第2話 鬱憤
翌日、8時40分――
機体の搬入を終えたレオンは基地内を歩いていた。
格納庫の近くでは、未だに瓦礫が積み重なっているが、日を追うごとに量は減っている。作業が着々と進んでいる証拠だ。
「あれは…」
少し進んだところで、膝立ちになっている白い巨体が目に入った。この世界では倍近い体格差を持っている機体であり、余計に目立つ。足許にはそのパイロットもいた。
「レオン……さん」
結城銀河はレオンに気づき、顔を上げた。
「こんな時間に作業開始か」
「いや、さっきまでやってたんだけど、いい加減少しは休めって言われた」
レオンが視線を遠くにやると、400メートル先では寸胴のハルクレイダーが数機、重機と共に作業をしていた。
「まさか、夜通しか」
レオンは半ば呆れたが、
「この下に人がいるかもしれないって思ったら、休めなくて…」
銀河は俯きながら呟いた。
「今も救助を待って生き埋めになってる人がいるかもしれないんだ。それに、疲れたくらいじゃ死なないし……」
「疲労による操作や判断のミスで誰かが死ぬことはあるかもな」
溜息混じりにレオンが告げた。
「ただ興奮していて昂ぶっているから疲れているという自覚はないようだがな。疲労によって一瞬だけ意識を飛ばしたやつがロケットの直撃で吹き飛んだのを見たことがある」
無数の戦場の記憶を呼び起こしながら、レオンは話す。
「お前が周囲のためを思うなら休め。このまま二次災害を起こす前にな」
言いながら、レオンは思った。
(俺が説教とはな。俺もらしくないことをした)
同じ戦場を共にしたことで多少の仲間意識でもできたのだろうと無理に納得させ、レオンはその場を去ろうと足を進めた。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
と、そこで怒鳴り声を耳にする。少し離れた場所だ。恐らく、50メートル先にある半分が吹き飛んだ格納庫の辺りだ。
「喧嘩…?」
「穏やかじゃないな」
レオンはその声に含まれた殺意に気づき、声のする場所に歩いていく。銀河はそれに慌ててついていく。
そこでは、野戦服の男3人が、地べたに尻餅をつくツナギを着た男を見下ろしていた。ツナギの男の顔は傷ついて歪んでいた。
「この裏切り者がぁ!」
「てめぇのせいで!」
「AAAのクズが!」
罵声を浴びせながら、倒れた男を足蹴にする。躊躇いや遠慮といった様子は一切ない。怒りに任せた私刑であると、レオンは台詞から判断する。
先の襲撃はAAAの仕業であるという話は基地中で噂になっていた。襲撃犯の数名が捕縛され、取調べを受けている。その供述内容が漏れた結果、AAAの関与は基地の人間ならば周知の事実となってる。
「ア、アメリカのイヌ風情が…」
倒れている男は声を絞り出すが、顔面を蹴られて地に臥した。
「あれ、止めないと…!」
銀河はこの光景を見て走り出そうとするが、レオンはその腕を掴んだ。
「やめておけ」
「放せよ!あんなの放っておけるか!」
「お前までああなるぞ。これは謂わばガス抜きだ。見ろ」
レオンが促すと、銀河は周囲の状況に気づく。
自分たちの他にも、周囲には十数名の軍人がいて、遠巻きに私刑を眺めている。
「よくあることだ。下士官や尉官も混じっているが、誰も止めようとはしない」
「そんな…」
銀河が愕然としている間も、リンチは進む。
男にポリタンクの液体がかけられた。次いで、ライターが取り出される。どうしようとしているのか、すぐに想像がついた。燃料だ。
「や、やめてくれぇ!」
鼻を突く臭いによってかけられたものの正体に気づいた男は上ずった声を上げる。
「ヨハンはな、鉄骨の下敷きにされたまま、火に巻かれたんだ」
ライターを持つ男が拳を、顔を震わせながら言う。
「熱い、殺してくれ、焼け死ぬなんていやだ。そう叫びながら、俺はスライドの下がった自分の銃を見下ろすことしかできなかった」
目には涙が浮かび、亡き戦友のことを想っていることが窺えた。
「なんで鉄骨に潰されて死ねなかったんだ。なんで火に巻かれる前に窒息しなかったんだ。喉が潰れそうなほどの絶叫を上げながら焼かれるあいつを、俺は見ていることしかできなかった……」
その目に、殺意が宿り、顔を青くする男を見下ろした。
「てめぇを同じ目に遭わせてやるよ…!」
ライターに火をつけようと、
「何をしている!」
指を動かしたところで、男たちの背後から声が上がった。
MUF正装の青い軍服に、
「た、大尉…、これは…」
3人の男たちは一斉に敬礼するが、うまく言葉を返せずにいた。
「AAAのスパイか。ならば、こちらで連行する。連れて行け」
後ろに控えていたMP2人が燃料に濡れた男を両脇から抱え上げ、拘束した。
「ま、待ってください!大尉殿!」
ライターを持った男が声を上げた。
「そいつは俺の、俺たちの戦友を…!」
「口を慎め、伍長」
MPの大尉は静かに告げた。
「これがわたしの任務だ――」
その冷徹な声に、周囲の見物人は不満げな視線を向けた。もう少し後に出て来い、空気を読め。そんな声が聞こえてきそうだった。燃料をかけられた男はほっとした表情を浮かべ、助かったと小さく口にしていたことが、余計に不満を煽っている。
だが、大尉はこう付け足した。
「――まったく不本意だがな。転属願いを出すべきだった。こんな任務についていなければ、すぐにでも八つ裂きにしているところだ」
連行される男に鋭い視線を向けながら、MPの大尉は言い放つ。
周囲が静まり返る。
大尉は一度周囲を見回し、それから去っていった。
銀河は俯き、レオンはそれを横目で見た。
(こいつには刺激が強かったか)
元々半端な時間を潰すための散歩であったことを思い出し、レオンは踵を返した。
これから長いドライブになると思いながら、アンディたちの元へと向かうのだった。
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