第1話 新たな任務
西暦2122年10月29日、オーストラリア・MUFニューカッスル基地――
レオン・ホワイトは格納庫で自分のガーディアンを見上げていた。
彼が乗るのはライトニング級ガーディアン〝ロードナイト〟だ。
『全高6.2メートル』、『黒い装甲に赤い波形のラインの引かれた』機体で、武装は二振りの構造相転移ソードと『片方が直刀になっている異形のハルバード』だ。ハルバードは『全長6.5メートル』だが、今は刃を折り畳み、柄が短く格納されて背腰部にマウントされている。5人の整備員が取り付き、その機体を調査していた。
「…………」
レオンは整備員に囲まれた〝ロードナイト〟を見つめたまま黙る。
黒い装甲、特に右腕には血管のような紫色の隆起がそこら中に広がっている。側頭部には一対のセンサーマストが前向きに『生え』、鬼のように見える。
すぐ横には3機のライトニング級ミーレスが並び、隣の黒鬼に見下ろされていた。
レオンは2日前のことを思い出す。
黒い意思が己の意識を呑み込もうとしている。
いや、一度呑み込まれたはずだ。黒い粘度のある池から這い出るような感覚を覚えている。沈んでいる間は只管に怨嗟や恐怖を徐々に刷り込まれていく感覚が延々と続いていた。
黒い淀みからやっとの思いで這い出したとき、レオンは意識を取り戻した。
一回り大きくなった〝ロードナイト〟に、先ほどまで敵が持っていたハルバード。欠損した機体の右腕は再生されていて、システムには『ノートゥング』の文字。
意識を強く持つ。
すぐ隣で黒い意思が覆い被さろうとしていたが、すぐにそれは霧散した。今のところは。
(スターゲイザーとしての力に助けられたのか、スターゲイザーであるが故に呑み込まれそうになったのか……)
考えても結論の出ないことについていつまでも考えることを、レオンはしない。
駆動系に異常はない。〝ノートゥング〟がOSに侵食しているようだが、システム画面に『ノートゥング』の表記がある以外は、以前と変わらない。
『レオンさん、大丈夫…なんですか?』
コウイチが顔を強張らせながら訊く。
「問題ない。今のところは」
レオンは感じていた。コウイチだけではない。アンディや銀河たちの視線が突き刺さっている。当然だろう。目の前でいきなり変貌を遂げた――いや、侵食され、悪鬼のようになった様を見せられたのだから。
基地管制から無事な格納庫への帰投を命じられるまで、一言も交わされることはなかった。
当然、〝ロードナイト〟はすぐに最優先調査対象となった。
第4整備中隊の恰幅のいい中年女性――ルイーズ・ブルックス中尉を中心とした整備班と開発技術者が、昨日から調査を続けているが、進捗は芳しくない。元々ガーディアンの調査でさえスムーズにいかなかったのに、そこへ更に理解不明の技術が入り込んだものだから、エンジニアたちには困ったものだった。
調査が行われている格納庫の外では、瓦礫の撤去や生き埋めになった軍人・軍属の救助、発見された遺体の収容が行われている。救助開始から36時間が経過しているが、その主力は破壊を免れた寸胴の人型兵器である第2.5世代ハルクレイダー〝ケフェウス〟と3.5メートルほどの強化外骨格だ。その周りには作業服や野戦服を着た軍人が集まり、人型機が大きな瓦礫を撤去し、繊細な作業を人が生身で行っている。
基地への人の出入りも多くなっている。
多いのはオーストラリア軍だ。滑走路が損傷しているため輸送機は使えない。そのため、日々数百数十輌のトラックが支援物資を運び入れ、派遣された陸軍兵が救助・復旧活動を手伝っている。
それでも広大な基地だ。施設の仮復旧だけでも2週間以上かかる。軍としての機能に至っては人員の損耗がひどい為に大幅な再編成が必要だ。数百人規模の犠牲者の多くはパイロットと整備員だ。破壊された機体自体は1週間から10日程度で部分的な補充は可能だが、人的資源はそうもいかない。
そんな状況下、リンケージたちはというと、各々で別行動を取っていた。
銀河は〝クロスエンド〟で瓦礫撤去を行っている。昨日行われた集団略式葬儀では拳を震わせていたが、今はそのときのことを忘れようとでもいうかのように、一心に作業をこなしていた。
コウイチは〝クロガネ〟の、マナミは〝ムラクモ〟の整備を行っている。特に〝クロガネ〟は転移前にもダメージを受け、先の戦闘では一番大きな損傷を受けている。粒子フィールドを通り越して装甲材にも損傷・欠損があり、基地内の開発グループが既存のハルクレイダー用パーツを使って補修に手を貸している。
アンディ・フランク・アブの3人は単純労働力として基地内の雑用に従事している。昨日までは機体で瓦礫の撤去だったが、今日は負傷者の救護を行っている。さすがに医療行為は行えないが、負傷者を運び、医師や看護師の補助という形で貢献していた。
そして、レオンはというと機体調査の立会い中であった。
といってもやることはない。ただ作業を見守るだけの、退屈な役割だった。
そんな退屈な時間は、不意に終わることとなった。
基地司令官、ゲイツ・ライナス少将への出頭命令が下された。
「以上が、これまでの進捗状況となります」
長身の黒人男性――バーナード・コリンズ大佐は執務室で革張りの椅子に座るライナスへ報告していた。
「基地機能の半分がマヒ、戦闘要員の3割以上が使い物にならん、か」
神妙に、ライナスは頷いた。
「全滅してもおかしくない状況でした。これもひとえに――」
「うむ、わしが司令官でなければ、もっと酷いことになっていた。この程度で済んだのは、ひとえにわしの存在があってこそだな」
「…………」
ふんぞり返って言うライナスに、コリンズは言葉を失った。
(指揮を執っていたのはわたしだったのだが……)
心の中で文句を言いつつ、いつものことだと思い、割り切った。
そこへ、ノックの音と共にレオンが入室する。
「おお、来たな」
不遜な眼差しを向け、ライナスは言う。
「先日は基地防衛ご苦労だった」
「いや、問題ない」
最低限の返事だけで、レオンはライナスの真意を探ろうとする。この傲岸不遜を絵に書いたような男がただ礼を言うためだけに人を呼ぶとは思えなかったからだ。
「貴様に任務を与える」
レオンが眉を顰めた。
「最近、オーストラリアにはAAAの構成員が上陸しているそうだ」
AAA――アジア武装同盟を名乗るテロリストであると、バーのマスターが言っていたのを思い出す。
「ハルクキャスター狩りが終わり次第対処しようとしていたが、当基地の状態は知っての通りだ。よって、高い戦闘能力を持った貴様たちに威力偵察を命じる。可能ならば殲滅するのが望ましい」
任務内容を受けて、レオンは数秒思案し、返答する。
「俺たちは傭兵だ。そちらの依頼に対して、正当な報酬を貰えれば――」
「フン、貴様、何を勘違いしている」
ライナスは失笑した。
「これは命令だ。レオン・ホワイト二等兵」
「なに…?」
「命令だ、と言ったのだ。レオン・ホワイト『二等兵』」
殊更に『二等兵』を強調して告げられた。
軍籍を与えられたのは形式上であり、リンケージの保護の名目のような言い方をされていたはずだが――
(俺も、状況の劇的変化で
ライナスが与えた認識票は、リンケージの立場を守る『免罪符』ではなく、『首輪』だったという事実を、レオンは今更になって知ることとなった。
「出発は翌日11:00。移動の足としてハルクレイダー用コンテナを改装したトレーラー2輌を用意させる。これならば貴様らの小型機4機の輸送が可能なはずだ」
「質問の許可をもらいたい」
「いいだろう」
「敵の予測規模は?場合によっては4機で対処できるか不明になる」
「規模は一切不明だ」
たった4機で数もわからない敵をどうにかしろと言われている。強襲はライトニング級の十八番だが、もし大規模部隊相手の持久戦にでも持ち込まれれば不利は否めない。面制圧を受ければ一瞬で全滅だ。
「〝ロードナイト〟の調査は?中断することになる」
「進捗は芳しくないようなのでな。稼動データを取った方が有益だと判断した」
撃破されるリスクは度外視か。
レオンは呆れながらも、了解、と返すしかなかった。
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