第6話 胎動
「なんだっ…これ…!!」
銀河は豹変した〝ノートゥングZ〟から放たれる『どす黒い』何かを感じ、身震いした。
スターゲイザーとしての感応が、機体から放たれる感情を感じ取ったものだ。
背筋が震える。気持ち悪い。だが、これはウィストルからの感情だけではない。機体自体からも発せられたものだ。
ざらついた粘質な視線。涎を垂らし、舌なめずりして獲物を品定めする、貪欲な狂人を思わせた。捕まれば最後、嬉々として嬲られ、蹂躙しつくされるだろう。
同じような感覚を、レオンも感じていた。
(欲望剥き出しの、空腹の獣といったところか…)
〝ノートゥングZ〟が動く。
足許に魔法陣が展開され、赤黒い光が浮かぶ。
不気味なハルバードを上段に振り上げ、赤黒い光が全身に広がり、覆われる。
コックピットでは滲む血文字のような表記が一文――
『The God Attack Bloody Fafnir』
「
狂気の咆哮と共に、光に覆われた〝ノートゥング〟が振り下ろされる。
その刀身に纏った赤黒い光は砲撃となって繰り出された。
射線上には、ライトニング級4機と〝クロスエンド〟、そして〝クロガネ〟の姿があり、直径20メートルはある黒の奔流に呑み込まれていく――
いち早く危険を察知したのは4人の傭兵たち――ではなく、銀河だった。背筋を凍らせるような感覚に慄き、勘だけで回避機動を取ったためだ。
一瞬送れてライトニング級も回避機動を取り、蜘蛛の子を散らすように散開していく。
コウイチも遅れず機体に回避行動を取らせた。
〝クロスエンド〟は直上への跳躍で回避に成功。機体の重い〝クロガネ〟は格納庫の陰に飛び込みながら、構造体を盾にしてギリギリ回避した。
当然、4機のライトニング級は回避に成功した――と思われたのだが、
「ちぃっ」
フランク機が回避移動中に何かに足を取られ、バランスを崩した。破壊した〝カウスメディア〟の砲身だった。そう気づいた時には、その重装甲機の残骸を巻き込みながら迫る赤黒い破壊の光が――
(詰んだか)
フランクが覚悟したとき、機体に衝撃を受けた。
レオン機がフランク機を弾き飛ばしたのだ。縺れ合うような形で2機の小型機が転がっていく。
「レ、レオンさん……」
『フランク、損傷は?』
「っ、――ありません」
『そうか』
破壊の渦に巻き込まれることは避けられた。
射線上では、戦車の走行まで想定して造られたアスファルトが大きく抉られ、周囲の格納庫やビルが大きく損壊してしまっていた。
恐らく、直撃を受けていれば無事では済まなかっただろう。
『俺は…、しくじったな』
なにせ、〝ロードナイト〟の右腕部の肘から先が消え失せていたのだから。
「すいません、レオンさん…、自分のせいで……」
『片腕だけで済んだ。1機丸々損失するよりはマシだ』
レオンは事務的に答え、機体のステータスチェックを始めた。
すると――
『ちっ、これは――!?』
破損個所には黒い粘質物質が蠢いており、それがじわじわと上腕部へと這い上がっていった。粘性物質が這った個所は腐敗でもしているかのように黒く変色していき、肩部装甲にまで達しようとしている。ステータス画面では右腕に制御不能の文字が浮かぶ。
レオンはすぐに機体の肩部から先を
(ALTIMAも関係なしか)
地面に落下した腕部パーツはグズグズとその姿を崩していく。周囲を見渡せば、建物にも侵食されている部分がある。対してアスファルトにはほとんどそれらしい痕跡がない。
(金属のみを喰っているのか……)
連発はできないと思いたいが、希望的観測であることを思い、すぐに思考を切り替える。
「時間をかければ不利になる。ヤツの損傷も回復しているようだが、一息で押し切る」
リンケージたちに向け、レオンが告げる。
「本領が発揮される前に速攻で叩くぞ。俺たちで気を引く。結城銀河、お前がキーマンだ。CALブレードの最大出力による一撃でコックピットか動力部を潰せ。橘はそのフォローに回れ。山田、お前は精密射撃に切り替えて敵の動きを抑制しろ」
次々と指示を出しながら、最後に言う。
「この1分で決める。それ以上かければ、喰われるのは俺たちだ」
4機のライトニング級は〝ノートゥングZ〟の周囲に展開する。光の球――魔法による誘導弾が追い縋ってくるが、建物を利用したワイヤーランチャーとターボローラーによる三次元立体機動によってギリギリのラインで回避をしていく。
「心臓に悪いぜ」「まったくだ」「あぶー」
アンディたち3人がぼやくが、
「だが、俺たちにしかできない仕事だ」
レオンが片腕のハンデを持つ〝ロードナイト〟を巧みに駆り、ビルから跳躍。一瞬遅れて光弾がビルを破壊した。
高機動で逃げ回る4機に苛立ちでも感じたのか、〝ノートゥングZ〟は1機の〝ナイト〟へと飛び込んでいく。
大きく振りかぶられた異形のハルバード。勢いよく振り下ろされる凶刃。
その斧部分が横殴りにされた。
「ふふん、どうよ!」
〝ムラクモ〟の大口径弾がピンポイントで命中した。その勢いのまま〝ノートゥングZ〟の機体が横に流され、ハルバードが建物に深く食い込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
〝クロガネ〟が〝ノートゥングZ〟に向かって跳躍していた。
繰り出しているのは右手のバンカー――ではなく、右足だ。
「アルティメットォォォォ――――――キィィィィィックゥゥゥゥゥッ!!」
雷光を纏い繰り出される〝クロガネ〟の切り札が〝ノートゥングZ〟を襲う。
〝ノートゥングZ〟はハルバードを抜いてから回避行動を取ろうとするが、その伸びきった腕部に〝クロガネ〟の右足が直撃した。加速した大質量による攻撃である。メキメキとフレームが軋み、やがて腕が引きちぎられた。黒い悪鬼がたたらを踏んで後ろによろめく。
「銀河ぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
〝クロスエンド〟が最大出力で〝ノートゥングZ〟に肉薄した。全出力をCALブレードの粒子に注ぎ込むため、イグニスすら全て格納しての突貫だ。
上段に構えるのではない。ピンポイントで急所に突き込むため、大きく右腕を後ろに引いている。
銀河は今でも〝ノートゥングZ〟から発せられる黒い感情を受け止めている。
『殺せ殺せ喰らえ喰らえ壊す壊す崩せ呑み込め――――――――』
怨嗟の声が絶え間なく、脳に直接訴えかけてくる。
『憎い悔しい恨めしい欲しいよお腹空いた食べたい――――――――』
CALブレードを突き込む。そこでやっと、〝ノートゥングZ〟の頭部が〝クロスエンド〟に向けられた。
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
胸部装甲――コックピットブロックがある場所――に対してブレードの切っ先が接触した。防御用フィールドと衝突し、火花が散る。
「力を貸せ、クロスエンドォォォォ!!」
刃が敵フィールドを徐々に蝕む。臨界にまで膨れ上がったAL粒子が眩く光り、CALブレードを中心に光が広がる。
『寒いよ…』
「―――っ!?」
流れ続けてきた負の感情の中で、か弱い少女の『声』が聞こえた気がした。
そのとき、銀河の意識が別の場所へと飛んだ。
光に包まれた世界で、銀河は見下ろしていた。
雪山を歩く、10代前半の少女。ウェーブのかかった髪はボサボサで、足取りは心許ない。
歩き続けた少女は大きな屋敷に辿り着き、入っていく。その中で、少女は服を脱ぎ、脂ぎった男の前に跪く。男の顔は愉悦に歪み、少女を睥睨した。
少女が家に帰る。小汚いあばら家に。
床に伏せた30代の男女と、少女よりも幼い童女。
冷気に包まれた薄暗い部屋で、童女に肩を寄せ、少女は半分に分けた芋を齧る。
『わたしががんばらないと、お父さんもお母さんも、妹も死んじゃうから』
場面は再び屋敷に変わる。いつも少女に舐めさせていた男が捕縛されていた。居合わせていたのは軍の高官で、彼は少女を見下ろして何かを呟き、手を伸ばした。少女はその手を取る。
場面は切り替わり、運動場。少女は吐瀉し、倒れるが、再び立ち上がって走り出す。涙を流しながらも大声を張り上げる。汗を振り払いながら、重いリュックを背負いながら歩き続ける。
大きくなった少女は、軍服に身を包み敬礼する。その前では、嘗て少女に手を差し伸べた、オールバックにした中年男性が返礼した。
『わたしが戦えば、家族は暖かい家で、具の入った味のあるスープを飲める。柔らかいベッドでゆっくり眠れる』
少女――ウィストル・ユノーは銀河を見た。
『だから、わたしは死んじゃダメなの。家族が、首都で暮らせなくなるから』
『もう、あんな生活には戻れない。体を売って、その日暮らしで食べ物を確保して。身を寄せ合って寒い家の中で眠る。朝には町の中で誰かが飢えか寒さで死んでいる。そんなの、もう人が生きる世界じゃない』
『わたしは人らしく生きるために戦っているのに』
視線が鋭くなり、銀河を睨む。かつてアンナが語った「売春か軍人くらいしか、あの時は選択肢がなかったんだよね」という言葉と寂しげな表情が蘇った。
『そんなわたしを、あなたは殺すの?』
「――おれは……」
銀河に躊躇いが生まれた。自分のせいで誰かの人生を狂わせる。その事実に恐れを抱いた。
『迷うな、結城銀河』
そこへ、男の声が割って入った。レオン・ホワイトだ。
『戦う理由があるのは当たり前だ。過酷な過去があるのも同じだ。他人の不幸自慢に付き合う必要はない』
ウィストルが今にも噛みつきそうな剣幕でレオンを睨む。
『お前はこの戦いに怒りを感じていたな。その原動力はなんだ。それは他人の昔話で霞む程度のものなのか』
銀河は思い出す。
奈落獣テロで、一瞬にして失われた自分の世界。両親は死んだ。自分はこの理不尽さに憤り、戦いに介入していった。犯人を捜すため。目の前の不幸に納得しないために。
そして、つい先ほど、目の前で理不尽に奪われる命を目撃したばかりだ。
「アンナさん……」
最期まで息子の名を呼んで逝った女性の姿は、胸を締め付けるには十分な記憶だ。
「俺は……」
拳を握る手に力が入る。
「この地に戦いを持ち込んだ貴様らを……」
奥歯を砕かんばかりに噛み締める。
「理不尽に奪う人間を、許さない!!」
CALブレードが、とうとうコックピットブロックの外装を突破した。メインモニターを引き裂いて刃が顔を覗かせる。
ウィストルの狂気に歪んだ相貌からは血涙が流れ、咆哮する口元からは血と涎が泡となって飛んでいる。
「わ、わだじは…じぬばげに、ばぁぁぁ!」
光り輝く刃がコックピットを照らす。
彼女の目には、首都にいるはずの両親と妹が映っていた。
「どうさん、がぁざん、イメルダ…」
幸いにして、3人は笑っている。ウィストルは虚像に手を伸ばす。
3人は笑っている。
しかし、ウィストルに振り向こうとはしない。3人で笑い合うばかりで、目も合わせてくれない。
「わだ、じも、そ、そごに、い――」
ズジャン――――!!
CALブレードが、コックピットを両断した。
「終わった……のか?」
銀河はCALブレードを引き抜き、その場に倒れた〝ノートゥングZ〟を見下ろした。
「さすがに、もう余力はないわよ」
マナミはシートに体を預け、額に手の甲当てて上を向く。
「がんばったな、〝クロガネ〟」
コウイチは満身創痍の愛機に謝意を向ける。
「警戒は怠るな」
レオンの表情はまだ硬い。
「コックピットは潰してるのに、ですか」
アンディが警戒したまま口を開く。
「ゾンビ映画なら、ここで立ち上がって襲い掛かってくるパターンだな」
「あぶー!?」
フランクが言うと、アブことエイブラハムが冗談はやめてくれと言わんばかりに驚く。
そのとき、〝ノートゥングZ〟の表面に変化が起こる。
全員が身構える。
しかし、それは杞憂に終わった。
黒い装甲がボロボロと崩れ始めたのだ。細かな粒子となって、未だに火災収まらぬ熱気によって生じた風に乗る。まるで灰のように、リンケージたちを追い詰めた強力な機体がさらさらと風に流されて消えていく。
「終わったんだな……」
感慨深く、コウイチが呟く。
銀河は俯いたまま、何も答えなかった。
「ハルクキャスター、沈黙……いえ、消滅しました……!」
緊張気味のオペレーターの報告に、副司令のバーナード・コリンズ大佐はしばらく固まっていたが、すぐに我に返った。
「引き続き警戒態勢を維持。負傷者の収容を急げ」
「『彼ら』はいかがいたしますか?」
リンケージたちの顔を思い浮かべ、コリンズはディスプレイ越しに満身創痍の異世界機を見やった。
「格納庫へ誘導。負傷しているようなら至急救護班を向かわせろ。その後は……」
ふと、緊張の面持ちを崩す。
「まずはゆっくりと休んでもらおう」
コリンズは基地の窮地を救った英雄たちに敬礼した。それに倣い、指令室に詰めていたオペレーターや情報士官など、22名が敬礼を向けた。
西暦2122年10月26日 23時15分――
後に『ニューカッスル事件』と呼ばれる歴史的事件は幕を閉じた。
死者・行方不明者262名、重軽傷者3400名。保有戦力の70%を失う事実上の壊滅状態を救ったのが異世界からの転移者たちであることを知るのは、ごく一部の人間だけである。
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