第4話 ノースマンの街
2日後の夜になり、レオンたちは目的地のノースマンへ到着した。
ダンダス自然保護区に隣接する街で、見たところ変わったところはない。典型的な欧米の地方都市であり、中心部には繁華街、少し離れれば戸建ての住宅地が広がっている。
「異世界と言っても、あまり変わらないでござるな」
ジョーは周囲を見回して感想を口にする。
「本当にここにテロリストがいるんですか?」
ケイゴが同じように周囲を見回しながらレオンに訊いた。
「確証があるわけじゃない。目的は威力偵察――つまり『つついて炙り出せ』ということだ。MUFの情報が100%正しいと言い切れない以上、まずは情報収集に移るべきだな」
3手に分かれての情報集が開始された。
ジョーは裏路地を歩いていた。
繁華街から少し外れたビルの間を、腰に刀を差した状態で歩いているが、周りの誰も咎める者はいない。
何やら「サムライ!」やら「ジャパニーズブレイド!」「違うぞ。あれはカタナって言うんだ!」やらと興奮した様子でジョーを指差す者はいるのだが、警官が来て職務質問をかけられることはなかった。恐らく、オモチャを下げている日本かぶれ(もしかして日本人か?)くらいにしか思われていないのだろう。
なぜここの人々は自分が有名人だと知っているのだろうか。ここは異世界なのに。
そんな見当違いなことを思っていたジョーは、
「え~、そんなのイヤよ~」
女性の声に気づいた。
「いいじゃねぇか、病みつきにしてやるって」
続く男の声。ジョーが声のする方へ目を向けると、露出の多いドレスの女と頭と腕に黄色いバンダナを巻いた男が何かを話していた。男は女の腕を掴んで引き寄せようとしている。
それを見て、ジョーは腰の刀を抜いて駆け出した。
「そこまででござるよ、この暴漢め!」
「――は?――げふっ」
男は横薙ぎの刀に腹を打たれ、その場に倒れて気絶した。恐らく骨の数本は折れているだろう。
「安心するでござる。峰打ちでござる故」
全然安心できない惨状の男を見下ろしたジョーは、女性に振り返り、
「もう安心でござ――」
「あたしの客に何すんのよ!」
すごい剣幕で怒られた。
「いや、拙者は――」
「代わりにあんたがあたしを買ってくれるわけ?金あるの?」
「いや、現金の持ち合わせは多くは――」
「死ね!」
「はうっ」
股間を蹴り上げられ、ジョーは蹲った。
(我が妻よ、異世界の女性は屈強で恐ろしいでござる……)
機甲暦に残してきている妻の存在を思いながら、バンダナ男と肩を並べて悶絶するのであった。
大衆食堂に、中学生の3人は足を運んだ。
テーブル席は満席だったので、カウンターに並んで座った。
カウンターの内側では、アフロの中年女性が忙しなく動き回り、ケイゴたちの注文を受けると再びあちこちへ動き出した。
「ホントにこれでよかったのかな?」
「何がよ?」
「俺たちがレオンって人たちと一緒に戦うことだろ?」
ケイゴの問いかけに、ホノカは聞き返し、マコトは飄々と補足した。
「元の世界に戻るには、それが一番だって言ったのはケイゴでしょ」
「それはそうだけどさ。人間同士で殺し合うかもしれない」
「今更だろ。これまで戦ってきたのは何も奈落獣だけじゃない。ディスティニーとだって戦ったじゃないか。これまでと同じじゃんか」
「それでもさ……」
ケイゴは俯き、声を絞り出した。
「異世界でも、人間同士が争ってるんだな、って思って。みんなが笑顔で、平和に過ごしている世界があってもいいって、そう思ってたから」
ただの理想論だと、多くの人間が笑ってきた、しかしケイゴにとっての切なる願いだ。
〝青龍王〟に乗っているのは、そんな世界を築くため。流れる涙を減らすため。途方もない、非現実的な理想だった。
「なら、尚更よ」
ホノカはケイゴの拳を握った。
「あたしたちは元の世界に帰るための方法を探す。レックスとミナトも探し出す。そして、その過程で立ち塞がるものには立ち向かう」
「ま、今までと変わらねぇさ。元の世界に帰るのと人探しが増えただけだ」
マコトも努めて明るく言い放った。
「そう……、だね」
それに釣られるように、ケイゴははにかんだ。
「はいよ、お待ちどうさん!」
そこへ、アフロの女性店主がやってきて、両手の円形トレイに乗った料理をカウンター越しに置いた。
ミートパイ、オージービーフ・ステーキに、ルーミートのソテーなど、適当に選んで頼んだ物が並べられていく。
「それにしても――」
女性店主は珍しいものでも見るような視線をケイゴたちに向けた。
「ボウヤたち、こんな場所に何の用だい?」
珍しい、というよりは、怪訝そう、といった方が正しいかもしれない。
「実は、中学校の修学旅行で自由行動になったんです。グループ単位で場所を選べるので」
ケイゴは予め用意しておいた回答を口にした。
この世界の情勢についてはレオンたちから聞いていた。2日間という移動時間があったため、大まかな地理についても聞き及んでいた。自分たちの名前の響きと文化から『日本』というイズモに似た国の人間であることを伝えれば疑われないということも聞いていたため、日本人修学旅行生という設定を用意したのだった。
しかし、店主はケイゴの答えを聞いて眉を顰めた。
「悪いことは言わない。食べたらさっさと出て行った方がいいよ」
そう、声を細めて囁いた。
「物騒なのがいるからね」
店主がちらりと視線を外すと、ケイゴたちは目でそれを追った。
テーブル席で莫迦騒ぎしている男たちが4人、ジョッキを手に上機嫌でいる。右腕には黄色いバンダナを巻いる。周囲の客たちは、関わり合いになるまいといそいそと食事をしている。
「あいつらが来てから、まるでマフィアが牛耳るスラム街さ。法外なみかじめを要求されるわ、我が物顔で闊歩しては喧嘩をふっかけるわ、たまったもんじゃないよ」
聞けば、AAAという最近勢力を伸ばしている組織らしい。オーストラリア軍がMUFの支援に回っているこの数日は、特に横暴が酷くなっているのだそうだ。
バンダナを腕に巻いた男たちが立ち上がり、談笑しながら歩き出す。ケイゴたちの後ろを通り過ぎ、そのまま店を出て行く。
金を払った様子はない。店主もそれを咎めない。
つまりは、『そういうこと』なのだろう。
「変な難癖つけられる前に、この街を出た方がいい」
最後に忠告し、店主は仕事に戻っていった。
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