!」

「ちっ、まだ伏兵がいたか!〝カシオペア〟を出せ!」


 レオンの目には、40ミリアサルトライフルカノンを構えた寸胴の機体――第二世代ハルクレイダー〝カシオペア〟4機が映っていた。拠点の前で横に広がり、射程に〝ロードナイト〟が入るのを待っている。

「第二世代機、と言っていたな…」

 レオンはニューカッスルにいる間に調べたことを反芻する。

 細身の第三世代機〝ペルセウス〟や〝スサノオ〟と違い、第二世代機はドラム缶に手足を生やしたような重厚、もとい鈍重な機体である。眼前の〝カシオペア〟やニューカッスルに配備されている〝ケフェウス〟は、機動性、運動性、操縦応答性が第三世代機に比べて大分低い。基地周辺は開けているため、わざわざ表に出て遮蔽物による防御や奇襲を捨てている時点で運用方法を間違えている。

 レオンはフルアクセルで急加速し、人型機へと突っ込む。

 4門の40ミリ砲弾が〝ロードナイト〟へ向け掃射される。

 しかし、6メートルに巨大化したとはいえ、〝ロードナイト〟には当たらない。左右に小さく、時に急旋回。機体を傾ぎ、すぐさま跳躍。舞踏のような機体捌きでハルクレイダーへ向けて距離を詰める。

 〝カシオペア〟まであと200メートルを切ったところで、大振りな外套のようなスカートパーツから構造相転移ソードを抜く。

 〝ロードナイト〟は〝カシオペア〟と比べるとかなり小さい。10メートルと6メートルでは、まるで大人と子供だ。

 だから、〝カシオペア〟のパイロットは俊敏な動きで接近する小型機に焦りこそすれ、恐怖を抱くには至っていない。

当たらないならば接近して仕留める。

 その考えの許、4機のうち2機の〝カシオペア〟はナイフを装備した。

「甘い」

 レオンは前衛に出てきた〝カシオペア〟の動きを見て、最初のターゲットを定めた。

 ナイフを持つ両腕が切り飛ばされた。

「なんだっ!?」

 パイロットが愕然としていると、隣の機体は跳躍した〝ロードナイト〟のすり抜け様に頭部を切り落とされ、着地と同時に両膝が切断された。

「撃て!撃てぇ!」

 残る2機が慌てて2門のライフルを向けるが、既に遅い。

 〝ロードナイト〟は正面100メートルにいる。それは、レオンにとって近接格闘戦の距離だ。

 疾走する〝ロードナイト〟から射出されたワイヤーアンカーが〝カシオペア〟両機に打ち込まれた。高速疾走する〝ロードナイト〟はそのまま2機の間をすり抜ける。

 そこで、2機の〝カシオペア〟が一瞬宙に浮いた。頭から地面に打ち付けられ、2機が互いのボディとも衝突した。重量はハルクレイダーの方が重いが、運動エネルギーが加算された慣性が勝った結果だ。

 急旋回で戻ってきた〝ロードナイト〟は構造相転移ソードを地面に倒れた敵機の腹部装甲に突き立て、横に裂いた。機体の手足が一度ビクンと跳ね、動かなくなる。

 レオンはすぐに拠点へ向けて乗機を奔らせる。

 敵拠点――旧補給基地には、すぐに到着した。自機のモニタの端には、複雑な機動を見せる〝ナイト〟も映っている。

(自走砲は……)

 優先破壊目標を探す。

 すぐに見つかった。距離にして500メートル。ある意味自走砲の射程外だ。

 双翼のように構造相転移ソードを広げて自走砲に迫る。

 M55 165ミリ自走榴弾砲の中にいる3人は、慌てて副兵装の12.7ミリ機関銃を〝ロードナイト〟に照準する。曳光弾の軌跡が流れていくが、黒い小型機を捉えるには至らない。

 同じように、別方向からも曳光弾を確認した。基地外延部にあるもう1輌の自走砲からだ。

 如何にガーディアンとはいえ、ライトニング級では12.7ミリ弾を集中されれば危険だ。〝ノートゥング〟の影響で装甲フィールドが増強されているが、無視するわけにもいかない。

 レオンは機体を左右に振りながら、一気に距離を詰めていく。

 途中で銃弾が肩部装甲を掠めた。気に留める必要のないほどの、小さな傷ができた。その傷が、瞬時に塞がった。

 OSにまで食い込んだ〝ノートゥング〟は、嘗てウィストル・ユノー操るハルクキャスター〝ノートゥングツヴァイト〟の破損・欠損部分を瞬時に再生させていた。それと同じ効果を〝ロードナイト〟に与えている。どんなに細かな損傷でもすぐさま補修してみせ、ニューカッスル基地で行われた実験では腕部マニピュレータの欠損を30秒足らずで全快させた。

 今回の作戦でも、装甲への細かな傷を無数に受けていたが、その痕跡は既にない。損傷を受けた傍からすぐに回復が始まる。しかも――

「ぐぅッ!」

 レオンは苦悶の声を漏らし、口の端から血の筋が垂れた。

 この超回復効果はパイロットに直接負荷として襲い掛かる時がある。ピーキー過ぎる回復能力なのだ。

(機体の前に、俺が死ぬかもしれないな……)

 レオンは血が混じった唾液を嚥下し、機関銃を撃ち続ける自走砲へ突貫する。

 もう自走砲との距離は100メートルを切っていた。死角に入ったのか同士討ちを警戒してか、他方向からの銃撃は止んでいる。

 黒い機体は跳躍し、腰スカート部のワイヤーアンカーを展開。アンカーを車体へ打ち込んだ。すぐに牽引し、勢いのまま自走砲へ着地する。逆手に保持された双剣はハッチと車両前部に突き立てられ、中にいる砲撃手と車長をひき潰した。

 レオンはすぐに機体を飛び退かせる。その直後、40ミリ弾がさっきまで〝ロードナイト〟の胸部があった場所を通過した。

 〝カシオペア〟2機と、その横には14.5ミリ砲4門を備えた自走対空砲車両2輌が〝ロードナイト〟を狙っていた。

 構造相転移ソードを投擲する。1機の〝カシオペア〟の胸部装甲を貫き、後ろ向きに倒した。

 背腰にマウントされたハルバード〝ノートゥング〟に手を伸ばす。柄が伸び、身の丈を超える異形の槍斧が姿を現し、その姿にAAAの構成員は畏怖した。柄は血管のようにいくつもの青筋を立て、斧刃には血走った眼が開眼している。

 〝ロードナイト〟がノートゥングを横薙ぎに振るい、自走対空砲の上半分が両断された。すぐさま跳躍し、もう1輌の自走対空砲へ着地。構造相転移ソードでハッチを串刺しにして車両前方へ切り払う。

燃料が火花で引火し、爆発が起こる。爆炎の中から歩み出る黒い小型機の姿に、〝カシオペア〟のパイロットは歯をカチカチと鳴らしながら震えた。

「あ、悪魔か……」

 見下ろすほどの大きさであるはずの黒い小型機に、パイロットは気圧されていた。

「バ…、バケモノがぁぁぁ!!」

 ナイフを引き抜いて駆け出すが、直後、ノートゥングの直刀がコックピットを貫いた。

「次」

 レオンは2輌目の自走砲を潰すべく、〝ロードナイト〟を移動させた。

 本人は気付いていない。その口角は、うっすらと笑みの形を作っていたことに。

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